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公開審問

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-11-02 21:09:59

講堂は広いのに、音が近い。

壇上の砂時計が静かに落ちて、補佐の声だけが真っ直ぐ来る。

「一問一答。即答。沈黙は未回答。要約は評議の権限」

マリナが砂に目をやる。

「……急がせる音」

トマスが小さく肩を回す。

「砂、ひっくり返せるだろ」

エリシアは息を整える。

「順番、先に置く」

補佐が続ける。

「まず確認。記録は——」

エリシアが手を上げる。

「“公開記録”の白板を壇前に。全質疑に時刻印を」

「記録は要約で足りる」

「要約はあなた。記すのは、ここ」

短い沈黙。

渋い顔で、白板と時刻印が運ばれる。

補佐が第一問を投げる。

「“第四の声”の主導者は誰だ」

三人の視線が交わる。

二呼吸の黙印。

マリナが口を開く。

「名前、ありません」

補佐のペン先が止まる。

「未回答に記す」

エリシアは白板に書く。

[問:主導者/答:『名なし』/備考:二呼吸の黙/時刻:—]

書き終えて、振り向く。

「未回答ではなく“未だ”。——時刻、ここ」

時刻印が小さく鳴る。

ざわめきが一段、落ちる。

補佐が第二問を重ねる。

「黙礼や掌の合図は組織指示か」

トマスが前を見る。

「合図、見せる。音は出さない」

輪の数人が掌を静かに見せる。

客席のそこかしこで、同じ動きが連なる。

収音具は何も取らない。

エリシアが白板に追記する。

[記録:視覚の返事/音響記録なし]

補佐が苛立った声で言い直す。

「要約:沈黙で扇動」

エリシアは首を傾けるだけ。

「要約に“扇動”の語。事実照合なし、と併記」

ペンの音が、静かに戻る。

客席の一角で椅子が鳴る。

ヴァレンが立つ。

「遊びだ。即答しろ」

トマスが目を合わせる。

「二呼吸、やるか」

ヴァレンは何か言いかけて、一拍だけ止まる。

空気がそこで落ちる。

エリシアは白板の隅に小さく点を置く。

[ヴァレン:一拍の黙]

ヴァレンは舌打ちを飲み込んで座る。

後方で紙がめくられる音。

ルクシアが薄い冊子を掲げる。

「前例。公聴規程、旧条文。“聴問の権利——答弁前に沈黙の時間を置くこと”」

エリシアは条文番号だけを白板端に写す。

補佐は否定せず、視線を逸らす。

砂時計に指が向く。

補佐が急かす仕草。

トマスが一歩、壇に寄る。

「順番。聴く→読む→……で、今は“聴く”」

上級生が合図を送り、砂時計が反転する。

張り詰めた糸が、少しだけ緩む。

第三問が落ちる。

「公開読み合わせで進行
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