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第57話

Author: 神雅小夢
last update Last Updated: 2025-07-24 05:44:42

「明日から彼女も仕事なんだ。こういう不安になるようなことはやめろと、忠告したはずだがな」

話を切り出したのは龍太郎だった。

龍太郎はそれだけいうと、ベンチに腰掛けた。そして腕組みをしながら、長い足を組んだ。

私と絢斗は距離を空けて、向き合うように立っている。

「……ごめん。雪音。上の人間に賄賂のことをチクったの、おまえじゃないよな……」

絢斗のか細い声が聞こえた。声が震えている。

「違うよ。どうして私がそんなことしなきゃならないの?」

声にしてみると、案外自分は冷静だということに気がついた。

そばに龍太郎がいるからかもしれない。

「……実はさっき上司から連絡が来て、訊ねたら、不正行為のこと報告してきたのは男性だったっていうんだ。ごめんな。おまえがこんなことするわけがないよな。まっ、よく考えたら、おまえにそんな度胸あるわけないもんな」

絢斗が半笑いをする。どこまでも|癪《しゃく》に触る男だ。

「賄賂ってさ、ビール券とか、お酒のことだよね? まさかお金とかもらっていないよね……?」

私は絢斗に確認する。

「そ、そんなことするかよ! さすがにお金はやべぇだろ! だから今回だけは、上司も見逃してくれたんだよ!」

「……そうなんだ」

どうやら上司も大袈裟にはしたくなかったらしい。上の人間も監督不行き届きを問われるからだろう。

「まぁ、それも立派な賄賂だし、癒着を疑われて、場合によっては|収賄罪《しゅうわいざい》に問われてもおかしくはないがな。おまえは認識が甘いんじゃないか?」

龍太郎が長いまつげを伏せ、険のある言葉を絢斗に投げつけた。

続けて、

「おれはみかんのひとつも受けとらんぞ」

ふっ、と鼻で笑い、絢斗に軽蔑の眼差しを向けた。

「あ、あの、俺、雪音と二人で話しをしたいんです」

絢斗が眉をひそめて、龍太郎を見た。その目は怯えているようにしか見えない。

「ダメだ。おまえはなにをするかわからんし。雪音はもうおれの婚約者なんだからな。二人きりになどさせない」

龍太郎がきっぱりと言い切った。

「は? 婚約者?」

絢斗が心底、驚いた顔をして私の方を見た。絢斗の瞳は三白眼で獣のようだった。

私は目を逸らす。話をするとは言ったが、絢斗の瞳を正視するのは無理だ。

襲われ、怖い思いをしたのだ。

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