Semua Bab 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた: Bab 1281 - Bab 1290

1293 Bab

第1281話

黒いビュイックが彼らの斜め後ろを、距離を保ちながらついてくる。奏は前方の道路状況を確認し、静かに言った。「人の少ないところで止めろ」「了解です」運転手はすぐにアクセルを踏み、車を人気のない脇道へと入れていった。後ろの車もそのまま曲がってくる。ところが、角を曲がった瞬間、奏の車が道端に停まっているのが見えた。ボディーガードは思わず悪態をつきながら、急ブレーキを踏み込む。奏が車を降り、大股でボディーガードの車のもとへ歩み寄る。ボディーガードは舌打ちしながら、しぶしぶ窓を下げた。その顔を見た奏の目に、一瞬だけ驚きと納得が混じった光が宿る。普通の人間なら、こんなあからさまな尾行はしない。「とわこに命じられたのか?」奏の声は冷たく、刺すようだった。ボディーガードは肩をすくめて言う。「そうっすよ。社長の命令がなきゃ、わざわざあなたを追うわけないでしょ?家で寝てた方がよっぽど幸せですよ。だから、俺に当たらないでくださいよ。こっちもただの社畜なんです」奏の顎の筋肉がぴくりと動く。「彼女は、俺を尾行して何をしたい?」「住所を知りたいそうです」ボディーガードは正直に答えた。「奏さん、家の住所を教えてくれませんか?そうしたら今日の任務、さっさと終われるんです。社長が言ってたんすよ、家を突き止めるまで一日中つけろって。……一日中後ろにいられても困るでしょ?」奏の瞳が冷たい光を宿す。低い声で、威圧的に言い放った。「とわこが死にたいなら勝手にすればいいが、お前も死にたいのか?」ボディーガードは慌てて両手を振る。「死ぬのは勘弁してください!怒るなら社長に怒ってください。俺はただの使いっ走りです!それに、社長があなたの住所を知りたいのは、別に邪魔したいからじゃないっすよ……もしかしたら、あなたが誰かに殺された時に、せめて遺体を引き取れるようにって考えてるのかもしれません」奏の眉がぴくりと動いた。この男、今まともなことを言ったのか?自分は生きているというのに、なぜ死を前提に話をする?「社長は高橋さんの状況がかなり危険だってもう知っています」ボディーガードはさらに言葉を続けた。「危険だと分かっているなら、なぜ彼女を日本に連れ戻さない?」「俺だってそうしたいですけど、聞かないんですよ!昔っから頑固なんです。正直、あな
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第1282話

運転手は奏を別荘まで送り届けた。車が静かに停まると、奏はドアを開けて外に出る。玄関から、真帆が真っ赤なロングドレス姿で軽やかに現れた。「奏、検査の結果はどうだったの?」奏は穏やかに答える。「問題ない。医者からは、少し休養を取るよう言われただけだ」真帆は彼の腕にそっと手を添え、一緒にリビングへ向かう。「だったら、しばらく無理しないでね。もしお義父さんに言いづらいなら、私が代わりに言うから。お義父さんは仕事のことしか頭にないのよ。あなたの体のこと、まったく気にしてくれない。私にとっては、何よりあなたが一番大事なんだから」「真帆、今日はずいぶん華やかだな」奏は彼女の言葉を聞きながら、話題を変えるように視線を滑らせた。真帆は嬉しそうに笑う。「だって今夜はね、特別なゲストが来るの。ふふ、誰かは内緒。夜になればわかるわ」奏は軽くうなずく。「もうすぐ誕生日だろう。欲しいものはあるか?」真帆は頬を赤らめて、恥ずかしそうに笑った。「自分から欲しいなんて言えないよ。あなたがくれるなら、何でも嬉しい。何をくれても、大切にするから」彼女の一言一言が、奏の胸に穏やかに沁みていく。とわこが口を開くたびに、頭痛が始まる。理屈では真帆のように穏やかで思いやりのある女性を選ぶべきだと分かっているのに、心がそれに逆らっていた。「真帆、買い物にでも行くか?午後は君へのプレゼントを見に行こう」その提案に真帆の顔がぱっと明るくなり、つま先立ちになって奏の頬に軽くキスをした。「ありがとう、あなた。そういえば朝ごはん抜きだったでしょ?きっとお腹空いてるよね。あなたの好きな料理とスープを作ったの。食べてみて」「うん」時間が流れ、夕方になった。とわこは食事を済ませると、車を運転して奏と真帆の住む別荘へ向かった。彼らの家の前に直接車を停める勇気はなく、塀の脇に静かに駐車する。袋を手に取り、深く息を吸い込んでから車を降りた。門の前に立ち、鉄の柵の隙間から中を覗く。夕焼けの光を受け、左手の庭には色とりどりの花や木々、右手には小さな人工の滝と池がある。静かで、まるで別世界のように穏やかな空気が流れている。まだ陽は落ちきっていないが、庭の照明はすでに灯されていた。玄関の扉は閉ざされ、窓の向こうに明かりが見えるものの、中の様子ま
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第1283話

「さっき言わなかったかしら?午後にプレゼントを買いに出かけて、まだ帰ってきていないって」家政婦はとわこを睨みつけるように言う。「あなたほど図々しくて恥知らずな女は見たことがないわ。常盤さんはもうあなたを求めていないのよ。それでもここに来るなんて」とわこは唇を引き結び、袋を強く握る。「さっさと帰って。でないとそのうちこの家の長男様が来たら、あなたに優しく説明なんてしないわよ。場合によってはその場で殺されるかもしれないから」家政婦は冷たく言い放し、敷地の中へ戻っていく。長男?高橋家の長男?とわこが剛に関する情報を得たのは三郎からだ。三郎は剛が今大きなトラブルに巻き込まれているとだけ伝え、家族構成までは言わなかった。だから家政婦の言う「長男」が誰なのか、とわこには分からない。とわこはボディーガードに、無駄に命を捨てないと約束している。ここに来たのは自分の死に場所を探すためではない。奏に薬を渡すためだ。彼女は昼に放射線科で粘り強く頼んで、奏の今日の再検査のCT画像を手に入れている。画像を丁寧に確認した結果、小さな異常を見つけた。門の前に立ってからしばらくして、二台の高級車が遠くからやって来る。その瞬間、向こうの車の一台が故意にハイビームをつけ、とわこに照射する。強烈な光でとわこはとっさに手を上げて目を遮る。「この女は誰だ」助手席に座る高橋家の長男、高橋大貴が振り向いて妹に尋ねる。さっきのハイビームは彼が運転手に指示したものだ。真帆は眉を寄せて不機嫌そうに言う。「奏の日本の妻よ。でも式だけで婚姻届けは出していないって聞いてる」「三千院とわこか」「そうよ。どうやってここを見つけたのかしら。嫌な女ね」真帆は小声で呟く。大貴の目に不快の色が浮かび、奏に向き直る。「奏、うちの妹は高橋家の目に入れても痛くない子なんだ。もし妹が困らされたら……」「お兄ちゃん、奏は私に酷いことはしてないよ。前にとわこが来たとき、奏は突き放したの。あの女がしつこくまとわりついただけ。奏は何度もはっきりさせているんだよ」真帆が慌てて説明する。「それなら、降りてぶっ殺してくる」大貴が言い終わると、運転手は車をとわこの前に停める。張り詰めた空気が広がる。真帆は奏の顔を見る。奏の表情は冷たく曇り、真帆は慌てて兄を制する。「お
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第1284話

奏はとわこを連れて彼女の車のそばまで来る。「ドアを開けろ!」彼は怒鳴った。「あなたの再検査の結果、あまり良くなかったわ。副院長のところに行かなかったでしょう?」彼女はもう一度薬を差し出し、彼よりも強い口調で言う。「絶対にタバコもお酒もダメ。あの高橋家の長男がどんな立場でも、あなたの体を犠牲にするなんて許さない!」「ドアを開けろと言ってる!」彼は声を荒げ、握り締めた拳を突然車体に叩きつけた。ドン、と鈍い音が響く。彼女はびくりと肩をすくめた。「わかった!すぐ行くから!」彼の全身から放たれる圧倒的な気迫に、彼女は息が詰まりそうになる。薬を彼の胸に押し込み、そのまま彼の体を軽く突き放した。ドアを開け、乗り込む前に振り返る。「奏、私はいつまでもあなたに執着するつもりはない。心配なのは、あなたが記憶を取り戻したあとで後悔することだけ。もしいつか記憶が戻って、今の生活こそが自分の望んだものだって思うなら、その時は私、去るわ」喉に刺が刺さったような思いでそう言い終えると、彼女は車に乗り込み、ドアを閉めた。車が視界から消えるのを見届けた後、彼は彼女が押し付けた薬を手に取り、隣のゴミ箱に投げ捨てた。今日の撮影が終わったあと、医者は「回復は順調だ」と言っていた。彼は医者の言葉を信じていた。彼は大股で前庭を進み、別荘に入る。真帆がスマホで通話していた。彼が入ってくると、真帆は電話の相手に丁寧な言葉をかけてから通話を切った。「奏、さっき副院長に電話して、再検査のことを聞いたの。今日検査は受けたけど、副院長のところには行かなかったって言ってたわ」真帆は心配そうに眉を寄せる。「放射線科の医師によると、映像では問題なかったみたい。でもとわこが『結果が悪かった』と言っていたから、今、彼がフィルムを確認してるの」真帆の言葉を聞き終えると、大貴が横で笑った。「真帆、お前、そんなに俺のことを心配したことはないよな」「だって違うもの。お兄ちゃんのことはみんなが気にかけてるけど、今、奏のことを気にしてるのは私だけなんだから」真帆は兄の前に歩み寄り、軽く甘えるように言った。「お兄ちゃん、今回どのくらい滞在するの?」「父さんに呼ばれたんだ。帰れなんて言われてない」大貴はそう言いながら、奏に視線を向けた。「奏、お前は俺の妹と結婚したんだ。今
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第1285話

とわこは今夜、ただの口実で彼に会いに来たのではない。本当に彼の再検査結果に問題があると確信していた。車で病院へ戻る道中、とわこの胸がぎゅっと痛む。昼に放射線科で奏のCTを頼み込み、医師は黒い手帳を取り出した。奏がゴミ箱に捨てたものだと言う。さっき渡した薬も、きっと彼は捨ててしまっているだろう。車内の音楽を流す。旋律が流れる間だけ、気が紛れる。赤信号で停まると、低く甘い男性の声が耳元で歌うように響く。「いっしょに傘を差して雨の中を歩こう。静かに手をつないで過ごす。あなたは傘を投げ出し、風と雨と私を抱きしめる。君が君であるからこそ、ぼくはぼくでいられる 互いが互いの欠片になる」風も雨も共にしたいと思ったのに、彼は別の女性の手を取る。歌で痛みを紛らわせようとしたが、一曲も終わらないうちに涙があふれて崩れる。信号が変わる。とわこはアクセルを踏み込んで発進する。ビデオ通話の着信音が鳴り、蓮からだと分かると路肩に車を停めて音楽を止める。ティッシュで頬の涙を拭い 気持ちを整える。画面に息子の顔が映ると、とわこの口元が少し上がる。「蓮、レラは帰ってきた?」「うん」蓮は母の目の赤さに気づく。表面は笑っているが泣いた跡があるのを見て心が重くなる。そんな母の姿に、蓮の胸は重苦しく、言いようのない感覚に押しつぶされそうだった。蓮は携帯をレラに渡し そっと離れる。「ママ、つまんない」レラは起きたばかりで不機嫌だ。「久しぶりに会えたのに」「今会ってるでしょ ママは毎日でもビデオかけるよ」とわこはなだめる。「おばさんには会えた?」「会ったよ。一郎おじさんに迎えられて行っちゃった」レラはため息をつく。「ママいつ帰ってくるの?パパに新しい奥さんができたならパパなんていらないって言えばいいのに。一度や二度の過ちは許せるけど、今回で何回目よ、五回六回七回八回」「レラ、パパのことについてはちょっと複雑で、ママもすぐにはうまく説明できないの」とわこは優しい声で言った。「ママが帰ったら、ゆっくり話すね」「そう……弟はもう走れるようになったよ。走る姿がアヒルみたいで、見てられないくらい可愛いんだから」レラは眉をひそめてつぶやいた。「私もお兄ちゃんも楽しくなかったよ。弟だけが毎日、バカみたいにニコニコしてるんだから」とわこは言葉に
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第1286話

大貴はそう言い終えると、二人の新居を後にした。「大貴様、社長が呼び戻されたのは、おそらく常盤様を抑えるためかと」運転席の部下がそう言いながらハンドルを握る。「ほとんど調べはつきました。社長は常盤様に、二兄様と四兄様の間でこじれている負債問題の調停を任せたようです。もし常盤様がそれをうまく処理できれば、社長は核心業務の管理を彼に任せるつもりだとか」大貴の顔に陰が落ち、指を握り締める拳が白くなる。歯ぎしりの音が車内に響いた。「父さんは、俺を信用していない!」「どうか落ち着いてください。社長が大貴様を呼び戻されたということは、常盤様を完全には信じていないという証拠でもあります。常盤様は婿とはいえ、結局は他家の人間。もし全ての権限を渡してしまえば、高橋家そのものを飲み込まれる危険だってあります。それは社長も望んでいないはずです」「だがもし父さんが、すべてを奏に委ねたら、俺にどうやってあいつを止めろって言うんだ?頭でも突っ込めってのか?父さんはもう老いぼれていて、愚かにもほどがある!」大貴は怒声を上げた。部下は数秒黙り込み、それからおずおずと口を開く。「大貴様、常盤様が勢いをつける前に今のうちに手を……」その先の言葉は飲み込まれた。だが大貴には、何を言いたいのか十分に伝わった。別荘では、真帆がすっかり酔って奏にしがみついて離れなかった。「奏……あついの」真帆の酒量はワイン半杯ほど。だが今夜は二杯も飲んだため、かなり酔いが回っていた。彼女は自分でも制御できず、着ていたドレスを脱ごうとする。奏は彼女を抱き上げ、浴室に運ぶとバスタブに下ろし、冷水の蛇口をひねった。冷たい水が流れ込み、真帆は顔をしかめる。「つめたいっ!奏、つめたいよ!」「熱いって言ってただろ?」奏は彼女を見下ろしながら言う。「家政婦を呼んで世話をさせる」「いやっ、家政婦なんていらない!」彼女は人形のような顔を歪め、いつもの落ち着いた姿とはまるで違う子供っぽい表情を見せながら、素早く彼の腕を掴んだ。「奏、そばにいて。ここにいるだけでいいから、お願い」奏は、まるで別人のような彼女に一瞬言葉を失う。これまでの真帆はいつも従順で、彼を煩わせることもなかった。それがまるで、仮面を被っていたかのように思えた。彼は大きな手で彼女の手を押し返す。「わがままを言うな」
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第1287話

奏は自らの手を伸ばし、その上品な指でゴミ箱の蓋を開けた。中に手を入れて、先ほど捨てた薬を取り出そうとした瞬間、ボディーガードが慌てて彼を止めた。「奏さん!中は汚いです!俺がやります!」押し退けるわけにもいかず、ボディーガードは素早くゴミ箱を抱え込むようにして向きを変えた。奏は空中に止まった腕を下ろし、感情を整えてから命じる。「中に薬の袋がある。取り出せ」「え?あの、夕方に元奥さんが持ってきた薬ですか?」空気を読まないボディーガードは、言葉を続けながら素早くゴミの中からその袋を取り出した。奏はすぐに手を伸ばして受け取ろうとする。「奏さん、これゴミ箱から拾ったんですよ。汚れてます!消毒してからお渡しします」ボディーガードはぶつぶつ言いながら、「剛さんから聞きましたよ。奏さんは潔癖症だって」奏は言葉を失った。この口の減らないボディーガードを、早く替えたい。「奏さん、薬局に行けば同じものが買えますよ。わざわざゴミから拾うなんて」ボディーガードは不満げに袋を見つめたが、奏がそれを欲しがる以上、逆らうことはできない。奏はその手から袋を乱暴に奪い取り、冷ややかに言った。「元の場所に戻せ」ボディーガードは一瞬ぽかんとしてから、「あ、はい!」と慌てて答えた。奏はゴミ箱から拾った薬の袋を手に、無言のまま別荘へと戻っていく。ボディーガードは鼻をこすりながら呟いた。潔癖じゃなかったのか?しかも親切に消毒を提案したのに、不機嫌になるなんて。病院。とわこが病室のドアを開けると、ボディーガードと俊平が盛り上がって話していた。「何の話をしてたの?」「奏さんとの昔のことを、彼が知りたがってたんですよ。俺、全部知ってるので教えてあげたんです」とわこの眉がぴくりと上がる。「あんた、もう帰国したいのね?」「社長、損してるのはいつもあなたですよ。もう少し自分のことを考えれば、こんな苦労しなくて済むのに」ボディーガードは椅子から立ち上がると、「薬、届けたけど受け取らなかったでしょ?」と言い放った。「ホテルに戻って休んで」とわこは話を打ち切るように言う。「明日また用があれば連絡するわ」「でも社長は?まさか同級生と夜通し話す気じゃないですよね?外で待ってます」そう言い残し、ボディーガードは大股で部屋を出て行った。俊平は彼女
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第1288話

彼女が電話に出ると、すぐに男の声が響く。「とわこ、話がある」電話は三郎からかかってきた。彼女は腰を起こして、真剣な口調で答える。「伺います、話してください」「まだ奏に会いたいのか」彼女は一瞬ぎょっとして、慌てて返す。「会いたいです。手を貸してくださいますか」「ははは、しつこいな。奴はもうお前のことなんて覚えていないのに、どうして諦められないんだ」三郎は嘲るように笑う。「彼が私にどう接するかは彼次第です。私は自分のやるべきことをやっているだけです」とわこは淡々と言う。「私を呼んだ理由が、ただ嘲るためだとは思えません」「もちろんそんなつもりはない、俺はそんな暇じゃない」三郎は言う。「あと数日で真帆の誕生日だ。高橋家が祝宴を開く。お前は海が怖いか」「怖くないです。どうしてそんなこと聞くんですか」「その誕生会はクルーザーでやる。剛が俺を誘ったが、行きたくないんだ」三郎は理由を明かす。「代わりに私が行きます」とわこはすぐに申し出る。「渡すべき贈り物や伝えるべき言葉があればお任せください」「ははは、とわこ、お前が医師ならいいのに」三郎は皮肉を込めて言う。「もっと建設的なことをしていれば、こんな面倒に首を突っ込む必要もないのに」「もし私が奏と立場を入れ替わっても、彼は簡単には私を手放さないはずです」とわこは確信をもって言う。「早く記憶を取り戻してほしいんです。大きな過ちが起きる前に」「そう言うなら止めはしない」三郎は答える。「今週の金曜の朝にうちに来い。贈り物は渡してやる、運転手がそこまで送る」「ありがとうございます」とわこは心から礼を言う。「何か私にできることがあれば遠慮なく言ってください」「余計なことは言うな、とにかく奏が記憶を取り戻すまでは生き延びろ」三郎は冷笑する。「俺があの会に行かない理由がわかるか。実は真帆のこと、嫌いじゃないんだ。とてもおとなしくてまるで飼い慣らされた鳥みたいだ。あんな美しく従順な女を拒める男はいない」とわこはその言葉を聞き、胸の中が複雑に揺れる。「話がそれた、会に行かない本当の理由を言おう。大貴が帰ってきた、奴を見ると殺意が湧くんだ」「なぜですか。彼は何をしてあなたを怒らせたんですか」その問いを発したとき、大貴の荒々しい顔が頭に浮かぶ。夕方、もし奏が庇わなければ、大貴は
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第1289話

「あなたの言い方はキツいけど、悪い人じゃないってわかってます」とわこは穏やかに言った。「誰だって自分の望む生き方があります。私が望むのは、奏と一生を共にすることです。もし彼が危険な目に遭ったら、一緒に死ぬつもりはないけど、助けるために全力を尽くします」「はっ!」「その時は、あなたの力を借りるかもしれません」「ふざけんな!俺を巻き込むな!」彼はこれ以上聞きたくないというように、慌てて電話を切った。とわこはスマートフォンをテーブルに置き、そのまま横になる。本来なら、奏が追い詰められている状況を心配すべきだった。けれど不思議なことに、彼女が気にしていたのは奏が真帆に心を動かされていないか、ということだった。真帆は甘い顔立ちで可愛らしく、体も小柄で華奢。三郎の話によると、真帆は男の扱いが上手く、従順で、相手を喜ばせることに長けているという。そんな女性の誘惑に、奏が耐えられるのだろうか。「うっ……」突然、頭に鋭い痛みが走り、体が思わず丸まった。最近、頭痛の頻度が増えている。病状が悪化している証拠だった。あと一か月、体がもつかどうかもわからない。彼の記憶を一刻も早く取り戻させなければ。彼が二人の過去を思い出せば、必ず正しい選択をしてくれる。彼女はそう信じていた。翌日、とわこはボディーガードを連れてショッピングモールへ出かけた。「今日は随分ご機嫌ですね。奏さんに会いに行かないんですか?それとも……奏さんもモールに?」「今日は会わないわ」彼女は眠れなかったせいで少し顔色が悪い。「今日はドレスを買うの。三日後は真帆の誕生日パーティーよ。三郎さんの代理として出席する予定なの」「なるほど!ってことは、当日奏さんにも会えるってことですね!今日ドレスを買うのは、真帆より目立つためですね」とわこはギロリと彼を睨んだ。「ドレスを買うのは、三郎さんが今朝メッセージで『みっともない格好で来るな、俺の顔に泥を塗るな』って言ってきたからよ」「そ、そうですか」「それにクラッチバッグとハイヒールも必要ね」とわこは計画を立てながら言う。「まずはドレスから選びましょう」ドレスを決めてから、それに合うバッグと靴を選ぶ方が間違いが少ない。「でも、もしその時社長が真帆より綺麗に見えたら、奏さん、あなたと一緒に日本へ戻るかもしれませんよ
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第1290話

とわこはドレスを受け取り、ざっと目を走らせてから眉を寄せる。気に入ったデザインではないが、ボディーガードの意見を一度は聞いてみようと思った。もしかしたら役に立つかもしれないのだから。どうやって奏の記憶を呼び戻すか分からない以上、どんな手段でも試してみるつもりだ。日本、一郎と桜は一郎の両親を空港まで見送る。両親は本当は出発したくない様子だった。桜は一郎の子を宿していて、あと八、九ヶ月で生まれるはずだからだ。だが一郎は両親に帰ることを強く勧める。彼がそうする理由は両親が桜を甘やかしすぎていると感じるからだった。今のままではいつか家がめちゃくちゃになると彼は危惧している。例えば桜を連れてきた初日、母親はいきなり服やバッグや靴を買い与えた。翌日には宝石をいくつも買ってきた。服や宝飾を買うこと自体はかまわないが、なぜ一度にあれほど大量に買うのか。しかも支払いはいつも一郎のカードだ。母はカードを持っているが、普段は自分の金を使わない。だが一郎が頭を抱えるのは金の問題ではなく、桜への溺愛の度合いが異常だという点だ。子がまだ生まれていない段階で、家庭内での自分の地位が危うく感じられる。子が生まれたら、ますます収拾がつかなくなるのではないかと考える。その変化を受け入れられず、昨夜両親とじっくり話し合った末に両親を先に出して送る決断をした。両親が搭乗した後、二人は空港を出る。「そういえば言い忘れたけど、今日兄さんが来る」桜は携帯を取り出して時間を確かめる。「先に帰ってていいよ、私はこれから迎えに行くから」一郎は目を見開く。兄って哲也のことか?一郎は深く息を吸ってこめかみを揉む。「いつ来るんだ、なんで早く言わなかったんだ」「だってあの人は私の兄であって、あなたの兄じゃないし、なんでわざわざ知らせなきゃいけないの」桜の口が尖る。実は昨日哲也に電話で罵られて気分が悪かった。一郎に兄妹の関係の険悪さを知られたくないし、ましてや一郎に面倒をかけたくない。「桜、今は僕の子を宿しているんだ、だから君のことは全部報告しなきゃいけない」一郎は怒りを抑えきれないが、妊婦である彼女を思い堪えるしかない。出発前に母は何度も念を押した。妊娠初期の三か月は極めて重要だと、桜を怒らせるなと厳命した。もし子が亡くなった
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