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第1017話

Author: 金招き
香織が顔を上げると、圭介が誠に支えられながら入ってくるのが見えた。

彼女はすぐに携帯を置き、慌てて駆け寄って、誠の手から圭介を受け取った。

「お医者さんは何て言ってたの?」

彼女が尋ねた。

「回復はとても順調だそうです」

誠は答えた。

その言葉を聞いた香織の顔に、ぱっと明るい笑みが広がった。

由美のことは、いつの間にか頭から抜け落ちていた。

心はすっかり圭介に向かっていたのだ。

彼の目元の包帯はすでに外されていた。

まだ視界は完全には戻っていなかったが、ぼんやりとは見える状態にまで回復していた。

医者の話では、あと数日もすればほぼ元通りになるという。

香織は胸を撫で下ろした。

「もうこっちにも長く居たし、昨夜双から電話があったのよ。いつ帰ってくるの?って。あなたの目が良くなったら、一緒に帰りましょう」

「うん」

圭介も静かにうなずいた。

思えば、自分もずいぶん無茶をしていた。

これまでは憲一が家のことを見ていてくれた。

でも今、彼には子どもがいて、すべての時間と労力を子どもの世話に使っている。

越人はケガの治療のために、愛美とともにM国へ。

誠もこの地にいる。

家には鷹だけが子供二人の面倒を見ている状況だ。

やはり心配でならない。

できるだけ早く帰りたい。

「私……ちょっと、勝手だったかしら?」

彼女はぽつりとつぶやいた。

突然こっちに来て、子どもたちのことは何も準備していなかった。

「気にするな。もうすぐ帰れる」

圭介はそう言って、彼女の手を優しく包み込んだ。

すべての危険は去った。

もう何も起きない。

それでも、香織の胸にはしこりのような不安が残っていた。

今までの事件はどれも命懸けだった。

今回も例外ではなかった。

圭介の目を見るたび、彼女はまだ恐怖が蘇った。

また何か起きはしないかと──

「何か食べたい?連れて行くよ」

圭介が言った。

それは彼女の気を紛らわせるためでもあった。

香織は彼の胸に頭を預け、甘えるように答えた。

「食べ物に詳しくないから、あなたにお任せするわ」

こうして圭介は彼女を外のレストランに連れ出した。

雰囲気の良い店だった。

圭介と共に過ごすうち、香織の心も次第にほぐれていった。

……

F国。

憲一は子どもを連れて屋敷に滞在していた。

そこには佐
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