All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 221 - Chapter 230

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第221話

ヨーグルトを飲んでいた私は、彼女の最後の一言で盛大にむせた。ようやく咳が落ち着いて、食べ終えた私は、彼女の頬を指でつつく。「ちょっと、言葉遣い!」「だって9桁だよ?南は平気かもだけど、私は無理~」来依は完全に金の魔力にやられていた。「正直、あんな金額のためなら、ちょっとくらい屈してもいいかなって思えてくるし。どうせアナって、彼の父親の相手だったんでしょ?あのふたり、何もなかったって」「……そういう考え、今すぐ捨ててくれる?」私は出かける支度をしながら、ぽつりと爆弾を投下した。「温子さんがさ、まだ宏にアナと結婚させようとしてるんだよね」「……はあ!?」来依はヒールを履きながら、盛大にひっくり返りそうな勢いで振り向いた。「え、あの人、長年寝てたら頭までやられた?しかもこの前、母娘で殴り合い寸前だったじゃん。それが今はもう結託してんの?」「知らないよ、そんなの」私はバッグを手に取り、玄関のドアを開ける。来依の目がギラリと光る。「ねえ、もしかして新しいプレイでも開拓してるんじゃない?」「は?」「だからさ、3P的なやつ」サラッと爆弾を投下してくる彼女は、さらに畳みかけてくる。「だってさ、母娘で同じ男を狙うとか、もうそれしかないでしょ。それくらいじゃないと、あの仲の悪さが急に手を組む理由にならないし」「……3Pって、あんた……」私は目を見開いて、思わず彼女を二度見した。「いや、ないでしょ」そう言いながら家を出た、そのとき──廊下の奥のドアが「ガチャ」と内側から開いた。服部が、いつの間にか立っていて、薄く笑ってこちらを見ていた。「さすが江川夫人、趣味まで規格外だな」……私は目を閉じた。……なんで毎回こうなんだろう。私がちょっとでも変なことを言ったときに限って、必ずこの男に聞かれてる。ため息混じりに彼を睨む。「……盗み聞きが趣味なの?」「ここ、俺ん家だけど」寝起きのようで髪は少し乱れ、ただでさえ気だるい雰囲気が、さらに数割増しになっていた。「堂々と聞いてたよ」「……」口で勝てないのは分かってるから、もう反論する気にもなれず。「……はいはい、私たち急いでるから。行くよ、来依」そのまま立ち去ろうとすると、彼が後ろから声をかけてきた。
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第222話

彼の車は、まさに彼自身を映したような一台だった。派手で強気なパガーニのスーパーカー。ホテルのエントランスに着いた瞬間、ドアマンの目がキラリと光った。あの目の色、ちょうど来依が私の口座残高を見たときと同じだった。服部はというと、意外にも紳士的で、鍵をひょいとドアマンに投げ渡したあと、自ら車のドアを開けてくれた。……ただし、やっぱり毒舌は忘れない。「気をつけてな。お前が転ぶのはどうでもいいけど、そのドレス、高いから」このドレス、家で見たときにすぐ気づいた。有名ブランドのオートクチュール。芸能人でも簡単に借りられないっていうやつ。彼の言い方は相変わらず感じ悪いけど、言ってることは事実だった。会社の立ち上げ準備中で、どこもかしこも金が要る。今このドレスに何かあっても、弁償なんてできるわけない。私はスカートの裾を丁寧に持ち上げながら、ハイヒールで踏まないように歩き出す。「……わかってるって」「へえ、今日はやけに素直」「単に、貧乏なだけ」「……江川は金くれないのか?」「くれるよ。お金の面では、すごく太っ腹だった」でも、感情はくれなかった。今となっては元妻って立場なんだから、何をくれたってもう関係ない。服部はひとつ眉を上げて、それ以上は何も言わずに中へと歩き出した。私は彼の後を追いながら、ふと思い出して聞いてみた。「この前、山田家のパーティーのときは女連れじゃなかったのに、今日に限ってどうして?」「事情が違うんだよ」服部は気だるげに言う。「山田家の連中は、俺に結婚しろなんて言ってこない」ああ、なるほど。つまり今日は結婚どうこうを言ってくる家のパーティーなんだな。そして、すぐに今日の主役がわかった。──藤原星華の誕生日パーティーだった。正直、驚いた。まさか、私と彼女の誕生日が同じ日だったなんて。偶然とはいえ、人と人の差って本当にあるんだと思い知らされる。六つ星ホテルのフロアをまるごと貸し切った豪華な宴。彼女は主役で、私は誰かの付き添いでしかなかった。会場内はシャンデリアが眩しく、名だたる顔ぶれが集まっていて、山田家のときよりも知らない顔がぐっと増えていた。服部が姿を現すと、すぐさま数人が挨拶に駆け寄ってくる。どうやら、大阪からわざわざ来た人
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第223話

突然そんなふうに言われて、私は一瞬、言葉を失った。……確かに、星華の誕生日パーティーだ。招待客を決めるのは彼女の自由だし、私が口を挟む余地はない。何をどう返そうかと迷っていたところで、服部がふっと星華を一瞥し、気だるげに口を開いた。「俺が頼んだ。しつこくお願いして、やっと来てくれたんだよ。それを今さら追い出すの?」その軽い調子がかえって空気を和らげて、私の気まずさも少し薄れた。星華は唇を尖らせ、不満そうに言う。「いつからそんなに仲良くなったのよ」服部は目元をすっと落として、冷めた声で返した。「お前にいちいち報告する義理あるか?」「でも……宏さんが来るの、知らなかったわけじゃないでしょ?わざと彼女を連れてきて、私に恥かかせようってわけ?」「もういい加減にしなさい」そう言って間に入ったのは、柔らかな笑みを浮かべた中年の女性──星華の母親だった。「あなたたち、小さい頃からケンカばかりして……まだ終わってなかったのね」その声も表情も、とても穏やかだった。「星華も、もうお年頃なんだから。宏さんと結婚したいなら、もっと落ち着いて行動しないと」その言葉を聞いた瞬間、私はつい隣の宏に目を向けた。……感情が何かこみ上げるかと思ったけれど、そうでもなかった。ただ、静かに思った──ああ、そういうことか、と。宏がここにいる理由が、ようやくわかった。星華は甘えたように「お母さん」と彼女の腕にしがみつく。なるほど、あの中年の夫婦は彼女の両親だったわけだ。星華の母は私をちらりと見てから、服部へと穏やかに問いかけた。「そのお嬢さんは……?」「清水南。俺の友達だよ。おじさんとおばさんが、そろそろ身を固めろってうるさいから、どう?目利きしてもらえます?」服部は冗談交じりの調子で、まるで結婚を前提に紹介でもしているかのように。宏の視線が、途端に鋭さを増した。星華の父は苦笑しながら服部を指差す。「人の娘さんを巻き込んでまで茶番やるとはな……俺とおばさんを誤魔化すつもりか?」星華の母も、諭すように語りかける。「鷹。もう奈子を待つ必要はないのよ。こんなにも年月が経って……これ以上引き延ばしたら、あなたのご両親から私たちが責められてしまうわ。ねえ、もう……諦めなさい」「諦める?」服部
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第224話

服部はひと言だけ放って、鋭く私を睨むようにして言った。「突っ立ってないで、行くぞ」「……うん」彼は背が高く、脚も長い。歩幅も広くて、私はドレスの裾を踏まないように気をつけながら、やっとの思いでついていった。ちょうどホテルの出口が見えてきたときだった。いきなり後ろから、手首をぐいと掴まれた。「南!」振り返ると、宏が冷えきった表情で立っていた。私は心を落ち着けるようにして、その目を見据えた。「何のご用?」「江川さん、何かご用件でも?」服部も振り返り、眉をひそめるようにして応じた。宏の瞳には、どうしようもない暗い影が落ちていた。「夫婦の話にまで、服部さんは口を出したいのか?」「別に、そこまで興味ないけど」服部はうっすらと笑った。「ただひとことだけ。重婚って、法律違反だよ」その言葉を無視して、宏は私の腕をぐっと引いた。有無を言わせぬ力強さで。服部は眉間をわずかに動かして言った。「車、前に回して待ってる」そのひと言が響いたのか、宏の手にさらに力がこもった。歩調も速く、強引なまでに私を人目の少ない廊下へと引きずっていった。そして、壁際まで連れていかれ、私の肩を壁に押しつけながら詰め寄ってきた。冷ややかな眼差しに、抑えきれない苛立ちがにじんでいる。「服部とそんなに親しいのか?」まるで尋問のような口調だった。肩甲骨が壁に当たって、鈍い痛みが走る。私はイラつきながら、言い返した。「……あなたに関係ある?」私たちの関係は、あと一枚の離婚証明書で完全に終わるはずだ。もう彼が誰といようが、何をしようが、口出しする気なんてなかった。なのに、彼は。「関係ない?君は平気かもしれないけど、俺は……平気じゃない!」その言葉に、思わず笑いがこみ上げてきた。「……は?どういう意味?」「南……」宏は急にトーンを落として、額を私の額にそっと触れさせた。いつもは低く心地よいはずの声が、そのときだけは少し震えていた。「君は……もう、全然嫉妬しないんだな」その言葉に、私は一瞬言葉を失った。そして、視線をそらしながら、小さく、寂しげに笑った。「うん……しないよ」かつては、何度も何度も、嫉妬に苦しんだ。宏とアナのことで、何度も泣いて、何度も期待しては
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第225話

彼のそんな姿を見て、胸の奥に言葉にできない感情がじんわりと広がった。遅れて届く想いなんて、踏まれても誰にも気づかれない草のようなもの。その言葉の意味が、今なら少しわかる気がした。唇を引き結び、「信じるかどうかは、あなたの自由」とだけ告げて、私は彼を振り返ることなく歩き出した。見たくなかったのか、それとも、もう見られなかったのか。彼がどう思おうと、もう私には関係のないこと。ただ、自分の人生を、静かに生きていければそれでよかった。それだけだった。……けれど、忘れていた。この世の中、思い通りにいかないことのほうが多いってことを。ホテルのロビーまで出たところで、不意に藤原夫人と鉢合わせた。不思議なことに、星華本人には好感など持てないのに、その両親には、なぜか敵意が湧かない。むしろ、どこか懐かしいような親しみすら感じてしまう。視線が合った瞬間、私は会釈とともに微笑んだ。けれど彼女の表情は動かず、むしろ先ほどパーティーの会場で交わした視線よりも、もっと露骨に、私を上から下まで見定めていた。私は無理に笑みを浮かべて言った。「藤原おばさん、先に失礼しますね」すると彼女は穏やかな口調ながら、目は冷えたままこう返してきた。「私たちに面識はありません。おばさんと呼ばれる筋合いはないわ。藤原夫人でお願いね」「……はい」思わず手のひらに爪を立ててしまいそうになるのをこらえながら、慌てて頭を下げた。「それでは、私はこのへんで――」「清水さん、少しだけお話しさせてもらえないかしら。そんなに長くはならないから」「……はい」本当は、断ってすぐ立ち去ればよかったのかもしれない。けれど、不思議と彼女の言葉を拒む気になれなかった。おそらく、星華の代わりに話をしに来たのだろう。言いたいことも、だいたい察しはつく。それでも……なぜだろう、聞いてみたくなった。彼女の目はさっきよりもいくぶん柔らかくなり、落ち着いた声で口を開いた。「聞いた話だけど、宏さんとの離婚手続き、まだ終わってないのね?」やっぱり、と思いながらも、「はい……」と答える途中で、「実は、今日は星華のことで謝りたくて来たの」彼女は私の言葉をさえぎり、少し苦笑するように続けた。「あの子、小さい頃からずっと甘やかして育て
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第226話

悲しいというより、ただ羨ましかった。もし母がまだ生きていたら、きっと私のことも、あんなふうに守ってくれたはずなのに。お母さん。お母さん……会いたいよ。「何しんみりしてんの」突然、駐車スペースの太い柱の影から服部が出てきた。私の顔を見て眉をひそめる。「離婚したいって言ってたくせに、ちょっと喋っただけで未練でも湧いたか?」「……」私は慌てて涙を拭き、鼻をすする。「違うよ。ただ風が強くて……目にゴミが入っただけ」「ふーん」一瞬で嘘を見抜いたくせに、彼は皮肉っぽく言った。「で、そのゴミ一つで、ずいぶん号泣するんだな」くだらない冗談。でもその軽口のおかげで、さっきまでの気持ちの波が少しだけ和らいだ。「さっき、車で待ってるって言ってなかった?なんでここに?」「車ん中、息詰まる」そう言って、さっさと前を歩いていく。車に乗り込むと、暖房の熱がじわりと体に染みてきて、初めて自分がどれだけ冷えていたか気づいた。髪の先まで、足の指先まで、冷え切っていた。銀灰色のパガーニは低く唸りを上げながら、スムーズに幹線道路へと滑り出した。「今日、私を呼んだのって、結局なんのため?」最初は単に女連れがほしいだけかと思ってた。途中からは、私を引っ張り出して演技でもさせる気かと。でも今は──どうも違う。信号が多い市内の道を、車は流れるように進んだり止まったりしている。服部がちらりと私を見た。「どう思う?」「妹と男を取り合うなって、釘刺しに来たんでしょ」「バカか」「は?」「こないだ言ってたろ。俺のせいで離婚ができなかったって」彼は窓の縁に片肘をかけ、もう片手でゆるくハンドルを握りながら言った。「……だから、俺なりの埋め合わせ」その一言で、私はすべてを悟った。──彼は、藤原家が宏を婿として本気で囲い込もうとしているところを、私に見せたかったんだ。そうすれば、私が早く離婚届に判を押すと思って。「じゃあ……お礼、言っとくべき?」「いいよ。飯奢るか、土下座するか、選んで」「……」私はため息をついた。「ほんと、見た目からは想像つかないよ。あんたがそんな一途だなんて」服部の顎のラインが一瞬だけ引き締まり、それからまたふっと笑みが戻る。「お前の褒め方、
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第227話

私は彼がそう聞いてくるだろうと思っていたので、素直にうなずいた。「うん」服部は私の手にあるケーキに視線を落とし、それからゆっくりと顔を上げ、じっと私を見た。「……お前、鹿児島育ち?」一瞬きょとんとしたが、すぐに察した。彼はいまだに行方不明の婚約者を探していて、何か引っかかることがあるたび、つい深掘りしたくなるのだろう。二十年も探し続けているその執念には、さすがに感服する。だから私も、自然と丁寧に答えていた。「違うよ。小さい頃は山口にいた。鹿児島や大阪とは、けっこう離れてる」「そうか」わずかに呟くようにそう返した彼の瞳から、さっきまでの微かな光がふっと消えた気がした。それでも目は逸らさず、まるで私を通して、別の誰かを探そうとしているみたいだった。私はふっと笑った。「藤原家が代わりの娘を見つけたみたいに、あなたも代わりの婚約者を探してるわけ?」……だったら、その奈子さんも気の毒だよね。行方知れずのまま何年も経って、帰ってこなければ「もういない」ことにされる。もし戻ってきたとして、藤原家に居場所なんて残ってるのかな。服部は口角だけで笑ったが、その目に感情はなかった。「ただの偶然だよ」「今日誕生日の人なんて、全国で一万人以上いるし。彼女だって、あんなに小さくしていなくなったなら、自分の誕生日なんて覚えてないかもね」「……うん」彼は曖昧に相槌を打ち、どこかぼんやりとした声で言った。「誕生日、おめでとう」「おかげさまで。あんまり楽しくはないけど」そう返すと、彼はめずらしく黙っていた。私はくすりと笑い、「冗談だよ。ケーキ、食べる?一人じゃ食べきれないし」「いい。いらない」淡々とそう言って、手をポケットに突っ込んだまま、自分の家へ帰っていった。ま、彼にとっては今日って、他人の誕生日どころじゃないのかもしれない。私もケーキは一人で食べるつもりだったけど、ドアを開けた瞬間、部屋の明かりがついていて驚いた。濡れた髪をタオルで拭きながら、来依がにこっと笑って現れた。「やっと帰ってきた!日付変わる前に帰れるか、ちょっと心配だったんだから!」その言葉に、胸が少しあたたかくなった。「なんで来てるの?」「前はさ、南の誕生日になると、あのクズ男と過ごしたいって言ってたから、私は
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第228話

うん……南希をちゃんと立ち上げられますように。私も、私の大切な人たちも、どうか健やかに過ごせますように。目を開けてロウソクの火を吹き消すと、来依が腕時計を見てにっこり笑った。「ギリギリセーフ。ちゃんと日付変わる前に願えてよかった~」「……子どもっぽいなあ」口では呆れたように笑ったけれど、胸の奥はぽかぽかと温かかった。こういう、ほんの1、2分の違いを気にかけてくれるのは、きっと本当に私のことを想ってくれる人だけだ。ひと口食べたお寿司は、しょっぱくてむせ返るほどで、思わず来依を見た。「これ……来依が作ったんでしょ?」「え?まずい?」「まずいっていうか……その上。もう殿堂入り」彼女もひと口味見して、即座に吹き出した。「ちょっ、私が作ったの何?これ、豚に出したら夜逃げするレベルじゃん……これは無理。ちょっと捨ててくる!」どかどかと立ち上がる来依を慌てて制し、私はまたひと口食べた。「もったいないし。来依がせっかく作ってくれたのに、粗末にはできないよ。手は切ってないよね?」「え、あ……ないよ別に」彼女が首を横に振りかけたタイミングで、私のスマホが鳴った。ディスプレイには、はっきりと三文字――「江川 宏」。画面を見つめたまま、無言で通話ボタンを押す。すぐに、彼の低くて落ち着いた声が耳に届いた。「南。誕生日、おめでとう」口元が少し引きつって、私は短く答えた。「もう過ぎたけど?」「夜、ホテルで……なんで教えてくれなかったんだ?さっき加藤に言われて、ようやく気づいた」「藤原星華の誕生日を台無しにしたくなかっただけ」目線を伏せて、ささやくように続けた。「それに、大したことじゃないし」誕生日なんて、ここ数年で彼が一度でも気にしてくれたことなんてあった?離婚した今となっては、なおさら言う必要なんてない。「大したことないって?たとえ離婚したとしても、普通の友達として……おめでとうって言う資格くらいあるだろ?」「……」私は思わずふっと笑って、少しだけ苦くなった。「誕生日のお祝いを、自分からお願いして初めて言ってもらえるような普通の友達って、いるの?」昔は、誕生日でも記念日でも、何日も前から彼に言ってた。プレゼントをねだって、わざとらしく催促して、馬鹿みたい
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第229話

私はおばさんの体にある傷を思い出し、顔をこわばらせて言った。「もうすぐ家族じゃなくなるから」「……は?」男の目が一瞬鋭く光り、隣にいる弁護士に視線を移す。「その人、誰だ?連れてきてどういうつもりだ?」「伊達弁護士。鹿児島でもトップクラスの離婚専門の先生よ」そう紹介してから、私は淡々と告げた。「この離婚、あなたが承知しようとしまいと、成立させるわ」その瞬間、おじさんは怒りに顔を真っ赤にして立ち上がった。私を殴ろうと手を上げたが、ボディガードがすぐに動いて押さえ込んだ。「清水南っ!お前、恩知らずにもほどがあるぞ!ちょっといい男と結婚したからって、俺にこんな態度とるのか?お前、おばさんと俺を離婚させる気か!?」「私が恩知らずかどうかは、おばさんが一番わかってるわ」本当に恩を感じてるのは、おばさんだけ。この男には、一ミリも感じていない。おじさんは歯を食いしばりながら怒鳴った。「いいぞ!離婚してやる!けど財産はきっちり半分もらうからな!」私は冷ややかに見つめた。「あなたたちに、まだ分ける財産なんて残ってるの?まあ仮にあったとしても、弁護士がきちんと整理してくれるから安心して」「俺が欲しいのはな、あいつとの財産じゃねぇ!」私は眉をひそめた。「……じゃあ何が欲しいっていうの?」「お前の財産だよ!」おじさんは開き直ったように胸を張った。「江川家の財産、お前には半分くらいあるんだろ?資産だって山ほどある。そのうちの半分を俺にくれたら、喜んで離婚してやる」あまりの図々しさに、私は思わず笑いそうになった。「私と宏は、もう離婚するつもり。江川家の財産なんて、一銭も手に入らないわ。欲しいなら、自分で宏に交渉しなさい」「ふん、本当にそうか?」おじさんはなおも無恥に続けた。「じゃあお前の車は?あれもそこそこ値が張るはずだ。江川社長ってのは体面を気にする人間だろ?家の一つくらいくれててもおかしくない。あとは結婚中に貰った宝石やアクセサリー。弁護士に確認したけど、ああいうのはお前の個人資産だってさ。俺は別に強欲じゃない。だからそのへん、七割くれりゃ十分だ」私は彼の卑しい顔を見つめたまま、深く息を吸い、怒りを押し殺して言った。「……あんた、何様のつもり?」おばさんと離婚するのに、姪の
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第230話

そう言われて、張りつめていた神経が少しずつほどけていくのを感じた。──たしかに、おばさんの言う通りだ。本当に血が繋がっていなければ、あそこまでのことなんて、できるはずがない。私はおばさんをそっとベッドに寝かせ、身をかがめて布団の端を整えた。「ここ数日、体調はどう?少しは楽になった?」「うん、だいぶ良くなったわ。先生も、もう一度抗がん剤をやったら、しばらくは静養に専念できるって」「そっか、よかった」体を起こそうとしたところで、おばさんがふと手を伸ばし、私の襟元からこぼれ落ちた翡翠のペンダントに気づいた。彼女はそれを丁寧に拾い、そっと私の服の中へ戻しながら言った。「これ、肌身離さず持ってなさい。誰にも見せちゃだめよ」「え?」私は一瞬きょとんとした。アクセサリーなのに、まるで見られちゃいけない物みたいに。おばさんは目を伏せ、少し間を置いてから答えた。「……あまりに高価すぎるから。下手に見せたら、狙われるかもしれないわ」「わかった。気をつける」この翡翠の澄んだ色合いは、江川のおじいさんが孫たちのために用意していたあのお守りよりも、よほど貴重に見える。おばさんの心配も、わかる気がした。私は伊達弁護士を病室に呼び入れ、紹介した。「おばさん、こちらが伊達先生。離婚の件は、彼にお願いしてあるの」「は、はじめまして。さっきはどうも……あの、弁護士費用って……?」どこかおどおどとしながら尋ねたおばさんに、伊達先生はにこやかに答えた。「ご心配なく。清水さんとは友人でしてね。この件も簡単な内容ですし、ついでにやっておきます。費用はいただきませんよ」──そう、これは私が事前に頼んでおいたことだった。おばさんに余計な気を遣わせないように。私がうなずくと、おばさんもようやく安堵したように肩の力を抜いた。ここから先のことは、もう私が出る幕じゃない。私は病室を後にして、ふと廊下の奥へ目をやった。……いない。おじさんの姿はどこにもなかった。さっきの言葉がまだ引っかかっていて、胸の奥に小さな棘のような不安が残っていた。家に帰っても、その不安は晴れず、一日中なんとなく落ち着かないままだった。人って、怒りに任せて口走る言葉の中に──呪いのような暴言もあれば、ふと漏れた真実も混じってる。むし
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