来依があんなに真剣な顔を見せるのは、本当に珍しいことだった。その瞬間、胸の奥に、なんとも言えない不安がせり上がってくる。まるで、なにかが音を立てて壊れてしまう前触れのように。私は彼女の目をじっと見つめ、そっと唇を噛んだ。「覚悟はできてる。話して」「実は……」来依は言いにくそうに口をつぐみ、歯を食いしばってから、ようやく意を決したように続けた。「大学のときに、保健室に連れて行ってくれたり、お弁当を届けてくれたりしてた人……あれ、江川じゃなかったんだよ」……え?頭の中が、ぶわっと真っ白になる。一瞬、思考が全部止まった。どれくらい経っただろう。ようやく意識が戻ってきたとき、胸の奥に大きな石が落ちたみたいに苦しくて、声が震えた。「本当……なの?」わかってた。来依がここまで言うってことは、もうそれが事実なんだって、心のどこかで理解してた。彼女は、このことが私にとってどれほど大きな意味を持つかを一番よく知っている。確信がなければ、こんなふうに口に出すはずがない。でも……じゃあ、私がこの何年も抱えてきた気持ちは、一体何だったの?来依は黙って頷いた。「じゃあ……本当に助けてくれたのは……」私は深く息を吸って、なんとか冷静さを装いながら問いかけた。「山田先輩……だったんだね?」「えっ、なんでわかったの!?」来依は驚きで目を見開く。「そうか……やっぱり……」私はその問いに答えず、ただ心の中に浮かぶ思いを飲み込んだ。――そうだったんだ。だから宏は、私が山田先輩を好きなんだと思って、何度も疑ってきたんだ。だから、あの出来事がきっかけで好きになったって私が言ったとき、あんなふうに動揺してたんだ。彼、言ってたよね。「もし助けたのが俺じゃなかったら、それでも南は俺を好きになってたのか?」って。もっと早く気づくべきだった。思い込みだったんだ。ずっと、自分が見たいものしか見てなかった。私が必死に追いかけてきた「光」は、最初から一度も、私を照らしてなんかいなかった。彼の優しさは、ただの幻想だった。一瞬たりとも、私のために向けられたことなんてなかった。彼は私を愛していなかった。それなのに、私が勘違いして、勝手に傷ついているのを、ただ傍観していた。
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