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第924話

作者: 金招き
由美は一瞬きょとんとした表情を見せた。

「わ、私が……何を隠してるっていうの?」

「聞いたのよ。明雄が手術室にあった時、あなた、子どもを産むのも嫌がったって。どうして?」

香織は目をそらさず、まっすぐに問いかけた。

由美は目を伏せた。

香織はさらに続けた。

「その子、明雄の子じゃないの?」

疑うのも無理はなかった。

由美の選択があまりにも不自然だった。

明雄のために命さえ惜しまないというのに、どうして彼の子供を守ろうとしなかったのか?

——筋が通らないのだ。

「……いいわ」

香織は追及するつもりではなかった。

「言いたくないなら、それでいい」

「あの子は……明雄の子じゃない」

由美は顔を上げ、香織を見つめた。

「あなただけに話すから、秘密にして」

香織が頷いた。

「わかった」

「……子どもの父親は、憲一よ」

由美は淡々と語った。

その名を口にしたとき、彼女の表情にも揺らぎはなかった。

すでに過去のこととして、受け入れているのだ。

その名前に、香織は息を呑んだ。

まさか……まさか、彼が——

もっと早く気付くべきだった。

明雄と由美の付き合いは浅い。そんな短期間で子供を授かるはずがないのだから。

「明雄って、本当にいい男よね」

香織はぽつりと言った。

彼は由美を心から愛し、他人の子さえ受け入れた。

どれほど寛大で優しい人だろう。

由美も同じ思いだった。

明雄こそ、一生を託すに値する男だと思っていた。

「これからは、彼をもっと大切にしなきゃ」

由美は香織を見つめて言った。

香織は微笑んだ。

——こんな人なら、大切にするにふさわしい。

「ねえ、翔太に会わせてもらえる?」

香織が訊ねた。

この町に長くはいられない。

明雄と由美が無事なら、もう心配はいらない。

だから、せめて今回の機会に一度、翔太に会っておきたかった。

由美の取り計らいで山本が呼ばれ、香織は翔太と面会することができた。

翔太の姿を見た瞬間、香織は息をのんだ。

今回の逮捕作戦で負った傷は浅いとはいえ、頬のあざ、額に貼られたガーゼ、日に焼けて痩せ細った姿は、かつての面影を微塵も残していなかった。

香織の目が潤んだ。

もっと早く探し出せば、こんな道に進ませずに済んだかもしれない。

「姉さん」

手錠をかけられた翔太は、香織を
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