All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 241 - Chapter 250

1348 Chapters

第241話

心の中で何度も「もう彼のことなんて気にしない」と言い聞かせてきたのに、彼が襲われたと聞いた瞬間、体は言うことをきかなかった。この八年あまりで、もう条件反射のように染みついてしまっていたのだ。どうにもならなかった。車のキーを握りしめて外へ飛び出しながら、必死に声を落ち着けて確認する。「聖心病院ね?すぐに行く」「はい、VIP1号室です」加藤が答える。聖心病院へ向かう車の中で、表面上はまだ冷静を装っていたが、頭の中は混乱していた。宏の会社の現状は決して良いとは言えないが、それでも鹿児島で指折りのグループだ。いつでも立て直して、さらに上を目指せる可能性もある。このタイミングで、誰が宏にこんなあからさまな報復を仕掛けるだろう。心構えはしていたはずなのに、病室に入って、宏が青ざめた顔でベッドに腰掛け、焦点の合わない目で窓の外を見つめながら、医師に腕や胸の傷口の薬を替えられ、包帯を巻かれているのを目にしたとき、胸の奥がきゅっと掴まれたように痛んだ。細かい痛みがじわじわ広がって、まるで蟻にかじられているようだった。「社長……」加藤が私を見て声をかける。宏はハッとしたように加藤に応えかけ、そこで私の存在に気づいた。唇を開くと、喉がひりついて声がうまく出ない。「どうして……こんなにひどいの」ステンレスのトレイの上には、替えられたばかりの血まみれのガーゼ。傷は深くて長く、見ているだけで胸が痛くなる。宏はわずかに目を動かし、淡々とした声で言った。「大したことない。ちょっとした傷だ」「二日も意識を失っていて、これがちょっとした傷ですか……体面を気にしすぎるのも、ほどほどにしてくださいよ、社長」加藤が容赦なく突っ込む。宏は冷たい視線を向け、低く言い放った。「誰が南に知らせろと言った」「これが」加藤は宏の手にあるカフスボタンを指差し、怒鳴られる前にそそくさと逃げ出した。医師は手際よく包帯を巻き終え、額の擦り傷に消毒と薬を塗りながら、真剣な口調で言い聞かせる。「社長、このまま軽く見ていると後々響きますよ。十分に気をつけてください。それと、絶対に傷口を水に濡らさないように。前回の銃創みたいに何度も炎症を起こすことになりますから」宏は軽く頷く。「ああ」医師は、聞き流されていると悟って諦めたように
Read more

第242話

私はまつげを伏せ、音もなく深く息を吸った。「それは違う」離婚を決めたからといって、彼に何かあってほしいと思ったことなんて一度もない。宏はベッドに腰かけたまま、長い腕で私を引き寄せ、顔を上げてこちらを見つめる。「どこが違う?」その視線に心がかき乱されて、私は必死に言葉を探した。「全部、違うよ。宏じゃなくて、他の人が怪我をしたとしても、私は当然心配する」「誰でも、ね?」宏はその言葉をわざとらしく繰り返し、声音を低くして詰め寄ってくる。「じゃあ、今日怪我したのが山田だったとしても、君は同じように駆けつけたのか?」「うん」私は即答し、さらに強く言い添える。「もしかしたら、もっと早く行ってたかもしれない」山田先輩は、私にとってとても大切な友人だ。友達が怪我したと聞いて、何もしない人なんていない。宏の目にあった柔らかさが、一瞬で氷のように冷たくなった。「じゃあ君は、あいつの裸を見ても、そんなふうに平然としてるつもりか?」言われて初めて気がついた。宏はさっき処置を終えたばかりで、まだ上着を着ていなかった。胸元には包帯が巻かれているだけで、他には何も着ていない。広い肩幅、無駄のない引き締まった身体が、そのまま目の前に晒されている。私は彼の傷ばかりに気を取られていて、まったく意識していなかった。頬が少し熱を帯びたけれど、その言い方が気に入らなくて、思わず言い返す。「そうよ。何か問題でもある?」「ある」宏は偏執的に私の腕を掴んだまま、理屈を通さずに言い放つ。「俺は、南が他の男を見るのを許さない。特に山田なんか、絶対にだ」「なんで?」「俺はまだ、南の夫だからだ」一言ずつ、強く。宏がそう言い切ると、私の顔色に気づいたのか、急に声のトーンが和らいだ。「服……着せてくれないか」私は何も言わずにベッドの端に置かれたシャツを手に取り、そっと言った。「ちゃんと先生の言うこと聞いて、大事にしてよ」その言葉の裏にあるものを、宏はすぐに察したらしく、目にわずかな陰りが差す。「……もう、帰るのか?」「うん」命に別状がないとわかった。それだけで、十分だった。一度顔を見て、無事を確認できた。あとは、これ以上深入りしてもお互いにしんどくなるだけだ。私は身をかが
Read more

第243話

私は眉をひそめ、核心を突くように問い詰めた。「私のため?今回の怪我もまた、私のためなの?」加藤は頭をかきながら、渋々うなずいた。「ええ……」思い返しても、最近は宏に迷惑をかけた覚えがない。このところ彼と顔を合わせることすらほとんどなかったのに。加藤が言い淀むのを見て、私はきっぱりと言った。「言わないなら、本人に聞くわよ」「待ってください……」加藤は観念したように口を開いた。「郊外の廃ビルの件、覚えてますよね?」「覚えてる」人生で初めて誘拐されたことを、忘れるはずがない。あの件は、もう片づいたと思っていたのに。加藤はその話を持ち出すと、悔しそうに声を荒げた。「金沢ですよ、あの坊主頭。最初は西の土地を譲れって無理言ってきたくせに、自分じゃ手に負えないってわかって、今度はうちに開発させようとしてきたんですよ。でもって、利益の八割寄越せって……どの口が言うんだか、って話ですよ」「それで?」「一昨日の夜、とうとう逆上して、社長を自分のシマに呼び出そうとしたんです。でも手下がバカで、街中で車を止めようとした時に大事故になって……」その話を聞いて、胸の奥が複雑にかき混ぜられる。やっぱり、私が原因だった。加藤は私の表情を見て、そっと言った。「奥様、社長は他人に触られるのを嫌がるの、ご存じですよね。私みたいな不器用な男じゃ、ちゃんと世話できませんから……」私は掌を握りしめて、短く答えた。「わかった」結局、あの時私を助けたことで、宏は今のトラブルに巻き込まれたのだ。もう一度病室に入ると、宏はベッドに横になろうとしていて、傷の痛みに眉をひそめていた。「どうして誰も呼ばないの?」私は彼を支えて、そっと横たわらせる。「他人はいらない」宏は淡々と言って、そのまま私を引き寄せた。バランスを崩した私は、危うく彼の傷口に倒れ込みそうになる。その瞳の奥には、期待の色が隠れていた。「俺のこと、心配なんだろ?」どこか満足そうな顔をしている。私は慌てて体を起こし、唇を結んだまま言った。「ただ……私が迷惑をかけたことを知っただけ」本当のところ、申し訳ない気持ちはあった。あの銃撃の時も命を落としかけて、今回もまた重傷だ。宏は少し驚いたように目を瞬かせ、淡々と言う
Read more

第244話

「……痛い」その手口、前とまったく同じじゃない。私は彼の右手を指さした。「さっき、その手で私を引っ張ったでしょ。結構力あったけど?」「だから、その時に力使ったから、今になって痛み出したんだよ」宏は涼しい顔で言い訳する。私は一切突っ込まず、レンブをひと切れ取って、そのまま彼の口に押し込んだ。「はいはい、食べて。たくさん栄養つけなさい」しばらくして、加藤が分厚い書類の束を持って病室に入ってきた。グループからの業務書類。宏が生きている限り、何とか処理し続けなければならない。彼の右手は確かにひどく負傷していて、細かい作業ができない。だから私がそばについて書類を捲り、宏が最後にサインする。一時のこととはいえ、まるで昔に戻ったようだった。「南、この回収率……どう考えてもおかしい」宏が横を向いて話しかけてきた瞬間、私はちょうど身を乗り出して、新しい資料を手渡そうとしていた。その時だった。ひんやりとした彼の唇が、唐突に私の頬に触れた。私も宏も、息を呑んだまま硬直する。以前なら、こんな距離も当たり前だったかもしれない。けれど今は、そうじゃない。宏の瞳がふっと潤み、欲を帯びた光が差した。右手が私の服の襟を引き寄せ、唇を重ねようとした――私は思わず身を引こうとしたけれど、それより早く「何か」が起きた。バタッという音がして、何かが床に落ちる。「藤原さん、違うんです、誤解しないで!」入口から温子の声が飛んできた。私はとっさに立ち上がり、振り返ると――そこには温子と星華が立っていた。いつの間にそんなに仲良くなったの?星華の顔には怒りがにじみ、まるで浮気現場に踏み込んだ妻みたいだった。そして温子は、もっと滑稽だった。数歩で私のもとに詰め寄り、力強く私を突き飛ばしながら叫んだ。「清水南、なにしてるのよ?元妻がそんなふうに出しゃばるなんて、聞いたことない!」まさかあんな細腕にそんな力があるとは思わず、私は不意を突かれてベッドサイドの角に腰をぶつけた。起き上がる間もなく、星華が怒りを爆発させる。「宏さん、ひどすぎるよ!私、お見舞いに来ただけなのに……こんなもの見せられて!」でも宏はただ一瞥しただけで、冷ややかに言い放つ。「誰が来ていいって言った?」「私よ、私が連れ
Read more

第245話

数日前、藤原夫人に「あなたは彼にふさわしいの?」と問われたとき。あのときはまだ何も起きていなかったから、特に何も思わなかった。けれど今、星華に真正面から「足を引っ張っている」と責められて、私は初めて、言い返せずにいた。宏が最近、何度も怪我をしたのは、確かに私が原因だった。その言葉を聞いた瞬間、ふと思ってしまった。もし宏が星華と結婚していたら、すべて違っていたのかもしれない。藤原家は資産も人脈も申し分ない名家。星華は宏の足を引っ張るどころか、むしろ支える側に立てただろう。二人が組めば、1+1が10にも100にもなる。でも私はどうだろう。宏にとって、私との1+1は――0.5にすら届いてないのかもしれない。腰を打ちつけた痛みなんて、もう気にもならなかった。真っ直ぐ私を見据える星華の前で、私は初めて何も言えなかった。家柄がないというだけで、私は宏の「足手まとい」だった。私は彼を、深く傷つけていた。あのときも――救急室で、彼は2〜3時間も処置を受けていた。そしてそのあと、2日と1晩、ずっと眠ったままだった。私が黙っていると、不意に宏が小さく笑った。その声はひどく冷めていた。「藤原、君さ……俺のこと、別に好きじゃないだろう?」「……誰がそんなこと言ったのよ!」星華はムキになって声を張る。「私は宏さんが好き!他の誰とも結婚しない!」「そうか?」宏は私の手を取り、親指でそっと甲をなぞる。「君が好きなのは、俺なのか? それとも江川家の跡取りなのか?」黒曜石のような眼差しが私に向けられ、その奥には確かな熱が宿っていた。「もし俺が跡取りじゃなかったとしても、南は、それでも俺の妻だった。君はどうだ? それでも『俺としか結婚しない』って言い切れるか?」たった数行で、宏は政略結婚に覆われた虚飾を容赦なく剥がした。私はこれまで、星華が本当に宏のことを想っていると思っていた。でもその言葉を聞いた直後、星華の顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。「そんな価値のない愛に、何の意味があるのよ!私が宏さんと結婚したいのは、愛でも、戦略でも――理由なんてどうだっていいでしょ!」「だったら、山田を選べばいい。あいつ、まだ独身だ」宏は淡く笑いながら、私の手をゆるく弄んで、どこか他人事の
Read more

第246話

その言葉が落ちたと同時に、宏の指先が私の手のひらをそっとなぞった。羽根がかすめたような感触に、電流が走ったように全身がざわつく。星華の表情が一瞬、凍りついた。「結婚してても、離婚はできるでしょ?もともと離婚の予定だったんじゃないの?」宏は眉をひそめて言った。「わからないのか?」「……何が?」「俺は、離婚したくない」気のないようでいて、その言葉にはどこか本気がにじんでいた。「それに……今は、妻を追いかけてる最中なんだ」私はぽかんと彼を見つめるしかなかった。本心なのか、それとも星華への断り文句なのか、判断がつかなかった。星華は歯を食いしばったまま、不満げな顔をしていたが、すぐに堂々とした笑みを浮かべた。「宏さん、私たち、知り合ってまだそんなに経ってないからね。私がどれだけ両親に甘やかされてきたか、知らないでしょ?私、今まで欲しいものは全部手に入れてきたの。あなたがそんなに一途で優しいなら、なおさら江川夫人になってみたくなる。どれだけ幸せか、試してみたくなるのよ」彼女はアナとは全く違っていた。アナは周囲の目を気にしていい子を演じていたけど、星華にはそんな気はさらさらない。そもそも演じる必要も感じていない。藤原家がついてる限り、何をしても大丈夫。そんな自信に満ちていた。言い終えると、彼女はハイヒールの音を響かせながら出ていった。まるでわがままな姫君のように。温子もまた、今日の宏の態度がいつもと違うことに気づいていたのだろう、何か言いかけて口をつぐんだ。「宏……」「温子さん、加藤に運転手を頼んで、送ってもらってください」宏は視線を外したまま、淡々とした口調で言った。温子は口を開きかけ、しかし何も言えず、そのまま出ていった。去り際に、私に鋭い視線を投げつけて。私は思わず口を開いた。「……宏、温子さんに対して、何か変わった?」「調べたんだ」宏は苦笑を浮かべ、どこか寂しげな目をした。「南が言ってたこと、最初は信じられなかった。でも母のことが絡んでたから……確かめた」私は驚いて彼を見つめた。「じゃあ、どうして……」「捕まえなかったのかって?」彼は感情を抑えるようにして目を細めた。「今のグループの状態じゃ、大きな騒ぎは避けたい。それに、やり方なんていくらでもある」
Read more

第247話

その言葉が、どうしようもなく心に響いたのは否定できなかった。一瞬だけ、すべてをなかったことにしてしまいたい衝動に駆られるほどには、美しかった。……けれど、それでも忘れられないものがあった。もうとうに、胸の奥深くに焼きついてしまっていた。癒えない隔たりが、確かにそこにある。かつて私は、宏が夜遅く帰ってこなくても一度も疑うことはなかった。きっと会社のために無理をしているんだって、勝手に理解しようとしていた。でも、あんなことがあってしまった今となっては、もう信じることができなかった。無条件で愛することも、全てを預けることも、もうできなかった。代わりに芽生えたのは、用心、疑念、敏感さ、不安。たとえ元通りになったとしても、こんな日々が続けばいつかまた壊れるだけ。だったら、今のうちに引き返した方が、きっと傷は浅く済む。「……宏、もうやめよう。お互い、冷静になった方がいい」「信じてないのはわかってる。でも、俺は必ずやり遂げる」宏の声は、まるで誓いのように真剣で。私は視線を落とし、そっと別の書類を差し出して話題を切り替えた。「先にこれ、見といて。看護師呼んで、熱をもう一回測ってもらう」「加藤」宏は声を張り、命じるように言った。「打撲用の塗り薬、持ってきてもらって」加藤はすぐに出ていった。私は小さく首をかしげた。「……もう薬、塗り替えたんじゃなかったっけ?」そもそも、彼の傷は打撲じゃないし。しかし、彼の手が私の腰に伸びてきて、ぶつけた辺りをそっと押された。「……痛くないのか?」「……っ」思わず息を呑んで、睨むように言った。「痛いに決まってるでしょ。ぶつけたの知ってて押す?」ほどなくして加藤が戻ってきて、薬を手渡してくれた。私がそれを受け取ると、宏はゆっくりと私を見つめて言った。「貸して。俺が塗る」「自分でできるってば」「後ろだろ。どうやって塗るつもり?」そう言って私の反論も聞かずに、薬を奪い取ると、服の裾をめくり、患部にゆっくりと薬を塗り始めた。「こんなに腫れてるのに黙ってるなんて……俺って、そんなに頼りにならない?」……彼が、こんな風に気を遣ってくれたことなんて、かつて一度でもあっただろうか。どれだけ酷く傷ついても、彼はいつもどこか他人事みたいに平
Read more

第248話

私が心を無にして彼の体を拭いていた時、ふいに彼がぽつりと言った。「俺はある」「……は?」思わず手が止まり、私は顔を上げて彼を見た。その瞳には、穏やかな光が揺れていた。声は妙に澄んでいて、そして何よりも、あまりに堂々としていた。「下心。……あるって言ってんの」「……」何か言いかけた瞬間、つい視線が下へと落ちた。そこで視界に飛び込んできたのは、明らかに「元気すぎる」彼の一部だった。一気に頬が熱くなり、私はバスタオルを彼の胸に投げつけた。「……自分で拭いて!」……変態か。あれだけ傷だらけになっても、そんな元気が残ってるとは。宏の怪我は重傷だったものの、聖心の医師はさすが評判通りの腕前で、VIP病棟のケアも申し分なかった。一週間も経たずに、医師から退院の許可が下りた。「奥様、社長がここまで早く回復されたのは、ひとえにあなたの献身的な看護のおかげです。まさに理想のご夫婦ですね!ネットで社長は奥様にメロメロなんて噂されてるのも、納得です」宏はその言葉に満足げな笑みを浮かべた。私は、後半のその一言にだけ、少し皮肉を感じていた。──その医者がその日のうちに副院長に昇進したと聞いたのは、後になってからだ。私は特に何も言わず、整えた衣類を加藤に手渡した。「これ、旧宅に運んでおいて。服の種類ごとに、あっちの人たちが洗い方わかってるから」「承知しました」駐車場まで一緒に歩いていくと、宏がふと口を開いた。「俺が送ろうか」「いい。自分で運転してきたから」私は少し先に停めてあったパメラを指差す。彼は何か言いたげにこちらを見つめたが、予想していたような強引さは見せず、少し感情を抑えた声で言った。「……気をつけて。ゆっくり運転してな」「うん」私は素直に頷き、ようやく一区切りついた気持ちで車へ向かう。ようやく──終わった。病院で数日過ごしたとはいえ、どれだけ快適な病室でも、やっぱり心は休まらなかった。帰宅してシャワーを浴び、髪を洗い、何か適当に食べてからベッドに飛び込んだ私は、そのまま泥のように眠り込んだ。翌日。来依がやって来たことすら、私は気づかなかった。昼過ぎ、ようやく彼女が部屋に入ってきて「ごはんだよ」と呼びかけられ、私はようやく目をこすりながら起き上がった。
Read more

第249話

電話を切ったあと、来依がずっとこそこそと私を見ていた。「……なに?」「ねえ、莉奈さんが紹介してくれる投資家って、まさかあんたの元旦那じゃないよね?」「そんなわけないでしょ」そう言いながらも、どこか胸の奥がざわついた。「宏は退院したばかりだし、この数日、彼も加藤とそんな話をしてる様子なかったし」「じゃあ、誰なのよ?」来依が眉をひそめる。「さあね。とりあえず会ってみればわかるでしょ。鹿児島なんて狭い街だし、知り合いならどうせ隠せないわ」「……それもそうね」来依は納得したように頷いた。夕方、私は服を着替え、ベージュのコートを羽織って来依と一緒に出かけた。レストランは来依が予約していた。マーケティング部で長く働いてきた彼女は、こういう場の手配が本当に上手い。着くと、案内されたのは川沿いの個室だった。テーブルからは、窓の向こうに夜の川の光がきらめいて見える。静かで落ち着いた雰囲気で、料理も鹿児島の郷土料理。莉奈さんはすでに到着していて、私たちを見るなり笑顔で迎えた。「来てくれて助かったわ。ねえ、今日の方とは仲がいいんでしょ?私ね、今大きなプロジェクトを抱えてて、ぜひそのグループと組みたいの。あとでちょっと口添えしてくれない?」来依はずばり切り込んだ。「莉奈さん、それってもしかして、江川グループ?」「江川?」莉奈さんは一瞬眉を寄せ、来依を軽く睨んだ。「冗談やめてよ。あなたと南は江川を辞めたばかりでしょ。江川が自分とこのF&Aと張り合うために、新ブランドに投資するわけないでしょ」やっぱり江川じゃない。つまり、宏ではない。少しだけ、胸の奥が軽くなった。もし彼だったら、この話は断るしかなかったから。そうしたらまた、せっかくの投資のチャンスを逃すことになっていたかもしれない。「考えすぎだったわね」来依は、私と宏の過去に触れるようなことは言わず、代わりに少し探るような目を向けた。「で、どこの会社なの?」莉奈さんは笑って答えた。「先月ニューヨーク証券取引所に上場したRFグループ。聞いたことあるでしょ?」「RF?」来依が目を丸くした。「まさか、あのニューヨークでわずか三年で巨大財閥にのし上がったRFグループ?」その名前を聞いて、私もようやく思い出した
Read more

第250話

私たち三人がすでに到着しているのを見ると、彼はそっと会釈した。「すみません、久々の帰省で……鹿児島の夕方の渋滞を甘く見てました」「いえ、とんでもない。来てくださっただけでありがたいです」莉奈さんが立ち上がって、私と来依を紹介してくれる。「こちら、RFグループの代表取締役社長、山名佐助さんです」地位が地位なので、少しは構える人かと思っていたけれど、驚くほど気さくな人だった。それどころか、私たちに自らお酒を注いでくれたりして。来依と私は顔を見合わせる。そんな私たちの様子をよそに、山名さんはデキャンタを置くと、話を本題へ戻した。「投資の件ですが、問題はありません。ただ、RFの持ち株比率は相応にいただきます。それはご覚悟いただけてますか?」「はい」私は頷いた。もともといくつかの投資ケースを調べていて、創業者の手元に残る株は意外と少ないことも知っていた。資金がない以上、そこはどうしようもない。来依は笑みを浮かべながら、交渉モードに切り替える。「山名さん、同じ鹿児島出身として、どうか私たちの分も少しは残してくださいよ?」「河崎さん、冗談を」山名さんは話し上手で、仕事の話になると年齢以上に落ち着いていた。「出資は全額こちらが持ちます。その代わり、持ち株は51%。あと一点、将来いかに南希が成長しようと、他の資本を入れる際は、必ずRFの同意を得てください」51%。想像していたよりも少なかったが、この数字には絶妙な含みがある。決定権も発言権も、私たちにはもう残らないかもしれない。来依もそこに気づいたのか、訊ねた。「ということは、普段の経営や意思決定には……?」「介入はしません。そこはお約束します」その一言で、ずいぶんと安心できた。株と決定権――最も重要な2点がまとまったことで、その後の交渉はスムーズだった。話は拍子抜けするほど順調に進み、あとは契約書が届くのを待つだけ。帰り道、代行が車を運転してくれている間、来依が私の肩にもたれてきた。「ねえ、これって……運命の出会いだったりして?」「かもね」私も笑って返したけど、内心、どこか引っかかっていた。レストランでの出来事を思い返し、ふと気づく。――あの山名さん、どこかで見たことがある気がする。でも、どこだったかが
Read more
PREV
1
...
2324252627
...
135
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status