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第1603話

Author: 夏目八月
邪馬台へ向かう前の私には、人生の計画も、目標も、特別にやりたいことも何もなかった。

しかし、邪馬台を平定して都に戻り、あの民衆の歓声に包まれた時、ふと「人生って、ただ漫然と過ごしていては、もったいないんじゃないか?」と感じたのだ。

それ以来、私は人生の意味について深く考えるようになった。

さくらの足跡を追いかけるようにして、私も様々なことに挑戦した。工房での活動から、雅君女学の設立まで。

多くの女性たちが、あまりにも悲惨な境遇に置かれている。そして私には、そんな彼女たちを助ける力がある。これが、私の人生における一つの「意義」なのではないか、と。

「一つ」ということは、二つ目、三つ目の「意義」も見つけられるはずだ、と。

自画自賛になるかもしれないけれど、私の本質は、やはり義憤に駆られて悪を憎む性分なのだ。

だから、多くの凶悪な殺人犯が、証拠不十分という理由で罪に問われず、のうのうと世の中を闊歩していると知った時は、本当に腹が立った。「人殺しは、命をもって償うべきだ」と、心底そう思った。

最初から過激な行動に出たわけではなかった。京都奉行所の捜査に倣い、私も独自に追跡を続け、得られた証拠は京都奉行所の長官へと提出していた。

しかし、ある特異な事件に遭遇して、私の考えは変わった。

それは一家が皆殺しにされたという惨劇だ。一人だけ奇跡的に生き残った被害者がいたものの、彼女は恐怖のあまり精神を病んでしまっていた。彼女は犯人を指名したのだが、既に「錯乱している」と診断されていたため、公の場では奉行所の長官その人を犯人と名指ししたり、さらに興奮して他の人々まで指差して、「何人もの者が自分を殺そうとしている」と叫びだしたりしたのだ。

その結果、彼女に指名された容疑者は、証拠不十分という理由で釈放されてしまった。

もともと証拠は不十分だったのだ。被害者の証言しかなく、凶器も見つからず、他に証人もいない。その上、被害者がわけもわからず次々と人を指名したせいで、かえって容疑は完全に晴れてしまった形だ。

実は、この事件を最初に聞かされた時、私もその容疑者は無実なのではないかと思っていた。彼は物腰柔らかく、聖賢の書を読み、近隣からは「困っている者を助ける良い人だ」と評判が高かったのだ。

京都奉行所も彼をしばらく観察していたが、異常は見られなかったので、それ以上の追
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