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25.君へ贈るガーベラ

last update Fecha de publicación: 2026-08-11 05:34:09

 翌朝。澄み渡る初夏の陽光に誘われ、和花と理聖が訪れたのは、郊外にある広大なフラワーガーデンだった。

 さわやかな風が通り抜ける園内には、見頃を迎えた薄紅色や白のシャクヤクと、遊歩道のアーチを彩る鮮やかな青いクレマチスがまるで絵画のように優美な空間を作り出していた。

「シャクヤクの花言葉は〝つつましさ〟や〝謙遜〟ですね。和花さんの温雅な雰囲気に、とてもよく似合っています」

 歩みを止め、理聖が愛おしそうに目を細めて語りかけてくる。その温かな眼差しに少しだけ頬を染めながら、和花は優しく微笑み返した。

「あのアーチのクレマチスも、とても綺麗ですね。……理聖さんは、花言葉をご存じですか?」

「ええ。確か……〝精神の美〟でしたか。僕よりも和花さんにこそふさわしい言葉だと思いますが」

 どこまでも誠実で甘い彼の言葉に、和花の胸の奥がじんわりと幸福感で満たされていく。

 広大な園内をゆっくりと散策した後は、木漏れ日が落ちる芝生のベンチへ腰を掛けた。今日のランチは、理聖が早起きして作ってくれたミックスサンドのお弁当だ。

 バスケットを開けると、たまごペーストと新鮮なレタス、肉厚なハムが挟まれた美し
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  • 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした   39.最後通告

     射撃場で驚愕の視線が交錯していた頃、静まり返った佐伯家の第二道場では、耳を疑うような言葉の余韻が重く横たわっていた。 畳の上に佇む一花の着物の裾が、微かな風に揺れる。 普段はのんびりとした京都弁で場を和ませる母の顔から、温もりは完全に消え去っていた。 瞳の奥に宿っているのは、相手の底の底まで見透かすような冷徹さだけだ。「今はまだ、詳しくは話せへん。せやけど、和花ちゃん……。このままだと、あの人の記憶が戻った瞬間に殺されてしまうわよ」 あまりにも唐突で不吉な予言に、和花はショックで固まっていた身体をなんとか動かし、口を開いた。「ちょ、ちょっと落ち着いてよ……! 突然そんなこと言われても困るし、意味がわからないよ」「匂うのよ。あの人からは、濃い死臭がするんよ」 一花は一歩だけ和花へと近づき、その双肩を射抜くように真っ直ぐに見つめた。「和花ちゃん。あなたも本当は、あの人の正体がわかっとるんやろ?」「……っ!」 図星を指された心臓が、痛いほど大きく跳ねる。 ――彼がただの一般人ではなく、裏社会で生きていた人間であることは、とっくに知っている。 それでも、和花は震える声を絞り出して母を見返した。「お母さんは……理聖さんが何者なのか、知ってるの?」「ええ。雰囲気でわかるわ」「ふ、雰囲気でって……! そんなの、はっきりとはわからないってことじゃない」 和花の知っている理聖は、誰よりも誠実で、優しくて、和花のことを大切に愛してくれている。「たった一度しか会ったことがないのに、理聖さんのことをそんな風に悪く言わないでよ! 彼は花屋の仕事だって一生懸命頑張ってるし、私のことも絶対に傷つけたりしないよ!」 愛する恋人を守りたい一心で叫んだ和花に対し、一花は少しも表情を崩さなかった。そして、宣告するように事実を突きつける。「和花ちゃん。あの男は――〝裏社会〟に精通しとる人間やわ」「…………!」 明確な言葉で断言され、和花の呼吸が止まった。(どうして……? どうして、お母さんがそんなことまで知ってるの……?) ただ雰囲気を見ただけで、人の本質や隠された過去の背景まで正確に言い当てられるものなのだろうか。 和花の脳裏に、両親が突然アパートを訪ねてきた時の異様な光景が蘇る。 玄関のドアを開け、理聖の姿を認めた瞬間――源蔵と一花から放たれたの

  • 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした   38.別れなさい

     午後。 第二道場では、柔術と護身術を中心とした稽古が繰り広げられていた。 畳敷きの広い道場内に、重い胴着が擦れ合う音と、受け身を取った際の低い衝撃音が絶え間なく響き渡る。 和花にとって、柔術は剣術以上に得意とする分野だった。 幼い頃から佐伯家の娘として何より優先して叩き込まれてきたのは、いかなる危機に直面しても生きて帰るための護身術だったからだ。 その洗練された技のキレに、見取り稽古をしていた門下生たちから思わず感嘆の吐息が漏れていた。 だが、相手を務める源蔵の表情だけはかつてないほど険しかった。(確かに和花の技術は卓越している。だが……あの男と同棲している事実を考えれば、この程度の護身術では決して足りない) いつ刃を向けられても不思議ではない環境で生き抜くには、和花の技はまだ優しすぎた。「甘いっ!」 源蔵の鋭い気合いと同時に、目にも留まらぬ速さで崩し技が放たれた。 和花の体が容易く宙に浮き、数メートル後方へと凄まじい勢いで吹き飛ばされる。 畳を強く叩く鮮やかな受け身をとり、衝撃を殺して即座に膝を立てた和花だったが、息は乱れ、額からは汗が滴り落ちていた。 そんな娘を見下ろしながら、源蔵は小さくため息をつき、厳しい眼光を向けた。「……和花。そんなんじゃ、自分の身を守れないぞ」「え……?」 いつもなら「よく受け身を取った」と褒めてくれるはずの父の厳しい言葉に、和花は驚きで声を失った。 そのとき、道場の入り口から静かな足音が近づいてきた。 着物の裾を優雅に揺らして現れたのは、一花だった。「お母さん……?」 いつものふんわりとした笑顔は消え、一花の瞳には冷たく深い凄みが宿っていた。彼女は畳の上で立ち尽くす和花の前まで歩み寄ると、一切の迷いがない声で告げた。「和花ちゃん……理聖さんとは、別れなさい」「っ……!?」 思いもよらない絶縁の要求に、和花はショックに目を見張り、完全に凍りついてしまった。 同じ頃、佐伯家のお屋敷から少し離れた郊外の町外れ。 和花を待つ間、近くを散策していた理聖は、偶然目にした射撃場へと足を踏み入れていた。観光客や競技愛好家たちが集うその施設には、エアライフルやクレー射撃用の標的スペースが並んでいる。「……少し、試してみるか」 何気ない気持ちで銃を取り、標的に向けて静かに構える。 タァンッ! タ

  • 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした   37.剣より鋭い忠告

     庭園の池を望む広い縁側を開け放ち、佐伯家の家族と神崎蒼士、そして数十人に及ぶ門下生たちが一堂に会して昼食の席を囲む。 シェフが丹念に腕を振るった懐石仕立ての料理はどれも絶品で、かつて一花の手料理で地獄を見た経験のある門下生たちは、涙を流さんばかりの安堵と喜びを噛み締めながら箸を進めていた。 和やかな会食が終わると、お茶を片手に一息つく和花の周りには、屈強な体躯を誇る門下生たちが次々と列をなして挨拶にやってきた。「和花先輩、久しぶりにお会いできて光栄です! 先ほどの模擬戦、流石の剣捌きでした!」「和花さん! また道場で稽古をつけてください。先輩の投げ技、今でも俺たちの目標なんです!」 道場着を崩した大柄な男たちが、誰もが瞳に尊敬の光を宿し、深々と頭を下げていく。 佐伯家の一人娘という立場だけではない。和花は幼い頃から厳しい鍛錬を重ね、並みいる成人男性を投げ飛ばして有段者の地位を勝ち取った本物の実力者だ。 その卓越した武術の腕前と、誰に対しても分け隔てなく接する思いやりのある人柄が、門下生たちの絶大な信頼と人望を集めている何よりの証拠だった。 後輩たちの熱烈な挨拶攻勢をなんとか終えた和花は、人いきれから逃れるように広間を抜け出し、庭園を望む静かな廊下の欄間に背を預けた。「大人気じゃん、和花」 ふと隣から声をかけられ振り返ると、冷たいお茶を入れたグラスを片手にした蒼士が、柱に寄りかかって眠たげな視線を向けていた。「みんな大げさなのよ。少し道場を留守にしていただけなのにね」「何言ってんだよ。お前が強いのは誰よりもこいつらが一番よく知ってるからな」 蒼士はグラスの氷をからりと鳴らし、少しだけ声のトーンを下げて和花の横顔を見つめた。「……なぁ、和花。離婚したんだって?」「うん……」 核心を突かれた和花は、少し困ったように視線を落とした。「お父さんたちの反対を押し切ってまで結婚したのに、結局最後は不倫されておしまいよ。本当に、恥ずかしいったらありゃしない」 自嘲気味に笑うと、隣に立つ蒼士から瞬時にして鋭い空気が放たれた。「はぁ? なんだそりゃ。……相手の男、殺そうか?」 穏やかな声音でありながら、その言葉には背筋が凍りつくような本物の殺意が滲んでいた。 和花は蒼士の門下生筆頭としての凄まじい実力を知っているだけに、慌てて両手を振った。

  • 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした   36.父の教え、母の歓迎

    「そこまで」 源蔵の一声に、和花と蒼士は即座に動きを止めた。 両者は木刀を右手に携えて一歩退き、深く立礼を交わす。「ありがとうございました」 互いの健闘を讃える礼が終わると同時に、腕を組んで戦況を見つめていた源蔵が、床板を踏み締めながら道場の真ん中へと進み出た。「和花。俺が直々に稽古をつけてやろう」 その言葉に、道場の周囲で稽古に励んでいた多くの門下生たちの間に、張り詰めた緊張が走る。 和花は居住まいを正し、道場正面の上座へと一礼したのち、源蔵と向かい合って正座し、木刀を右側に置いて深く手をつく座礼を行った。 互いに立ち上がり、木刀を両手で握り締めて間合いをとる。「――はじめっ!」 掛け声とともに打ち合わさった瞬間、和花は全身の骨が軋むほどの衝撃に目を見張った。 ただ重いのではない。源蔵の振り下ろす木刀は、ひとつひとつがまるで巨大な岩山を力任せにぶつけられたかのような、途方もない質量を伴っていた。 剣速は鋭く、間合いを潰す足捌きには微塵の隙もない。(うっ……重い……っ!) 受け流そうとしても、打ち合うたびに手のひらが痺れ、手首から肩へと激痛が突き抜ける。 和花は必死に歯を食いしばり、絶対に木刀を手放すまいとくらいついたが、あまりの威圧感に足が後退し、心の中でわずかに怯えが生まれた。「……その程度か? 鈍ったな、和花」 冷徹な声が降ってきた次の瞬間だった。 源蔵の放った一閃が、和花の防御を容易く打ち破り、桁違いの重撃となって手元へ炸裂した。 強烈な衝撃に指の力が弾け、和花の木刀が宙を舞う。空虚な回転音を響かせた樫の木が、数メートル先の板張りの床へとカランと転がった。 呼吸を乱し、自身の両手を見つめて立ち尽くす和花に向け、源蔵は木刀を下ろして厳しい眼光を注ぐ。「相手の打突を、腕の力だけで受けようとするな。重心が浮いて足裏の踏み込みが甘くなっているから、衝撃に耐えきれないのだ。もっと丹田に気合いを沈め、大地を捉える足捌きで刃筋を殺せ」「はい……っ、ありがとうございます」 武道家としての的確で容赦のない指導に、和花はしゅんと肩を落として小さく返事をした。 街での生活が続き、無意識のうちに姿勢や重心の置き方が甘くなっていたことを痛感させられたのだ。 落ち込む和花から視線を外さず、源蔵は満足そうに少しだけ口元を緩めた。 その

  • 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした   35.幼なじみとの再会

    「……ここ、城ですか?」「違いますよ。実家です。詳しくは教えてくれないのですが、父が道場の経営以外にも手広く事業をやっているみたいで……」 申し訳なさそうに苦笑する和花に、理聖は「そうなんですね……」と圧倒されたように深い息を吐き出した。「では、僕は近くの喫茶店でのんびり待っているので、終わったら連絡をください」「はい。すみませんが、よろしくお願いします」 優しく手を振ってくれる理聖に見守られながら、和花はひとり重厚な正門をくぐり抜けた。 手入れの行き届いた松並木の石畳を進み、広大な敷地の奥へと向かう。すると、向かいの離れの角から歩いてきたひとりの男が、和花の姿を認めて驚きの声を上げた。「うおっ! 和花じゃん! なんだよ、帰ってきてたのかよ!?」「蒼士! 久しぶり!」 そこに立っていたのは、和花が幼い頃からこの実家の道場で一緒に汗を流してきた兄貴分の男――神崎蒼士だった。 前髪を上げた黒髪ウルフヘアに、どこか眠たげで独特な瞳。 和花にとっての蒼士は、父の門下で腕を磨いてきた頼れる剣の兄弟子だ。 蒼士は和花の父である源蔵から直々に剣術の神髄を叩き込まれており、並外れた戦闘力を誇る修羅でもあった。「元気だったか? 引っ越してから全然顔を見せないから、寂しかったぜ」「もう、オーバーだなあ。蒼士こそ元気そうね」 幼馴染ならではの気安い口調で笑い合っていると、母屋の縁側の奥からずしりとした重い足音が響き、厳格な気配が近づいてきた。「和花。帰ったか」「あ、お父さん! ただいま」 現れたのは、古武術道場の大範士である父、佐伯源蔵だ。威厳に満ちた佇まいに怯むことなく、蒼士は人懐っこく笑いながら前に出た。「師匠! ちょうどよかった、さっそく和花と稽古つけさせてくれよ!」 蒼士の直談判に、源蔵は鋭い眼光を少しだけ和らげ、短く応じた。「……いいだろう。道場へ行け」 凛とした静寂と、床板や蜜蝋の香りが漂う巨大な第一道場。 和花は着替えを終え、広い道場の真ん中に一人で立っていた。 白い道着に濃紺の袴を身につけ、腰にはしっかりと帯を締めている。手には長年の稽古で手になじんだ年季の入った木刀。 静かに呼吸を整えるその凛とした立ち姿には、花屋で女性らしく微笑む普段の雰囲気からは想像もつかないほど、厳しい鍛錬を積んできた者

  • 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした   34.帰省

    『和花ちゃん久しぶり。元気にしとる?』 耳元から聞こえてきたのは、相変わらずのんびりとした母、一花の声だった。「お母さん、久しぶり。元気だよ、どうしたの?」 『……今、理聖さんは?』 「今はお風呂に入っているところだよ」 『それなら良かったわぁ。時間的に二人でしっぽりしてる最中かなって思ったから、ちょっと心配してたんよ』 「ちょ! ちょっと、お母さんってば……!」 からかうような口調に和花が頬を赤くすると、電話の向こうからくすくすと上品な笑い声が聞こえる。やがて一花は、声のトーンを少しだけ改めて本題を切り出した。『それでな、和花ちゃん明日お休みよね?』 「うん、お店は休みだけど……」 『お父さんがな、道場に顔を出せってきかないんよ』 「お父さんが……?」 和花は少し驚いて電話を握り直した。確かに、こちらに引っ越してきてから、実家に帰ったのは片手で数えられるほどだ。  それにいまは、裏社会の人間からいつ身を狙われてもおかしくない緊張した状況だ。いざという時に理聖や自分の命を守るためにも、古武術の腕を鈍らせている場合ではないことは痛感していた。「わかった。明日はちょうど理聖さんもお休みだから、二人で――」 『一人でいらっしゃい』 和花の言葉を遮るように、一花の強い声が食い気味に響いた。普段はのんびりとした母の珍しい圧に、和花は思わず言葉に詰まる。「え……なんで?」 『……理聖さん、あまりにも男前やさかい。またお父さんや私がびっくりして、様子がおかしくなってしまうかもしれないからねぇ』 「よ、様子がおかしくって……」 先月、アパートの玄関で両親が放っていた、まるで敵対する武人を前にしたかのような尋常ではない殺気と威圧感を思い出し、和花は苦笑するしかなかった。『お互いに、まだどうしても気を遣いすぎてしまうと思うんよ。せやから、明日は和花ちゃん一人で帰っていらっしゃいね』 「もう……わかったわよ」 過保護でどこか一癖ある両親の言い分に溜息をつきつつ、和花は通話を終えた。 しばらくして、湯気が漂う浴室からお風呂上がりの理聖が出てきた。  二人はリビングのテーブルに向かい合い、理聖が買ってきてくれた人気店のフルーツタルトを冷たい麦茶とともに味わう。和花はフォークを動かしながら、先ほどの電話の内容を伝えた。  サクサクとした香ば

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