「ここに付き添う必要はない。帰っていいよ」輝明は優しく言った。嬌は少し考えてから、こくりとうなずいた。――早くお兄ちゃんのところに行って、雪蓮草の手配を考えなきゃ。おばあさまの誕生日まで、もうあまり時間がないんだ。嬌が去った病室には静寂が戻った。輝明はゆっくりと身を起こし、無言のまま、綿が座っていた椅子を見つめる。ふと、ドアの隙間から森下が顔をのぞかせた。小声で、「社長、中に入ってもいいですか?」と聞く。 輝明が顔を上げると、森下はにやにやと笑っていた。どこかいたずらっぽい表情だ。「……今夜は、よくやったな」不意に輝明がそう言う。森下は目を細めて得意げに笑う。「そりゃそうですよ。僕、社長に育てられた男ですから!」輝明はちらりと視線をよこす。――つまり、その腹の中の小賢しさが、俺の真似ってわけか。森下は軽く咳払いしながら、スマホを差し出した。「そういえば、奥様が帰られたあと、僕にメッセージをくれまして……『これからはちゃんと体を大事にするように、必ず伝えて』って、何度も言われました」輝明はスマホの画面をじっと見つめた。そこには綿からのメッセージが並んでいた。――……あいつのこと、好きなのか?――うん。私、司礼さんのことが好きになった。――たぶん、離婚したら司礼さんと付き合うと思う。――私たち、最初から間違ってたの。ここで終わりにしよう。頭の中で何度も再生されるあのやり取り。一言一言が、喉の奥に重たく引っかかって抜けない。輝明はスマホの画面を閉じ、黙って点滴の針を抜いた。「しゃ、社長!?」森下が思わず声を上げる。「……大丈夫だ。死にはしない」無表情でそう言い残し、輝明は無造作にベッドを降りた。血がにじむ腕も気にかける様子はない。そのまま病室を出ていく背中を、森下は慌てて追いかけた。廊下で看護師がすれ違いざまに声をかける。「高杉さん!点滴、まだ終わってませんよ!」「……帰る」その一言だけを残して、輝明は車に乗り込んだ。運転席の森下がおそるおそる尋ねる。「帰るって……どちらに?」「……俺に家がいくつあると?」輝明の視線が鋭く森下を刺す。森下はそれ以上何も言えず、黙って別荘へと車を走らせた。玄関で輝明が暗証番号を押すと、ドア
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