All Chapters of 離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった: Chapter 331 - Chapter 340

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第331話 身分反転

「信じないで、あれは全部ウソよ!」取り巻きの女が必死に取り繕うように言い募る。けれどその瞬間、悠生が駆けつけてきた。真っ直ぐ鈴のもとへと歩み寄ると、周囲の空気が一変する。「鈴さん、大丈夫だった?」鈴は肩をすくめ、平然とした表情で「うん、平気」と答えた。だが悠生は、先ほどの録音を聞いていた。視線を鋭く巡らせながら、場にいた人々に向けて声を上げた。「三井鈴さんは、俺が正式にお招きしたゲストだ。そんな人に、勝手な言いがかりをつけるつもりか?」そのひと言で、先ほどまで騒いでいた人々はみな口を閉ざし、ばつが悪そうにその場を離れていった。美和は呆然とその光景を見つめていた。――どうして鈴木悠生が、三井鈴に対してこんなに親しげなの?その意味が頭に追いつかないまま、彼女はパチパチと瞬きをして、すぐに笑顔を作る。「鈴木さん、私は清水電器の清水美和と申します。お目にかかれて光栄です」媚びるような声と態度で距離を縮めようとしたが、悠生はまったく相手にしなかった。目線を鋭く向けたのは、美和の隣にいた取り巻きだった。「さっき、鈴さんのことを侮辱したのは――お前か?」取り巻きは目を丸くしたまま動けずにいる。悠生はそれ以上何も言わず、スマートにスタッフへと指示を出す。「こいつを外に出して」警備員がすぐに現れ、言われるままに取り巻きをその場から連れ出していった。そして、悠生は鈴のほうへと向き直り、自然な流れで彼女をエスコートしながら会場内へ入っていく。その後ろ姿を、残された美和はただ呆然と見つめるしかなかった。心の中には、得体の知れない焦燥とざわつきが残ったままだ。――この女、いったい何者なの……?鈴が会場に足を踏み入れた瞬間、まるで空気が変わったかのようだった。多くの視線が彼女に集まり、各界の来賓たちが次々と挨拶に訪れる。鈴はその一人ひとりに、丁寧に、礼儀正しく応えていく。一方の美和は、その様子を遠巻きに見ながら、胸の内に渦巻く感情を抑えきれずにいた。――あんなの、想定外よ……そんな中、会場の扉が静かに開き、陽翔が姿を見せた。その瞬間、美和の目が彼に吸い寄せられる。慌てて服のシワを整え、ポーチの鏡でメイクを確認する。万全を期して、笑顔を浮かべたまま彼に近づいた。
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第332話 どうしてほしいの?

「三井さん、私は貿易をしておりまして……いつかぜひ、ご一緒にお仕事ができたらと願っております」「うちは物流が中心でして、今後とも三井さんにいろいろとご指導いただければ……」そんな言葉が次々と飛び交う中、鈴は終始にこやかに、けれど決してへりくだることなく、丁寧に応じていた。その凛とした態度は、むしろ多くの人々の好感を誘った。名刺が次々と差し出され、協業の申し出も後を絶たない。鈴はその場をしっかりと掌握しながら、帝都グループにいくつもの大型案件を引き寄せていた。そして──それらすべてを、美和はただ、黙って見つめていた。陽翔が鈴の正体を明かした瞬間から、美和の中で何かが音を立てて崩れ始めていた。彼女は呆然としていた。学生時代、どれほど鈴を見下していたか。そのくせ、何も知らなかったのは自分のほうだった。――どうして、あんな宝の山に気づけなかったの?悔やんでも悔やみきれない。それなのに、自分はあの頃、何をしていたんだろう――「美和、こんなところで何してるんだ?」ふいに現れた父が、小声で彼女を引き寄せる。「三井さんと仲良くしろって言ったよな?商談、少しでも多く取ってこいって言ったのに、何をぼーっとしてる」美和は返事をしなかった。その代わり、深く指を食い込ませた掌は、すでに真っ赤になっていた。だが、その痛みにさえ気づけなかった。「……わかった、お父さん。ちゃんとやる」そう言って、美和は鈴の方へと向かった。心の中で、何度も深呼吸を繰り返す。今は、頭を下げるしかない。鈴の前に立ったとき、美和は顔いっぱいの笑みを作っていた。「三井さん、同級生だったよね。これ、一杯、あなたに……」差し出されたグラス。鈴はそれをただ見つめるだけで、手を伸ばすことはなかった。一瞬、場の空気が凍る。美和は気まずさを隠すように軽く咳払いすると、無理に笑顔を浮かべて言った。「お酒、苦手だったの?じゃあ、代わりに私がいただくね」そう言って、グラスの中の酒を一気に飲み干す。鈴はその様子をただ冷ややかに見つめた。「同級生でしょ?そこまでしなくてもいいんじゃない?」言葉の棘を感じた美和は、慌てて頭を下げる。「三井さん……以前は本当に、私が間違ってました。心からお詫びします……」
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第333話 痛いところを突く

鈴の視線が鋭く美和を射抜く。その瞬間、なぜか美和はビクリと肩をすくめ、思わず首を縮めていた。鈴は知っていた。美和が最も大切にしているものは何かを。だからこそ、声色は柔らかく、だが言葉は容赦なかった。「清水電器……そろそろ改革すべきじゃない?今回のビジネスサミット、降りた方がいいと思う」その一言に、美和はまるで雷に打たれたかのように叫んだ。「ダメッ!」反射的な拒絶。清水電器は一族唯一の希望。もしこのサミットから撤退すれば、企業としての信用も、地位も、大打撃を受けることは間違いない。「三井さん……他のことなら何でもしますから、それだけは許してください」鈴は一切の表情を浮かべず、冷淡に告げた。「今なら、自分で身を引けば最低限の面子は守れる。でも拒んだら、強制的に排除されるかもね。そうなったら……清水電器が無事でいられる保証はないわよ」美和の膝がかくんと折れ、足元が揺らいだ。ゾワリと背筋を走る冷気。この女が、こんなにも計算高く、冷酷だとは思ってもみなかった。彼女の口からようやく絞り出された言葉は、悔しさにまみれていた。「……清水電器は、うちの家族のすべてなんです。お願い……潰さないでください……私が悪かったから。謝ります、ちゃんと謝りますから……ごめんなさい……ごめんなさい……」けれど鈴は、何も言わなかった。何も見ていないかのように、美和の隣をすれ違い、そのまま歩き去っていった。その一歩一歩が、まるで宣告のように美和の心に突き刺さる。次の瞬間、体の力が一気に抜け、美和はその場に膝をついた。風が吹き抜け、背中を冷たく濡らした服に、ゾクリと震えが走る。――三井鈴、あんたって女は……ほんと、容赦ない……!「三井さんってほんとすごいわよね。生まれも良いし、実力もあるなんて」「帝都グループを引き継いでから、たった半年で利益が10%も上がったって聞いたよ」「国際財閥で10%アップって……どれだけ凄まじいか分かる?」「商才もビジュアルも完璧……羨ましい限りだよね」周囲から聞こえてくる鈴への賛辞の声。美和はそのひとつひとつが心に爪を立てるように感じていた。彼女の視線は、群衆の中心で輝く鈴に向けられ、口の中に苦いものがこみ上げる。「……ふん」鼻で笑い、思わず口に出した。
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第334話 登壇

背筋をしゃんと伸ばして、美和は裏手の控え室から再び表へと歩み出た。しばらくして、ビジネスサミットの開会式が始まり、司会者が舞台に立って場を温めはじめる。その語り口は軽快で、あっという間に会場の空気は盛り上がっていった。「本日は、商界の精鋭の皆さまにお集まりいただいております。では、例年通り――会場から一名、ランダムにご登壇いただき、マネジメントに関するご経験をお話しいただきましょう!」そう言った司会者の声が響いた直後、美和が舞台袖から現れる。その目線はまっすぐ鈴を捉えており、どこか陰のある表情を浮かべていた。心の中では、すでに小さな復讐の段取りが組み上がっている。美和は、先ほど控え室で顔を合わせた富裕層のマダムたちの元へと歩み寄り、得意げに笑みを浮かべた。「いいもの見せてあげるわ。もうすぐ、ね」マダムたちは美和の含みのある言葉に首をかしげながらも、ひとりがそっと釘を刺した。「清水さん、自分で自分の足元を掘らないようにね?」だが美和は鼻で笑って、何も言わず顎を上げる。その胸中には、鈴を徹底的に辱めたいという衝動しかなかった。だが次の瞬間――「本日、会場には特別なお客様をお迎えしております。帝都グループ代表取締役社長、三井鈴様です!皆様、盛大な拍手でお迎えください!」司会者の声が響いた瞬間、鈴の名が場内に走る。突然名前を呼ばれた鈴は、思わず眉をひそめた。来る前に、兄からこんな段取りは一言も聞いていなかった。一方、すぐ傍にいた陽翔もすぐに異変に気づき、後方に立つ秘書に小声で問う。「どういうことだ?」秘書は戸惑いながら首を振る。「存じません……至急確認いたします」だが、陽翔の視線の先――鈴はどこまでも冷静で、穏やかな微笑を浮かべていた。「いや、いい」彼は静かにそう言い、ステージへと目を向ける。「それでは――三井鈴様、どうぞご登壇ください!」司会者の合図とともに、場内には拍手が巻き起こり、注目が一斉に鈴へと集まる。鈴は一歩踏み出しながら、客席の一角に立つ美和と目を合わせた。その挑むような視線に、鈴はただ静かに微笑み返す。数秒間の静寂。隣に立つマダムが、美和に向かって低く囁く。「清水さん……あまりにも露骨じゃなくて?三井家に後から睨まれなければいいけど」だ
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第335話 ひときわ輝いて

続いて、鈴は自らの経営経験について、軽快な口調で話し始めた。言葉にはユーモアがありながらも、決して出しゃばらず、かといって卑屈にもならず、そのバランスの取り方が絶妙だった。わずか十分ほどのスピーチだったが、会場の誰もが真剣に耳を傾けていた。彼女の話が終わったあと、一瞬の静寂が訪れ、その直後に雷鳴のような拍手が沸き起こった。「三井さんって、ほんとにビジネスの天才だわ」「話の構成が明快だし、余裕もある。そりゃ帝都グループが伸びるわけだよ」「若いのに、あのビジネス感覚……学ぶことが多すぎる」「もし一緒に仕事できたら、それだけで名誉なことだよね」──会場は絶賛の声で包まれていた。その様子を見ていた美和は、完全に固まっていた。もともとは奇襲のつもりだったのに、まさか鈴の評価を一気に押し上げてしまう結果になるなんて──そんなはず、あるわけがない。「待って……!」思わず声が出た。ステージから降りようとした鈴を呼び止め、美和は遮るように言った。「三井さん、いくつか質問させてもらえますか?」鈴はその敵意に気づきながらも、落ち着いたまま頷く。「どうぞ、ご遠慮なく」美和は、幼い頃から経営の感覚を叩き込まれ、家族からも次期当主として育てられてきた。実力では決して引けを取らない──そう信じていた。だからこそ、わざと複雑で難解な質問をぶつけ、鈴を困らせようとした。「現在のように市場経済が冷え込み、株価も暴落、ファンド市場も混乱する中で、資金繰りを守るにはどう対応すべきでしょうか?」会場の空気がざわめいた。それは多くの企業が抱える現実的な課題だった。この問いにうまく答えられなければ、先ほどの好印象も台無しになりかねない。美和は挑戦的な目を向けた。だが鈴は、マイクを持ち直しながら柔らかく語り始める。「この時代、適切なレバレッジの活用は、必要不可欠な選択肢のひとつです──」約五分。資金繰りと金融レバレッジに関する理論と実践を分かりやすく解説し、会場からは再びどよめきと拍手が起こった。──完璧な回答だった。美和は諦めずに、さらにいくつかの質問をぶつけたが、どれも鈴は軽やかに、理路整然と返してみせた。そのやりとりだけで、鈴への評価は一段と上がり、舞台を降りると同時に、複数のビジネス関係者が名刺
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第336話 恥ずかしい奴

富豪の奥様の言葉を聞きながら、美和は無意識に指を肉に食い込ませていた。けれど、痛みなんて感じていないようだった。そのとき――どこからともなく父の大輔が現れ、真っすぐ彼女の方へと歩いてきた。「――ッ!」乾いた音が場に響き渡る。美和は頬を押さえたまま、信じられないという表情で声をあげた。「お父さん、どうして私を叩くの……!」大輔の顔は怒りに染まっていた。さっき、陽翔がわざわざ人を寄越して警告してきたのだ。全部、美和が鈴に嫌がらせをしたせいだという。「美和……お前、いい加減にしろ。来る前に、三井さんとはちゃんと仲良くしておけって、あれほど言っただろう?それなのに、よくも手ェ出せたな!」美和はなおも頬を押さえたまま、ただ黙っていた。いつもは甘やかしてくれる父が、鈴のために大勢の前で自分に手をあげたことが、信じられなかった。視線を落としながらも、心の奥では、すべての責任を鈴に押しつけていた。大輔は鋭い目で娘を睨みつけ、冷たく言い放つ。「三井さんを怒らせたら、うちの清水電器は終わりだって分かってんのか?お前がやったのは、それくらいのことなんだぞ!」美和は唇をギュッと噛みしめ、一言も発さなかった。反省の色をまったく見せない娘に、大輔の苛立ちは頂点に達していた。「ここで恥を晒すな。さっさと帰れ」「お父さん……」涙ぐんだ声で美和が呼びかける。だが――「呼ぶな!清水電器が危機を脱するまでは、お前の小遣いは全部停止だ」その瞬間、美和の肩ががくりと落ちた。だが、大輔はもう彼女に構うことなく、周囲を見渡して鈴の姿を探していた。彼女に直接謝罪するためだ。一方その頃――鈴は人だかりの中にいて、全く近づける隙などなかった。ビジネス界の大物たちの相手を終えた鈴は、ようやくほんのひとときの休憩を得る。ソファに腰を下ろし、ふぅっと息をついたその瞬間――どこかから、熱を帯びた視線が注がれているのを感じた。鈴は眉をひそめ、あたりを見回す。だが、その視線の主は姿を消していた。……気のせいかもしれない。そう思って視線を戻した、そのとき――柱の陰から、ひとつの影がそっと現れる。彼の瞳は鈴をまっすぐに見つめ、その奥に秘めた感情が波立っていた。「鈴さん!さっきの鈴さん……めっ
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第337話 秘密の小屋を発見

悠生は何度も頷き、「もちろん、それ以外はどうでもいい」と言った。「でもね、私は思うの。あなた、すぐに運命の人と出会うんじゃないかな」そう言われて、悠生は目を見開いた。「……鈴さん、それって冗談だよね?」鈴は片眉を上げて問い返す。「信じられない?」「信じないわけじゃない。けど、この世界で鈴さん以外に心を動かせる人なんて……もう現れない気がするんだ」そう呟くと、悠生は少し目を伏せてため息をついた。「でも……俺の気持ちより、鈴さんが幸せになることのほうがずっと大事だから」――だから。彼は迷いなく帝都グループを離れた。すべては、鈴の幸せのために。自分の幸せなんて、とうの昔に優先順位の外だった。「そうだ鈴さん、今夜、ちょっとした集まりがあるんだ。一緒に来ない?」鈴は断ろうとしたが、悠生は急に困ったような顔になった。「お願い、ちょっとだけ顔出してくれない?じゃないと、うちの親父がマジでうるさいんだ……」その顔があまりに情けなくて、鈴はつい吹き出してしまった。あの悠生にも、怖い人がいるんだ。そう思ったらなんだか可笑しくなって、つい頷いてしまった。「……いいわよ」「やった!じゃあ、今夜ね!」夜になって、鈴はシンプルな服に着替えて出かけた。悠生が用意した場所は、高級のバーだった。到着すると、悠生はすでに店の前で待っていた。彼女を見つけるなり、ぱっと手を振る。「鈴さん、こっちこっち!」鈴は彼のもとへ歩み寄り、そのまま連れられて店内へと入る。通されたのは落ち着いた個室。中には男女合わせて十人ほど、どれも悠生の幼なじみらしく、みな打ち解けた雰囲気で鈴を迎えてくれた。「三井さん、何する?麻雀?ポーカー?それともサイコロ?」「なんでもいいわよ」そう答えると、自然と麻雀が始まった。鈴はほとんどやったことがなかったが、どうやら運が良かったらしく、一周するころにはチップが倍に増えていた。「……ちょっと勝ちすぎたかも」少しばかり気まずさを感じた鈴は、「トイレに行ってくる」と言い訳して、そのあいだ悠生に代わってもらった。部屋を出た彼女は、そのまま廊下を進み、階段を上って屋上のテラスに出た。夜風が肌に心地よく、少し息を整えようとしたそのときだった。「――やめて!お願
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第338話 裏の稼業

部屋の中から男が出てきた。鈴の姿を見た瞬間、目を輝かせて口を開く。「へえ……どこから来たんだ、この上物は」その場にいた誰かが小声で耳打ちした。「石田さん、この人、鈴木さんと一緒に入ってきた客人です」「……鈴木?」その名を聞いた瞬間、男の表情が険しく変わる。ゆっくりと鈴に近づいてきて、低い声で問いかけた。「さっき……何を見た?何を聞いた?」鈴はその目をまっすぐに見返し、一切の怯えもなく言い放った。「表向きは堂々と商売してるくせに、裏でこんなことしてるなんてね。あの子たち……あんたたちが誘拐してきたんでしょ?」男は口元を歪めて笑った。その目の奥には、獣のような凶暴さがにじんでいる。「なるほど……今日はここから帰れないようだな。だが、悪くない。お前みたいな美人は、そうそう手に入らないからな」そう言うと、軽く手を振って、背後の男たちに合図した。鈴は冷たく笑った。「私を捕まえようなんて、いい度胸してるじゃない」言い終えるが早いか、数人の屈強な男たちが一斉に向かってくる。鈴の目が鋭く光り、すぐさま最前列の一人の脛に向かって鋭い蹴りを放った。その一撃で、男は数歩よろめいた。「ほう……見かけによらずやるな」そう言いながら、石田自身が前へと出てくる。手慣れた動きで何度か仕掛けるうちに、鈴は徐々に押され始めた。だが次の瞬間、彼女の体がひらりと回転し、隙を突いて渾身の力で股間を蹴り上げた。「ッ……!」男は腹を押さえ、その場で崩れ落ちる。顔は真っ赤に染まり、しばらく立ち上がれそうになかった。「……なにしてんだ!早く捕まえろ、逃がすな!」周囲には続々と人が集まり始めていた。鈴は状況を素早く判断し、すぐにその場から逃げ出す。だが――出口にたどり着いた瞬間、ドアはすでに鍵がかけられていた。「ハハハ、逃げてみろよ、嬢ちゃん」石田は笑みを浮かべたまま、捕まえる素振りも見せず、仲間に囲むように指示する。だが、鈴はその隙を突いて、腕時計の裏にある非常ボタンを静かに押していた。「人身売買は犯罪よ。捕まったら、あんたたち全員、刑務所行きになるわよ」その声音は、真冬の霜のように冷たい。だが、返ってきたのは、男たちの嘲笑だった。「ハッ、ここはフランスだぞ?どこの法律
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第339話 命が惜しくないか?

「どうしよう……明日の朝には、私たちみんな連れて行かれちゃうんだって……もう、家族に会えないのかな……」「うぅぅ……死にたくないよ……誰か……誰か助けて……」すすり泣きが部屋のあちこちから聞こえてきた。鈴はその様子を見つめ、目を伏せた。胸の奥がきゅっと締めつけられる。この時代に、文明社会と呼ばれるこの世界で、まだこんな暗くて酷いことが行われているなんて、信じたくなかった。泣き声の方向に目をやると――そこで、ひときわ異質な視線とぶつかった。その目は驚くほど冷静で、この場の悲痛な空気とは明らかに違っていた。少女は十七、八といったところだろうか。だが、そのまなざしには大人顔負けの冷静さと知性があった。無表情のまま、じっと鈴を見つめてくる。まるで心の奥まで見透かそうとしているような鋭さだった。沈黙が数秒、いや数十秒ほど続いた。やがて、少女が口を開く。「本当に……私たちを助けられるの?」鈴は迷いなく頷いた。「信じて、必ず助け出す」その言葉に、少女の瞳に一瞬、淡い光が宿った。だが、少女の視線が鈴の縛られた体に向いた瞬間、さっき灯った希望が一気にしぼんだ。鈴はその視線に気づき、目を伏せながら自分の腕に巻かれた縄を見つめた。そして、ふっと皮肉げに笑う。――こんな雑な縛り方で、人を閉じ込めようなんて、甘すぎる。そのまま、鈴は何の躊躇もなく指を動かし、流れるような手付きでロープをほどいていく。無駄な動きひとつなく、ほんの数十秒で自由の身になった。「えっ……解いちゃった……?」「すごい……本当にすごい……!」女性たちがざわめいたが、鈴はすぐに人差し指を口に当て、小さく「しっ」と制した。空気が静まり返る。彼女たちの瞳に、わずかに光が戻っていた。泣いていた女の子も、涙をぬぐって鈴を見つめている。鈴は黙ったまま、ひとりずつ手早く縄をほどいていく。やがて、全員が身動きできるようになった。先ほど冷静だった少女も、いまは目を輝かせながら鈴を見つめていた。「……お姉ちゃん、私、竹内梨花っていいます。もし外に出られたら、絶対にお礼します!」「梨花ちゃん……大丈夫。必ず、みんなで一緒に帰ろうね」鈴はそう言って彼女の頭をそっと撫でた。少女は力強く頷いた。鈴は全員を集
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第340話 棘のあるバラ

その言葉が放たれた瞬間、女たちは一斉に肩を震わせた。どうやら、その大半がすでに鞭の痛みを味わったことがあるらしい。そこへ、ゆったりとした足取りで石田が現れる。その目に一切の温度はなく、冷たく鈴を見据えた。「思ったよりやるじゃねぇか……たった十数分で逃げ出すとはな」鈴は冷ややかな目で彼を見返し、声に感情を乗せずに言い放つ。「私たちを放して。さもなければ、ここを丸ごと潰す」石田は、何か面白い冗談でも聞いたかのように手を叩いて笑いながら近づいてきた。確かに、鈴の顔立ちは整っていた。こんな劣悪な環境の中にあっても、どこか浮世離れした美しさを放っている。市場に流せば、相当な金が動くだろう。だが、それはあくまで「おとなしくしていれば」の話だ。目の前の女は美しいが、棘を持っている。「放せ、だと?寝言は寝て言え」そう吐き捨てると、石田が手を振った。即座に数人の屈強な男たちが前へと出る。だが、その時だった。「石田さん!大変です!」部下が血相を変えて飛び込んできた。「バーが……囲まれました!」「……は?」石田の顔色が一変する。「誰が?」「三井家の人間です!あの大富豪の……!」「三井家だと?」石田は部下の胸ぐらを掴み、怒鳴りつけた。「三井家と俺たちに接点なんかねぇはずだ!なんでわざわざここに来る!?」「それが……俺にも分かりません!でも、連れてきた連中はプロの部隊並みで……」「チッ……!」石田が荒く舌打ちを鳴らした。「チクショウ……今までずっと関わらねぇようにしてきたってのに、なんで今さらしゃしゃり出てくんだよ……!」そう言いながら、彼は周囲を睨み回し――そして、鈴の方へと視線を向ける。鋭い眼差しでじっと彼女を見つめた後、絞り出すように言った。「……てめぇか?」鈴は腕を組んだまま、涼しい顔で答える。「そうよ。安心して。来てるのは三井家だけじゃない。フランスの警察も一緒にいる。人身売買は重大犯罪。証拠も揃ってる。あんたたち、もう逃げられないわよ」その声を聞いて、後ろにいた女性たちの顔に希望の色が浮かぶ。「警察……来てくれたんだ!」「助かる……!」けれど、石田は怒りを抑えきれず、歯をきしませて拳を握りしめた。「俺をブチ込む気か……ふざ
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