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第331話 身分反転
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離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1078話 きっと願いは叶うよ
朱欒希美はびくりと肩を震わせ、本能的に首を横に振った。「本当に何も聞いてないの……」「本当に？」今にも泣きそうな表情のまま、朱欒希美は唇をきゅっと引き締めて答えた。「本当よ」田中陸はふっと口角を上げ、さっきまでの圧迫感をすっかり引っ込めると、大きな手で彼女の頭を撫でた。怯えた子猫をなだめるように。「そんなに緊張するなよ。ちょっと聞いてみただけだ」そう言われても。朱欒希美の体は強張ったまま、まだ警戒を解けなかった。彼女はおそるおそる視線を上げ、彼の様子をうかがった。いつもと変わらぬ表情に、ほっと胸を撫で下ろす。ようやく胸の奥の不安が静まった。「今日は元日。一緒に挨拶回りに行くのが筋ではないか」田中陸は拒むことなく、すぐに応じた。「当然だ。もうすぐ夫婦になるんだ、一緒に行くのが当たり前だろ」朱欒希美は信じられないというように目を見開き、思わず問い返した。「陸さん、あなたは本当に私と結婚する気でいてくれるの？」田中陸はそのまま彼女を抱き寄せ、肩をぽんと叩いた。「馬鹿なこと言うな。あなた以外に誰がいるってんだ」はっきりとした答えに、朱欒希美の胸はじんわりと温かくなった。「てっきり、私は……」「何を？」田中陸が言葉を遮って問う。「私が婚約を解消すると思ったのか？」朱欒希美は小さく「うん」とうなずき、逆に聞き返した。「そう思ってもいいの？」「しないさ」そのひと言に朱欒希美の目には涙が滲み、思わず彼の胸に飛び込んだ。そして、力いっぱい抱きしめた。「やっぱり、あなたは私を裏切ったりしないって信じてた」田中陸は彼女の横顔を見下ろし、そっと耳元の髪を整えてやった。「希美、あなたなら分かってると思うが、私にもどうにもならない事情ってものが色々ある。でも、そんな時でもあなたは私を裏切らない。そうだろ？」朱欒希美は静かにうなずいた。彼の腕の中から身体を離すと、まっすぐに彼の目を見つめた。もう先ほどまでの怯えた面影はない。その瞳に浮かぶのは、むしろ切なさと、彼を案じるようなぬくもりだった。彼の言う通りだった。思い通りにならない状況の中で、生き残るためには、時に手段を選んでいられない。そうしてここまで、血を流しながらも這い上がってきたのだ。「陸さん、ずっと私を信じていて」少し前までは不安もあった。だが
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1077話 殺意が芽生えた
品田直子が田中仁に接触しようとしていた。それは決して好ましい話ではなかった。だが実際には会えなかったし、これからも永遠に会うことはない。そう思えば、大した問題ではない。田中陸は気持ちを立て直しながらも、心の奥では警戒の色を滲ませていた。彼は無意味なことを口にするような人間じゃない、田中仁の性格を考えれば、余計に疑念が募る。なぜ、今さら品田直子の名前を出してきた？田中陸は顔を上げ、目の前の田中仁をじっと見つめた。静かにそこに座っているだけなのに、全身から放たれる圧倒的な威圧感。まるで王のような気配に、思わず身がすくむ。田中陸は思わず戦慄した。まさか、田中仁は何かを掴んでいるのか？疑念という種は、一度芽吹けば、瞬く間に根を張る。だが行動を起こすより先に、部下の一人が慌ただしく屋敷へ駆け込んできた。「陸社長、大変です。刑務所でトラブルが起きました」田中陸はちょうど朱欒家に新年の挨拶へ向かうところだった。だがその報告を聞いて、上着に手をかけたまま動きを止めた。その顔が一気に険しくなる。「何があった？」部下は焦りを隠せない様子で、全てをぶちまけるように言った。「品田誠也が、刑務所内で突然暴れ出しまして。今は弁護士を呼べと騒いで、控訴の準備を進めたいとまで言ってます」田中陸は一気に血の気が上り、部下の襟元をぐっと掴んだ。とはいえ声は押し殺すように低く、だが鋭く怒気を含ませていた。「何でこんなことになってんだ、ちゃんと押さえてたはずだろ」部下はぼそりと呟くように言いかけた。「まさか、あの母子のことを……」その言葉を最後まで言わせず、田中陸が遮った。「あり得ない。知ってるのは私たちだけだ。あいつが刑務所で知れるわけがない」部下も頷き、すぐに賛同する。「おっしゃる通りです。刑務所にはこちらの人間を配置してありますし、外部との接触は不可能なはずです」「ですが、それにしても妙に挙動が変じゃありませんか？」田中陸は小さく舌打ちし、乱暴に手を放した。おかしな動きには、必ず裏がある。品田誠也は、品田直子とその息子が自分の掌の中にあることを分かっている。だからこそ、下手な行動には出ないはずだ。「この件、ちゃんと目を光らせておけ。品田誠也の妙な動きを徹底的に潰せ。でなきゃ、私たち二人とも首が飛ぶぞ」「了解です」品田
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1076話 まさかの不意打ち
朱欒夫人は娘をじっと見つめながら、どこか腑に落ちない様子で、顔の笑みも徐々に消えていった。母親として、ただ娘の幸せを願うばかりだった。「希美、あなたは素直すぎるのよ。利用されないように気をつけなさいね……」朱欒希美はわざと怒ったふりをして母の手を振り払うと、勢いよく立ち上がった。「もう、そんなこと言わないでよ、お母さん」「私は自分の判断を信じてる。それに、お母さんにも応援してほしいの。もしまだ疑ってるなら、明日、陸さんに直接聞いてみて」朱欒夫人の返事を待つことなく、朱欒希美は背を向けてその場を後にした。その様子を見た朱欒夫人は、ただ静かにため息をついた。元日の朝。執事は朝早くから玄関前で待機しており、扉が開くなりすぐに近づいて声をかけた。「田中さん」田中仁は手首を持ち上げてカフスを直しながら、優雅で落ち着いた動作のまま、何気ない口調で言った。「頼んでた件、結果は？」執事は声を潜めて答えた。「裏庭の監視映像を確認したところ、昨晩あそこにいたのは陸社長でした」田中仁は動きを止めず、ゆっくりと身支度を整える。「分かった。下がっていい」執事が去った後も、田中仁はいつも通りの表情で振り返った。階段を下りていった。ダイニングにはすでに田中陸が席に着いていた。田中陸は彼の姿を見ると、自ら声をかけた。「兄さん、あけましておめでとう」田中仁は軽くうなずき、「新年おめでとう」と応じた。二人は向かい合って座り、言葉少なではあったが不思議と穏やかな空気が流れていた。田中家では例年通り、元日の朝食に白玉団子が用意されていた。甘いものを好まない田中仁も、慣習に従い軽く二口ほど口にして箸を置いた。「年末に東南アジア方面の件、よくやってくれたな。正直、驚かされたよ」田中仁は心から賞賛の言葉を口にし、顔を上げて田中陸を見た。「今後、東南アジアの担当はあなたに任せる。だいぶ気が楽になる」認められた。田中陸はわずかに眉を上げ、全く遠慮のない口調で言った。「兄さん、安心してください。前任の品田さんよりも、私のほうがうまくやってみせます。父さんとあなたを絶対に失望させません」「そこまで自信を持ってくれるのはありがたい。ところで、品田誠也のことだが、ちょっと思い出したことがあってな」品田誠也の名前が話に
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1075話 婚約は早めに破棄したほうがいい
朱欒希美ははっとして我に返ると、急いで携帯をポケットにしまい、無理に笑顔を作った。「お母さん、陸さんはきっと忙しいだけよ。終わったら必ず年始の挨拶に来てくれるから」朱欒夫人はそんな言い訳を信じていなかった。馬鹿じゃないし、見えないわけでもない。このところの人の温度差なんて、嫌というほど見えているのだ。それに。もともと朱欒希美と田中陸の婚約には反対だった。愛人の腹から生まれた子に、まともな育ちなんてあるわけがない、そう思っていた。けれど朱欒希美は田中陸に夢中で、他の男など眼中にないといった様子だった。そのうえ朱欒理事が田中陸をえらく気に入っていたからこそ、仕方なく二人の婚約を認めたに過ぎない。かつてはまだ多少なりとも気を遣っていたが、今ではもう……スキャンダル記事の数々もさることながら、年末年始にすら顔を見せに来ないような婿が、まともに家庭を築く気があるとは到底思えなかった。朱欒夫人は娘の手を取って、切々と語りかけた。「希美、口うるさく言うようで悪いけど、お父さんがあんなことになって、うちはもう昔の朱欒家じゃないのよ」そんなことは朱欒希美だって百も承知だった。だからこそ、彼女はなんとしてでも形勢をひっくり返したかった。誰にも見下されないように。「お母さん、家のことと私たちの関係は、まったく関係ない」朱欒夫人は深くため息をついた。どこか諦めの色が混じっている。「あなたの気持ちは分かってる。でも、もしあの男に少しでも誠意があるなら、私はあなたたちの幸せを邪魔したりなんかしない」「この世に、我が子の幸せを願わない親なんていないのよ？」そこまで言うと。朱欒夫人はまるで何かを決意したように、声色を厳しく変えた。「希美、お願いだから聞いて。陸とは合わないわ。早いうちに縁を切って、婚約を解消しなさい」朱欒希美は首を横に振った。その態度は断固として揺るがなかった。「お母さん、何を言ってるの？私と陸さんはもう婚約してるんだ。そんな簡単に解消できるようなものじゃないわ」「でも今、あなたのお父さんは拘留されたまま。あの男は商売人よ、利益にならないとなれば、切り捨てられるのは時間の問題じゃないの……」「そんなことないわ。おばさんが助けてくれるって言ってくれたの。お父さんのこと、どうにかしてくれるって」
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1074話 田中夫人へのお年玉
田中仁は三井鈴と共に天灯を手にして庭へ出た。使用人がタイミングよくライターを差し出し、空気を読んでその場を離れた。田中陸は少し離れた場所に身を潜めながら、こっそりと顔を覗かせた。二人が息を合わせて天灯を開き、田中仁が中央の導火線に火を点けると、熱気を受けて少しずつ膨らみ、ゆっくりと彼らの目の前に立ち上がった。「鈴ちゃん、早くお願いごとして！」三井鈴は両手を合わせ、心からの願いを込めた。田中仁もじっと彼女を見つめながら、胸の内でそっと願いをかけた。――ただ願うことは、毎年毎年、必ずまた会えますように。「終わったよ」彼女が目を開けると、その瞳はきらきらと輝いていた。二人はそっと目を合わせ、手を放すと、天灯は空へとゆっくり浮かび上がり、その距離は徐々に遠のき、やがて小さな点になり、ついには完全に視界から消えた。「何をお願いしたの？」田中仁は彼女の耳たぶを指先でそっとなぞった。三井鈴はいたずらっぽくウインクして言った。「言っちゃったら叶わなくなっちゃうでしょ」「そっか。じゃあ、願いが叶いますように」二人は再び見つめ合い、田中仁は呼吸を深くして彼女の顎をそっと掴むと、身をかがめて唇を重ねた。少しずつ、深く……三井鈴は息が詰まりそうになりながら彼を押し返そうとするが、逆にさらに深くキスを受けることになった。彼女の腰はしなやかで、彼の背筋は弓のように力強く、その抱擁には揺るぎがなかった。彼女もそっと手を回し、彼を抱き返して、唇を重ねた。ちょうどそのとき、空気を切り裂くようなタイミングで携帯の着信音が鳴り響いた。三井鈴は驚いて慌てて彼を押しのけ、顔を真っ赤に染め上げた。まるで熟れたリンゴのように。「携帯、鳴ってたよ？」その声はどこか艶めいていて、聞く者の心をくすぐるようだった。田中仁は手を引き、ふっと深く息を吸い込んだ。彼にはわかっていた。このまま続ければ、収拾のつかない大火になってしまうことを。だが、こんな時に電話をかけてきたのは、いったいどこの間の悪い奴か。田中仁がポケットに手を差し入れると、最初に触れたのは携帯ではなく、何やら膨らんだ物だった。そのままそれを取り出し、三井鈴に差し出した。「新年おめでとう」分厚いお年玉袋、ひと目でそれが中々の重みだとわかる。田中仁は口
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1073話 絶対にミスは許されない
裏庭で騒ぎを聞きつけた子安健は、慌てて駆け込んできて、足早に小走りで田中葵の前までやって来た。「年越しに何をそんなに怒ってるんだ」彼が声を発した瞬間、田中陸の全身がピクリと強ばり、鋭い視線を一閃させた。子安健はその視線をまともに受け止めることができなかった。気まずそうにそっと視線を逸らした。それでも無理やりに気を張って前へ出ていき、田中葵の腕をそっと支えながら、小声で宥めた。「今は体のことが一番大事だよ」田中陸は数珠の珠をぐっと握り締めた。力を込めすぎた手の甲には白く輪状の筋が浮かび上がり、その顔は凍りつくような冷たさに満ちていた。視線はずっと二人の触れ合う腕に注がれたまま、口元には皮肉な笑みが浮かぶ。「さすがだな、子安先生。大晦日まで仕事熱心とは」子安健は世渡り上手だ。当然その皮肉も聞き逃さず、しかしあくまで低姿勢を装ってみせた。「陸社長の言う通りですよ。これは俺の本業ですから」田中陸は容赦なく言葉を続け、強い警告を込めた。「だったら自分の立場をわきまえてちゃんとやれよ。ここは田中家だ、あなたの出る幕じゃない」「陸！」田中葵が低い声でたしなめた。彼を庇う意図は明らかだった。田中陸の目はますます氷のように冷え切っていったが、田中葵は傲然と顎を上げ、不満を吐き出さずにはいられなかった。「あなたがもっとしっかりしてて、田中仁にいつも押さえつけられなければ、あんな母子に頭を下げることなんてなかったのに」「母さんは、私を責めてるのか？」声には怒気がにじみ、手にしていた数珠の珠をひとつ、力で砕いてしまった。田中葵は顔色を変えて叫んだ。「陸、何してるのよ！数珠には魂が宿るっていうのに、壊したら縁起が悪いでしょ」「なむ・あみ・だ・ぶつ……お怒りになりませんように、お怒りになりませんように」田中陸はまるで気にも留めず、数珠を外してぽいとそこらに放った。「母さんまでそんな迷信に縋るとはな」田中葵は悔しさに唇を噛みながらも、田中陸にはどうにもできず、仕方なく諭すように語りかけた。「陸、責めてるわけじゃないの。ただ、ようやくあなたのお父さんが私を正式に迎える気になってくれたのよ。この大事な時期に、何かあったら全部水の泡になるの」これは彼女が長年かけて練り上げてきた計画の成果だった。田中家の正妻という座に就きさえす
