Share

第1016話

Author: 金招き
始めたのは香織だったのに……

結局、降参するのも彼女だった。

「……目、まだ治ってないのに……」

香織は彼の胸元に手を当てて、小さな声で呟いた。

圭介は低く笑って、唇を近づけた。

「目が見えないだけで、体は元気だ」

本当に――どれだけの時間、こうして触れ合っていなかったのだろう。

部屋の外には誠が黙って立っていた。

誰も、この時間を邪魔しようとはしなかった。

朝から夜まで、二人は時を忘れた。

香織は彼の腕の中でぐっすりと眠りについた。

うつらうつらとした中で、圭介が誠に食事を手配するよう指示する声が聞こえた。

「お腹が空いたの?」

彼女は目をこすりながら尋ねた。

「君のほうだろう、いま何時だと思っているんだ?」

圭介は言った。

時計を見ると、すでに夜だった。

午前中に来たはずなのに……

一日中、こんなことに耽っていたなんて。

彼女は服を整えてベッドから起き上がった。

「お風呂、手伝おうか?」

彼女は尋ねた。

圭介は目が見えないため、一人で入浴するのは難しい。

誰かの助けが必要だった。

「……ああ」

圭介は静かにうなずいた。

香織は微笑みながら尋ねた。

「自分の今の姿、もう気にならなくなったの?」

以前の彼なら、きっと耐えられなかった。

自分が彼女の前で、無力な姿を見せるなんて。

だが、さっきの激しい交わりのあとでは……

圭介の中の、どこか張りつめていたものが、少し緩んだようだった。

香織は彼を支えてバスルームへ連れて行った。

長い間、夫婦らしいことをしていなかったからだろうか。

洗っているうちに――また、甘い絡みへと流れていった。

湯あがりの頃には、すでに二時間も経っていた。

誠が買ってきた食事を、香織が圭介に食べさせていた。

「自分でできる……」

圭介は言った。

香織は彼に箸を持たせず、にっこりと笑った。

「いいの、今日は私がお世話するって決めたんだから」

……

明雄は亡くなった。

しかも、無惨な最期だった。

むごたらしい拷問の末、息絶えたのだ。

遺体も損なわれていた。

由美が子供を手放したのは、自分のそばにいると危険だとわかっていたから。

明雄の葬儀は盛大には行われず、警察署の関係者と由美だけでひっそりと葬った。

子供もいなくなり、明雄も失った由美は、警察署に戻ること
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第1016話

    始めたのは香織だったのに……結局、降参するのも彼女だった。「……目、まだ治ってないのに……」香織は彼の胸元に手を当てて、小さな声で呟いた。圭介は低く笑って、唇を近づけた。「目が見えないだけで、体は元気だ」本当に――どれだけの時間、こうして触れ合っていなかったのだろう。部屋の外には誠が黙って立っていた。誰も、この時間を邪魔しようとはしなかった。朝から夜まで、二人は時を忘れた。香織は彼の腕の中でぐっすりと眠りについた。うつらうつらとした中で、圭介が誠に食事を手配するよう指示する声が聞こえた。「お腹が空いたの?」彼女は目をこすりながら尋ねた。「君のほうだろう、いま何時だと思っているんだ?」圭介は言った。時計を見ると、すでに夜だった。午前中に来たはずなのに……一日中、こんなことに耽っていたなんて。彼女は服を整えてベッドから起き上がった。「お風呂、手伝おうか?」彼女は尋ねた。圭介は目が見えないため、一人で入浴するのは難しい。誰かの助けが必要だった。「……ああ」圭介は静かにうなずいた。香織は微笑みながら尋ねた。「自分の今の姿、もう気にならなくなったの?」以前の彼なら、きっと耐えられなかった。自分が彼女の前で、無力な姿を見せるなんて。だが、さっきの激しい交わりのあとでは……圭介の中の、どこか張りつめていたものが、少し緩んだようだった。香織は彼を支えてバスルームへ連れて行った。長い間、夫婦らしいことをしていなかったからだろうか。洗っているうちに――また、甘い絡みへと流れていった。湯あがりの頃には、すでに二時間も経っていた。誠が買ってきた食事を、香織が圭介に食べさせていた。「自分でできる……」圭介は言った。香織は彼に箸を持たせず、にっこりと笑った。「いいの、今日は私がお世話するって決めたんだから」……明雄は亡くなった。しかも、無惨な最期だった。むごたらしい拷問の末、息絶えたのだ。遺体も損なわれていた。由美が子供を手放したのは、自分のそばにいると危険だとわかっていたから。明雄の葬儀は盛大には行われず、警察署の関係者と由美だけでひっそりと葬った。子供もいなくなり、明雄も失った由美は、警察署に戻ること

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第1015話

    香織は彼の差し出した手を一瞬迷って見つめ、やがて歩み寄り、自分の手をその掌に重ねた。圭介は指を絡めるように優しく握り、少し力を込めて引き寄せた。香織は自然と彼の胸元に身を預け、そっとベッドの縁に座った。「来るなら、事前に一言言ってくれればいいのに」圭介は彼女の髪を撫でながら尋ねた。「先に言ったら、絶対に来るなって言うでしょ」香織は甘えるように彼の胸元に顔を埋めた。圭介は小さくため息をついた。「ただ……今の俺の姿を見せたくなかっただけだよ」「あなたは私の夫なの」香織が上目遣いに見上げた。「どんな姿だって大好きよ」そう言って、彼女は自ら唇を近づけ、彼の唇にそっとキスを落とした。圭介の全身の筋肉が一瞬硬直した。「薬の匂いがするだろう」彼は嗄れた声で呟いた。香織はじっと彼を見上げた。彼が嫌がっているのは、薬の匂いのせいなんかじゃない。目が見えず、主導権を握れないことが、この男の自尊心を傷つけているのだ。彼女は笑った。「私は気にしないわ。あなたが気にすることじゃないでしょ?」圭介も笑った。香織は彼の胸に耳を当て、鼓動に耳を澄ませた。「追い返さないで。私がここで面倒を見させて」圭介はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。「……ああ」香織は大きな瞳で彼を見つめ、長い睫毛がふるふると震えていた。「由美の穏やかな日々、また壊されちゃったの。明雄が事故に遭って、生死も分からないくらいの状態よ。多分、彼はもう……戻ってこないと思う。そうじゃなきゃ、彼女が子どもを憲一に預けるなんてこと、しないはずだから」彼女の声は、少し震えていた。「由美と憲一って、昔、すごく仲がよくて……学生の頃は誰もが羨むカップルだったの。なのに今じゃ、もう元には戻れない……そう思うと、すごく切ないの」彼女はぎゅっと圭介にしがみついて、ぽつりと続けた。「私はね、私たちが彼らみたいに、離れ離れになって終わるのは嫌なの。後悔なんて、したくない。ずっとあなたのそばにいたい、ずっと……」圭介はそっと彼女の背中を撫でた。「大丈夫、俺たちは……うまくやっていけるさ」——あの二人はあの二人……「俺たちは、俺たちだ」運命が違う。憲一と由美は、ただ縁がなかっただけ。そういう運命だった

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第1014話

    香織はそっと眉をひそめた。彼は自分を誠と勘違いしているのか?まあ、それも当然だろう。今まで一言も声を発していなかったし、何より突然現れたのだ。視力が回復していない今、彼が気付かないのも無理はない。圭介の戸惑った表情を見て、香織はふっと口元を緩め、いたずらっぽく笑った。そして、わざと声を変えて──「私は、誠さんに頼まれて、あなたの世話をしに来ました」「……」圭介は言葉を失った。そう言いながら、彼女は意図的に掛け布団をめくり、彼の胸に手を当てた。「誠!」圭介の怒声に、ドアの外にいた誠が飛び込んできた。誠が入ってきた時、香織はまだ圭介の服のボタンを留め終えておらず、胸元が少し開いた状態だった。誠は、圭介の怒った顔と、香織の無邪気な顔を交互に見つめながら、眉間にしわを寄せた。……一体何が起きたんだ?久しぶりに会った夫婦が何をしようと自由だが、問題はなぜ自分が呼び出されたか。「水原様、何かご用でしょうか?」彼は笑顔で尋ねた。「お前が呼んだ女を、ここから追い出せ!」その口調は、ほとんど怒鳴り声だった。「……」誠は言葉を失った。──誰か説明してくれ、この意味不明な展開……そのとき、香織がそっと手を振り、口の動きだけで彼に伝えた。「誤解されてるの」誠は頭をかきながら苦笑した。「水原様、あの……私はお邪魔しませんので、お二人でごゆっくり」「誠!」圭介は怒りのあまり、身体を起こそうとした。香織は慌てて彼を支えようとしたが──彼はその手を振り払った。その勢いで、彼女はふらつき、危うく床に倒れそうになった。ドアに向かっていた誠が振り返り、この光景を目撃して、心の中で「マジか……」と呟いた。水原様が奥様をそんな扱いするなんて……だが今回は、誠もすぐに状況を察した。奥様はまだ自分の正体を明かしていない。水原様は彼女だと気付いていないからこそ、こうも冷たくしているのだ。これは——完全に誤解だ。これ以上居ても邪魔なだけだ。夫婦のいちゃつきに他人が口出しする場面じゃない。彼は機転を利かせて、圭介にこう言った。「奥様はここにいませんし、私も口外しませんから!」「誠?」圭介の声のトーンが少し和らぎ、彼を引き留めようとした。しかしす

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第1013話

    彼女は受付で圭介の病室の場所を聞き出せず、仕方なく医師を探すことにした。最上階のVIP病棟に向かうと、ちょうど誠が主治医と話しているところに出くわした。「誠!」彼女が声をかけると、誠は振り向き、香織の姿を見て目を大きく見開いた。「お、奥さま?な、なんでこちらへ?」彼は慌てて駆け寄ってきた。香織は穏やかに微笑んだ。「来ちゃダメだった?」誠はすぐに首を振った。「い、いえ、ただ……ちょっと突然だったので、事前にご連絡くださればと……」「不意打ちはまずかった?」彼女は眉を少し上げた。「い、いえ……」誠は口ごもった。香織は彼を追い越し、医師のもとへ向かった。圭介は自分の状態を詳しく教えてくれなかった。彼に会う前に、まず彼の様子を確認したかったのだ。「先生、圭介の目は、いつ頃回復する見込みですか?」医師は一瞬、戸惑ったように彼女を見つめた。「失礼ですが、あなたは──?」「妻です」香織は答えた。「ああ、なるほど。あの時、私に連絡をくださったのはあなたですね」香織は頷いた。「そうです」「もうすぐですよ。一ヶ月もかからずに退院できます」「ありがとうございます」香織は感謝した。時間がかかっても構わない。彼の目が再び光を取り戻せるのなら──医師は彼女にいくつか注意点を伝えると、他の仕事のためその場を離れた。香織は誠の方を向いた。誠は気まずそうに近寄ってきて、苦笑した。「奥さま……」圭介が香織を同行させなかった理由は、一つには彼女の身に危険が及ぶのを恐れたから。もう一つは、自分の惨めな姿を見せたくなかったからだ。香織も、圭介が心に引っかかるものを抱えているのは分かっていた。けれど、夫婦というのは——良い時も悪い時も共にあるものだ。「彼の病室に案内して」「……あの、先に水原様に一言、伝えましょうか?」誠は恐る恐る聞いた。「部屋の番号だけ教えて。私が入ってみる。あなたはついて来なくていいし、中にも入らなくていい。彼は、私のことをあなたと勘違いするかもしれないしね」誠は困惑した。これは……でも、今のところ他に選択肢もないようだ……「こちらです」誠に案内され、香織は廊下の一番奥にある病室の前に立った。病室といって

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第1012話

    受話器から低く響く声が伝わってきた。「会いたい」香織の唇が自然と緩んだ。まさに聞きたかった言葉だった。もう一度窓の外を見ると、由美と憲一は別れ、彼が子供を抱きながらホテルへ向かっているところだった。彼女は言った。「圭介、愛してる」もう、すれ違いたくない。離れたくない。永遠に一緒にいたい——由美と憲一が一緒になれなかったことが、彼女に圭介との愛情をより大切に思わせた。彼女は頬杖をつきながら、ちょっとおどけて聞いてみた。「なんで黙ってるの?」「言うことがないから」圭介が言った。「……」香織は言葉を失った。彼女は目を伏せた。「そっか」「うん」その応答が、ますます彼女の胸をモヤモヤさせた。「うん」って何?愛してるとか言わないまでも、この態度は?「食事中だから、切るわ」そう言って、彼女は一方的に通話を切った。圭介は耳元で鳴り響く切断音を聞きながら、薄く笑みを浮かべた。愛の言葉など、直接会って伝えるべきものだ。さっきまで空腹だったのに、今はまったく食欲がなかった。香織は何口か無理やり食べただけで、部屋に戻った。ベッドに横になって間もなく、ノックの音がした。来たのは憲一だった。「航空券は予約したか?まだなら俺がする」「もう取ったわよ」香織は言った。憲一はうなずいた。「由美、子供に会いに来たの?」香織が彼を呼び止めた。彼は振り返った。「見てたのか?」「ええ。レストランで食事してたときに見かけたの」憲一が何か言おうとする前に、彼女が続けた。「妊娠してから出産まで、たった十ヶ月だけど……でも、この血のつながった絆って、父親のそれより深いの。由美は、可哀想よ」憲一は静かにうなずいた。「君も妊娠してた時、相手が誰か分からなくても産もうとしてたよね。……だから分かるよ。母親になる女って、すごく強いよな」「……」香織は言葉を失った。過去のことを振り返ると、今でも居心地の悪さを感じる。あの頃の自分は、未熟だった。考え方も、行動も、足りない部分ばかりだった。産むことを決めたことは、間違ってなかったけど——それ以外のいろんな面で、やっぱり……「……もういい」香織は手をひらひらと振って、憲一の言葉

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第1011話

    あの怯えていた日々に比べれば、ここでの生活には不安がない。むしろ、心が落ち着いて──少しだけ、幸せですらある。だからこそ、彼の顔がこんなにも晴れやかに見えたのだ。香織は頷いた。「欲しいものはある?あったら買ってくるわ」翔太は首を横に振った。「ここでは、特に不足してるものはないよ。この前……由美もたくさん差し入れしてくれて、よく面会に来てくれてたから。心配しないで」香織は唇をきゅっと結んだ。——でも、これからは由美も忙しくなって、もうそうそう来れないかもしれない。「……時間があったら、なるべく来るわ」「子供の世話で忙しいんだから、構わなくていいよ。遠いんだし、用事で来るついでに寄ってくれれば十分さ」翔太は笑った。その笑顔を見つめながら、香織は罪悪感に頭を垂れた。もっと気にかけていれば、こんな道を歩ませずに済んだかもしれない。この代償は大きすぎた。最も輝かしいはずの青春時代を、塀の中で過ごすことになるのだから。「……そうそう、このあとね、ここミシン縫いの授業があるんだよ」翔太は陽気に言った。「新しい技能を習得中なのさ」こんなときに、そんな冗談が言えるなんて──香織は思わず吹き出した。けれど、笑みの奥で、鼻の奥がつんとした。「ほんと、相変わらずね」「双、背が伸びたか?」彼がふと尋ねた。「ええ」香織は頷いた。彼は一瞬だけ、少し寂しそうに目を細めた。「そっか……きっと俺が出るころには、あいつ、俺よりも背が高くなってるかもな」「良い行いをして、早く出られるよう頑張って」翔太は力強く頷いた。まもなく面会時間が終了した。香織は受話器を置き、面会室を後にした。タクシーでホテルに戻る途中、彼女は携帯で航空券を確認した。今日の便はなく、明日も1便だけだった。彼女は2枚のチケットを予約した。ホテルに戻ったとき、憲一の姿はなかった。部屋にも、レストランにもいない。仕方なく、香織は一人でレストランに入り、窓際の席に座って食事を注文した。ふと下を見ると、路上に憲一と由美の姿があった。距離が遠く、はっきりとは見えないが、間違いなく二人だ。何を話しているのか――あるいは由美が子供に会いたくなったのかもしれない。彼女は小さくため息を

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status