「え、ああ、だ、大丈夫です」
泣いている顔を見られたくなくて、私は係長の顔を見ずに話している。もう泣いています、と言っているようなものだ。 「……鈴山さん、悩みがあるなら聞くよ?」 係長は心配をしてくれている。これ以上、優しくしないでほしい。涙腺はとうに限界なのだ。 みじめな姿を見られたくない。 「あ、あの、本当に大丈夫なんで」 本当に私は可愛くない。 ここで泣いて思いきり甘えられる、誰かに助けを求められる女なら、きっと彼氏を寝取られたりしなかったんだろうと思う。 「……そう。でもなにかあったら必ず言ってね。それと、鈴山さん……、嫌なことは嫌って相手にきちんと言った方がいいよ。自分を守るためにもね」 係長の優しさが身に沁みた。 今は危険だと思った。油断したら誰にでも甘えてしまいそうだ。 仕事を終えて、寮に戻った私は楽な部屋着に着替えた。 寮は1DKの洋室だ、壁は薄いが、お風呂とトイレは別々なのが救いだ。 私は朝起きてそのままのベットに倒れ込んだ。 ……疲れたぁ。 勤務先である某有名菓子メーカーは福利厚生が手厚く、社員寮も格安で入居できる。 そのかわり、三交代制の勤務だ。私は今、二十一だからなんともないけど、歳をとったらきつくなるのは安易に想像できる。 二十三歳までに結婚して、子供は三人。そういう夢も消えたなぁ……。 仕事をしたくないわけじゃない。温かい家庭に憧れていたのだ。 十八歳の時に友達の紹介で出会った小村絢斗《こむらけんと》とは、友達と一緒に何回か遊んだ。 カラオケとか、食事、キャンプにも行った。 絢斗は高卒の地方公務員だった。出会った時、絢斗は私の友達M美が好きだった。 でもM美には彼氏がいて、彼女も若気の至りか、絢斗は見事キープくんになった。その他に置いて、M美は別に悪い子ではなかったが、とにかく男好きだった。 こういうの許せない女子って存在して、M美の悪事を暴いて、絢斗の目を覚させた女子がいた。もうその頃には、私はこの人間関係にうんざりしていた。 一人のひとと添い遂げられたらいい、そう思って私は今まで生きてきた。ひとからは真面目などと馬鹿にされたりもした。 そしてM美のことは諦めがついたのか、絢斗はなぜか私に付きまとうようになった。 しかし絢斗も絢斗で、どうにも女好きの匂いがしていた。 この時、付き合わなければ、きっとこんなに身も心もボロボロにはならなかったのだ。自分のシックスセンスを信じなかったのが悪かった。 女癖は一生治らない。病気だ。だから絢斗は同じ匂いのするM美を好きになったのだ。 当時、私は友達十人ぐらいのグループで遊んでいたのだけど、絢斗は交際を始めると、真面目だったし、自分の仕事も認めて褒めてくれた。 取り越し苦労だったのか? と疑問を抱きつつ交際を重ね、お互いの親に紹介し、結婚しますと宣言までしていた。 この頃には甘えてくる絢斗が可愛かったし、こんなに深く交際したことがなかったから初めてのことが多かった。 結婚するのは間違いないと信じていた。 絢斗が確実に変わったのは転勤して、百キロ先の土地に住んでからだった。 絢斗も私もまだ若すぎた。二十一歳で社会のなにがわかった気でいたのだろう。 世の中で結婚するには少し、頭を使わないと結婚はできないのだ。もちろん中にはうまくやる人間もいるだろうが、少なくとも私と絢斗はそれに該当しなかった。 実際、M美は大好きな彼と二十歳《はたち》という若さで結婚。デキ婚ではなかった。M美の同級生からの評判は星1だったが、それでもM美は遊んでいながら、国家公務員の嫁という安定した地位を女の狡猾さで手にしたのだ。 正直、私はM美が羨ましかった。もう安定を手に入れたのだ。 私のような高卒の人間が一人で生きていくには、しんどい世の中だった。 車があるから尚更だった。お金がかかるが、工場は山の中にあり、ここでは車がないといささか不便だった。夜勤の後も会社の送迎バスが出ていたりもしたが、待ち時間が長かった。 それに田舎に転勤になった絢斗に会うために、私は車を手放さなかったのだ。 そして交際三年目の記念日の夜に悲劇は起きた。ドタキャンされたのだ。 「ごめん。今日は無理になった。飲み会で遅くなるから」絢斗がそう言ったけど、合鍵もあるし、今から絢斗の好きなバニラシフォンケーキを焼いて、持っていこうと決めた。記念日なのだ。明日は仕事も休みだ、泊まりでいい。 これがそもそも間違いだった。 私はオーブンでケーキを焼いて、絢斗の住む町まで車を飛ばした。 会えるの三週間ぶりだなぁ、なんて呑気に恋うたを聴きながら車の運転をしていた。 絢斗は地方公務員だから、県営住宅に優先して入居していた。4DKというなんとも贅沢なひとり暮らしだと感じながら、いつかは自分もここに住むんだろうと色々想像して、私物を持ち帰らずに置きっぱなしにしていた。 二時間以上かけて、綾斗の住む町に着いた。車を止めて窓に視線を向けると、絢斗の住んでる部屋には灯りがついていた。 時計を見ると午後十時すぎだった。なんだもう帰ってるじゃん、と安堵した。「み、見てたって……、な、なにを?」 私が龍太郎に会うのは、今日が初めてのはず。 いや、間違いなく会ったことなどない。 「おまえを見てた」 「いや、そういうことじゃなくて、仕事も知ってるの?」 「知ってる。おれ、おまえの後をつけたことがある」 ……うわぁぁあ!! 怖っ!! ス、ス、ストーカー? 「あ、あの、け、けけけ、剣堂様はなんで、そのようなことをい、いたしたのですか?」 混乱して、もう日本語がぐちゃぐちゃだ。 「おまえのこと、気になったから。それより剣堂様ってなんだ?」 龍太郎が首をかしげる。 ……こいつ、なんでもないことのように平然と。き、気になったってなに? 後をつけられて、気になってるのは私のほうなんですけど……!! 「おまえの仕事場、あのグリコロ製菓だろ? 山の中にある……」 うぉぉ、こいつ、ガチで知ってる。私のこと!! 「あはは、私、最後にデザート食べようかなぁ……」 私は彼の質問には答えず、現実逃避しようとタッチパネルを手元に引き寄せ、画面に触れる。 こいつとは、これきりだ。二度と関わってはいけない、そういうやばいレベルの男だ。 『デザートを食べ、何事もなく穏便に済まし、無事に帰宅する』 これが今日、最大のミッションだ。疲れ果てた身体に、こんなに色々なことが起こるとは、今日は厄日か? スマホを間違えたために、入れ違いになったために起きたことだ—— ……ぜんぶ、自分が悪い。 いつもなにかしら抜けている自分のせいだ。 「……悪かったな。車で後をつけたりして」 なぜか謝ってきた龍太郎。 「く、く、車で、へ、へぇ……」 あの高級車と、私の軽自動車では最初から勝ち負けは決まっている。逃げることもできないだろう。 「おまえがあまりにも暗い顔して、車に乗ってたから……。いつ見かけても、いつも、つまらなそうだったから、つい気になって……」 …………なにそれ……? 暗い顔? つまらなそうな顔? つい気になって? なに? いったい……、いったいこいつに、なにがわかるの……? 私がこれまでどれだけ一生懸命に働いて生きてきたか、なにがわかるわけ? 女が一人で生きていくのがどれだけ大変か、わからないよね……? 私はタッチパネルに触れる
「お、おまえ、ふざけんなよ~!!」 龍太郎の口調が荒い。 私の案内通りに車を走らせて、とあるお店に着いたのだけど、やっぱりそういう反応になるよね。 「ここなんだよ⁉︎ 回転寿司じゃねぇか! おまえ、せっかくおれがいい店に連れて行ってやろうと思ったのに! チッ!」 龍太郎は舌打ちしたけど、これ以上、お姫様になったら、もう現実世界に戻れなくなっちゃうよ……。 もう、十分だよ……。 「いいじゃないですか。安くて美味い、庶民の味方。剣堂さんもたまには、こういうお店で楽しく食事を楽しみましょうよ」 私は龍太郎をなだめる。 「まったくおまえは《《いつも》》欲がねぇな。もっと、ひとに甘えて生きればいいのに」 龍太郎の言葉に私は戸惑った。 ……え? いつも? 「来たからには、たらふく食うからな。おれは腹が減ってんだ。おまえの奢《おご》りな!!」 龍太郎は私に背中を向けて、お店の方に歩き出したけど、龍太郎の言葉に引っ掛かりを覚えていた。 ——どこかで会ったことあるの? …………まっさか~、こんな目立つヤツと会ってたら、いくら私でも気づくって。 「二名様、ご案内~」 音吐朗々《おんとろうろう》とした店員の声が店内に響き渡った。 龍太郎の後ろをちょこちょこ歩く私は、客と店員の視線を感じずにはいられなかった。 ——みんなが龍太郎を見ている気がする。やっぱり目立つからかなぁ? 龍太郎が歩いて連れてくる、風に乗った香りがふんわりと、私の鼻をくすぐる。 車に乗っている時から気づいていたけど、龍太郎はなんというか、すごくいい匂いがする。 森林みたいな……それでいてとても上品な香りだ。 うまく例えられないけど、大自然に包まれているような安心する香りだ。 龍太郎の後ろ歩くと、その香りに包まれる。 「ふぅ……」 龍太郎が席に座って息を吐いた。 テーブル席に座っても、なおも視線を感じる。私がちらりと見ると女性たちが頬を赤らめて、龍太郎にうっとりとした視線を投げつけて、なにやらヒソヒソと話をしているのが目に入った。 「ずっと、運転してもらってすいません。つ、疲れましたよね?」 龍太郎の形のよい鼻を見ながら、私は口にした。一応、私は私なりに気を使っている。 「別に……」 龍太郎のそっけない返事が耳を通
「あ、あの私は鈴山雪音と言います(もう会うことはないでしょうが)よろしくお願いします(なにを)」 とりあえず、私は挨拶をしておいた。私の顔を見て、小町さんはにこりと微笑んだ。 彼女の背景にオレンジ色の薔薇の花が咲いた。 ……美しい。私はその笑顔に見惚れた。 小町さんはそれなりに年齢を重ねてはいるが、誰もが振り返るほどの美人だ。 「母さん、おれ車を回してきます」 支払いを終えた龍太郎が店から出て行った。 「あ、あの、ぜんぶ、剣堂さんに買っていただいて、ほんとに良かったんでしょうか……?」 龍太郎の母親なら、きっとなにか思ってるはずだ。 なんで龍太郎はこんな娘に、高額な買い物をしたのか? この娘は息子にとって、どんな存在なんだろうって、普通なら思うはず……。 「雪音さん、龍太郎は私に見せたいものがある時にしか、この店に来ないわ。あなたが変身する様《さま》を私に見せたかったんでしょうね。それにあの子があなたに素敵なプレゼントしたい、と思って買い物をしたんなら、それでいいと思うわ。もうあの子も大人よ。ふふ」 余裕のある大人の笑みを浮かべて、小町さんは微笑んだ。 ……へぇ、いいんだ……。雪音さん、名前呼びか、これは完全に勘違いされてるやつだな。 「それに龍太郎、最近、笑わなかったから心配してたのよ。あなたといると、とても楽しそうだった」 小町さんが顎に手をおいて考える仕草をする。 「そ、そうですか?」 ……全然、わからない。あれ、楽しそうに見えたの? 「また来てね。売り上げにも繋がるし……、なぁんてね。ふふ。私はやらなきゃならない仕事があるから、ここで失礼するわね、ごめんなさい」 小町さんはそう言って、店の奥に消えていった。ふんわりと、とろけそうな甘い花の香りだけが残った。 「あのこれ、龍太郎様からです」 瞳がぱっちりと大きく、奇麗なストレートヘアの若い女性店員が紙袋を手渡してきた。女らしいとは彼女のためにある言葉だと思った。 「え? なんですか、これ?」 私は間抜けな声を出した。 「こちらは鈴山様が髪を切っておられた時に、龍太郎様がお選びになった物です」 ……え? あいつ、なにか選んだの? 「い、いや、返しておいてください。返品で」 ……い、いらない! 「で、でも……」
「こ、こ、これが私ですか⁉︎」 私は鏡に映った自分をみて、目を丸くした。 黒のスラリとした長袖のワンピースに、細いベルトが大人っぽい。ヒールは華奢で女らしいデザインだった。 肩下まで伸ばしっぱなしだった髪は先ほど、前下がりのボブに切ってもらった。 ほんのりお化粧もしてもらい、気分はお姫様だった。 「よく、お似合いですよ」 店員さんに褒められると、照れてしまう。 …… こ、これが自分? プロがメイクするとこんなに変わるの? いつもうまく描けない眉も、奇麗なアーチを描いていた。 カサカサの唇も嘘のように潤いを帯びていた。 パールがかった肌も、涙の跡を消してくれている。 「すごい……」 私はもう、それしか言えなかった。 「もうすぐ剣堂様がお戻りだと思うんですけどね。そういえば、着ていたお召し物はいかがなされますか?」 店員さんが私が着ていたトレーナーと、ガウチョパンツを畳んで持ってくれた。 「あ、それ持って帰りま……」 「捨てます」 横から声がした。龍太郎だった。今までどこに行ってたんだろう。 「おかえりなさいませ。剣堂様」「おかえりなさい」 何人かの店員の声が重なった。 「ではこちらは処分してもよろしかったですか?」 店員が龍太郎に尋ねた。 「はい」 龍太郎がなんの迷いもなく即答した。 「ちょ、あれ、私の服ですよ。あなた……ひとの私物を勝手に……」 「ふん、あんな毛玉が付いた服、いらんだろ」 「いやいや要りますって。着やすくて、気に入ってたんですから。あの、すいませんが、袋に入れてください」 私は店員さんに頼むと、店員さんは少し微笑んだ。いやな感じではない笑い方だ。 え? なにか、おかしかった? 「おまえはおしゃれしなさすぎだ。……というか、自分に似合う服をまるで、わかっていない」 龍太郎はふぅ、とため息を吐いた。やれやれといった様子で頭を手で押さえ、かぶりを振っていた。 それから、私をジロジロ見てきた。龍太郎の視線が私にまとわりつく。 「……そのワンピース、悪くないじゃないか。でも童顔なおまえには、少しばかり大人すぎるから……」 龍太郎が店の中をウロウロし始めた。なにやらアクセサリーを探しているようだ。 「よし、これだな」 そう
「あ、あの、なんでスマホ入れ替わったんですかね?」 私は不思議に思っていた。 「おまえが派手に転んだから、おれもびっくりして落としたらしい。本当、おまえ、あれだかんな。おれだったから良かったものの、下手したら、おまえスマホで写真撮られてネットのおもちゃにされてんぞ。気をつけろよ」 「……はい。気をつけます」 確かに今の世の中、なにをされるかわかったもんじゃない。 それにしても、この車、内装もセンスいいなぁ。黒一色じゃなくて、アーモンド? みたいな色とうまく組み合わさってる。 この車の中で不倫してんのかな、ふとそんなことを考えたが、龍太郎の顔立ちを見ると、まぁこんだけいい男なら女に不自由しないだろうな、と思った。 それに不倫してようがしてまいが、私には関係ない。 ……にしても、運転も上手いなぁ……。うちの会社の送迎のおじさんなんて、もう荒いのなんのって。酔うわ、酔うわ。 まぁそれも嫌で、送迎車利用してないんだけどね……。 ……って、んん⁉︎ やばい! 車のバッテリーがあがったまんまなの、すっかり忘れてた! 「あの、用事ってあと何分ぐらいで終わりますか?」 私は車をどうにかしないと、明日も仕事だ。 「……なんだよ。もうすぐ着くよ。忙《せわ》しいやつだなぁ」 龍太郎の苛立つ声が聞こえたけど、周りをふと周りを見ると、まだ桜の上に雪が積もっている。朝はゆっくり見れなかったけど、なんて幻想的なんだろう。 こんな光景を好きなひとと見れたら、どんなに素敵だろう—— 「おい、雪音、着いたぞ」 龍太郎が山の中の駐車場に車を停めた。 「あ、あの、なんで呼び捨て……」 いきなり呼び捨てにされて戸惑った。 「だっておれ、お前の苗字知らねーもん」 あっけらかんとした口調で返された。 「鈴山雪音です。鈴山!」 「あっ、そうなんだ。降りるぞ、雪音」 「え? あれ、結局、呼び捨て?」 あ、あれ、ここって。駅の裏側じゃない? 駅の裏側の山の中にこんな場所があったの、ここって—— 「そう、墓地だ。おれが助けられなかった子のお墓がある場所」 目の前には小さな墓地が広がっていた。 「今日はその子の命日なんだ……」 少し遠い目をして龍太郎は風に言葉を乗せた。 え? このひと、本当に医療
あの医療従事者っぽい口調で話してた銀縁メガネ男は、あれから二時間後、近くのコンビニにまでやってきた。 白い高級国産車でやってきた。私が一番好きなプレミアムブランドだ。 ますます怪しい奴。詐欺師か、なにか、いかがわしい仕事してそう。 「おまえ、帽子にマスクにメガネって誰かわかんなかったぞ。くそダッサ!」 私を見て開口一番の言葉がそれだった。ひどくない? 「しかし、なんでここなんだよ。おまえの住んでるとこまで行くって言ったじゃん」 銀縁メガネが不満そうに口にした。 「知らないひとに家を教えるとか、そ、そんな危険なことできるわけないでしょう?」 「おれとおまえ、もう知らないひとじゃないじゃん」 「はぁ?」 意味がわからない。本当変な奴。 「とにかくそんな顔で出歩くなよ。おまえ、完全不審者だからな」 ひ、ひどい。これでも腫れた顔を必死に隠してるのに。 「あの、これ、スマホ……。ご、ごめんなさい」 私は車から顔を出してる銀縁メガネに、スマホを差し出した。 「あ、ああ」 銀縁メガネはスマホを受け取ると、スマホを確認しながら、呼吸をするのが当たり前であるのと同じような口調で言った。 「早く乗れよ」 はい~? 聞き間違いだろうか? 乗れよ、って聞こえた。 「え? いや。私のスマホは?」 「いいから乗れって。そしたら返す」 いやいや、こいつ、やっぱりおかしい。犯罪の匂いがする。 「い、いやです。とりあえず早くスマホ返してもらえませんか? それでこちらは用はないんで」 早くこいつからスマホを奪還しなければ。危険だ。 「おれがおまえに話があるの」 「私はなにもないんですよ」 「いいから乗れって、おれが変な目で見られるだろ! おまえの格好おかしいし!」 銀縁メガネが降りてきて、私の手を引っ張って無理やり助手席に乗せた。 「ちょ、ゆ、誘拐~、み、みみなさん、助けて。誘拐されそう、ゆっ……!」 「ば、馬鹿! 黙れ!」 銀縁メガネに手で口を塞がれた。 「外では話しにくいんだよ……」 「……なんですか?」 「さっきはその、悪かったなぁって、職業病っていうか、そ、その大人の女性に確認もしないで、|咄嗟《とっさ》に怪我の確認をしようとして悪かった!!」 銀縁メガネ