「たかがスーツ一着だろ?」憲一はふてくされたように腕を下ろした。「まさか、俺よりスーツのほうが大事ってことか?」「もちろん、スーツのほうが大事だろ」越人はきっぱりと答えた。「……」憲一は言葉を失った。彼はくるりと背を向け、立ち去ろうとした。越人は慌てて彼の腕を掴んだ。「冗談だよ、本気にするなよ」憲一は鼻を鳴らした。「花嫁より大事なのは許すけど、服より下に見られたら、俺は絶交するからな」「お前、意外と心が狭いな」越人が茶化すように言った。「お前のほうだろ」憲一は睨み返した。二人はこんな調子で口喧嘩を続けていたが、人混みのホールに着くと同時にぴたりと黙り、たちまち笑顔に切り替わった。その表情の切り替えの早さには、目を見張るものがあった。今日の主役である越人は、当然ながら人目を引いていた。晋也はこの地で長年過ごし、知り合いも多い。今日もその多くが祝いに駆けつけていた。晋也は、来賓たちに越人のことを熱心に紹介して回った。結婚式には、専門のプランナーがいて、全体の流れはすでに決まっていた。式の開始時刻まで、あとわずかの待ち時間だ。M国では、結婚式はもっとシンプルで、形式にこだわらないものが多いが――今回は違った。その時、ステージ上で司会者の声が響いた。「ご列席の皆様、本日はお忙しい中、平沢越人様と田中愛美様の結婚式にお越しくださり、誠にありがとうございます。心より感謝申し上げます」司会者の力強い声が会場に響き渡った。「それでは、新郎様の入場でございます」静まり返る会場の中、越人は後方から、ゆっくりとステージに姿を現した。司会者の声が再び響いた。「それでは、新婦様の入場でございます」花嫁の入場の番になると、参列者たちの視線は自然とアーチの入口へと集まった。双は興奮して香織の手を引っ張った。「ママ、おばさんはあそこから出てくるの?」彼はアーチを指差した。香織は頷いた。「そうよ」音楽と共にアーチが開くと、そこには童話の白雪姫のような、すらりと立つ姿が現れた。透き通るような肌に、柔らかく上品な微笑み。しなやかな肢体に身を包むウェディングドレスは、ひらひらと優雅に揺れ、精緻なメイクがその魅力をいっそう引き立てていた。「わ
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