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読む人たち

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-11-07 19:03:09

朝の光が弱くて、白板の文字が二重に見えた

整えられた清書と、その下に薄く残った揺れる記録

立ち止まる足が増えて、廊下の息がそろう

箒を持った年配の女性が一歩出て、白板の前に立つ

指で行をなぞって、ひと息置いてから、一行だけ読む

声は小さいのに、遠くまで届く

息が少し遅れて、言葉がやわらかく残る

「……始まったね」

マリナが小さく言って、肩の力を抜く

エリシアが目だけで頷く

「“解説”じゃなく“読む”から」

小部屋の前に紙を一枚だけ貼る

〈黙→聴→読む→返す→確かめる→記す〉

それだけ

トマスが紙の端を押さえながら言う

「合図は掌、返事は自由」

リオが笑わずに笑う

「拍手は……今日はなしで」

中庭に机を三つ置いて、椅子は少し空けておく

始まりの合図はない

誰かが一文だけ読む

二呼吸の黙

「うん」

「はい」

「……うん」

返事が三つに散って、空気が揺れる

ルールは言わない

輪は、勝手に大きくなる

補佐が若手を連れて現れる

腕に束ねた薄い冊子

「公式解説書だ、配布する。読後は要約を」

エリシアは冊子をめくらない

目だけで白板を指す

「要約は意見。——今は引用だけ」

若手が戸惑って補佐を見る

補佐は口を開きかけて、飲み込む

輪は読みへ戻る

紙の音だけが少し鳴る

読み手が入れ替わる

リオが最初の一文

言葉の端が少し丸い

貴族生徒の少女が続く

背筋は固いのに、声はやわらかい

吃音の少年が三番手

最初の音でつかえて、息が止まる

輪が“二/二/三”で黙礼する

待つ

少年の喉が動いて、もう一度

今度は出た

短い一行が、まっすぐ落ちる

マリナが目だけで笑う

「遅れて、届いた」

天井の放声機が低く鳴る

「午後より“監訳朗読”を実施。問い→答えを提示」

トマスが空を見ない声で言う

「答え、先に置くのか」

エリシアが短く息を整える

「置かれたら、引用で返す」

午後

監訳者が壇の前に立つ

「この文の意は?」

マリナは別の箇所を開く

指で一行を押さえ、そのまま読む

監訳者が要約を足そうと口を開く

輪が二呼吸だけ黙って、視線を落とす

別の読み手が次の引用を重ねる

ルクシアが遠くで頬杖をつく

「質問に答えず、本文で返す。——きれい」

廊下の奥から鍵の音

老司書が小さな鍵束を掲げて近づく

「付室を開けよう」

旧図書室の隣の扉が重くひらく

中の机に「初版の帳面」を置く

紙の角に古い時刻印

エリシアが指
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