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All Chapters of 桜華、戦場に舞う: Chapter 1601 - Chapter 1610

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第1601話

ただ、さくらとは毎日のように顔を合わせていた。彼女が赤炎宗に私を訪ねてくるか、私が万華宗へ足を運ぶか……そんな日々だったから、楽章の姿を目にしないわけにはいかなかった。しかし彼ときたら、会うたびにまるで私が何か悪いことでもしたかのような、恨めしげな瞳を向けてくるのだ。ある時、あまりにも腹が立って問い詰めた。なぜいつもそんな目で私を睨むのか、と。すると彼は言った——私が外で噂を流して歩いている、彼が遊郭で女を買っているなどと言いふらしているのだと。呆れて物も言えなかった。自分の品行が悪いくせに反省もせず、無実の人間を責めるとは……私は噂など流していない。ただ親しい友人に事実を話しただけではないか。それの何が噂話だというのだ?腹立ち紛れに彼の顔を殴りつけ、絶交を宣言した。やがてさくらが山を下り、実家へと帰っていった。いつものように一月ほどで戻ってくるものと思っていたのに、今度ばかりは違った。いつまで経っても梅月山に姿を現さない。万華宗を訪ねても、誰もが口を閉ざしたまま何も教えてくれない。焦りに駆られた私は、あかりや饅頭たちを連れて都まで彼女を探しに行こうと決めた。出発前夜、楽章が私たちの前に現れた。行くな、と言うために。彼の顔にこれほど深刻な表情を浮かべているのを見たのは初めてだった。さくらの家で大変なことが起こったのだと彼は告げた。父も兄も命を落とし、母君の体調も優れない。彼女は屋敷に留まって母君の看病をしなければならないのだと。「お前たちはまだ十代の子供だ。そんな重大事に首を突っ込んで混乱を招くだけだろう。家の問題が片付けば、彼女は必ず戻ってくる」その知らせを聞いた時の衝撃は今でも忘れられない。さくらの父君にはお目にかかったことがある——堂々とした体躯に威厳を湛えた、見る者を自然と敬服させるような立派な将軍だった。さくらの二番目の兄も一度だけお会いしたが、深水師兄と同じように美しい顔立ちをしていながら、より一層の威厳を備えていらした。さくらはいつも父君や兄君たちの武勇伝を嬉しそうに語っていた。だから一度か二度しか顔を合わせたことのない方々、中には一度もお目にかかったことのない方々でさえ、私にとってはよく知った人物のように感じられた。皆、天地を支える柱のような武将で、この世で最も優れた男子たちだったのだ。そんな方
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第1602話

梅月山の梅の花が、今年も咲いては散っていった。私の心には、いつしかさくらへの不満が募っていた。実家に帰ったきり、私たちまでもう必要ないっていうの?これまで何年もの間、育んできた情も、あっさり切り捨てるつもりなのって。あかりも彼女のことを「薄情者だ」と罵った。「出て行ったきり、どうして手紙の一本もよこさないのよ!」って。私たちは次第に、彼女の話題すら口にしなくなった。まるで、彼女の名前を出さないことが、さくらに対する一番の仕返しであるかのように。そして、もし彼女が梅月山へ戻ってきたとしても、私たちは決して会いに行かないと誓い合っていた。口もきかない。たとえ誰かに手紙を持たせてきたとしても、返事なんかしない。いや、封を開けることさえしないって。ひたすら武術の鍛錬に明け暮れる日々が過ぎ去っていった。私たちそれぞれの腕前は、目覚ましい進歩を遂げていた。まるで皆で申し合わせたかのように、死なない限りは、鬼気迫る勢いで稽古に打ち込んだのだ。言葉には出さなかったが、皆の胸の内は同じだと分かっていた。楽章が言うには、菅原師匠ですら、あの子が山を下りて以来、一度も笑顔を見せず、常に物憂げな表情でいるそうだ。あの朗らかだったさくらが、さくらでなくなってしまったのではないか、と。彼女に何が起こったのか、私たちには知る由もなかった。だが、その時が来たら、私たちが鍛え上げた技をもって、いつでも彼女の力になろうと、そう誓い合っていた。彼女が私たちを必要とするその日まで、ひたすら腕を磨き続けようと。長い、長い待ち時間の先に、ついに彼女からの手紙が届いた。その手紙は、万華宗宛てではなく、私とあかり、そして饅頭宛てだった。手紙には、すぐに邪馬台へ来てほしいとだけ記されており、詳しい事情は一切触れられていなかった。かつて私たちは、彼女からの手紙など二度と読まないと天に誓ったはずだった。しかし、いざその手紙が目の前にあると、躊躇など微塵もなく、誰一人として文句を言う者はいなかった。私たちは迷うことなく荷物をまとめると、師匠にすら何も告げず、馬を駆って山を下りたのだ。邪馬台で再会したさくらは、まるで別人のようだった。以前のような溌剌とした躍動感は鳴りを潜め、まるで古びた甕に漬け込まれたかのように、全体から沈鬱な気配が立ち込めていた。生気が失われたわけではない
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第1603話

邪馬台へ向かう前の私には、人生の計画も、目標も、特別にやりたいことも何もなかった。しかし、邪馬台を平定して都に戻り、あの民衆の歓声に包まれた時、ふと「人生って、ただ漫然と過ごしていては、もったいないんじゃないか?」と感じたのだ。それ以来、私は人生の意味について深く考えるようになった。さくらの足跡を追いかけるようにして、私も様々なことに挑戦した。工房での活動から、雅君女学の設立まで。多くの女性たちが、あまりにも悲惨な境遇に置かれている。そして私には、そんな彼女たちを助ける力がある。これが、私の人生における一つの「意義」なのではないか、と。「一つ」ということは、二つ目、三つ目の「意義」も見つけられるはずだ、と。自画自賛になるかもしれないけれど、私の本質は、やはり義憤に駆られて悪を憎む性分なのだ。だから、多くの凶悪な殺人犯が、証拠不十分という理由で罪に問われず、のうのうと世の中を闊歩していると知った時は、本当に腹が立った。「人殺しは、命をもって償うべきだ」と、心底そう思った。最初から過激な行動に出たわけではなかった。京都奉行所の捜査に倣い、私も独自に追跡を続け、得られた証拠は京都奉行所の長官へと提出していた。しかし、ある特異な事件に遭遇して、私の考えは変わった。それは一家が皆殺しにされたという惨劇だ。一人だけ奇跡的に生き残った被害者がいたものの、彼女は恐怖のあまり精神を病んでしまっていた。彼女は犯人を指名したのだが、既に「錯乱している」と診断されていたため、公の場では奉行所の長官その人を犯人と名指ししたり、さらに興奮して他の人々まで指差して、「何人もの者が自分を殺そうとしている」と叫びだしたりしたのだ。その結果、彼女に指名された容疑者は、証拠不十分という理由で釈放されてしまった。もともと証拠は不十分だったのだ。被害者の証言しかなく、凶器も見つからず、他に証人もいない。その上、被害者がわけもわからず次々と人を指名したせいで、かえって容疑は完全に晴れてしまった形だ。実は、この事件を最初に聞かされた時、私もその容疑者は無実なのではないかと思っていた。彼は物腰柔らかく、聖賢の書を読み、近隣からは「困っている者を助ける良い人だ」と評判が高かったのだ。京都奉行所も彼をしばらく観察していたが、異常は見られなかったので、それ以上の追
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第1604話

結局、私は密かに雫の動きを追うしか手がなかった。犯人が一家を惨殺したのだから、必ずや動機があるはずだ。これほど残忍な犯行には、情か、恨みか、金か、そのいずれかの理由が潜んでいるものだ。雫が生き残っているのに、犯人はこのまま平然と逃げおおせるものなのか?事態が落ち着いた頃を見計らって、再び彼女を殺しに戻ってくる可能性はないのか?この推測は理にかなっているが、何よりも、私には他に手立てがなかった。松林番頭は、もともと老婆を雇って雫の世話をさせようとしたのだが、雫は一切見知らぬ人間を恐れた。そのため、松林は近所の住民に時折見舞いに来てもらい、食事を届けてもらうよう頼むしかなかった。朗の母親は、一日おきに彼女の体を清め、清潔を保ってくれていた。佐々木家の人々は、やはり雫に良くしてくれているのが分かった。ただ、朗だけは一度も顔を見せなかった。一つには書院に戻らねばならないから、もう一つは、雫に犯人と指名されたせいで、しばらく牢に入れられた恨みがあるのかもしれない。若い書生というものは、とかく孤高なものだ。彼にとって、これほどの屈辱に耐えられなかったのだろう。それに、もし朗が再び顔を見せたら、雫がまた彼を犯人だと叫びかねない。近所中にあらぬ噂が広まるのも避けたいところだったから、彼の気遣いもあったのかもしれない。私と紅竹は交代で、昼は紅竹が、夜は私が張り込みすることにした。水沢邸にはいくつかの離れがあり、当の雫は他人が泊まるのを拒んだので、私たちにとっては好都合だった。昼夜を問わず、そこで仮眠を取ることができる。私が選んだのは、雫の部屋の隣にある離れで、元は雫の妹が使っていた部屋らしい。惨劇が起きたのは夜で、その幼い子は眠りの中で殺されたと記録に残っている。検死の記録によれば、あの時、この寝台は一面血の海だったという。それが今、私がいるこの部屋だ。正直なところ、今も血の匂いが漂ってくるような気がしてならない。もちろん、私は寝台では眠らなかった。屋敷から持参した薄い布団を敷き、長椅子で横になった。隣の部屋で何か物音があれば、すぐに察知できるよう、耳を澄ませるためだ。明かりはつけられないが、壁には小さな穴が開いていて、そこに目を当てれば部屋の中を覗き見ることができた。だから、雫が何か大きな動きを見せるときは、いつも
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第1605話

朗はひたすら彼女を罵倒し、自殺に追い込もうとしているようだった。自ら手を下すつもりはないようだった。「お前ら一家は皆殺しだ。なのに、お前だけが半病人みたいに狂気じみたまま生きているなんて、まさに役立たずだな。お前ら一家全員が役立たずだ!俺が科挙に合格しなかったことを嘲笑っただろう?お前らは本当に死ぬべきだ!物置にあるあの縄が見えるか?あれで首を吊れば、家族と会えるぞ」「お前が死ななければ、あの者たちは地獄の十八層で、毎日業火に焼かれる苦しみを味わうことになる!舌を抜かれ、心臓をえぐられるのだ!お前ら一家は皆、真っ黒な心を持っていたからだ!デマを流し、人を陥れた罰だ!これはお前ら一家への報い、天罰だ!悪人は生きる価値などない!」これを聞いて、私は怒りで頭に血が上った。悪事を働いたのは明らかに彼なのに、よくもまあこうも詭弁を弄する。雫は既に精神を病んでいるのだ。これほどまで挑発されて、本当に自ら命を絶つ可能性も否定できない。私は扉を開けると、衝動的に飛び出した。二つの部屋は隣接しているので、あっという間に雫の部屋にたどり着いた。朗はまだ何が起こったのか理解しておらず、依然として雫の口を覆っていた。私を見た彼の目に動揺が走り、彼は咄嗟に手を放した。雫は恐怖の表情を浮かべ、涙を流していた。声は出なかった。嗚咽すら聞こえなかった。私は朗を睨みつけながら言った。「あんたが、水沢の人たちを殺したんだね」朗の目に一瞬の慌てた色がよぎったが、すぐに何食わぬ顔で無実を装った。「あんた、誰だよ?何言ってるんだ?うちの母さんが、雫ちゃんのことが心配で、見に行ってみろって言っただけだろ」私は冷淡に言い放った。「芝居はよせ。全部聞こえてたからね。まだ、彼女を死に追いやろうとしてたじゃないか」朗は本当に狡猾だった。彼は驚いたような顔を作って見せた。「まさか!うちはずっとあの子の面倒を見てやってるのに、なんで死に追いやるなんてことするんだよ?そもそもあんた誰だ!?証拠もないのに、勝手なこと言うな!いつ俺が、家族全員を殺したなんて言った?誰か聞いたのか?どういう証拠があるんだ?うちと水沢家はこんなに仲がいいのに、なんで俺が殺さなきゃならないんだよ?それより、あんたこそこんな夜中に何しに来たんだ?待てよ、役人に知らせてやる!」彼の厚顔無恥で得意げな様子に
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第1606話

部下の者たちも迅速に動いていた。彼が目を覚ます頃には、既に拷問具が運び込まれていたのだ。火鉢が据えられ、鉄の鋏が真っ赤に焼かれ、血濡れの鞭が宙を数回切り裂き、ピシッ、ピシッとけたたましい音を立てた。朗はやはり人を殺しただけのことはあり、心理的な強さを持っていた。目一つ瞬かせず、彼は言った。「お前たちは私的に拷問を行っている!これは大罪だぞ!お前たちの目に王法というものはないのか!」世の中には、こういう人間がいる。法律は多くのものを縛るが、自分自身は例外だと考えているのだ。彼は法を犯しながら、その法で自分を守ろうとする。こんな相手と議論するだけ無駄だ。反論すれば、さらに無駄な言葉を吐くだけだろう。私は迷わず、真っ赤に焼けた鉄の鋏を彼の腕に押し当てた。腕を挟み込むと、衣が瞬く間に焼け焦げ、肉がジューッと音を立てた。凄まじい絶叫が響き渡る。問題ない。この地下牢は十分隠されている。喉が張り裂けるまで叫ぼうとも、その声が外に漏れることはない。いかに強固な意思も、拷問具の前にあっては崩れ去る。私はまだ爪を剥ぎ取る拷問を始めてもいないのに、彼はもうペラペラと洗いざらい話し始めた。両家が確かに親密な関係にあったことは、彼の話からも裏付けられた。双方の親も子も、常に非常に仲睦まじく、朗と雫の兄もまた大変気が合う仲だったという。一方は学問に励み、もう一方は商売を営む。普段から、他愛のない冗談を言い合うほどの親密さだったそうだ。しかし、朗にとって科挙での不合格は、あまりにも重い打撃だった。表面上は「気にしていない」「まだ若いから、また来年受ければいい」と言っていたものの、毎晩眠れぬ夜を送り、髪の毛がごっそり抜けるほど心労を重ねていたという。そんな中、こともあろうか、ある日の夕食時、両家揃っての食卓で、雫の兄が冗談めかしてこう言ったのだ。「お前、このところずっと勉強漬けだったのに、結局、科挙に受からなかったんだろ?せっかくの蝋燭代が無駄になったってことじゃないか」たったこの一言が、朗の心に鬱積していた、不合格後の全ての不満を、雫の兄に向けて爆発させてしまう引き金となった。その夜、彼は寝返りを繰り返しながら、考えれば考えるほど怒りがこみ上げ、憎しみが募り、ついに殺意を抱くに至ったという。一度芽生えた殺意は、もう何としても抑えきれ
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第1607話

検死官の鑑定書を読み返したが、朗の供述は、その内容とほぼ完全に合致していた。事件に関する他の詳細についても、私が一つ一つ問い詰めていった結果、全てが符合したため、私は彼を京都奉行所へ引き渡し、奉行所の長官・沖田陽に凶器の回収を要請した。これで一件落着か、これまでの苦労が報われると、そう思った。ところが、奉行所に着くと、朗は豹変した。彼は、私に拷問され、無理やり自白させられたと供述を翻したのだ。私が伝えた供述は、全て私が彼に教え込んだものだと主張し始めたのだ。彼は無実を叫び、助けを求めた。そればかりか、私のような女盗人を捕らえるよう奉行所に訴えかけたのである。さらに悪い知らせが舞い込んできた。彼の供述に基づき、奉行所は何十人もの人間を動員して捜索したが、その凶器も衣も、どこにも見つからなかったのだ。奉行所は数日間彼を拘束したが、負傷していることもあり、拷問は行われなかった。それでも彼は一貫して無実を主張し、声が枯れるまで無罪を叫び続けた。証拠がなく、私が拷問によって自白を強要したとされている以上、やむなく彼は釈放されてしまった。この時、私はある真実を悟った。この世には、法では裁けない人間もいるのだ、と。この事件は、決して複雑なものではなかった。しかし、彼は見事に、その痕跡を隠し通した。釈放された後、彼は家の中に閉じこもり、引きこもってしまった。まるで、そうしていれば全てが過去になるとでも思っていたかのようだった。紅羽に命じて彼を捕らえさせ、再び都景楼の地下牢へと放り込んだ。彼が目を開け、私を認めた時、その瞳には底知れぬ絶望が満ちていた。私が拷問を始めるまでもなく、彼は全てを白状した。血染めの衣と凶器は、川に捨てるのではなく、川べりに隠したのだという。数日前まで増水していたため、その場所には土嚢が積み上がっており、彼はその土嚢を一つどかし、凶器を血染めの衣で包んで押し込み、再び土嚢で塞いでいたのだ。紅羽に人を使って探しに行かせた。今度は嘘ではなかった。無事、見つけることができたのだ。私は彼を奉行所には引き渡さなかった。代わりに、たらふく酒を飲ませた。何度か嘔吐するほど飲ませた後、誰かに肩を貸させて川べりの舟遊びの場所へと連れて行かせた。そして、舟に乗せる直前、彼を川へと突き落としたのだ。もちろん、私は事
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第1608話

朕が帝位に就いた頃、大和国は疲弊の極みにあった。邪馬台における奪還戦は既に数年にわたり断続的に続き、遠く関ヶ原でも戦火が絶えることはなかった。この度重なる戦によって、国庫は空しく逼迫し、多くの民が住処を失い、流浪の身となっていたのだ。竜袍を纏い、玉座へと身を沈めたその瞬間、朕は心に密かに誓いを立てたものだ。かの偉大なる聖祖ほどの英明さに及ばなくとも、決して暗君の類、ましてや無為無策のまま国を傾けるような存在には成り下がるまいと。邪馬台を奪還し、大和国をこの上なく繁栄させ、その上で民が心安らかに生業に励める世を築いてみせると。だが後年、朕は悟る。人間というものは、自身の無知ゆえか、あるいは桁外れの賢能ゆえにしか、これほどの壮大な誓いを立てることは叶わぬのだと。邪馬台での戦は敗報に終わり、上原家の七人の将軍が、無情にもその命を戦場に散らしてしまう。当初は、父上も朕もどこか楽観的な、都合の良い解釈をしていた。洋平大将は戦場経験が豊富であり、彼が率いる兵もまた、勇猛果敢であると信じ込んでいたのだ。だが惜しむらくは、兵糧の供給が滞り、将兵たちが飢えに苦しみながらの戦いを強いられたことだ。どれほど全力を尽くしたところで、やはり敵には一歩及ばなかったのである。それに、いったんは奪還した邪馬台を再び手放す格好となったことで、「洋平大将ならば必ずや形勢を挽回してみせるだろう」と、誰もがそう考えていたのだ。そこには、実に様々な理由と深い思惑が絡み合っていた。それがゆえに、朕は皇弟・玄武率いる北冥軍を、直ちに派遣することが叶わなかった。上原家の父子が戦死したとの報が届くまで、朕はもはや、躊躇うことも、いかなる思惑を抱くことも許されなかった。直ちに玄武を大元帥に任じ、北冥軍を率いて邪馬台の戦場へ急行するよう命じたのである。玄武は、天賦の軍才に恵まれ、その采配は卓越していた。彼の率いる北冥軍は、将兵一人ひとりが皆、勇猛果敢。さらに、洋平大将の戦歴が示す教訓も生かされ、北冥軍と上原家軍が手を組むや、まさしく破竹の勢いであった。邪馬台からは連戦連勝の朗報が続々と舞い込み、その勢いは向かうところ敵なし、といった様相を呈していた。朗報が届くたびに、朝廷は沸き立ち、朕もまたその報に胸を躍らせたものだ。しかし、次第にその喜びには一抹の不安が混じり始める。玄武の
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第1609話

だが、しかし——一介の身でありながら、よくもこれほどまでに研ぎ澄まされた、揺るぎなき心根を持てたものだと、朕はただただ感銘を受けた。誰が予想し得ただろうか、あの日のさくらが、朕の信を得られなかったにも関わらず、馬を駆り、単身、邪馬台を目指して玄武に報せに向かったとは。これは何と驚くべき、世を震撼させる出来事ではないか!離縁された身の女人が、供も護衛も連れず、単身、邪馬台の軍営に乗り込むとは。この胆力と勇気、満朝の文武百官を見渡しても、幾人も存在するまい。そして玄武は朕とは違った。彼はさくらの言葉を信じ、事前に兵を募り、陣を布いて、羅刹国と平安京の連合軍に備えていたのだ。戦場の如何に険しく、苛烈であったかは、朕もよく心得ておる。その詳細については、今さら語るまでもないだろう。邪馬台奪還の知らせが舞い込んだ時、朕の目からはとめどなく涙が溢れ出た。続いて、玄武から将兵の功労を記した奏上書が届けられた。さくらと、彼女の仲間たちが大功臣であることは言うまでもなく、朕は彼らに褒美を与えるだろう。ただ、守と琴音には失望した。平安京が盟約を破り、邪馬台の戦場に兵を進めた真の理由を、朕は深く考えざるを得なかった。朕は今になってこの事を深く考え始めたわけではないが、関ヶ原の国境線に関する朕の政策は、確かに朕の政績の一つであり、これには深く満足している。人はとかく欲に目がくらむものだが、それが悪であると弁えるべきだ。真相が明らかになった時、朕は琴音を千々に引き裂きたいほどの怒りを覚えた。しかし、彼女を殺すことはまだ叶わぬ。平安京との和議のため、その命を留め置き、折を見て平安京へと引き渡すつもりでいる。さくらの目覚ましい活躍は、朕に上原家の魂を見た思いを抱かせた。「不撓不屈」——、まさしく彼ら一族が代々受け継いできた精神が、彼女の内に脈々と息づいているのだと。かつては、ただ上原二郎の妹、その程度の認識でしかなかったが、今や朕の目の前に立つ彼女は、まぎれもない「上原さくら」その人であった。日焼けして紅潮した肌ではあったが、その容貌は依然として格別の美しさを放っていた。しかし朕は、その容姿の奥に、彼女が宿す不屈の精神と、決して挫けることのない強靭な意思をはっきりと見て取っていたのだ。このような女性は、まるで光り輝く
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第1610話

しかし、朕は知っていた。さくらが、心から玄武に魅かれているわけではないと。彼女が玄武との縁を選んだのは、ただ朕の後宮入りを避けるためだと、そう確信していたのだ。夫婦が心を一つにしているわけではないのならば、と朕は考えた。そこで、さくらを玄甲軍の大将に任じ、その地位を重用することにした。玄甲軍の指揮は、全て彼女に委ねる、と。そうすれば、世間の目には、玄甲軍がなおも彼ら夫婦の手にあり、朕があえて玄武の権力を一再削ごうとしていないように映るであろう、と。これこそが、当時の朕にとって、実に妙手であると思われたのだ。しかし、朕は思いもしなかった。夫婦というものは、いつまでも心が通い合わぬわけではないと。共に日々を送るうちに、情が芽生えるものであると。そして夫婦とは一体なれば、その利害もまた一体となるものである、と。朕には分からなかったのだ。朕と皇后が、これまで心を通わせたことなど一度もなかったゆえか、夫婦の機微など、思い巡らせたこともなかったのだ。だが幸いにも、彼ら夫婦は、後に深い愛情を育んだとしても、朕に代わって帝位を望むような野心を抱くことは、ついになかった。朕は、まったくもって疑心暗鬼に陥っていたのだ。当初は、さくらは武芸に秀でてはいるものの、玄甲軍を統率するには荷が重いであろうと見ていた。多くの者が彼女に従わぬであろうし、早々にも音を上げ、たちまち諦めるであろうから、さすれば、朕は別の者を遣わしてその座を代えさせることも容易い、と。だが、まさか、玄甲軍の一筋縄ではいかぬ者たちが、悉く彼女に手懐けられ、従順となっていたとは。朕はまたしても彼女を見誤っていたのだ。いや、正確には、この時代、真に女人の才を認めようとする者など、ほとんどおらぬ。朕もまた、世の習いに倣い、同じ過ちを犯していたのだ。さくらが才覚を発揮し、目覚ましい活躍をするにつれて、朕の心に広がる波紋は、いよいよ大きくなっていった。やがて玄武が京を離れ、遠征に出た際のことだ。朕は愚かな行いに走ってしまった。それが世間の囁きを招き、醜聞を呼んでしまったのだ。その結果、さくらは病と称して籠もり、出仕を避けることとなり、朕もまた、世の非難を浴びることとなった。「一時の気の迷い」などという言葉は、朕の身に起こるべきことではなかったのだ。朕は兄弟の情を顧みず、不仁にし
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