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第6話

Auteur: 浅羽 みお
再び目を開けたとき、夢乃は病院の病室にいた。

医者が、火傷した彼女の皮膚を丁寧に処置している。

そのすぐそばの椅子で、風雅が冷たい表情で腰かけていた。

彼は、夢乃が目を覚ましたのに気づくと、どこか強張っているが心配そうな目でこちらを見つめた。

「夢乃。昨日は俺が感情的になりすぎた。

でも、お前だっていつも茜を目の敵にしすぎだろ。

ましてや、あいつを熱い香灰の中に突き飛ばすなんて、絶対にやっちゃいけないことだ。

……とはいえ、お前ももう十分痛い目を見ただろ。この件は、ここで水に流そう。

これから先、二度と茜をいじめず、ちゃんと仲良くやってくれるなら──この一生、俺は兄貴の代わりに、お前のことをきちんと守る」

その言葉を聞いた瞬間、夢乃は顔を上げた。

目の前のきれいごとを並べる風雅の顔が、ひどく偽善的に見えてしまう。

思わず口元に冷たい笑いが浮かんだ。

「それはそれは、佐藤家の次男坊からのありがたいお情けね。

でも残念。もういらないわ。もう佐藤おじいさまにはお話ししてきたの。

警察からお兄さんの死亡診断書を正式に受け取ったら、そのまま離婚の手続きに入るわ。

だって、人生はまだ長いもの。人間、どこかで執着を手放すことも、覚えなきゃいけないでしょう?」

風雅は、その言葉に呆然と立ち尽くした。

信じられないという顔で夢乃を見つめ、思わず聞き返す。

「どういう意味だよ。それって、お前もう俺……の兄貴を待たないってことか?」

夢乃は視線を外し、淡々と続ける。

「もう一年よ。警察でさえ捜索を打ち切ったのに、どうして私だけが、いつまでも足を止めていなきゃいけないの。

きっと、私を愛してくれたあの人だって、私に一生独りで生きろなんて、望んでないはずだわ」

「でも……まだ兄貴の遺体は見つかってない。それって、まだ望みがあるってことだろ?本当に、もう少し待てないのか?」

風雅は半ば取り乱したように身を乗り出し、夢乃の肩をぐっとつかんだ。

心の奥底で、理由の分からない強い焦りと苛立ちが、じわりと膨れ上がっていく。

視線がぶつかり合う中で、夢乃はふっと口角を上げる。

だが、何も答えない。

ただ、彼の手を振りほどき、そっと目を閉じてベッドに横たわった。

病室の中は、針が落ちる音さえ響きそうな静けさに包まれる。

その静寂が、理由もなく風雅の胸を締めつけた。

けれど、次の瞬間。

彼のスマホに一通のメッセージが届く。

【風雅兄さん、どうかもうお姉ちゃんを責めないで。

お姉ちゃんが何を言ったとしても、それはきっと気が動転してる時に出た言葉で、本心なんかじゃないから……】

茜からの言葉に、ささくれていた風雅の思考は、すっと落ち着きを取り戻した。

彼は画面を消し、ベッドに背を向けた夢乃を見やる。

その眼差しには、わずかな柔らかさが宿っている。

長年、自分を愛し続けてきた夢乃が、そう簡単に自分を手放せるはずがない。

さっきの言葉なんて、どうせ一時の感情で出たただの強がりに決まっている。

自分の遺体をこの目で見るまで、本当に死んだと確かめるまでは、夢乃が「まだ生きている」と信じる気持ちを、捨てられるはずがない。

ましてや離婚だの、再婚だの──そんなことを本気で考えるはずがない。

……

だが、その後の日々。

風雅は、仕事をすべてキャンセルした。

毎日のように夢乃の病室に通い、彼女のそばに付き添った。

傷の様子を恐る恐る確認し、医者には「できるだけ優しく薬を塗り替えろ」と繰り返し念を押した。

夢乃の好みに合わせた食事を、朝昼晩、欠かさず用意した。

そんなある深夜。

慌てた様子の、秘書からの電話が鳴り響く。

「佐藤社長……大変です。茜お嬢様が、医者に火傷の跡が残るかもしれないと言われたとたん、取り乱して……手首を切って自殺を図られました……」

その報告を聞くなり、風雅は顔色を変えて病室を飛び出した。

そして翌日になっても──廊下の向こうへと消えていったその後姿が、病室に戻ってくることはなかった。

夢乃は、カレンダーの数字が一日、また一日と進んでいくのを見つめる。

そして、痛みをこらえながら、ひとりで退院の手続きを済ませた。

彼女は佐藤グループの研究基地へ向かう。

母が残した研究データと、その全ての権利を持ち出すために。

だが、研究用記憶カプセルの部屋に入った瞬間。

操作台の前で、装置の本体を分解しようとしている茜の姿が目に飛び込んできた。

血が逆流するような怒りが、一気にこみ上げる。

夢乃はそのまま駆け寄り、茜の手首をつかんで、鋭く怒鳴った。

「茜、あんた何してるの?誰がこれに触れていいって許可を出したの!」

にらみ合う二人。

だが茜の瞳には、怯えの色など微塵もない。

代わりに、勝ち誇ったような挑発の光が浮かんでいた。

「そんなにムキにならなくてもいいじゃない、お姉ちゃん。

私はただ、佐藤家の未来の女主人として、自分の会社の様子を見に来ただけよ?

おばさんの研究がすごく特殊だって聞いたから。だから、いったい中に何が入ってるのか、ちょっと分解して確認してみようかなって思っただけ」

その言葉に、夢乃は鼻で笑う。

「茜。私の母が残したものにあんたが手を出す権利なんてない。

それに、さっき自分で言ったでしょう。未来の女主人、婚約者だって。

本当に無事に結婚して、佐藤家の奥様として胸を張って座れるかどうかなんて、まだ分からないじゃない。

私ね、ちょっと興味があるの。そんな、名ばかりで中身のない立場しか持ってないあんたが──そのときいったい、誰の妻を名乗るつもりなのか」

その一言で、茜ははっと顔を上げた。

さっと血の気が引き、その顔は真っ白になっていく。

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