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第22話

Auteur: ひまわり
「どうしてここに?」

結衣は振り返り、警戒を隠さずに裕也を見据えた。

その反応が、裕也の胸を鋭く突き刺した。

彼は一拍置いて、低い声で口を開いた。

「お前の先輩の静香が自分から俺のところに来たんだ。お前に会わせてやるって言ってな。それに、二人きりになれるようにって、わざわざこんな場を仕組んだんだ」

結衣はわずかに眉をひそめた。

すると、裕也がポケットから小さな瓶の薬を取り出し、続けざまに言う。

「それに、こんな薬まで渡された。お前をだまして飲ませて、一夜を共にしろってな。そうすれば俺はお前を手に入れられるし、そして、彼女は、お前と誠を引き離して、うまく入り込めるって」

結衣の頭の中で、「カンッ」と乾いた音が鳴った。

なるほど――だから静香は、自分と誠の交際を知ってから、執拗に突っかかってきたのか。すべては、こんな思惑だったとは。

結衣にとっては実の姉同然の存在だったのに、その静香が裕也と手を組み、こんなやり口まで自分に向けてくるなんて。

結衣は何歩も後ずさりし、床にあったスピーカーを拾い上げて胸の前に構えた。

「近寄らないで。たとえ死んでも、そんな薬は飲まない。離れて!」

裕也は一歩も近づかなかった。

ただ、唇を震わせるほど恐怖に駆られた結衣をじっと見つめ、その顔には隠しようのない失望が浮かんでいた。

「そんなに俺が嫌いか? 結衣、前の人生で、俺たちは夫婦だった。なのに今は、俺がそばに寄るだけで怖いのか」

しばし沈黙のあと、裕也はかすかに苦笑し、手にしていた薬の瓶を床に投げつけて砕いた。

「安心しろ。俺はこれまで散々間違いをしてきたが、もう二度とお前を傷つけるようなことはしない。

結衣、今日ここへ来たのは、本当にただ、お前に会って、ちゃんと話をしたかっただけなんだ」

結衣はようやく手にしていたスピーカーをゆっくりと下ろした。だが声はなおも硬くて冷たく響く。

「もう今さら、あなたと話すことは何もない」

裕也が口を開こうとした、そのとき、壁際の監視カメラがいきなり音を発した。

響いてきたのは、静香の狂気じみた声だ。

「役立たず!どうせあんたには無理だと思ってたわ。いいわ、彼女を傷つけないって言うなら、二人まとめて死ねばいい!」

彼女がそう言い終わった途端、スタジオの灯りがふっと落ち、場内は闇に包まれた。

間を置かず、鼻を
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