Tous les chapitres de : Chapitre 1051 - Chapitre 1060

「三井さん、相席でも構わないかしら？」雨宮栞里が探るように尋ねた。三井鈴はにっこりと微笑んだ。前回の件以来、彼女に対する見方が少し変わっていた。「もちろん、どうぞ」その答えに、雨宮栞里は少し驚いた。笑みを浮かべながら三井鈴を見て、冗談めかして言った。「どうやら三井さんは私という恋敵への警戒を解いたようね」「また仕切り直して攻めたらどうする？」冗談の中に少し探りを入れた。だが三井鈴は逆に切り返した。「雨宮さんにそんな余裕があるなら、そちらの彼が不機嫌にならない？」雨宮栞里は肩をすくめて、言わずもがなの表情を浮かべた。「家が勝手に決めた見合いよ。今日が初対面なの」だがその言葉のあと、後ろにいた新藤尚樹が前に出てきて自ら名乗った。「田中さん、お名前はかねがね伺っております！」「田中さん」という呼び方から、彼が田中仁の正体を知っていることは明らかだった。世間では田中家と三井家が商業的に縁を結ぶという噂が立っており、目の前にいるのはまさにその三井家の令嬢だった。「三井さん、こんにちは！」新藤尚樹は自ら挨拶をしたが、内心はやはり驚きを隠せなかった。まさか雨宮栞里が、三井家と田中家とこれほど親しいとは思わなかった。ただの形式的なお見合いだと思っていたのに。今となっては、この縁をもう一度見直す必要がありそうだった。「新藤グループの御曹司とは珍しいな」田中仁が一言で彼の素性を見抜いた。新藤尚樹は少し驚き、眉を上げて言った。「田中さん、僕をご存じで？」「一度、お会いしたことがあります」新藤尚樹は田中仁の記憶力に驚き、つい社交辞令を返した。「一度だけで覚えておられるとは、さすが田中さん、非凡なお方ですね」それだけではなかった。田中仁の立ち居振る舞いから自然ににじみ出る品格は、彼にとって到底届かぬ高みだった。超一流財閥の後継者は、自分のような中小の家では到底比べようもなく、自然と取り入ろうという気持ちが湧いていた。「ご縁があれば、今後ぜひビジネスの場で田中さんとお手合わせできればと」新藤尚樹のこの言葉の意図は言うまでもなかった。彼の野心は隠すことなく明らかだった。もし豊勢グループと繋がることができれば、自分の家業を一気に飛躍させることができるはずだ。雨宮栞里は眉をわずかに寄せ、不快を隠し

家に戻った三井鈴は、どこか落ち着かない気分だった。寝室の中。淡い灯りの下、三井鈴はソファに膝を抱えて、窓の外をぼんやりと見つめていた。「田中さん」メイドが温かいミルクを手にそっと声をかけた。田中仁は黙って、扉の隙間から部屋の中の三井鈴を見やり、「私が持っていく」と言った。メイドが下がった後も、田中仁はすぐに寝室へは入らず、壁に寄りかかりながら天井を見上げていた。ちょうどそのとき、ポケットの中の携帯が鳴った。赤司冬陽からのメッセージだった。内容は短く簡潔。だが田中仁はそれを読み終えると、ふっと軽蔑の笑みを浮かべた。全てを掌握している者の余裕に満ちた表情だった。彼は滑らかな動きでスリープボタンを押し、携帯をポケットにしまってから寝室のドアを開けた。「鈴ちゃん！」ゆっくりと歩み寄り、そのまま彼女の前に立った。三井鈴ははっと我に返り、とっさに目を上げて驚いた。「なんで入ってきたの？」田中仁は穏やかな顔でふっと笑い、何も言わずにミルクを彼女の手に渡し、「温かいうちに飲め」とだけ優しく言った。三井鈴はうなずいて、「うん」と答えた。そのままミルクを口に運び、あっという間に飲み干した。「少し出かける用事がある。家でちゃんとしてろよ」そう言って、彼は彼女の手からグラスを受け取った。三井鈴は不思議そうに尋ねた。「こんな遅くに、どこ行くの？」「会社のことでな、遅くなると思うから待たなくていい」田中仁は身をかがめて彼女の額にキスを落とし、「鈴ちゃん、今この瞬間がすげぇ幸せだ」と囁いた。彼女がそばにいるだけで、全てがちょうど良い気がした。ただ願うのは、この幸せがもう少し、あと少しだけでも長く続いてほしいということだけだった……三井鈴は両手を伸ばして彼の首に抱きつき、全身を彼に預けるように甘えた。「偶然だね、私もそう思ってた」二人はしばらくそのまま、甘え合っていた。田中仁は名残惜しそうにしながらも、そっと彼女を離した。「いい子にして、早く休めよ」三井鈴はうなずいて彼を見送り、広い部屋は途端に静かで寂しい空間になった。しばらく躊躇ったあと、三井鈴はスマホを取り出し、そっとロックを解除した……車が道路を走り抜け、両側の建物が次々と視界の隅に流れていった。田中仁は電話をかけた。「どこに

「調べはつきました」赤司冬陽は自ら地図を取り出し、田中仁の前に広げた。「この船はフランスの港を出発して西海岸を経由し、この航路をたどって太平洋を横断、東京港に到着する予定です……」赤司冬陽の指の動きに合わせて、航路がはっきりと地図上に描き出された。「田中さん、人を奪還するなら今夜がベストです。船がフランス領を離れてしまえば、ややこしくなります」田中仁は目を細め、長い指先を地図の一点に置いた。赤司冬陽は察して言った。「了解です、田中さん！」轟音の汽笛とともに、船は港を離れた。巨大な鯨のように、船はゆっくりと水面を滑りながら進んでいく。これは15階建てほどの豪華客船で、最下層は貨物室、その上は宿泊区、レストラン、娯楽施設と続いている……品田直子とその子は最下層の暗く湿った部屋に押し込まれ、外の光は小さな窓からわずかに差し込むだけだった。「ママ、こわいよ！」品田真は品田直子の胸に飛び込み、震えが止まらなかった。母と子はしっかりと抱き合い、互いからわずかな慰めを得ていた。品田直子は本能的に息子をなだめた。「大丈夫よ」その声が終わるやいなや、ドアが勢いよく開かれ、数人の見知らぬ男たちがなだれ込んできて、狭い部屋は一気に圧迫された。品田直子は顔面蒼白になって叫んだ。「あなたたちは誰？何をするつもりなの？」先頭に立っていたのは金髪碧眼で体格のいい外国人。顔中に髭をたくわえたその男は、鋭い視線を彼女に向けながら流暢な日本語で言った。「お前がリクが言ってた女か？」「見た目は悪くない。けど、リクの奴は女を大事にするってことがわかってねぇ。お前を俺に任せるなんてな」品田直子は完全に取り乱していた。「何をするつもり？田中陸は私たちを見逃すって言ったのよ、約束を破るなんて！」男は唇を歪めて不気味に笑いながらも、目は凍りつくような光を放っていた。「心配すんな。リクが送るって言ったんだから、ちゃんと約束は守るさ……」「ただし、送るって言葉は、フランス語だとちょっと違う意味があるよな？」その一言を聞いて、品田直子は何かに気づいた。焦りの中で深く考えることもなかったが、今になって……胸の奥がすっかり冷えきっていた。彼女は後ろへと身を引き、船壁に手をついてかろうじて立ち、口を開いたが、声が出なかった。「あんたたち…

田中仁の元々冷淡な表情に、今はほんのわずかな動揺が浮かんでいた。彼は何も言わず、ゆっくりとタバコの箱を取り出し、長い指で一本を取り出して口元に挟んだ。そのまま落ち着いた動きで火をつけ、深く吸い込む。煙は肺にしばし留まり、やがて静かに吐き出された。どうやらこのゲーム、ますます面白くなってきたようだ。憎しみに囚われた品田直子は冷たく笑った。「田中陸は、私から証拠を手に入れさえすれば、私を口封じして安泰を得られると思ってる。高枕で眠れるとでも？」「まるで夢でも見てる気分ね！」品田直子の感情はさらに高まり、ほとんど狂ったように叫び続けた。「田中陸は永遠に気づかない。私はとうにこの日が来ると読んでいた。証拠を手にした瞬間、危険を感じて、退路を残して、準備を整えていたのよ」田中仁は動きを止め、品田直子を見つめる目に賞賛の色を浮かべた。「どうやら今日は、品田さんは私を失望させないようだ」品田直子は自嘲気味に苦笑した。「最初はね、彼がうちの子と私を見逃してくれるなら、証拠なんて海の底に沈めるつもりだった」「でも今は違う。彼は自らの手で真くんを殺した。私の息子を殺したのよ！」品田直子の声は嗚咽に詰まり、怒りで目は真っ赤に染まり、歯を食いしばった顔は異様なまでに歪んでいた。全身を激しく震わせながら、真紅の目で一点を睨みつけ、田中陸と命懸けで戦おうとしていた。「私はあの男に、自分のやったことの代償を必ず払わせる！」品田直子は一語一語、歯を食いしばるようにして言い放った。その瞬間、彼女の心には確固たる決意が宿っていた。たとえ共倒れになろうとも、悔いはない。「品田さん、衝動は悪魔だ」田中仁はゆっくりと煙草をもみ消した。一見何気ないその仕草にも、不思議な品と威圧が漂っていた。「田中さん、たとえ今日あなたが私を助けていなかったとしても、私に何かあれば、半月後にはこの証拠が事件を担当している警官の手に届くようになっているの」「それだけじゃない。フランスの主要メディアも同時にこの事件を暴露する予定。そうなったら、彼はもう逃げられない……」「だけど私はもう、前倒しで彼を地獄に落とすつもりよ！」人を殺せば命で償う。法の一線は誰にも越えられない。人は皆、自らの行いに対して代償を払うべきだ。「品田さんのやり方は間違ってはいない。ただ、そ

「これは何？」田中葵は淡々と尋ね、気にも留めていないような顔をしていた。だが、その視線は正直で、写真にちらりと目をやった。しかし、写真の内容を見た瞬間、その目がぱっと輝いた。何の前触れもなく、彼女は写真を奪い取った。そして一枚ずつめくっていく。どの写真も彼女を興奮させた。「へえ、名門三井家のお嬢様が、まさか二股とはね」写真に写った男は姿勢も気品もずば抜けていて、全て後ろ姿ながら、ただ者ではないとひと目で分かる雰囲気を漂わせていた。「でも……」田中葵は眉をひそめながらすべての写真を見終えた後、言った。「普通の男女の交際の範囲よ。度を越えてるわけでもないし、特に問題はなさそうね」だが朱欒希美の見方は違った。彼女は以前から三井鈴の私的な動きを私立探偵に尾行させていた。そしてこの写真に写っている安田悠叶という男と三井鈴には、どうも曖昧な関係があると気づいた。「おばさん、この男は普通じゃないわ」朱欒希美の言葉には裏の意図があった。「彼、浜白の安田家の人間ですよ」「浜白の安田家？」田中葵は三井鈴の元夫の姓が安田であったことを知っていたが、安田家はもう没落したと聞いていた。「三井鈴の元旦那って刑務所に入ってるんでしょ？なのに、また安田家の男が出てきたの？」「そこはちょっと複雑で、一言では言えないですよ」朱欒希美は、三井鈴と安田悠叶の関係がどういうものか詳しくは知らなかった。彼女はただ、この材料をうまく利用したかっただけだった。「大事なのは真実じゃない。大事なのは田中仁に何を見せるか」「男って、一度疑い出すと、どんなに愛してても簡単には許せないでしょう」田中葵は彼女の手の甲を軽く叩いて満足そうに言った。「どうやら、用意は万端のようね」朱欒希美は一切隠さず、率直に言った。「この中から何枚か選んで、わざわざ加工してもらったの……」「真実と嘘を混ぜておけば、三井鈴が十の口を持ってたって、言い訳なんて通らないわ」「たとえ説明できたとしても、二人の信頼関係にヒビが入れば、そこからが私たちの出番よ」朱欒希美は不気味な笑みを浮かべ、見る者に背筋が寒くなるほどだった。田中葵はまるで別人を見るような感覚に襲われた。まさか、世間知らずで無害そうなお嬢様に、こんな陰の顔があったとは。彼女は本当にこの子を甘く見ていた。