美希は玄関口に立つ人物を目にした瞬間、完全に凍りついた。「け、啓司さん……?」そこに立つ男は、啓司と瓜二つ。だが、その目元に浮かぶ表情は、啓司よりもはるかに穏やかだった。彼の背後には太郎が付き従っており、首をかしげながら言った。「お母さん、この人は拓司様だよ。啓司さんじゃない」拓司。すなわち黒木拓司のことだ。二人はあまりにもよく似ている。以前、紗枝が見間違えたのも無理はなかった。美希は慌てて姿勢を正した。「失礼しました。人違いをしてしまって……」玄関に立つ気品あふれるその男性を見て、介護士は息を呑んだ。彼の只ならぬ地位を直感し、同時に美希との関係について好奇心を抑えきれなかった。拓司は謙虚な君子を思わせる気配をまとい、俗世の塵に染まらぬ高嶺の花のようで、介護士はまともに目を合わせることすらできなかった。男性が部屋に入ると、太郎もその後に続いた。太郎も見栄えは悪くないが、拓司のような内奥の気品はなく、一目で道楽息子とわかる類いだった。「出て行け」拓司は冷ややかに介護士へ命じた。介護士は不本意そうに頭を下げ、部屋を後にする。彼女が出て行くと、太郎が「バタン」と音を立ててドアを閉めた。部屋中に漂う消毒液の匂いに、彼は顔をしかめる。だが拓司に頼まれた以上、嫌でも足を運ぶしかなかった。一体、拓司は何を考えているのか。自分と紗枝の会話を盗み聞きしたあと、なぜ美希に会えと命じたのだろう。「拓司さん、どうぞお掛けください」美希が丁寧に促す。拓司は椅子を引き、腰を下ろした。「今の体調はいかがですか」その問いかけに、美希は恐縮してうつむく。「……まあ、なんとか」この体で、何が良くなるというのだろう。残されているのは、死を待つ日々だけ。拓司もそれを理解していた。だからこそ口を開く。「今後の治療に必要な費用はすべて私が支払いました。介護士の費用も、私が負担します」思いもよらぬ言葉に、美希は目を見張った。恐る恐る尋ねる。「……昭子のためですか?」まだ心のどこかで、一抹の期待を抱いていた。何しろ、昭子は自分が苦労して産んだ子どもなのだから。「昭子は、最初から最後まであなたのことを口にしたことはありません。太郎と紗枝の電話を聞いて、あなたが病を抱えていると知ったのです」拓司
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