All Chapters of 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された: Chapter 1011 - Chapter 1020

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第1011話

あの怯えていた日々に比べれば、ここでの生活には不安がない。むしろ、心が落ち着いて──少しだけ、幸せですらある。だからこそ、彼の顔がこんなにも晴れやかに見えたのだ。香織は頷いた。「欲しいものはある?あったら買ってくるわ」翔太は首を横に振った。「ここでは、特に不足してるものはないよ。この前……由美もたくさん差し入れしてくれて、よく面会に来てくれてたから。心配しないで」香織は唇をきゅっと結んだ。——でも、これからは由美も忙しくなって、もうそうそう来れないかもしれない。「……時間があったら、なるべく来るわ」「子供の世話で忙しいんだから、構わなくていいよ。遠いんだし、用事で来るついでに寄ってくれれば十分さ」翔太は笑った。その笑顔を見つめながら、香織は罪悪感に頭を垂れた。もっと気にかけていれば、こんな道を歩ませずに済んだかもしれない。この代償は大きすぎた。最も輝かしいはずの青春時代を、塀の中で過ごすことになるのだから。「……そうそう、このあとね、ここミシン縫いの授業があるんだよ」翔太は陽気に言った。「新しい技能を習得中なのさ」こんなときに、そんな冗談が言えるなんて──香織は思わず吹き出した。けれど、笑みの奥で、鼻の奥がつんとした。「ほんと、相変わらずね」「双、背が伸びたか?」彼がふと尋ねた。「ええ」香織は頷いた。彼は一瞬だけ、少し寂しそうに目を細めた。「そっか……きっと俺が出るころには、あいつ、俺よりも背が高くなってるかもな」「良い行いをして、早く出られるよう頑張って」翔太は力強く頷いた。まもなく面会時間が終了した。香織は受話器を置き、面会室を後にした。タクシーでホテルに戻る途中、彼女は携帯で航空券を確認した。今日の便はなく、明日も1便だけだった。彼女は2枚のチケットを予約した。ホテルに戻ったとき、憲一の姿はなかった。部屋にも、レストランにもいない。仕方なく、香織は一人でレストランに入り、窓際の席に座って食事を注文した。ふと下を見ると、路上に憲一と由美の姿があった。距離が遠く、はっきりとは見えないが、間違いなく二人だ。何を話しているのか――あるいは由美が子供に会いたくなったのかもしれない。彼女は小さくため息を
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第1012話

受話器から低く響く声が伝わってきた。「会いたい」香織の唇が自然と緩んだ。まさに聞きたかった言葉だった。もう一度窓の外を見ると、由美と憲一は別れ、彼が子供を抱きながらホテルへ向かっているところだった。彼女は言った。「圭介、愛してる」もう、すれ違いたくない。離れたくない。永遠に一緒にいたい——由美と憲一が一緒になれなかったことが、彼女に圭介との愛情をより大切に思わせた。彼女は頬杖をつきながら、ちょっとおどけて聞いてみた。「なんで黙ってるの?」「言うことがないから」圭介が言った。「……」香織は言葉を失った。彼女は目を伏せた。「そっか」「うん」その応答が、ますます彼女の胸をモヤモヤさせた。「うん」って何?愛してるとか言わないまでも、この態度は?「食事中だから、切るわ」そう言って、彼女は一方的に通話を切った。圭介は耳元で鳴り響く切断音を聞きながら、薄く笑みを浮かべた。愛の言葉など、直接会って伝えるべきものだ。さっきまで空腹だったのに、今はまったく食欲がなかった。香織は何口か無理やり食べただけで、部屋に戻った。ベッドに横になって間もなく、ノックの音がした。来たのは憲一だった。「航空券は予約したか?まだなら俺がする」「もう取ったわよ」香織は言った。憲一はうなずいた。「由美、子供に会いに来たの?」香織が彼を呼び止めた。彼は振り返った。「見てたのか?」「ええ。レストランで食事してたときに見かけたの」憲一が何か言おうとする前に、彼女が続けた。「妊娠してから出産まで、たった十ヶ月だけど……でも、この血のつながった絆って、父親のそれより深いの。由美は、可哀想よ」憲一は静かにうなずいた。「君も妊娠してた時、相手が誰か分からなくても産もうとしてたよね。……だから分かるよ。母親になる女って、すごく強いよな」「……」香織は言葉を失った。過去のことを振り返ると、今でも居心地の悪さを感じる。あの頃の自分は、未熟だった。考え方も、行動も、足りない部分ばかりだった。産むことを決めたことは、間違ってなかったけど——それ以外のいろんな面で、やっぱり……「……もういい」香織は手をひらひらと振って、憲一の言葉
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第1013話

彼女は受付で圭介の病室の場所を聞き出せず、仕方なく医師を探すことにした。最上階のVIP病棟に向かうと、ちょうど誠が主治医と話しているところに出くわした。「誠!」彼女が声をかけると、誠は振り向き、香織の姿を見て目を大きく見開いた。「お、奥さま?な、なんでこちらへ?」彼は慌てて駆け寄ってきた。香織は穏やかに微笑んだ。「来ちゃダメだった?」誠はすぐに首を振った。「い、いえ、ただ……ちょっと突然だったので、事前にご連絡くださればと……」「不意打ちはまずかった?」彼女は眉を少し上げた。「い、いえ……」誠は口ごもった。香織は彼を追い越し、医師のもとへ向かった。圭介は自分の状態を詳しく教えてくれなかった。彼に会う前に、まず彼の様子を確認したかったのだ。「先生、圭介の目は、いつ頃回復する見込みですか?」医師は一瞬、戸惑ったように彼女を見つめた。「失礼ですが、あなたは──?」「妻です」香織は答えた。「ああ、なるほど。あの時、私に連絡をくださったのはあなたですね」香織は頷いた。「そうです」「もうすぐですよ。一ヶ月もかからずに退院できます」「ありがとうございます」香織は感謝した。時間がかかっても構わない。彼の目が再び光を取り戻せるのなら──医師は彼女にいくつか注意点を伝えると、他の仕事のためその場を離れた。香織は誠の方を向いた。誠は気まずそうに近寄ってきて、苦笑した。「奥さま……」圭介が香織を同行させなかった理由は、一つには彼女の身に危険が及ぶのを恐れたから。もう一つは、自分の惨めな姿を見せたくなかったからだ。香織も、圭介が心に引っかかるものを抱えているのは分かっていた。けれど、夫婦というのは——良い時も悪い時も共にあるものだ。「彼の病室に案内して」「……あの、先に水原様に一言、伝えましょうか?」誠は恐る恐る聞いた。「部屋の番号だけ教えて。私が入ってみる。あなたはついて来なくていいし、中にも入らなくていい。彼は、私のことをあなたと勘違いするかもしれないしね」誠は困惑した。これは……でも、今のところ他に選択肢もないようだ……「こちらです」誠に案内され、香織は廊下の一番奥にある病室の前に立った。病室といって
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第1014話

香織はそっと眉をひそめた。彼は自分を誠と勘違いしているのか?まあ、それも当然だろう。今まで一言も声を発していなかったし、何より突然現れたのだ。視力が回復していない今、彼が気付かないのも無理はない。圭介の戸惑った表情を見て、香織はふっと口元を緩め、いたずらっぽく笑った。そして、わざと声を変えて──「私は、誠さんに頼まれて、あなたの世話をしに来ました」「……」圭介は言葉を失った。そう言いながら、彼女は意図的に掛け布団をめくり、彼の胸に手を当てた。「誠!」圭介の怒声に、ドアの外にいた誠が飛び込んできた。誠が入ってきた時、香織はまだ圭介の服のボタンを留め終えておらず、胸元が少し開いた状態だった。誠は、圭介の怒った顔と、香織の無邪気な顔を交互に見つめながら、眉間にしわを寄せた。……一体何が起きたんだ?久しぶりに会った夫婦が何をしようと自由だが、問題はなぜ自分が呼び出されたか。「水原様、何かご用でしょうか?」彼は笑顔で尋ねた。「お前が呼んだ女を、ここから追い出せ!」その口調は、ほとんど怒鳴り声だった。「……」誠は言葉を失った。──誰か説明してくれ、この意味不明な展開……そのとき、香織がそっと手を振り、口の動きだけで彼に伝えた。「誤解されてるの」誠は頭をかきながら苦笑した。「水原様、あの……私はお邪魔しませんので、お二人でごゆっくり」「誠!」圭介は怒りのあまり、身体を起こそうとした。香織は慌てて彼を支えようとしたが──彼はその手を振り払った。その勢いで、彼女はふらつき、危うく床に倒れそうになった。ドアに向かっていた誠が振り返り、この光景を目撃して、心の中で「マジか……」と呟いた。水原様が奥様をそんな扱いするなんて……だが今回は、誠もすぐに状況を察した。奥様はまだ自分の正体を明かしていない。水原様は彼女だと気付いていないからこそ、こうも冷たくしているのだ。これは——完全に誤解だ。これ以上居ても邪魔なだけだ。夫婦のいちゃつきに他人が口出しする場面じゃない。彼は機転を利かせて、圭介にこう言った。「奥様はここにいませんし、私も口外しませんから!」「誠?」圭介の声のトーンが少し和らぎ、彼を引き留めようとした。しかしす
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第1015話

香織は彼の差し出した手を一瞬迷って見つめ、やがて歩み寄り、自分の手をその掌に重ねた。圭介は指を絡めるように優しく握り、少し力を込めて引き寄せた。香織は自然と彼の胸元に身を預け、そっとベッドの縁に座った。「来るなら、事前に一言言ってくれればいいのに」圭介は彼女の髪を撫でながら尋ねた。「先に言ったら、絶対に来るなって言うでしょ」香織は甘えるように彼の胸元に顔を埋めた。圭介は小さくため息をついた。「ただ……今の俺の姿を見せたくなかっただけだよ」「あなたは私の夫なの」香織が上目遣いに見上げた。「どんな姿だって大好きよ」そう言って、彼女は自ら唇を近づけ、彼の唇にそっとキスを落とした。圭介の全身の筋肉が一瞬硬直した。「薬の匂いがするだろう」彼は嗄れた声で呟いた。香織はじっと彼を見上げた。彼が嫌がっているのは、薬の匂いのせいなんかじゃない。目が見えず、主導権を握れないことが、この男の自尊心を傷つけているのだ。彼女は笑った。「私は気にしないわ。あなたが気にすることじゃないでしょ?」圭介も笑った。香織は彼の胸に耳を当て、鼓動に耳を澄ませた。「追い返さないで。私がここで面倒を見させて」圭介はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。「……ああ」香織は大きな瞳で彼を見つめ、長い睫毛がふるふると震えていた。「由美の穏やかな日々、また壊されちゃったの。明雄が事故に遭って、生死も分からないくらいの状態よ。多分、彼はもう……戻ってこないと思う。そうじゃなきゃ、彼女が子どもを憲一に預けるなんてこと、しないはずだから」彼女の声は、少し震えていた。「由美と憲一って、昔、すごく仲がよくて……学生の頃は誰もが羨むカップルだったの。なのに今じゃ、もう元には戻れない……そう思うと、すごく切ないの」彼女はぎゅっと圭介にしがみついて、ぽつりと続けた。「私はね、私たちが彼らみたいに、離れ離れになって終わるのは嫌なの。後悔なんて、したくない。ずっとあなたのそばにいたい、ずっと……」圭介はそっと彼女の背中を撫でた。「大丈夫、俺たちは……うまくやっていけるさ」——あの二人はあの二人……「俺たちは、俺たちだ」運命が違う。憲一と由美は、ただ縁がなかっただけ。そういう運命だった
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第1016話

始めたのは香織だったのに……結局、降参するのも彼女だった。「……目、まだ治ってないのに……」香織は彼の胸元に手を当てて、小さな声で呟いた。圭介は低く笑って、唇を近づけた。「目が見えないだけで、体は元気だ」本当に――どれだけの時間、こうして触れ合っていなかったのだろう。部屋の外には誠が黙って立っていた。誰も、この時間を邪魔しようとはしなかった。朝から夜まで、二人は時を忘れた。香織は彼の腕の中でぐっすりと眠りについた。うつらうつらとした中で、圭介が誠に食事を手配するよう指示する声が聞こえた。「お腹が空いたの?」彼女は目をこすりながら尋ねた。「君のほうだろう、いま何時だと思っているんだ?」圭介は言った。時計を見ると、すでに夜だった。午前中に来たはずなのに……一日中、こんなことに耽っていたなんて。彼女は服を整えてベッドから起き上がった。「お風呂、手伝おうか?」彼女は尋ねた。圭介は目が見えないため、一人で入浴するのは難しい。誰かの助けが必要だった。「……ああ」圭介は静かにうなずいた。香織は微笑みながら尋ねた。「自分の今の姿、もう気にならなくなったの?」以前の彼なら、きっと耐えられなかった。自分が彼女の前で、無力な姿を見せるなんて。だが、さっきの激しい交わりのあとでは……圭介の中の、どこか張りつめていたものが、少し緩んだようだった。香織は彼を支えてバスルームへ連れて行った。長い間、夫婦らしいことをしていなかったからだろうか。洗っているうちに――また、甘い絡みへと流れていった。湯あがりの頃には、すでに二時間も経っていた。誠が買ってきた食事を、香織が圭介に食べさせていた。「自分でできる……」圭介は言った。香織は彼に箸を持たせず、にっこりと笑った。「いいの、今日は私がお世話するって決めたんだから」……明雄は亡くなった。しかも、無惨な最期だった。むごたらしい拷問の末、息絶えたのだ。遺体も損なわれていた。由美が子供を手放したのは、自分のそばにいると危険だとわかっていたから。明雄の葬儀は盛大には行われず、警察署の関係者と由美だけでひっそりと葬った。子供もいなくなり、明雄も失った由美は、警察署に戻ること
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第1017話

香織が顔を上げると、圭介が誠に支えられながら入ってくるのが見えた。彼女はすぐに携帯を置き、慌てて駆け寄って、誠の手から圭介を受け取った。「お医者さんは何て言ってたの?」彼女が尋ねた。「回復はとても順調だそうです」誠は答えた。その言葉を聞いた香織の顔に、ぱっと明るい笑みが広がった。由美のことは、いつの間にか頭から抜け落ちていた。心はすっかり圭介に向かっていたのだ。彼の目元の包帯はすでに外されていた。まだ視界は完全には戻っていなかったが、ぼんやりとは見える状態にまで回復していた。医者の話では、あと数日もすればほぼ元通りになるという。香織は胸を撫で下ろした。「もうこっちにも長く居たし、昨夜双から電話があったのよ。いつ帰ってくるの?って。あなたの目が良くなったら、一緒に帰りましょう」「うん」圭介も静かにうなずいた。思えば、自分もずいぶん無茶をしていた。これまでは憲一が家のことを見ていてくれた。でも今、彼には子どもがいて、すべての時間と労力を子どもの世話に使っている。越人はケガの治療のために、愛美とともにM国へ。誠もこの地にいる。家には鷹だけが子供二人の面倒を見ている状況だ。やはり心配でならない。できるだけ早く帰りたい。「私……ちょっと、勝手だったかしら?」彼女はぽつりとつぶやいた。突然こっちに来て、子どもたちのことは何も準備していなかった。「気にするな。もうすぐ帰れる」圭介はそう言って、彼女の手を優しく包み込んだ。すべての危険は去った。もう何も起きない。それでも、香織の胸にはしこりのような不安が残っていた。今までの事件はどれも命懸けだった。今回も例外ではなかった。圭介の目を見るたび、彼女はまだ恐怖が蘇った。また何か起きはしないかと──「何か食べたい?連れて行くよ」圭介が言った。それは彼女の気を紛らわせるためでもあった。香織は彼の胸に頭を預け、甘えるように答えた。「食べ物に詳しくないから、あなたにお任せするわ」こうして圭介は彼女を外のレストランに連れ出した。雰囲気の良い店だった。圭介と共に過ごすうち、香織の心も次第にほぐれていった。……F国。憲一は子どもを連れて屋敷に滞在していた。そこには佐
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第1018話

恵子は不満げに口を尖らせた。「うちの双と次男のどこが劣ってるっていうのよ?」憲一はすぐに手を振りながら説明した。「そういうわけじゃない。ただ、二人ともまだ小さすぎるからさ、結婚とかの話をするには早すぎるってだけ」彼はふと思い出した。香織が以前、圭介は女の子が好きだって言ってたっけ?彼にはもう望みがないし、圭介が戻ってきたら、自慢してやろう。「俺には子供がいるんだぞ」って。しかも、女の子!憲一の得意げな顔を見て、恵子は目を細めて言った。「息子だって、親にとってはかけがえのない存在よ」憲一は笑った。「ああ、そうだな。圭介は男の子二人じゃさぞかし賑やかだろうな。俺なんて娘一人で手いっぱいだよ」「……」恵子は言葉を失った。……香織と圭介は、病院にそのまま滞在していた。病室は広く、余計な人もいなかったため、快適に過ごせていた。帰国の前日、香織の元に愛美から電話がかかってきた。まず圭介の様子を尋ねられ、全快したと伝えると、彼女はとても喜んだ。それから彼女は、少し躊躇いがちにこう尋ねてきた。「いつ戻る予定なの?」「明日の便を取ってあるわ……」香織は答えた。その言葉に、電話口の愛美はしばらく沈黙した。「何か言いたいことがあるなら、はっきり言って」香織は言った。愛美は、少し躊躇いながらも口を開いた。「私と越人、こっちで結婚式を挙げることにしたの。来てくれる?」香織は顔を上げて、そばにいる圭介を見た。彼は目の回復のためのリハビリをしている。愛美と越人の結婚式……もちろん行かないわけにはいかない。でも――「いつなの?」「来週の土曜日よ」今日はまだ水曜日。ならば、十分に時間がある。「もちろん行くわ」香織は言った。それなら一旦帰国して、子どもたちの顔も見てこられる。「分かった。じゃあ来週ね」数言のやりとりの後、電話を切った香織は、圭介のそばへ歩み寄り、彼の目元を優しくマッサージし始めた。「さっきの電話、愛美からだったの」圭介は目を閉じたまま、彼女の声に静かに耳を傾けた。「彼女と越人が、ついに結婚するんだって」そこまで聞けば、圭介も察しがついただろう。香織は心の底から、二人の幸せを喜んでいた。二人とも、ずっと結婚
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第1019話

「そうだ、羨ましいだろ?俺には娘がいて、お前にはいないからな」憲一は言った。圭介は薄笑いを浮かべた。「今はお前の娘でも、大きくなったらどうなるか分からない。だが俺の息子は、大人になってもずっと俺の息子だ」「……」憲一は言葉を失った。……こ、これはどういう意味だ?娘が大きくなったら自分の娘じゃなくなるだと?バカバカしい。この子はいつだって俺の娘だ!大きくなったからって、誰のものになるもんか。ふと、彼は圭介の言葉の裏の意味に気がついた。「圭介っ!!」彼は小走りで追いかけた。「おい、お前の息子に言っとけ!うちの娘には近づくなってな!」圭介は腕の中の息子を見下ろしながら、にやりと笑った。「だから言っただろ。あんまり自慢しすぎると、いずれ俺のものになるかもしれないぞ」「……」憲一は言葉を失った。大事に育てた娘が、大きくなって他人の彼女や妻になるなんて――想像しただけで胸が痛い。ましてや、それが圭介の息子だったら、なおさら悔しい。「俺のものになる」って、何様のつもりだ?俺の娘が、あんなのに目を向けるわけがないだろ!「調子に乗るな」憲一は鼻を鳴らした。うちの娘を奪える者などいない!圭介は相手にする気もなかった。娘が生まれたばかりで、もうすでに親バカか?「だったら、娘を一生、七十でも八十でもそばに置いとけよ」「……」憲一は言葉を失った。……それは嫌だ。娘にはちゃんと結婚して、立派な相手と幸せになってほしい。自分の元で未婚のまま年を取らせるわけにはいかない。考えてみれば、圭介の息子と結婚するのも悪くないかも?圭介は大金持ちだ。見た目も悪くないし、香織も美人。子供は二人の良いところを受け継ぐはず。それに、子供の頃から二人を見比べられる。出来のいい方を選んで娘と結婚させればいい。圭介の息子たちは、こっちが選び放題じゃないか。もし娘が圭介の息子と結婚すれば、こっちの婿になるわけだ。つまり実質半分は自分のものだ。そう考えると、むしろ得した気分になってきた……憲一は圭介の後をついていきながら言った。「そろそろ双、学校に通わせてもいい頃じゃない?」婿は小さいうちから育てないと。圭介は彼をちらりと睨んだ。
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第1020話

圭介は一目で憲一の企てを見抜いた。自分の息子をボディーガードにでもするつもりか?武術を習わせて娘を守らせるだって?何を考えてるんだ?夢でも見てるのか?香織が歩み寄り、クスッと笑ってから憲一に言った。「まだ赤ん坊の娘さんのことで、考えすぎよ」憲一は深ため息をついた。「娘を持つって、そういうもんだよ。他人に奪われるくらいなら、君たちの息子のほうがマシだと思ってさ。君と圭介なら、うちの娘に辛く当たることもないだろうし、ちゃんと守ってくれる。君が姑になるなら、由美のこともあるし、うちの娘に優しくしてくれるだろう?」「……」香織は言葉を失った。……まだまだ私、若いんだけど。姑になるのなんて、ずーっと先の話なのに。今から考えても仕方ない。「分かったわ」香織は言った。「圭介はやっと目が良くなったばかりなの。少しは休ませてあげて」憲一は不満そうに尋ねた。「つまり……俺がウザいってことか?」「……」香織は言葉を失った。別にわざとじゃなくても、小さな子どものことで圭介に付きまとい、まだよちよち歩きの子に縁談の話なんて――「どう思う?」彼女は逆に問いかけた。「……」憲一は言葉に詰まった。……まぁ、ちょっと舞い上がりすぎたかもな。娘が可愛すぎて、先走ったのかもしれない。彼はバツが悪そうに笑った。「……娘ができて、うれしくて舞い上がってただけさ」その言葉を聞いた香織は、ふと由美からのメッセージを思い出し、憲一に尋ねた。「由美から電話とか来た?」憲一は首を横に振った。香織は少し引っかかりを感じた。どれだけ忙しくても、自分の子供を恋しく思うものじゃないの?「時間があったら、彼女に連絡してみて」香織は言った。だが、憲一は特に気にした様子もなく、軽く受け流した。由美には新しい生活がある。たとえ明雄に何かあったとしても、人妻に近づくわけにはいかない。距離を保つ方がいい。「明雄が無事なら、二人でまた子供を作れるんだ。余計な心配はするな」憲一は言った。香織は黙ったまま、何も返さなかった。夜、執事はキッチンスタッフにたくさんの料理を準備させた。皆が食卓を囲み、ようやく平穏が訪れた。香織はほっと胸を撫で下ろした。双も、そろそろ
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