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第782話
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離婚後、恋の始まり 第1049話
かおるは話しながら、ちらりと雅之を睨みつけた。それに気づいた里香は、笑いをこらえながら話を聞き終え、ふと思い出したように言った。「じゃあ、あなたが階下であんなに長いこといたのは、助けようと思ってたの？」かおるの顔に、ぎこちない表情が浮かんだ。「助けるわけないでしょ。あの人がいじめられるなんて、自業自得じゃない」そう言い放ちながらも、心の中でまったく逆のことを考えているのが、里香にははっきりとわかった。かおるは舞子のことを気にかけている。かおると友人になってから長いが、実家の話題が出ることはあっても、それを深く語ったことは一度もなかった。両親のことを嫌っているのは知っていたが、舞子の悪口を聞いたこともない。つまり、妹である舞子は、決して悪い子ではないのだろう。けれど、かおるがそのことについて語りたがらないのであれば、無理に聞くことでもない。「料理が来たわ。まずは食事にしましょう」「うん」一方その頃、階下では――佐藤が去った後、舞子の表情は幾分か和らいでいた。食事を終えると、舞子は箸を置いてふと微笑み、賢司に声をかけた。「ありがとう。今回は私がごちそうするわ」そう言って立ち上がり、レジへと向かう。賢司は文山に軽く目をやり、文山は即座に応じた。「桜井さん、ありがとうございます。しかし、すでにお支払いは済ませております」「えっ？」舞子は一瞬驚いたが、思ったよりも早い対応に少しだけ目を見開いた。それ以上気にすることもなく、軽く頷いた。「そう、じゃあ、またね」そう言ってくるりと背を向け、自然な足取りで去っていった。その間、賢司とは一度も目を合わせず、態度もあくまで自然。まるで本当に食事を共にしただけ、というような振る舞いだった。文山は少し戸惑った。いったい、どういう関係なんだ……？賢司も静かに箸を置き、ナプキンで口元を拭くと、席を立って店を後にした。外に出ると、舞子がちょうど陽の下に立っていた。真っ白な肌が光を反射し、まるで全身が淡く輝いているようだった。彼女はクリーム色のワンピースをまとい、長い髪はリボンでひとつに束ねられ、編み込みになって肩へと流れていた。今はスマホを手に、メッセージを確認しているようだった。少しうつむいた横顔には、淡い血色がさして頬が艶めき、長いまつげが
離婚後、恋の始まり 第1048話
「はい」向かいの佐藤は、どう見ても賢司の秘書・文山（ふみやま）だった。舞子も理解していた。ビジネス地区開発プロジェクトの主導権は瀬名家にあり、他の企業はより大きな土地と利益を狙って入札合戦を繰り広げている。どうやら佐藤家の入札案が、いったん採用されているらしい。佐藤は目の前の光景に圧倒された様子で、先ほどまでの横柄な態度を引っ込め、急に姿勢を正し、畏まった様子で賢司に頭を下げた。「瀬名社長、当社の提案書には一点の不備もございません」だが賢司は、彼の言葉など最初から聞いていないかのように、静かに食事を続けていた。舞子はふっと目を伏せ、口元にごく薄い笑みを浮かべると、何のためらいもなく賢司のテーブルへと歩み寄った。「えっ……」佐藤は一瞬呆然としたが、それ以上何も言えず、ただ固唾をのんで賢司が舞子にどう対応するのかを見守るしかなかった。もし二人が本当に知り合いだったとしたら、さっき自分が言い放ったあれこれは――思い出すだけで穴があったら入りたい気分だった。舞子はウェイターを呼び、さらりと食器を一式頼み、自分の前に料理を並べ始めた。その様子に文山が戸惑いを見せた。「お嬢様、失礼ですが……どちら様で？」社長の近くに座ろうとする者はこれまでにもいたが、ここまで堂々と席に着いた者は初めてだ。しかも遠慮のかけらもなく。まさかとは思うが……この女性、社長と親しい間柄なのか？だが、彼女のことなど一度も聞いたことがない。「こんにちは、桜井舞子と申します」舞子がにこやかに自己紹介をすると、文山は礼儀正しく微笑み返した。「私は瀬名社長の秘書、文山と申します。桜井さん、もしご用件がございましたら、まず私を通していただけると助かります。こちらは社長のプライベートなお時間でして、あの……少々……」やんわりと、しかし明確に、舞子の乱入を牽制し、空気を読んで立ち去ってほしいというサインを送った。事態がこじれる前に――「構わない」その瞬間、賢司の冷静で張りつめた声が場の空気を変えた。文山：「……？？？」構わない？社長がこの女性と一緒に食事することを許可した？どういうことだ？本当に知り合いなのか？一体いつからの関係……？これまでなら、社長自らが下心ありきの女性たちを徹底して遠ざけてきたのに。
離婚後、恋の始まり 第1047話
「お前には一生そのチャンスがないよ」「そうだといいわ！」かおるは顎を上げ、里香にウインクを送る。里香は口元に微笑みを浮かべつつも、目元には諦めの色がにじんでいた。いったいこの二人は、いつになったら口喧嘩をやめるのだろうか。デパートに到着すると、かおるはすぐさま里香の手を引き、「買い物モード」に突入。気に入った物は迷わず購入、遠慮のかけらもない爆買いである。最高に気分がいい！雅之はただ黙って二人の後ろをついて歩き、時折仕事の電話に応じるだけだった。仕事に支障はない。午前中いっぱい歩き回って少し疲れが見えてきた頃、かおるは里香を連れて向かいのレストランへと足を運んだ。「ここ、口コミで評判がいいの。冬木の地元料理もあるし、久しぶりでしょ？懐かしい味、食べたくない？」メニューを手に笑顔で言うと、里香は頷いた。「確かに気になるわ。メニュー見せて」「はい、どうぞ」かおるはさっとメニューを渡し、トイレに立った。2階のトイレは修理中だったため、1階まで下りる羽目になった。用を済ませて出てきたとき、ふと視界の端に見覚えのある人影が映った。少し離れた席で、細身の男が一人の女性に指を突きつけ、何やら怒鳴りつけている。耳を澄ませて近づいていくと、男の声が聞こえてきた。「舞子、何を気取ってるんだ？お前んとこがこのプロジェクトを欲しがってるのは業界じゃ常識なんだよ。決定権はうちにある。誰の企画書を採用するかは、俺の一言で決まる。お前を指名してやってるのは、目をかけてるからだ。つけあがるんじゃねえぞ。俺を怒らせたら、桜井家は何一つ得られねえからな」男の口ぶりは傲慢で、目には下卑た光が宿っていた。舞子を完全に見下している様子だ。かおるの眉がぴくりと動いた。桜井家がプロジェクトを欲しがっていて、交渉役を舞子に押しつけている……？ふん、あの両親も、案外舞子をそれほど大切にはしていないらしい。一方、罵られている舞子の表情は驚くほど冷静だった。切れ長の瞳の端には、かすかな嘲笑が浮かんでいる。「まあ、佐藤家がそのプロジェクトを牛耳ってるだなんて、初耳ね。他の会社の皆さんも、それをご存知かしら？」その言葉に、男の顔色が変わった。「うちが一番出資してるんだ。だから決めるのは当然うちだろ？桜井家みたいに雀の涙ほどし
離婚後、恋の始まり 第1046話
幸美はその言葉を聞くと、一瞬だけ表情を曇らせたが、怒りを抑えながら静かに言った。「それはもう過去のことよ。いまさら持ち出してどうするの？……舞子、あなたたちは姉妹なんだから、もっと連絡を取り合って、早く帰ってくるように言ってちょうだい。彼女は、やっぱり桜井家の娘なんだから」ここ数年、どういう風の吹き回しか、かおるの両親――桜井裕之（さくらい ひろゆき）と幸美は、急にかおるの名を口にすることが増え、繰り返し連絡を取ろうとしていた。しかし、かおるとはずっと音信不通だった。やっと連絡が取れたかと思えば、かおるは一言も語ろうとせず、すぐに彼らの番号を着信拒否してしまった。近づきたいと願えば願うほど、その距離は遠のいていった。舞子は黙って幸美を見つめた。責める資格など、自分にはない。幼い頃から、愛情を一身に受けてきたのは、いつも自分だった。桜井家は、舞子を一度たりとも蔑ろにしたことなどなかったのだ。「……わかった。そうする」舞子は折れた。かおるの、あの拗ねたようで冷たい表情を思い出すと、きっと彼女なりに心配してくれているのかもしれない、と思えてしまった。幸美は微笑み、「そう、それでいいの」と優しく頷くと、時計に目をやりながら立ち上がった。「もう遅いから、ゆっくり休みなさいね」そう言って部屋を出ようとしたその時、ふと思い出したように足を止め、ドアの前で振り返った。「そうそう、佐藤さんが紹介してくれた方に、明日会いに行きなさい。好きじゃなくても、会わないのは良くないわ。いい？わかるわね？」舞子はすぐに眉をひそめた。「……行きたくない」幸美は表情を引き締め、重々しく言った。「舞子、佐藤家と桜井家は大事な協力関係なのよ。今、桜井家にはこのプロジェクトのチャンスが必要なの。佐藤家はそのために、わざわざ手を貸してくれてるのよ。ただ友達を紹介したいっていうだけじゃない。あなたがそういうの好きじゃないのはわかってる。でも形式的でもいいから、会ってちょうだい。誠意を見せなければ、私たちが恥をかくことになるのよ……おしゃれなんかしなくていいから、いい子で行ってきてちょうだい」舞子は目を伏せ、その瞳に皮肉な光を浮かべた。確かに彼女は幼い頃から溺愛されて育ってきた。けれど、桜井家の利益の前では、自分の存在などそれほど重く
離婚後、恋の始まり 第1045話
「父さん、何か用ですか？」書斎のドアが開いた瞬間、賢司は振り返り、入ってきた秀樹の姿を認めると、少し表情を和らげた。秀樹は無言でソファに腰を下ろし、険しい目つきで問いかけた。「今日の件、どうするつもりだ？」その言葉に、賢司の顔から一瞬血の気が引いた。家の中で既に話が広まっていることを悟り、短く答えた。「特に考えはありません」「何だその言い方は！」声を荒らげる秀樹。その顔には苛立ちと焦りがにじんでいた。「迷惑をかけた以上、責任を取るのが筋だ。明日にはあの子の情報を調べさせて、結納の準備に入る。直接、家に挨拶へ行くぞ」賢司の端整な顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。しばらく沈黙した後、低く静かな声で言った。「父さん、責任は取ります。でも、もし彼女が望まなかったら、どうしますか？」秀樹は言葉を詰まらせた。考えてもいなかった展開に、無言で息子を睨みつけ、やがて鼻で笑った。「いつも深刻ぶって、何を気取ってるんだ。だから女の子に好かれんのだ」「……」皮肉交じりの父親の一言が、何よりも胸に突き刺さる。「この件は私が責任を持って対処します。もし彼女が結婚を望むなら結婚しますし、望まないのであれば、別の形で補償します。すべては相手の意思に従います。それで、問題ありませんか」賢司の静かな提案に、秀樹の表情がようやく和らいだ。「……まあ、それならいいだろう」どんな経緯であれ、息子があの娘に手を出したのは事実。もし相手が本当に望まぬのなら、それ以上強いることはできない。一通り話を終え、秀樹はゆっくりと立ち上がって部屋を後にした。賢司は眉間を押さえ、深い吐息を漏らした。……もっと早く家を出ておくべきだった。家族がここまで騒ぐとは、想定外だった。そのころ。舞子は帰宅後、シャワーを浴びて心身をすっきりさせていた。パウダールームから出たとき、ちょうど母親・幸美（ゆきみ）が部屋の前でノックしようとしていた。「お母さん？どうしたの？」少し驚いたように声をかけると、幸美はにこやかに器を差し出した。「台所で、あなたの好きな魚のスープを作ったのよ。持ってきたわ」「ありがとう、お母さん」舞子は器を受け取り、にこりと微笑んだ。幸美はそのまま部屋に入り、ソファに腰を下ろした。何か言いたげに口を開
離婚後、恋の始まり 第1044話
「うん、やっぱり君の言う通りだ。後で賢司に話してみよう。彼がどう考えているか、聞いてみるよ」そう言って、秀樹は静かに頷いた。里香もうなずくと、踵を返してその場を離れていった。書斎。景司はソファに腰を下ろし、イタズラっぽい笑みを浮かべながら賢司を見上げた。「兄さんさ、どうして最後まで話させてくれなかったんだよ？」賢司は応じることなく、一枚の書類を取り出して彼の前に差し出した。「これを確認しろ。問題がなければ、明後日出発だ」「……何これ？」訝しげに受け取った景司は、目を通すなり絶句し、次の瞬間には勢いよく立ち上がっていた。「ちょ、兄さん、これマジで！？本当に俺を南アフリカに飛ばすつもり！？そんな遠いとこに？いつの間に、うちの事業があんなところまで拡大してたんだよ？」賢司は椅子に深く座り直し、冷ややかな表情で答えた。「最近だ」その一言に、景司の口元が引きつった。数秒沈黙してから、ようやく口を開いた。「……やだ。行きたくない」「嫌なら行かなくてもいい」淡々と返され、景司は逆に警戒を強めた。「じゃ、俺が行かないなら……代わりに誰が行くの？」「俺が行く」賢司は机の書類を整えながら言った。「俺が錦山を離れている間、瀬名家のことはお前に任せる」「……」景司は完全に言葉を失った。南アフリカか、瀬名家の執務か――どちらも願い下げだ。頼むから、俺に穏やかな日常を返してくれ……その想いを読んだかのように、賢司がぴしゃりと言い放つ。「瀬名家に、暇人を養う余裕はない」「……」景司は力なくソファに沈み込んだ。すべてを諦めた表情で、天井を見つめた。すると賢司が低い声で言った。「考えてる時間はない」景司は大きくため息を吐いた。「……わかったよ。南アフリカ行くよ」重い足取りで書類を鞄にしまい、ドアに向かって歩き出す。そして、扉の前で立ち止まり、ちらりと後ろを振り返った。「でも俺、出発前にちゃんと里香に話しておくからな。止めたって無駄だぜ、兄さん！」にやりと笑うと、勢いよく「バンッ」とドアを閉めて出ていった。賢司のこめかみに、ぴくりと静かな怒りが浮かんだ。……この家では、ひとつの秘密すら守れないのか。ふと脳裏をよぎる、しなやかな女の輪郭。その瞬間
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