All Chapters of 離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった: Chapter 471 - Chapter 480

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第471話 契約解除なんてさせるわけがない

鈴は薄く笑った。「四億五千万が些細なことって言えるなんて、渥美さん、よっぽど懐に余裕があるのね」その一言で、梨々華の背中にひやりとしたものが走る。視線を逸らし、もう鈴の目をまともに見られなかった。「三井さん、あの……」何か言いかける彼女を、鈴はあっさり遮って、まるで味方をするかのように続けた。「もういいわ。あなたはうちのタレント、当然守る義務がある。まずは監視映像を確認しましょう。もし幸に非があるのなら、私が責任を持ってあなたのために動く」「三井さん、それはちょっと……」その声の揺れを、鈴は見逃さなかった。その内心を見透かしたように、冷たい口調で言い放つ。「どうしたの、渥美さん。もしかして、何か都合の悪いことでもある?」「ち、違います、私は……」「なら、一緒に行きましょう。事実を確かめにね」梨々華は言い返す言葉も見つからず、心の中はすでにぐちゃぐちゃだった。――どうしよう、どうしたらいいの……?「さあ、行きましょうか」鈴に促され、観念したように梨々華もその場を離れた。監視室にたどり着いた鈴が扉を開けると、そこにはすでに助の姿があった。「助兄さん?イベント始まってるんじゃないの?どうしてまだここに?」助は鈴の問いには答えず、黙って梨々華に視線を向けた。その目線を意識しながらも、梨々華はそれを無視して、助の腕に縋りつくように駆け寄る。「先輩、ここにいてくれてよかった!あの時先輩もそこにいたよね?お願い、三井さんに説明して。何があったのか、全部!」しかし、助は表情一つ変えずに、無言のまま腕を引き抜いた。その冷たい拒絶に、梨々華は固まったまま、小さく声を絞り出す。「……どうして?先輩……?」鈴はその様子を静かに見届けつつ、部屋の機材に視線をやり、だいたいの事情を察した。腕を組みながら、淡々と口を開く。「渥美さん、まだ何か言っておきたいことはある?」梨々華は首を横に振り、すがるように助を見上げる。「違うの、先輩……説明させて……」だが、助は一度も彼女を見ることなく、鈴に向かってだけ言った。「控室の映像は確認した。幸の対応に、何の問題もなかったよ」その言葉に、鈴は一瞬だけ助と目を合わせ、二人の間に無言の了解が走る。「分かった。じゃあ、兄さんは先に会
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第472話 天文学的な違約金

「違約金……?」梨々華は呆けたように繰り返し、どこか不安げに口にした。「そんな項目、うちの契約書にあったかしら……?」それを聞いた鈴は、目を細めて皮肉めいた笑みを浮かべた。「まさか……契約書もろくに読まずに、サインだけしたわけ?」――図星だった。梨々華の心臓がひときわ強く跳ねた。契約を結んだあのとき、彼女はただ助の関心を引きたくて、内容などろくに目も通さず、勢いだけでサインをした。それが、今になって牙を剥いてくるとは。黙って服の裾を握りしめ、心の中ではパニックが広がっていた。――どうしよう、お金なんてもうあのネックレスで使い果たしたのに……!「……違約金って、いくら?」震える声でそう尋ねたときには、息すらまともに吸えなくなっていた。鈴は肩をすくめると、冷ややかに答える。「いま解約するなら、契約書に基づいて――10億。でも……実際いくらになるかは、私の気分次第かな?」その瞬間、梨々華の足から力が抜けた。――終わった。絶望しかなかった。「お願い、三井さん……見逃してください……!」数分前、あれほど強気に「解約する」と啖呵を切った自分が、今では泣きついている。まるで鈴がわざと意地悪をしているかのような錯覚にさえ陥る。「解約したいって言い出したのは、渥美さん自身でしょ?うちはタレントの意思は尊重してるから、いまさら撤回したいっていうなら別に構わないよ。ただし……これからの扱いについては、会社として再検討させてもらうけど」その言葉に、梨々華は慌てて頭を下げ、すがるように言った。「やめます、解約なんてしません!さっきのは私が悪かったんです、お願い、許してください……!」鈴は腕を組み、淡々とした口調で告げた。「じゃあ、活動休止で」その一言が、雷のように彼女の全身を貫いた。「えっ……休止……?」今、ようやく業界で注目され始めていた。少しずつ案件も増えて、うまくいけば、近いうちに本格的なブレイクだって狙えたはずなのに。「嫌です!三井さん、お願いです、休止だけはしないで……!ちゃんと大人しくしてます、会社に迷惑もかけません……!もう一度だけチャンスをください!表に出られなくなったら終わりなんです、今しかないんです!」声を張るうちに、梨々華の顔色はみるみる青ざめていった
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第473話 そんなの、誰がやるのよ?

梨々華は本気で怯えていた。そして、自分にはもう逃げ道がないことも、はっきり分かっていた。「本当にそれでいいの?」鈴が静かに問い返す。その一言に、梨々華の表情がぱっと明るくなる。――もしかして、折れてくれた?「はい、もちろんです!もう一度だけチャンスをいただけるなら、何でもします。どんな仕事でも構いません!」鈴はしばし考え込んだふうに視線を落とし、「後悔しない?」と、静かに問いかける。梨々華は首を横に振り、必死に食い気味で答えた。「絶対にしません!」「……なら、考えておくわ」それを聞いた瞬間、梨々華は膝から崩れ落ちそうなほど安堵し、何度も頭を下げた。「ありがとうございます、ありがとうございます……」鈴が立ち去った後、梨々華はその場にへたり込みそうになりながら、背中一面の冷や汗に気づいた。──なんであの時、勢いだけで帝都グループに入ろうなんて思ったのか。でもまだ間に合う、活動休止されさえしなければ、いつかきっと、鈴にこの仕打ちを返してやる。梨々華は密かに拳を握った。だが、鈴の対応はその予想すら上回っていた。翌日――「は?フロント?なんで私がそんなのやらなきゃいけないのよ!」制服を手にした土田が、事務的な口調で告げる。「社長のご指示です」「私は芸能人よ?会社にとって金の卵でしょう?そんな私にフロントなんてやらせるなんて、ふざけてるの?そんなの、誰がやるのよ?やらない。絶対にやらない。三井さんに会わせて!今すぐ!」土田は表情を一切変えずに、礼儀正しく返す。「社長はお忙しいので、お時間が取れるかはわかりません。それに、フロントの月給は23万円。芸能人の待遇には及びませんが、生活には困らない程度かと」「23万で生活しろって言うの?冗談でしょ?前の事務所では、月収は一千万は軽く超えてたのよ?たった23万なんて、私の外食一回分にもならないんだけど?」土田は眼鏡を押し上げながら、柔らかく、それでいて容赦のない声で告げる。「もしフロントが嫌でしたら、別の配属もあります。たとえば、清掃部の人手が不足しています。ただし、お給料はさらに低くなりますが……それでもよろしいですか?」「はあ!?ふざけないでよ!」梨々華は髪を振り乱し、怒声を上げた。「三井鈴を呼びなさいよ!これはも
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第474話 皮肉

土田はそれだけ言い残すと、無駄な言葉を足すことなく踵を返し、その場を去った。残された梨々華は、まるで魂が抜けたようにその場に立ち尽くしていた。最上階のオフィスでは、鈴が椅子に腰を下ろしたばかりのところに、土田が入ってきた。鈴は視線を上げることなく、目の前の書類にペンを走らせ続ける。土田はその様子に気圧されることもなく、机の前に立ち、丁寧に報告を入れた。「社長、ご指示の件、滞りなく処理いたしました」鈴はペンを止めることなく、さらりと書類の末尾にサインを入れた。「それでいいわ。あとは彼女次第ね」「かしこまりました」土田が一礼しようとしたところで、何か思い出したように口を開いた。「……もう一件、気になることが」その言葉に鈴はペンを止め、顔を上げて静かに目線を送る。「何?」「本日のニュース、ご覧になりましたか?赤穂グループと政府が契約した開発用地の起工式について――」眉がわずかに動いた。――望愛、動きが早い。たった半月で、あの地を落とし、もう動き出したの?ちょうど浜白のニュースチャンネルでは、望愛がプロジェクト契約者として笑顔で出席しているテープカットの映像が流れていた。市の要人も多く参列し、式典は盛大そのもの。赤穂グループはまだ設立間もない新興企業にもかかわらず、この一件で一躍脚光を浴びていた。一方、帝都グループの役員室では、テレビを見ていた役員たちが次々と溜め息をついた。「やっぱりな……三井さん、あの案件に食いつくべきだったんだ」「目の前でおいしいところを全部持っていかれて、うちは何の成果も得られなかったってわけか」「何度も言ったよな?今どき、不動産が一番確実だって。政府の支援も厚いし、リスクも低い」「うちが本気で入札してたら、赤穂グループなんてひとたまりもなかったはずなのに」「それが、見誤ったってことさ。三井さんにはその目がなかったってわけ」役員たちの不満の声が次々と飛び交う中、佐々木は静かにそれらを聞き流しながら、心の中でほくそ笑んでいた。――これでいい。赤穂望愛と組んで先に動いたのは、自分だ。今さら帝都が挽回しようと、もう遅い。ざまあみろ、三井鈴――お前に逆転の目なんて残されてない。「佐々木さんの言う通りにしておけばよかったな。まさか女に会社を任せて、こ
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第475話 せっかく手に入れたチャンスを逃した

「でもさ、あのプロジェクト、本当に惜しかったよな」ある取締役がため息混じりにぼやいた。「最初にちょっとでも投資してりゃ、今ごろ一儲けできてたかもしれないのにさ」「……」佐々木は口元をほころばせた。心の奥で、ますます優越感に浸っている。——先見の明があるのは、自分だけだ。すでに現場は着工済み。来月には販売も始まる予定だ。資金の回収も時間の問題。「おや、誰か来たみたいですよ」誰かの声に導かれるように、取締役たちの視線が右手のほうへ一斉に向く。「えっ、あれって三井さんじゃないか?行こう、ちょっと話してこようぜ!」誰かの提案に他の取締役たちもすぐに賛同し、そのまま揃って鈴のもとへ歩いていく。「三井さん!」声をかけられた鈴は、反射的に足を止めて振り返った。視線の先には、自分に向かってくる取締役たちの姿があった。「皆さん、何かご用ですか?」先頭に立つ設楽が鼻で笑った。「最近のニュース、見てますか?城東のあのプロジェクト、もう工事始まってるって話ですよね」鈴は目を細め、相手の言いたいことをすぐに察した。「そんなに気になるなら残念ですけど、そのプロジェクトに帝都は関与していません」その一言で、設楽の表情が一気に険しくなる。「関与してない?それは三井さんが真っ先に反対したからじゃないんですか?せっかくのチャンスを棒に振ったのは、あなたの判断ミスってことになるんじゃ?」「そうだよ。あのとき決断してれば、今ごろ帝都も赤穂グループみたいに派手にやってたはずだ!」「それに、新しい業界に手を出すって言ってたけど、ぜんぜん成果出てないじゃないか。芸能部なんて、今や三井助しかまともに活躍してないだろ」「最初から言ってたんだ、うちは新規分野に弱いって。不動産に専念してたら、今ごろ笑いが止まらなかったはずなんだよ」次々と浴びせられる言葉に、責め立てるような空気が広がる。その様子を後ろから眺めていた佐々木の目には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。「まあまあ、そんなに責めなくてもいいだろ。人間なら誰だって失敗くらいあるさ」佐々木が穏やかに口を開くと、その場にいた取締役たちは一斉に黙った。彼はゆっくりと人垣を抜けて、鈴の正面に立つ。「三井さんにも、少しは顔を立ててやらないと。なあ?」指を四本立
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第476話 負けられない

期待の視線が集まる中、仁がゆっくり口を開いた。「実は前から気になってたんだが、ここにいる皆さん、帝都の取締役で間違いないんだよな?」「それは当然だ!」仁は淡々と続ける。「帝都の利益は、皆さんの年末の配当にも直結してる。なのに、どうしていつも三井さんの足を引っ張る?わざわざ難癖をつけてまでさ」その一言に、場の空気が微妙に揺れた。取締役たちは気まずそうに視線を泳がせ、反射的に言い返す。「田中さん、何をおっしゃるんです?」「三井さんは帝盛のために必死にやってる。でも君らの目には、その努力がまるで映ってない。感謝どころか、見下して難癖ばかり……身内で足を引っ張り合ってるように見えるよ」空気が一気に冷えた。とりわけ設楽は顔を真っ赤にし、仁に食ってかかった。「田中さん、それは言い過ぎです!私たちだって帝盛のために動いています!それに、以前こちらが提案した通り、三井さんが城東の土地に投資していれば、今の流れなら株価も上がり、プロジェクトの利益も想定以上になっていたはずです。名も利も、両方手に入る話だったんですよ……!」「……」仁は首を横に振った。口から出たのは、たった三文字。「無理だ」取締役たちは思わず身を乗り出す。「田中さん、自分が何を言ってるか分かってるんですか?」仁は淡々と笑った。「分かってるよ。ただ、城東の案件は君らが思ってるほど美味しくない。信じられないなら……一か月もすれば、結果は出る」そう言い残し、仁はそれ以上何も言わなかった。代わりに、鈴の手を取り、黙って強く握りしめる。言葉はなくても、それだけで十分だった。「鈴、行こう」鈴は小さくうなずき、仁に手を引かれるまま、周囲の視線を背に二人並んで歩き出した。二人が去った途端、取締役たちは落ち着きを失い、慌てて佐々木のもとへ群がった。「佐々木取締役、さっきの田中さんの話……どういう意味です?」「一か月で分かるって……城東のプロジェクト、何かあるってことじゃないですか?」「田中仁って、あのMTのトップですよね。浜白に根を下ろしてまだ日が浅いとはいえ、後ろにはフランスの田中グループがいる。何か内情を掴んでてもおかしくない」「やっぱり怪しいです。城東、本当に危ないんじゃ……」「……」佐々木は顔を歪め、苛立ちを隠さず吐き
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第477話 急がば回れ

「仁さん、もし最初に城東の土地に投資してたらさ……今みたいに大変なことにはなってなかったのかな」ハンドルから視線を外さないまま、仁がゆっくり口を開く。「どうした。君まで自分を疑う気か?」「うん……なんかさ、さっき取締役たちが言ってたことも、全部が全部間違いってわけでもないのかなって。もしあのとき、あの人たちの言う通りにしてたらって、つい考えちゃって」「鈴、自分を信じろ。城東の案件は、見た目どおりのおいしい話じゃない」その一言に、鈴の目がぱっと見開かれる。先ほど仁が取締役たちの前で言い放った言葉が頭をよぎり、思わず身を乗り出して、運転席の彼の横顔をのぞき込んだ。「ねえ、もしかして何か掴んでるんじゃないの?内情とかさ」仁は口元をゆるめ、ちらりと鈴に視線を向ける。その瞳の奥には、鈴の姿だけが、くっきりと映っていた。「内情なんてない。ただの勘だよ」少し間を置いてから、続ける。「でもさ、おかしいと思わないか?土地を押さえてから着工に至るまで、全部がやけに早い。まるで誰かが早送りのボタンを押したみたいだ。普通のプロジェクトなら、手続きだの承認だのに、もっと時間がかかる。なのに城東だけは別扱いみたいにトントン拍子で進んでる。……そこが引っかかる」鈴はしばらく黙り込み、小さく唸った。「言われてみれば、確かに変かも。でも、だからって何が問題なのかまでは、全然分からないや」自分でそう言いながら、また考えの沼にはまり込んでいく。そんな様子を横目に、仁は苦笑して話題を切った。「はい、そこまで。今考えても答えは出ない。どうせそのうち、時間が教えてくれる」「……そうだね」鈴は素直にうなずき、少しだけ肩の力を抜いた。「で、今ってどこ向かってるの?」「着いてからのお楽しみ」仁が意味ありげに笑い、アクセルを踏み込む。車はそのまま街中を抜けて高架に上がり、やがてビル群が途切れるころ、仁が暮らす高級住宅街へと入っていった。ガレージに車が止まったところで、鈴はようやく状況を飲み込む。「……ここ、仁さんの家?」「ああ」「で、なんでわざわざ家に?」仁は短く答えた。「飯」「え?」きょとんとする鈴を置いて、仁は先に車を降りる。助手席側まで回り込んでドアを開けると、いつものように手を差し出した
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第478話 料理の腕前

仁の料理の腕前は素晴らしく、わずか一時間で豪華な一汁四菜を作り上げた。「タラバガニの酒蒸しに、ホタテのバター醤油焼き、アワビの雑炊、それに豚の角煮、季節野菜のお浸し、魚介のすまし汁……」鈴は並べられた料理の名をひとつひとつ口にした。「仁さん、すごすぎ! しかも、これ全部私の大好物ばかり!」鈴の顔にパッと満面の笑みが広がった。仁は愛おしげに彼女を見つめると、まっすぐ歩み寄ってその手を取り、「まずは手を洗っておいで」と言った。鈴は小走りで洗面所に向かい、ささっと手を洗うと、ついでにキッチンから食器を持ってきてテーブルにきちんと並べた。仁が椅子を引いてやり、二人は向かい合って座った。「食べてみて。味はどうかな?」鈴は箸を伸ばして料理を口に運び、じっくりと味わいながら絶賛した。「仁さん、すっごく美味しい!」仁は取り箸で彼女の皿に料理を取り分けた。「美味しいなら、もっと食べなよ」しかし鈴は慌てて彼の手を止め、「待って、こんなに豪華なご飯なんだから、まずはスマホで記録しなきゃ」と言った。そう言うと、鈴は立ち上がってリビングからスマホを持ってきて、テーブルの上の料理をベストなアングルで何枚も撮影した。「日常の素敵な瞬間は、ちゃんと記録しておかないとね!」鈴は一人ごちると、すぐさま極光のアプリを開いた。「この前、西村社長も極光のアプリで日常をシェアしてみたらって言ってたし、写真を添えて投稿しちゃおうっと」仁もスマホを取り出し、「アカウント名は何?フォローするよ」と尋ねた。「私の携帯番号で検索してくれればいいよ」仁は頷き、検索バーに彼女の番号を直接入力した。次の瞬間、彼女のアカウントが表示された。仁は指先を動かし、フォローボタンをタップした。鈴は文章を打ち込み、写真とBGMを設定して投稿ボタンを押した。「よし、これでOK。さあ食べよう!」それを終えると、鈴はスマホを脇に置き、ようやく食事に専念し始めた。食事の間、鈴はとても楽しそうで、まるでこんな家庭の温もりを感じるのはずっと久しぶりであるかのようだった。彼女は長年外で暮らしており、実家に帰って祖父や家族と一緒に過ごすことは滅多になく、普段は一人で適当に食事を済ませていたのだ。「これからも仁さんの手料理がいっぱい食べられたらいいのにな…
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第479話 見覚えがあるような

――なんだか、どこかで見たことがあるような気がする……鈴は眉をひそめた。――どこで見たんだっけ?首をかしげる彼女に対し、仁はただ微笑んで沈黙を守っていた。この別荘は彼が三年前、彼女が翔平と結婚して浜白に定住することを知った直後に購入したものだった。内装だけで丸二年を費やし、その後もしばらく空き家のままにしていたが、会社の拠点を浜白に移して「MTグループ」を設立したことで、ようやくここが彼の生活の拠点となったのだ。「……別荘の内装なんて、どこも似たり寄ったりなんじゃないかな」仁が曖昧にそう言葉を濁すと、鈴は「そうなのかな」と深く追及することなく納得した。二人は腰を下ろすと、仁は彼女にワイングラスを差し出した。中には鮮やかな紫色の葡萄の果実酒が注がれている。「飲んでみて」鈴は一口だけ口に含むと、視線を遠くの景色へと移した。「今夜の星空、すごく綺麗。星も月もよく見えるね。そういえば、こんなにじっくり空を眺めるなんて、ずいぶん久しぶりな気がする……」鈴はどこか感慨深げに呟いた。「昔、学校のグラウンドで悠希兄さんと助兄さん、そして仁さんとみんなで寝転がって星を見たのを覚えてるよ。もう何年も前のことなのに、まるで昨日のことみたい」仁も彼女の視線を追って夜空を見上げ、懐かしむように言った。「もう、十数年前のことだね」鈴は頷き、指を折って数えてみた。「十四年前! 私はまだ中学一年生で、仁さんと兄さんたちは中学三年生だったよね」鈴は可笑しそうに目を細めた。「あの頃、仁さんのクラスの女の子たちがみんな仁さんのこと大好きで、ラブレターやプレゼントをたくさん贈ってたのを覚えてるよ。でも仁さん、全然興味なさそうに、中身も見ないでゴミ箱にポイしてたよね……」仁は心当たりがあるのか、苦笑しながら説明した。「好きでもない相手からの手紙を、わざわざ受け取る必要はないからね。早めに諦めてもらうのが一番だよ」鈴はさらに笑みを深めた。「仁さん、昔からストレートすぎ!でもさ、あの頃の私たちなんてまだ子どもで、恋だの愛だのなんて全然分かってなかったよね」鈴はグラスに残った果実酒を一気に飲み干した。口の中に芳醇な余韻と甘みが広がる。「仁さん、もう一本ちょうだい!」「控えめにしなよ。このお酒、後からくるから」
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第480話 少年の面影

「鈴、早く起きなさい。今日は新しい学校の初日なんだから、遅刻するなよ……」寝室の外では、悠希がバッグを手に取りながら、何度もドアを叩いて急かしていた。当の鈴はといえば、まだ夢の住人だった。声をかけられても起きる気配はなく、それどころか布団を頭まで被り直してしまう。意識が朦朧とする中で、「分かってるって、兄さん……」とだけ返した。悠希は手首の時計で時間を確認すると、使用人にいくつか指示を出し、足早に登校していった。結局、鈴が使用人たちに何度も起こされて、しぶしぶベッドから這い出した時には――予想通り、初日から大遅刻をかましていた。「三井鈴だな!初日から遅刻とはいい度胸だ。罰として、この校舎の階段を全部掃除していきなさい!」鈴は不満げな顔でほうきを手にし、階段掃除を始めた。ようやく半分ほど終わった頃、どこからともなく悠希が姿を現した。彼は手すりに寄りかかり、いかにも楽しそうに――そして最高に癪に障る口調で茶化してきた。「朝、あんなに起こしたのに起きないからだぞ。ほら、遅刻した」鈴は唇を尖らせると、返事もせずにほうきを彼の足元へ勢いよく滑らせた。「ちょっとどいて。掃除の邪魔」悠希は短く笑うと、さらにからかいを重ねる。「しっかり磨けよ?あとで先生がチェックに来るんだからな」鈴は鼻を鳴らし、彼の腕を強引に引っ張った。「いいからどいてってば!」「おいおい、そんなに邪険にするなよ。これでも手伝ってやろうかと思ってたんだぞ?」鈴は腰に手を当て、胸を張って言い返した。「必要なし。さっさとどっか行って。今は悠希兄さんの顔なんて見たくないの」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、悠希の背後からもう一つの人影が近づいてきた。仁は悠希の横を通り抜けると、その肩を軽く叩いた。「僕たちも手伝おう。彼女一人じゃ、いつ終わるか分からないからね」その言葉を聞いた瞬間、鈴の瞳に感動の色が広がった。彼女は悠希に向かってべーっと舌を出す。「ほら見てよ!やっぱり仁さんは優しい。悠希兄さんは私をいじめてばっかり!」悠希は信じられないといった顔で絶句した。「誰がいじめてるって!?仁を呼んできたのは俺なんだぞ。この恩知らずめ……」鈴はそんな言葉には耳を貸さず、パッと明るい顔で仁に向き直った。「仁さん、ありがとう
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