ほんの一瞬、輝明は何か言いかけたように見えた。そのとき、ドアの外から司礼の声が聞こえる。「綿さん、スマホ見つかった?」輝明の指先に、細い指が絡んでくる。俯いたままの彼の視線の先には、嬌がいた。じっと彼を見上げている。不思議そうな目で。――何してるの?綿が来たからって、どうして急に離すの?「見つかった。行こう」綿は穏やかに微笑み、何事もなかったように司礼の隣へ歩いていった。嬌にはわかった。輝明の心は、ここにはなかった。それでもう、ゴルフを続ける気にもなれなかった。「帰りましょ」立ち上がると、何の未練もなくクラブを置いて歩き出す。顔にはっきりと、不満の色。その空気に気づいた輝明が、あとを追って声をかける。「嬌ちゃん――」嬌は振り返りざま、彼をぐっと押しのけた。目には、消えないような憂いがにじんでいる。せっかくのふたりの時間が、こんな形で台無しになるなんて。綿と顔を合わせてからというもの、輝明の目線は彼女ばかりを追っていた。さっきだって、綿が入ってきた途端に、自分を離すなんて。そんなの、意識してなきゃできない。無意識の行動ほど、人の本音が出る。好きだから、嬌はずっと我慢してきた。でも――自分にだって、限界はある。黙ったままの嬌に、輝明は一歩引いた声で言った。「……運転手に送らせる」その言葉を聞いた瞬間、嬌の足が止まる。ゆっくり振り返り、輝明を睨むように見つめる。目の奥には、怒りと呆れが入り混じっていた。「送らせるって、それで終わり?そのあとは、綿のとこ?」怒っていた。心の底から、怒っていた。ほんの少しでいいから、気遣ってほしかった。何か一言、慰めてほしかった。なのに「送らせる」なんて……まるで自分が面倒な荷物みたいな言い方じゃない。輝明は眉をひそめ、低い声で彼女の名前を呼ぶ。「……嬌ちゃん」「輝明……あんたの心に、あたしっているの?」嬌の瞳が、一気に潤んだ。次の瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。まわりの人たちが、ちらちらと視線を向けてくる。ふたりの名前を囁く声も聞こえた。輝明は、ただただ疲れていた。胸の奥に、じわりと重たいものがのしかかってくる。「……もういい、送るよ」そう言って、嬌の手を取ろうとする。だが、嬌はその手をきっぱりと
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