だが、山本は譲らなかった。彼には、どうしても由美の気持ちが理解できなかった。二人の間には、言葉では埋められない溝ができていた。そのとき——女性警官がふと思いついたように、ポケットから携帯を取り出し、わざとらしく耳にあてた。「もしもし——」間を置いて、明るい声で続けた。「え?手術が終わった?……無事なの?……それは、本当に良かった……!」山本はぱっと顔を上げた。「隊長の手術、終わったのか!?」女性警官は静かにうなずいた。「うん。成功したと!」その瞬間——由美の手から、力が抜け落ちた。そして、ゆっくりと微笑んだ。目尻には、またしても涙が浮かんだ。ひび割れた唇で、小さく言った。「……よかった」「これで帝王切開を受けられますね?」山本が言うと、由美は黙って頷いた。こうして、由美は静かに手術室へと運ばれていった。山本はそれを見届けると、踵を返して歩き出した。「山本さん!」女性警官が呼び止めた。「実は……私、嘘をつきました」山本は驚きの表情で彼女を見つめ、次第に眉をひそめていった。明らかに彼は、彼女の言わんとすることを理解した。「さっきの電話……」「誰からもかかってきていません」山本はしばらく黙っていたが、やがて言った。「……そうか。なら良かった」この嘘がなければ、由美は手術を受け入れなかっただろう。このまま母子共に危険に晒すわけにはいかない。彼は待合室の長椅子に腰を下ろし、ため息をついた。そして心の中で、ただ祈った。——隊長と奥さんが、どうか無事でありますように。「……二人とも、本当に大変な一日でしたね」女性警官は言った。「まったくだよ……」山本は言った。「隊長と奥さんの絆がこんなに深いとは……」由美が「明雄が死んだら私も」と言った時、彼は胸を打たれた。これほど深く愛し合っていたなんて、思いもしなかった。——どうか、二人とも無事でいてくれ。彼の祈りは、静かに心の中で繰り返された。——それから一時間あまりが過ぎた頃。由美は、無事に一人の女の子を帝王切開で出産した。だが、胎内に長くとどまっていたためか、生まれてきた赤ん坊の身体には、紫色の痕がいくつも残っていた。新生児室へと運ばれ、検査が行わ
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