All Chapters of 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花: Chapter 781 - Chapter 790

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第781話

桜子は思いもよらなかった。隼人が自分を連れてきたのは。かつて三年間、彼女が一人で暮らしていた、あの部屋だった。「んんっ......」隼人は静かにベッドに降ろそうとしていた。けれど、桜子は暴れる子猫みたいにじたばたして。そのまま、彼の腕からすり抜け。どさっ!勢いよくベッドに突っ伏した。幸い、桜子の顔は『整形ゼロ』。もし作り物だったら、鼻が終わってたかもしれない。「自分で転がったんだろ。俺はちゃんと下ろすつもりだったけど?」隼人は目を細め、微かに笑みを浮かべた。「クソ男......言い訳だけは一人前ね」桜子は唇を尖らせ、不機嫌そうにうつ伏せのままぼそっと言った。彼女は身を起こそうとしたが、次の瞬間。「きゃっ......」隼人が素早く足首を掴む。そのまま体を乗り出し、桜子の上に覆いかぶさった。「ちょっ......足、放してよ!変態なの?」スカートの中が見えそうで、焦りまくる桜子。いくら身のこなしに自信があっても、隼人相手じゃ子どもレベル。隼人の指が、彼女の足首をしっかり掴んだまま。その視線が。頬、唇、首筋、鎖骨へと、じわじわと落ちていく。胸の奥が熱くなる。息が、自然と荒くなっていく。そんなとき。「......っ!」隼人のこめかみに鋭い痛みが走る。彼は目を閉じ、額を押さえる。「隼人......いたい......やめて......」「いい子にして、すぐおさまるから......」「できるだけ優しくする。......約束するよ......」知らない声が頭の中に響く。いや、知らないはずなのに、どこかで確かに『聞いたことがある』。そして、映像がよぎる。この部屋で、誰かと肌を重ねていたような......そんな場面。「......そんなわけ、ないだろ......」彼は誰とも、そんな関係になったことなんてないはずだった。その隙を、桜子は逃さなかった。「どいてっ!」小さな足が、彼の腹にストレートヒット!手加減はしていた。けれど、隼人の身体が大きく揺れた。「っ......!」ふらりと後退し、壁に手をついてなんとか体勢を立て直す。その顔は真っ青で、額には汗が滲んでいた。桜子は驚き、思わず固まる。
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第782話

「宮沢会長も、あの子ならきっと気に入ると思うよ。会社での地位も、もっと安定するしね」「......俺がそんな事気にすると思うか?」隼人の声は冷えきっていた。胸の奥がじわじわと熱くなる。「知るか。私のことに口出さないで。そっちのことにも興味ない。もう行くわ」桜子は今日、秦に言いたいことがあって来た。犬みたいに、周りをうろついてくるこの男に、これ以上関わるつもりはない。この部屋にいるだけで、息が詰まりそうになるから。彼女は感情に敏感で、共感しやすいタイプだった。些細な匂いや風景でも、すぐ記憶がよみがえる。この部屋は。隼人との、あの三年間の結婚生活を思い出させる。......楽しかった記憶なんて、ひとつもない。ここで、初めてを失った。けど彼は、それすらも。覚えていない。いいわ、それで。思い出してほしくなんて、ない。あれは、ただ苦しいだけの記憶だから。桜子はすっと立ち上がり、無言で歩き出す。隼人を『空気』のように扱って、横をすり抜けようとした。「......っ!」その瞬間、隼人が彼女の手首をつかんだ。そして。ぐいっと強く、壁に押しつける!「んっ......」視界がぐらついた。背中が壁にぶつかって、じんと痛む。目の前にあるのは、真っ赤な隼人の瞳。美しいのに、どこか狂気じみていて。息ができない。「ちょっ......隼人、何して......!」「俺たち......昔、寝たのか?」低くてかすれた声が、耳元に落ちた。その一言で、心臓がバクンと跳ねた。「......は?」「いや......そんなことない」喉がからからで、彼はゆっくりと首を振る。......頭がおかしくなったのかもしれない。どうして今になって、そんなことを訊いたんだ。でも、あのとき脳裏に浮かんだ光景は......まるで、彼女と本当に。「やめてよ、隼人」桜子は赤く火照る頬を隠すように、彼の胸をぐっと押した。「命を助けてくれたことは感謝してる。だから、できるだけ嫌いにはなりたくない。でもこれ以上しつこくされたら、情け容赦なく縁を切るから」「桜子......そんなに俺が嫌いか。そこまで信用できない?」情けない。自分でも分かってる。
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第783話

けれど。隼人は気づいてしまった。桜子が欲しかったのは、弁解でもなければ、説明でもない。彼女は、彼が潔白かどうかなんて、最初から興味がなかった。彼女が本当に望んでいたのは。隼人が、彼女の人生から「完全に消えること」だった。......優希が出した証拠は、直接的ではなかったが、それでも無視できない、かなり強力な間接証拠だった。いわゆる「ホテルの事件」は、複雑な様相を呈していた。ただ幸いなことに、今夜この場にいたのは宮沢家と本田家の人間だけ。もしこれが外部や記者の前で明らかになっていたら。昭子の評判は、完全に終わっていただろう。実の兄として、そこまで徹底的にはできない。場の空気が膠着する中、優希は一歩も譲らず、正太は仕方なくその場を収めるために引き上げることにした。「優希、昭子、帰るぞ。まずは整理し直す」正太が杖を突いて立ち上がった、その瞬間。「本田おじさま、もうお帰りですか?お孫さんのご婚約は、お決まりになったんですか?」澄んだ声が響く。桜子が階段を優雅に降りてくる。その佇まいは、まるで「潮見の邸」が高城家の「閲堂園」であるかのよう。本来の主人である秦よりも、ずっと存在感があった。秦の顔が、みるみるうちに曇る。「ふん。桜子様が直々にお越しで、しかも宮沢の次男坊とは旧知の仲。さぞ話も弾むでしょうな。......お邪魔はしないよ」正太の顔色が悪くなるのも無理はない。桜子の登場は、完全に彼らの段取りを狂わせた。「まあまあ、本田おじさま。そんなに誤解しないでください。隼人とは特に話すこともありません。さっきの件は......そうですね、発作でも起こしたんでしょう。元妻の私ですら、三年間ずっと理解不能でしたから」「......」桜子が堂々と「元奥さん」と名乗るもんだから、さすがの正太も言葉を失った。ちょうどその時。隼人が遅れて現れ、桜子の言葉を聞いてしまう。その瞬間、彼の顔が曇る。......マジで『発作』扱いか。この女の中で、自分の評価が上がる日は。来世にでもならなきゃ無理かもしれない。「宮沢夫人。ちょっとお話し、いいですか?」桜子が秦を見下ろしながら声をかける。「ごめんなさいね桜子さん。もう遅い
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第784話

古い知り合い?まるで大地震が起きたかのように、その場にいた全員が驚愕し、瞳孔が揺れ動いた。一斉に秦を見つめる。光景や本田家の人々も、もちろん含まれていた。だが、ただ一人、桜子と同じように落ち着いていたのは、隼人だった。実は、桜子が秦に疑いを持ち始めた時点で、隼人もすでに彼女を疑っていた。ただその時、彼は頭部に重傷を負い、生死をさまよう開頭手術を受けたばかり。その後すぐ、昭子がまた問題を起こし、調査を続ける時間が取れなかったのだ。今夜、桜子が一人で秦を問い詰めようとしたとき、隼人は彼女を2階に連れて行った。本当は、彼女を止めたかったのだ。面倒ごとに巻き込まれないでほしかった。あの秦が、人を使ってあれだけ大勢の前で愛子を襲わせたのなら、桜子に対しても何をするか分からない。自分の手が汚れるのは構わない。しかし、桜子の手や足は誰にも、汚れさせたくない。すべての汚れ、すべての罪は、自分が背負えばいい。怒りがある。彼女への恨みもある。信じてもらえなかったことが悔しい。だが、魂の最も深いところでは、やはり彼女を愛していた。その愛は彼を極端にさせた。理屈や損得など、もう考えられなかった。ただ、桜子をすべての中心に据えたい。それだけだった。「秦......桜子様は、君とあの男が古い知り合いだと言ってるけど......本当か?」光景の声は苦しげで、沈んだ響きを持っていた。「景さん......まさか、私を疑ってるの?桜子はただの外野なのに、彼女の言葉を信じて、私にまで疑いを向けるの?」秦は大きく目を見開き、細い指で自分の胸を突きながら、悲しげに言った。その様子は、まるで昼ドラのヒロインのように大袈裟だった。そのとき、部屋の中で酒が醒めた白露も、ふらふらと出てきた。両親の会話を一言一句聞いていた彼女は、あまりの衝撃に心臓がバクバクと鳴っていた!記憶の中で、父はいつも母に甘かった。母が裕也を挑発したときも、父は実の父親と喧嘩してまで母を守った。でも今回は、一体どうして?桜子が少し問いかけただけで、父はどうしてすぐ母を疑ったの?「疑ってるわけじゃない。君が思い過ごしてるだけだ」光景は眉間を寄せ、指をぎゅっと握りしめた。「当然、ありえない話よ!あんな人間と知り
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第785話

こんなに人が見ている前で、しかも年長者に向かって、よくもまあそんな言い方ができたものだわ!「ふん、私が宮沢家の女主人だからこそ、こんな礼儀知らずな後輩にはきっちり教えてやらないとですね!」秦は鋭い視線で桜子を睨みつけた。「桜子さん、ここは潮見の邸ですよ!あなたの高城家の閲堂園とは違うの!私こそが宮沢グループの会長夫人、宮沢家の女主人です。そんな私に向かって、よくもまあ口から出まかせを......」隼人の瞳に血が滲み、ついに我慢の限界に達しそうになったその時。桜子が先に口を開いた。軽蔑の笑みを浮かべながら。「女主人ですか?あんたが『女主人』って、宮沢会長はちゃんと認めてるのかしら?」その言葉が場の空気を一気に凍りつかせた。「な、なんてことを......」この高城家のお嬢様、さすがと言うべきか......よくぞ言い放った!白露は、顔を真っ赤にして怒りで震える秦を見つめ、思わずぐらついた。まるで自分たちの首の上に人糞を落とされたような屈辱感だった。本当は母のために一言言いたかった。でも本田家の優希も、隼人もその場にいた。きっと桜子の肩を持つに決まっている。そして何よりも恐ろしいのは。光景が、一言も秦を庇ってくれなかったこと。......その瞬間、白露の気力はほとんど失われてしまった。「それに、あんた自分のこと宮沢家の女主人だなんて胸張って言ってるけど、それって会長に甘やかされてるからでしょ?私が聞いたところじゃ、宮沢グループでも、豊城の上流社会でも、誰もあんたが『会長夫人』なんて認めてませんよ?」桜子はスーツのポケットに手を入れ、首を少し傾けて挑発的に笑った。まるで世界中に敵なしと言わんばかりの傲慢さ。「本当に『宮沢家の女主人』と言えるのは、隼人の実母、つまり会長の正妻だった人のはずよね?」「!」秦の胸に、鋭い剣が突き刺さったような痛みが走る。......だが、それで終わらなかった。桜子の次の一撃が、さらに深く刺さる。「それか、せめて隼人の母親、和情さんのような人でしょ?」和情......母親......隼人の唇はきつく引き結ばれ、蒼白な秦の顔を黙って見つめていた。その指は拳に変わり、掌に食い込むほど強く握られていた。胸の奥で鳴る心臓の音は重く、そして痛みを伴っていた。
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第786話

秦は光景に取って代わり、堂々と宮沢家の正妻となった。彼女は光景の後妻として、宮沢家の地位を確立した。「隼人、悲しまないで。お姉さんが亡くなったこと、私たち全員が辛いのよ」「これからは私があなたのお母さん。白露はあなたの妹よ」「あなたのお母さんは本当にいい人だった。ただ、私と比べて運が少し悪かっただけ。でも、彼女が向こうで苦しまないことを願ってるわ。きっと私を恨んでいないと思う。だって、とても優しい人だったから」隼人は母親の葬儀で、秦が言った皮肉な言葉を忘れられなかった。まだ幼かった彼は、彼女の優しい笑顔の裏にある虚偽を感じ取っていた。それから二十年以上が過ぎ、宮沢家でも、世界でも、彼一人だけが母親のことを忘れなかった。桜子から母親の名前を聞いた時、隼人は思わず目に涙を浮かべ、胸が痛くなった。「和情......和情......」光景はぼんやりと、故人の名前を何度も繰り返し呟いた。その時、記憶の中で、温かく優しい顔が浮かんできた。彼女の顔はまるで絵のように美しく、明るかった。隼人は心の奥深く、最も柔らかい部分が痛むのを感じた。秦は光景に一番近い存在だった。彼女もまた、光景が何度も呼ぶその名前を聞いていた。その名前、かつて自分が憎んでいたあの女性の名前を。彼女の怒りは目の前の桜子に向けられ、痛みを直接ぶつけるように言葉を吐き出す。「和情......和情は名も正しくない、ただの景さんの昔の愛人ですよ!家に入ってもただの女中に過ぎませんでした!彼女が女主人だなんてあり得ません!宮沢家の女主人は私だけですよ!彼女と私は格が違います!」「秦!いい加減にしなさい!」光景は感情の抑えが効かなくなり、強く怒鳴った。外に人がいることも忘れてしまったようだ。「和情は愛人じゃない!女中なんかじゃない!亡くなった彼女の悪口を言うのはよせ。お前には彼女をそんなふうに言う資格なんてない!」「私は何で資格がないの?」秦は目を大きく見開き、怒りを増して言い返した。「私が言っていることが間違いだと言うの?彼女は愛人で、ただの女中じゃない!」その瞬間、周囲の空気が凍りついた。まるで冷たい影が一気に彼女を包み込み、深い穴に引き込まれたような恐怖を感じた。秦は驚き、目を上げると、隼人が自分の前に立っていることに気づいた。「
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第787話

その一撃、隼人は八割の力を込めた。かつて軍人として刀や銃を扱ってきた手。全力を出せば、秦は歯を飛ばすどころか、その場で気絶していただろう。だが隼人はそれを望んでいない。彼女がこの場から逃げる口実を与えたくなかった。桜子との間には、まだ清算すべき因縁が残っているのだから。その場の空気は凍りついた。誰もが驚きに目を見開いたが、誰一人として止めようとする者はいなかった。この家では、宮沢会長でさえ隼人を止められない。ならば誰が止められるというのか。「きゃっ!」白露は思わず口を手で覆い、体が震える。脚が小刻みに震え、全身の毛が逆立つような恐怖。母親が殴られたのに、彼女は前に出て止める勇気すら持てなかった。本田家の人々も、呆然と立ち尽くしていた。確かに秦の言葉は酷かった。だが彼女は光景の妻、隼人にとっては継母。れっきとした年長者だ。その彼女に、隼人は皆の前でビンタを喰らわせた、なんて傲慢で、大胆な行動!これは秦だけでなく、自分の父の顔にも泥を塗ったようなものではないか?しかし、優希の目だけが熱を帯びていた。深く息を吸い、口元に薄く笑みを浮かべながら、彼の胸には言いようのない感情が渦巻いていた。この一撃、隼人はずっと我慢していたのだ。唯一無二の親友として、彼ほど分かっている者はいない。この家で隼人がどんな苦しみを抱えて生きてきたか。「け、景さん......耳が......聞こえないっ!」秦は耳を押さえながら泣き叫び、光景にすがりついた。唇の端には血がにじみ、整えていた髪も乱れ、アイメイクもぐちゃぐちゃ。貴婦人としての仮面は完全に崩れ去っていた。「耳が聴こえない......隼人に殴られて......聴こえなくなったのよ!あなたは見てるだけ?あの子を叱らないの?」彼女の指の隙間からも血が滲み出しているのが、桜子の目に入った。その美しい瞳が見開かれ、そして沈んだ表情の隼人を見つめる。耳の鼓膜、間違いなく破れたな。クソ、スッキリした!光景は秦を見下ろす。胸には鈍い痛みが残るが、それは彼女への想いからではない。それは、彼の心の奥深くにずっと埋もれていた、別の女性への想い。「隼人、お前は何をしているんだ?年長者に手を出すなんて正気か?」だが隼人は冷たく笑った。その笑みは
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第788話

隼人は、何も言わなかった。......桜子は、自分にとって「一線」だった。でも。桜子にとって、自分はその「一線」だったのだろうか。もしかしたら、隆一以下なのかもしれない。そう思った瞬間、胸の奥がヒリヒリと痛み出す。蟻が這いまわるような、苦しみ。悔しさ、怒り、虚しさが一気に押し寄せた。隼人は視線を引きはがした。桜子の横顔から目をそらし、前だけを見る。そのタイミングで。桜子が、そっと彼を見た。だが、隼人はただ黙って前を見つめているだけだった。冷たい表情のまま、まるで何も感じていないかのように。桜子の心臓が、一瞬跳ねた。なぜだろう。呼吸が詰まる。その時だった。秦の体がビクッと震えた。心臓が喉までせり上がり、息ができない。まずい。完全にまずい。今の光景には、もはや隼人を抑え込む力はない。彼女の『男』は、もう味方じゃない。もし......あの『クソ野郎』に、あの過去を知られたら。彼の母、和情の病状が悪化した本当の理由を。すべて自分の仕業だとバレたら。その日が来たら、私は......終わりだ。あの頃。彼女は、和情のそばで最も信頼されていた女中を買収した。白倉以外で、唯一油断していた相手。そしてその女中に命じた。処方されていた抗うつ剤を、中枢神経を刺激する薬にすり替えろと。その薬は、うつを悪化させ、心身を蝕む。不安、不眠、呼吸困難、そして幻覚すら引き起こす。和情が亡くなる前の数ヶ月は、まさに地獄だった。心も、体も、限界まで追い詰められ。そして、静かにこの世を去った。この秘密だけは、絶対に知られてはいけない!それが暴かれる瞬間。それが、秦の「死」だ!「景さん......本当に......私が殴られるのを、見てるだけ?私、あなたの『妻』なのに......」秦は泣きながら、光景の服の袖を掴んだ。強引に押すのがダメなら、今度は『悲劇のヒロイン』作戦。この男には、それが一番効く。光景は黙って息を吐き、秦の肩に手を添えた。その動きはぎこちない。「......まず部屋に戻って、少し落ち着け。白露と秘書に病院まで付き添わせる」「ダメだ」鋭い声が、空気を切り裂いた。隼人だった。「隼人、お前..
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第789話

優希は口元にゆるい笑みを浮かべ、横目で桜子を見ながら、いたずらっぽく言った。「おじい様、正直に言うとね。俺、桜子様に初めて会った瞬間。心奪われました。それからはもう、全力でアプローチしてたんですよ」昭子がぎりっと奥歯を噛む。「はあ?お前、桜子を口説いてたの?」正太は目をまるくした。「なんだって?じゃあなんでうまくいかなかったんだ?お前、女を落とすの得意じゃなかったのか?」本田夫人:「............」「いやー......振られちゃいまして。あっさりね。全然相手にされませんでした」優希は照れたように頭をかいた。「お前でもダメだったのか?あの娘、いったい誰ならいいっていうんだ......天にでも昇って、天皇にでも嫁ぐ気か?」正太はぶつぶつと文句を言ったが、ふと思い出す。桜子の元夫は、隼人だった。......まあ、相手が隼人なら、仕方ないか。そのとき、桜子が冷たく目を細め、秦に言い放った。「『隆弘英二』って名前、聞き覚えありません?三十年前、TSテレビ局のスタッフだった人ですよ。あなただって、何本かのドラマで一緒に仕事してましたよね?楽屋でお茶を出したり、身の回りの世話もしてました。付き人みたいなもんでしたよね。それなのに、知らないですか?愛子さんも、局の有名監督たちも、みんな彼を覚えてるのに?あなたは『認知症じゃない』って言い張るのですよね?ふーん」桜子の目はまるでナイフのように冷たかった。秦は顔を引きつらせながら、強く言い返す。「知らないって言ってるでしょ?みんなが私のこと知ってるからって、私もその人を知ってなきゃいけないの?」「記憶が飛んでるなら、少し思い出させてあげます」桜子は階段をゆっくりと下り、静かに、けれど堂々と宮沢夫妻の前へと歩いていった。そして、彼女の手の中で。銀色の輝きがきらりと光る。秦の目の前で、ひとつのネックレスが揺れていた。白金の、百合の花をかたどったペンダント。まるで刃のように鋭く、冷たい光を放っていた。秦の心臓がドクン、と跳ねる。呼吸が浅くなり、唇が震えた。どうして......それが?それが、桜子の手にあるなんて!光景が不審そうに眉をひそめ、腕の中の秦の
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第790話

拘置所。英二は三日三晩、連続で取り調べを受けていた。頭上から容赦なく、ライトで照らされていた。精神も身体も、すでにボロボロだ。けれど。彼は、耐えていた。思い浮かぶのは、秦の顔。そして......会いたくても近づけない、たった一人の「娘」。その存在だけが、彼の支えだった。たとえ空が落ちようと。彼女のためなら、俺は立っていられる。ガチャ、と取調室のドアが開く。入ってきたのは椿。肩で風を切るように歩き、どこか無造作な仕草で席についた。その姿は、もはや上流階級の「椿様」ではない。完全に、裏社会の顔だ。あらゆる筋者が一目置く、『道の兄貴』の顔。「お、まだまだ元気そうじゃん?」あくびを噛み殺しながらパイプ椅子を引き、脚を投げ出して座る。「コーヒー淹れてあげて。今夜はまだ始まったばかりだしね」「了解です」英二は歯を食いしばりながら、笑った。「高城隊長。毎日こんなことして......飽きないか?」「飽きないね。若いから、全然平気」椿は肩をすくめて笑う。「言うべきことは、全部言ったはずだ。何度聞かれても、答えは同じだぞ」「じゃあ今日は、ちょっと違う話をしようか」椿は手元の写真を1枚、机の上に置いた。英二は目を落とした。そこに写っていたのは。白金の百合のネックレス。体がピクリと反応する。表情は抑えていたが、目元の微かな震えが、嘘をついていた。「これ、見覚えあるよな?」椿は机を軽く叩きながら、じっと見つめる。「......知らん」英二は即答。けれど、額には冷や汗。「へえ?自分のもんだろ、これ。シルクに包んで、高級な宝石箱に入れて。丁寧に保管してたじゃん。そんな大事なもん、知らねぇ?ふざけんなよ。墓場で新聞燃やしてるのと変わらんわ」「お前......俺の家、勝手に調べたのか?」英二の瞳孔が揺れる。手錠がキリキリと音を立てた。「警察が容疑者の家を捜索して、何が悪い?」椿はふっと笑って椅子にもたれかかる。「調べた結果、分かったんだよ。このネックレス、昔は秦の『私物』だったってな。それを、大事に家に保管してた。お前と彼女の関係......ずいぶん深そうだな?」「......盗んだんだよ。それで文句あるか
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