鈴は無表情のまま、しかしその瞳にははっきりと怒りが宿っていて、ためらいもなく踵を返して歩き去った。林はその背中を眺めながら、唇の端をわずかに吊り上げた。勝ち誇ったような笑みだった。彼女はゆっくりと身支度を整え、何事もなかったかのように社長室を出る。ちょうどそのとき、フロントの女性が急ぎ足で近づいてきた。「林さん、今日の私は……いかがでしたでしょうか?」林は軽く眉を上げ、惜しげもなく褒めた。「正確な情報だったし、狙い通りの効果も出たわ。引き続きよろしく」「ありがとうございます、林さん……!」林は自分のオフィスに戻ると、迷いなく高級な化粧品のセットを取り出し、彼女に手渡した。「これ、持っていって」フロントの女性の目が一瞬できらりと光ったが、控えめに言った。「林さん、こんな高いもの……いただけません」「いいのよ。ちょっとした贈り物だから。もし受け取らないなら、私の気持ちを無下にすることになるけど?」「そ、そんなつもりはありません!」彼女は嬉しさを隠しきれない様子で受け取り、さらに声を潜めて言った。「林さん、安心してください。鈴さんが会社を出たのは、私がしっかり見ましたので。今頃もう遠くに行ってるはずです」林は満足げに頷いた。鈴の離婚理由は知っている。一番の地雷は――「第三者」と「裏切り」。今朝のあの光景を見せられて、平然としていられる女はいないだろう。林の口元には、ぞくりとするほど冷たい笑みが浮かんだ。フロントの女性は無意識に身をすくめたが、「では私はこれで失礼します」と頭を下げた。林は「ええ」と返しつつ、念押しする。「今日の件は……分かってるわよね?」「もちろんです。口は固い方なので」それを聞いて林はようやく満足した。しかし、彼女は知らなかった。鈴はMTを出たあと、そのまま立ち去ることなく、ビルの前で立ち尽くしていたのだ。唇をかすかに噛み、何度も頭の中で考えを巡らせていた。――さっきの光景は、確かに衝撃だった。でも……部屋にいたのは林ひとり。鈴は、曖昧な思いのまま背を向けるのがどうしても嫌だった。はっきりさせなきゃ。そう思い、スマホを取り出して仁に電話をかけた。MTグループの役員会議。仁は議長席に座り、会議を進行していた。突然、会議
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