麗奈たちが声のする方へ振り向くと、そこには秘書を従えた夢美が立っていた。その眼差しには、露骨な不快の色が宿っている。秘書の麗奈と、共にいた三人の女性社員の顔は、瞬く間に血の気を失った。夢美といえば、この本社では理不尽で容赦がなく、しかも極度の女嫌いとして知らぬ者はいない。彼女の秘書は全員男性。かつて配下にいた女性たちは、理由を付けられ、次々と追い出されてきたのだ。「夢美さん、それは何かの聞き間違いかと。私たちは、あなたのことなど話しておりません」社長室付き秘書である麗奈は、さすがに反応が早い。即座にそう弁解した。「話題にしていたのは、前社長の奥様のことです。今になって社長室の一介の秘書になるなんて、という話を」麗奈は、上層部の人間関係や嗜好を事前に調べ尽くしていた。そうでなければ、このポストは務まらない。彼女は、夢美が紗枝を好ましく思っていないことを心得ていた。実際、調べずとも推測は容易だった。どちらも黒木家の嫁であり、将来はグループの後継者候補。必然的に、互いは競争相手となる。夢美はこの四人を咎めるつもりでいた。だが麗奈の説明を聞き、ふと眉をわずかに上げる。「うちの義妹、耳が不自由だから、秘書の仕事は骨が折れるでしょうね。あなたたちも、これからは言葉を選びなさい」「はい」麗奈と三人は、揃ってこくりと頷いた。夢美は秘書と共にエレベーターに乗り、上階へ消えていった。その姿が見えなくなった途端、四人は大きく息を吐く。「まさか、あの鬼ババアにあっさり見逃されるなんて......絶対、その場でクビにされると思ったわ」「これも麗奈さんの素早いフォローのおかげよ」「でも、さっきの『耳が悪い』って何?紗枝さんの耳に、何かあったの?」麗奈はあっさりと言った。「補聴器が必要なの。ほとんど聞こえないらしいわ」「なるほど......だから、さっき私たちが話してる時、そのまま通り過ぎたのね」一方その頃、紗枝は既に自室のオフィスで、数日分の仕事に目を通していた。ふと、先ほど階下で噂をしていた女性のひとりが、ドアの前を通りかかるのが見え、思わず目で追う。社長室付きの秘書だと気づいたのは、その時だった。出社してまだ数日。見覚えがない顔があるのも無理はない。紗枝は、次に会ったとき迷わぬよう、
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