All Chapters of 離婚協議の後、妻は電撃再婚した: Chapter 901 - Chapter 910

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第901話

福本英明の動きが止まり、彼は再び冬城の前に立つと、金縁メガネを押し上げて言った。「俺が誰なのか、知ってるのか?」「さあな?」「じゃあ早く俺を告発してくれよ。お願いだ。この福本社長役なんてもううんざりだ。福本信広でいることがどれほど退屈かわかりゃしないだろ!」「若様!」宮内の顔は暗く険しかった。福本英明は服を正し、改まった声で言った。「冬城社長、どうぞお入りください」書斎の中では、福本宏明がすでに二人の会話を耳にしていた。彼は靴を脱ぎ捨てると、それを福本英明に向かって投げつけた。「このろくでなしめ!何の役にも立たん!」福本英明はとっさに防ごうとしたが、その靴は背後にいた冬城の方へ飛んでいった。冬城は素早く手を伸ばし、それをしっかりと受け止めた。「福本様、商談をしましょう」そう言って、冬城は靴を福本宏明の机の上に戻した。福本宏明は冬城の礼儀正しい振る舞いを見て、うなずきながら口を開いた。「冬城の孫か。黒澤の老いぼれの孫よりはずっとましだな」黒澤の傲慢な態度を思い出すと、福本宏明の脳裏にはあの嫌味な黒澤おじいさんの姿がよぎった。「それで、どんな話をしたい?」「祖母が海外に来ています。福本様には、祖母がどんな要求をしても受け入れず、そのまま海城に送り返していただきたいのです」「それだけか?」「それと、次男さんは不出来で大任には耐えられません。俺が彼の師として鍛えましょう」その言葉に、福本英明が思わず顔を上げた。「なんで俺がそんなことを?絶対に嫌だ!」「黙りなさい!」福本宏明は歯がゆさを覚え、福本英明を鋭く睨みつけた。冬城は言葉を続けた。「もし福本家の分家や外の者たちが、あの福本信広がすでに事故で亡くなっていると知れば、福本様が亡くなった後には一斉に群がり、福本家の財産を奪い合うでしょう。次男さんは福本家唯一の嫡流の子孫です。このままでは骨の髄まで食い尽くされますよ」「師になれる人間なら他にも大勢いる。なぜお前なのだ?」「俺が冬城司、冬城繁樹の孫だからです」冬城の簡潔な一言に、福本宏明は言い返すことができなかった。冬城繁樹の実力については、彼もよく知っていた。その孫が海城で祖父を超えるほどだという噂も、福本宏明の耳には届いていた。「ほかにはないのか?」と福本宏明が問う。「三
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第902話

冬城は何も言わなかった。福本宏明が老獪で心の奥深い人物であることは承知していたが、ここまで思考が緻密だとは思わなかった。冬城が答えないのを見て、福本宏明はきっぱりと言った。「言わないのなら帰れ。我が福本家のことは俺が背負う。だが秘密を暴いて福本家を潰すつもりなら、冬城家もただでは済まんぞ」冬城が眉をひそめると、福本宏明は一歩前へ出て言った。「冬城家の若造、今は俺がお前に機会を与え、手を貸してやっている。脅す立場にあるのはお前ではない」その目に全てを見透かしたような笑みを浮かべているのを見て、冬城は強くは押さず、静かに言った。「海城の秘密、四大家族の秘密、そして……真奈の両親の事故を調べたいのです」その言葉を耳にした途端、福本宏明の目に宿っていた笑みは一瞬で消え去った。冬城は言った。「福本様も本当は知りたいはずです。信広さんの死は……事故ではありません」その言葉を耳にして、福本英明は眉をひそめた。福本信広の死が事故ではないと知っているのは、自分と父親以外には誰もいないはずだった。福本英明は立ち上がり、問いただした。「お前、知っているのか?どうして分かった?」「それは気にしなくていい。俺には俺のやり方がある」「お前……」「もういい」福本宏明が低い声で口を開いた。「調査を手助けする身分は与えよう。お前が信広の死が事故ではないと知っているのなら、俺と同じことを掴んでいるのだろう。その裏でお前に情報を流しているのは……今の海城で佐藤家を仕切っている佐藤茂ではないのか?」福本宏明が即座に核心を突いたのを見て、冬城は淡々と口にした。「誰に聞いたかは重要ではありません。大事なのは、俺たちには共に立ち向かうべき敵がいるということです。福本様が娘を嫁がせて立花家を取り込もうとしたのも、かつて立花家を操っていた勢力を探るためだったのでしょう」立花が外であれほど傲慢に振る舞うのは、前代の当主が築いた基盤に胡坐をかいているからではなく、ただの虚勢だった。立花家にはもはや往年の栄華はなく、残っているのはかすかな余威にすぎない。そうでなければ、立花もわざわざ海外の福本家と縁組してまで後ろ盾や利益を得ようとはしなかったはずだ。「本当に賢いんだな。惜しいことに、俺の孫ではない」福本宏明は今度は冬城をじっくりと見つめ、言葉を続けた
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第903話

朝、海外の黒澤家。真奈はソファに身を預けて朝食をとっていると、メイドが近づいてきて言った。「奥様、白井様がお見えです。お会いになりますか?」「白井が一人で私に会いに来たの?」「はい」メイドはうなずき、「誰も連れていないようでした」と答えた。真奈の表情がわずかに曇った。メイドは続けて言った。「奥様がお会いにならないなら、お断りしてまいりますが」「いいえ、会うわ」真奈は淡々と告げた。「それと、家の警備員を半分ほど引かせて。気づかれないように、密かにね」「……え?」「それから、もし家で何かあったら流れに任せなさい。遼介に知らせるべき時は知らせ、警察を呼ぶべき時は呼びなさい」真奈の指示にメイドは首をかしげながらも、すぐに「かしこまりました、奥様」と答えた。ほどなくして、白井が入ってきた。彼女の目に映ったのは、ソファにゆったりと身を預ける真奈の姿だった。シャンパン色のシルクの寝間着が完璧な体の線を際立たせ、胸元のレースの隙間からは雪のように白い肌がのぞいている。男はもちろん、女であっても思わず息をのむような艶やかさだった。黒澤が毎夜この女と寝床を共にしているのだと思うと、白井の胸はざわつかずにはいられなかった。先に黒澤と知り合ったのは自分だった。先に彼を好きになったのも自分だったのに。「白井さん、私にご用があるの?」真奈の声は淡々として、わずかに笑みを含んでいた。白井は一歩前に出て言った。「お願い、遼介から身を引いて」「私たちは既に夫婦だけど。そんなことを言うなんて、失礼だとは思わないの?」「でも遼介はいま本当に危険なの!株主たちは直接遼介に手を出すことはできなくても、あなたという弱点があることは誰もが知っている。それに、父が亡くなる時、私を遼介に託した。遼介もそれを承知したはずよ!なのに今になって約束を破り、私を顧みないなんて、他の人に遼介を攻撃する口実を与えるだけ……あなたは遼介に不仁不義の汚名を着せたいの?」白井の声には焦りがにじんでいた。真奈は笑みを引っ込め、手にしていたカップを静かに卓上に置くと、白井を見据えて言った。「それが、あなたが他の株主と手を組んで遼介を引きずり下ろそうとする理由なの?」「私……」白井は一瞬、言葉を失った。真奈は静かに言葉を重ねた。「あなたはただそ
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第904話

たとえほんのわずかでも、幻想を抱かせてくれればよかった。かつて黒澤には愛する相手がいなかった。だから彼が誰かを愛することはないと思っていたし、いつかは自分を振り返ってくれると信じていた。だが真奈が現れ、そのささやかな未来への望みはすべて打ち砕かれた。白井は拳をぎゅっと握りしめ、言った。「もしあなたがいなければ……遼介が私を憎んだとしても、無視されるよりはまだましだった」その時、不意に外から乱闘の音が響き、多くの人々がなだれ込んできて真奈を取り囲んだ。真奈は目の前の白井を見据え、静かに言った。「私とあなたには一つだけ違いがある。分かる?」白井は息を呑んだ。真奈は続けた。「私もかつて愛した人が別の誰かを愛したことがあった。私は愚かにもすべてを捧げ、彼が振り返ると信じていた。でも、愛してくれない人は決して愛してはくれない。自分を愛してこそ、人に愛される可能性がある。そして……私は決して自ら進んで他人を傷つけたりはしない。それが、私とあなたの違いよ」白井は唇を噛んだ。だがその時、外から拍手の音が響いてきた。「見事な演説だ。聞いていて感動したよ」リビングに姿を現したのは立花だった。口元には笑みを浮かべていたが、その目には冷ややかな光が宿っていた。「最初はお前に機会を与えるつもりだった。黒澤から離れるなら、薬を渡して毒の苦しみを和らげてやろうと考えていた。だが……まさかここまで固い絆とはな」真奈は立花を一瞥し、それから青ざめた白井を見た。真奈は沈黙を保ったが、白井はすでに堪えきれず叫んだ。「あなたが遼介から離れてくれれば、私だってここまでしなかった……瀬川、これは全部あなたが私を追い詰めたせいよ!」「そうだ、すべては彼女がお前を追い詰めたからだ。白井さんは優しく気品のある方だ。彼女が追い込まなければ、お前がこんなことをするはずがない」立花の口元には笑みが残っていたが、その瞳にはあからさまな侮蔑が浮かんでいた。このような自己正当化は、ただ良心の呵責を和らげるために過ぎない。白井は幼い頃からずっと自己中心的な性格だった。病を理由に自暴自棄となり、良いものはすべて自分のものだと当然のように考えた。だが、偽りの優しさはいつか必ず剥がれ落ちる。こんなお嬢様、黒澤が好むはずもなく、ましてや普通の人間だって好きにはならないだろう
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第905話

馬場が真奈を車に押し込み、目隠しを彼女の顔にかけた。真奈は眉をひそめて言った。「必要ないでしょう」「必要だ」立花は傍らに座り、冷ややかに言った。「お前は小賢しい。もう一度手玉に取られるのはごめんだからな。先に手を打っておくに越したことはない」それを聞き、真奈は自ら目隠しをしっかりと掛けた。彼女にとって景色など見る必要はなかった。立花が市の中心に大々的に荘園を買ったことは、すでに知っていたからだ。計画どおりなら、今ごろ黒澤は立花家の荘園の外で待ち構えているはずだった。助手席に座る白井は、バックミラー越しに目隠しをした真奈の姿を見て不安を覚え、口を開いた。「瀬川をどうするつもり?」「白井さん、目的はもう果たしただろう。彼女の生死まで気にする必要があるのか?」「まさか……殺す気なの?」白井は緊張に喉を詰まらせた。もし真奈が生きて黒澤のもとに戻れば、今日の白井の行いはすべて水の泡になる。立花は眉を上げて問いかけた。「白井さんは彼女に死んでほしいのか、それとも生きていてほしいのか」問いを投げられた白井は、どう答えればいいのか分からず言葉を失った。真奈を死なせる?だが自分は人を殺したことなど一度もない。真奈を生かす?だがそれは、黒澤を永遠に手に入れられないことを意味する。「機会は一度きりだ」立花は冷たく言った。「白井さん、よく考えてから答えるんだ」「私……」白井のためらいを聞きながら、真奈は静かに口を開いた。「立花社長、白井さんを困らせないで。代わりに私が決めるわ。私を殺すのがいいわ」真奈が自ら死を選ぶとは思わず、白井の顔に驚きが浮かんだ。「俺が聞いたのは白井さんだ。お前の命は今、俺の手の中にある。生きるか死ぬかを選ぶ資格はない」立花の声は一段と冷え、明らかに真奈の答えに不満を示していた。「白井さんが答えられないなら、俺が代わりに決めよう――」その言葉が終わるより先に、白井が思わず叫んだ。「殺して!瀬川を殺して!」口にした瞬間、白井自身、その恐ろしさに気づいた。人の命を初めて自分の手のひらに握った――その感覚に。これが、生殺与奪の権を握るということなのか。それを聞いて、真奈はわずかに笑みを浮かべて言った。「立花社長、聞こえた?白井さんが私を殺せと言っているよ。早く
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第906話

立花の言葉を聞き、白井の顔色は青ざめていった。この言葉はつまり、彼が最初から真奈を殺すつもりなどなかったことを意味していた。「じゃあ、さっきどうして私の意見なんて聞いたの?どうしてそんなことを……」立花は耳元がうるさくてたまらないと感じ、耳を揉みながら不快そうな表情を浮かべた。これだから、彼は愚かな人間が嫌いだった。特に白井のような単純なお嬢様は。だが、白井と福本陽子の関係を考慮し、立花は淡々と説明した。「俺が瀬川を殺したら、黒澤に殺されるのを待つだけになるだろう?」その一言で、白井は完全に呆然とした。「じゃあ最初から私を助ける気なんてなかったの?瀬川を捕まえて、遼介を脅すつもりだったの?」ここまで聞いて、真奈は笑みを浮かべた。「白井さん、また間違えているわ。もし彼が本当に私を捕まえたいだけなら、とっくにそうしていたはず。わざわざあなたを交渉役に立てる必要なんてない。彼がしたかったのは、あなたを巻き込むことよ。白井さん、あなたは立花と一緒に私を誘拐した。もうあなたは彼と同じ船に乗っているの」その言葉に、白井の顔から血の気が引き、蒼白になった。まさか立花がそんな考えを抱いていたなんて――「どうして……どうして私なの?」白井は黒澤に恨まれるのは構わない。けれど、自分が彼に敵対する卑しい女だと知られることだけは、絶対に嫌だった。「もちろん、あなたが白井家のお嬢様だからよ。白井家はしぶとく、遼介が数年かけて分家を排除しても、まだ多くの旧臣が残っている。立花があなたを握れば、自然と遼介に反発する連中も抑えられる。こんな単純な理屈、これ以上言わなくても分かるでしょう?」そう言いながらも、真奈はもう十分話したと思い、立花に片手を差し出した。立花は眉をひそめて尋ねた。「何のつもりだ?」「水をちょうだい、喉が渇いたわ」「……」立花は前の座席を蹴りつけた。「忠司、水を渡せ」「承知しました、ボス」馬場は傍らの水を後部座席へ放り投げ、立花はその蓋を開けて真奈の手に置いた。目隠しをしたまま水を飲むのは少し難しかったが、大した問題ではなかった。助手席の白井は、先ほど一度に押し寄せた情報を消化しきれず、我に返った時には立花と真奈がまるで平和にやり取りしていることに気づいた。真奈はいまや人質というより、まる
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第907話

同じ頃、福本家。書斎の中で、福本英明は壁に逆立ちしながら苦しげに叫んでいた。「あとどれくらい?まだやらせる気か!」冬城はちらりと時計を見て、淡々と言った。「一問間違えるごとに十分。問題は全部で三十二問。お前は三十一問間違えた。自分で計算してみろ」「はぁ?!あんたそれでも人間かよ!先生として来たのか、それとも体罰しに来たのか!父さんに言いつけてやる!」「どうぞ。彼がお前の言うことを聞くか、俺の言うことを聞くか、見てみればいい」「このっ……!」冬城はテーブルに歩み寄り、湯呑みを手に取ったが、不意に手が震え、そのまま床に落としてしまった。「おい、冬城!この湯呑み、一つで何万円もするんだぞ!壊さないようもっと大事にしろ!」「わかった」冬城は身をかがめて破片を拾い上げた。だがその瞬間、指先に鋭い痛みが走った。湯呑みには血の滴がいくつかにじんでいた。冬城は傷ついた指先を見つめ、思わず眉をひそめた。一方その頃、立花家の荘園では、立花が真奈の目隠しを乱暴に外し、続けて馬場が車のドアを開けた。目の前に広がっていたのは巨大な庭園で、築山や滝まで備わっている。ガレージは二層構造で、別荘の前庭だけでも運動場ほどの広さがあった。この荘園は明らかに最近購入されたもので、新築や改装の雰囲気はなかった。だがこの規模と立地を考えれば、数百億は下らないだろう。しかもすべてが福本家を模した造りだった。さすがは福本陽子様、住まいに一切妥協がない。「着いたぞ」立花は車を降りると、あからさまにこの荘園への嫌悪を滲ませた。「瀬川さん、どうぞ」馬場は横で真奈を厳重に見張っていた。真奈はその視線に全身がざわつき、不快さを覚えて問いかけた。「今回の私は客人なの?それとも囚人?」「さあな?」立花はそれだけ言い捨てると、真奈を待つこともなく大股で前へ進んでいった。白井は慌てて後に続いたが、先ほど車内でのやり取りが頭の中で絡まり合い、混乱していた。広間では福本陽子がソファに腰かけ、お茶を楽しんでいた。立花が戻ってくるのを見ると、顔も上げずに問いただした。「立花、どこへ行ってたの?朝起きたら買い物に行くのが普通でしょう。どうしてデパートの雑多な人たちを片づけさせてくれないの?」そう言い終わるか終わらないかのうちに、福本
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第908話

「そ……その……」白井は長い間、納得のいく言葉を絞り出せなかった。そこで立花が口を挟んだ。「白井さんは黒澤夫人と和解するつもりで、招いたんだよな?そういうことだろう?」「……ええ、その通りだわ」白井は苦々しい笑みを浮かべた。福本陽子は不満そうに唇を尖らせて言った。「綾香、あなたは優しすぎるわ。こんな女と和解なんて無駄よ。黒澤が欲しいなら、パパに頼んで取り戻してもらえばいいだけじゃない」その言葉を聞き、真奈は思わず笑いを漏らしてしまった。福本陽子はその笑い声に気づき、怒りの眼差しを真奈に向けた。「何がおかしいの?」「別に。ただ福本さんのお父様って本当にすごい方なんだなって。他人の夫まで奪えるなんて、この海外でできないことはないんでしょうね」「それはもちろんよ」福本陽子は胸を張って答えたが、すぐにハッと気づいて声を荒らげた。「あんた!私を馬鹿にしてるの?」「馬鹿になんてしてないわ。本心から言ってるの」真奈は真剣な顔で福本陽子を見つめた。だがその様子に、福本陽子はますます腹立たしさを募らせた。「この女、ほんと腹立つ!立花!追い出してよ!今すぐよ!」立花は口元に笑みを浮かべ、真奈を追い出す素振りはまったくなかった。「立花!耳が聞こえないの?私の言ったこと聞こえなかったの?」福本陽子は高飛車な態度のまま立花を睨みつけた。白井は慌ててその手を握りしめ、必死に言った。「陽子、やめて。瀬川さんを招いたのは私なの。立花社長はただ手伝ってくれただけなのよ……」「でもあの女……」福本陽子は真奈を指さし、かんかんになって飛び上がった。この女を見るたびに腹が立つ!「もういいじゃない。この荘園は広いんだから、顔を合わせなければ気にならないわ。数日もすれば、立花社長が瀬川さんを外に出すでしょう」白井は、陽子が本当に真奈を追い出してしまわないかと心配でたまらなかった。もしそうなれば、真奈が黒澤のもとへ戻ってしまい、これまで自分がしてきたことはすべて無駄になるからだ。「わかった。あなたがそう言うなら、ここに住まわせてもいいわ。ただ、私の目に入らないようにして」福本陽子が譲歩すると、白井はほっと胸をなで下ろした。「忠司、黒澤夫人を二階へ案内しろ」立花はふと思い出したように続けた。「福本さんの部屋から遠い
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第909話

福本陽子は不機嫌で、白井も今はなだめる気分になれず、口を開いた。「陽子、私もちょっと気分が悪いから、先に二階へ上がるわ」福本陽子は白井が階段を上がっていくのを見送り、訳が分からず眉をひそめた。「みんなして何なのよ……」二階では、馬場が客室のドアを押し開けた。部屋の窓はすべて釘で打ち付けられ、客室のドアノブまでも外されていた。真奈は背後の立花に視線を向け、問いかけた。「立花、どういうつもり?」「お前はMグループの実権者で、普段は姿を隠しているが、この前正体を見せた時は本当に驚かされた。だから心配なんだよ。ある日、お前が窓から飛び降りても俺が気づけないんじゃないかとな」真奈は窓際に歩み寄り、鉄板でぴったり塞がれた窓を見て、ふっと笑った。立花は眉をひそめ、問い返した。「……何がおかしい?」「立花社長って、時々はすごく賢いのに、時々は……」真奈が振り返ると、ちょうど立花の探るような視線とぶつかった。彼女は真顔で言った。「まったくの天才ね」これだけ大きな鉄板で窓を塞いでしまえば、黒澤は下からでもすぐに見抜くはずで、彼女が閉じ込められている部屋を一目で察するだろう。――悪くない、むしろ好都合だ。その後逃げるのも楽になる。立花はしばらく真奈を凝視していた。その視線に気づいた真奈は一歩進み出て、両手を差し出した。「立花社長、手錠をかけるつもり?」その言葉に、立花の眉間の皺はさらに深くなった。「怖くないのか?」「怖くないわ。立花家を離れても生き地獄なら、立花社長のそばにいる方がまだまし。次に立花社長が私の苦しむ姿を見たら、少しは毒粉を分けて苦痛を和らげてくれるかもしれないし」真奈の真剣な表情を見て、立花の顔はさらに暗く沈んだ。以前、彼は馬場に命じて全ての新型麻薬を撤去させた。すでに多くの常連客が泣きついてきたが、真奈は何の反応も見せず、数日が過ぎてようやく彼は痺れを切らして直接人を連れて訪ねてきたのだ。だが真奈には哀願の素振りなど一切なく、むしろ彼の方がわざわざ迎えに来たかのように見えた。「忠司」「はい」「その女を閉じ込めろ。俺の命令なしに外へ出すな!」「はい」馬場は部屋を後にし、去り際に客室の扉を乱暴に閉めた。真奈は外されたドアノブを見て、思わず吹き出した。どうやら立花は、最初からこ
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第910話

「……そんなはずはありません」馬場が言った。「これまでの情報によれば、瀬川は我々の新型ドラッグを再び摂取した可能性が高いのです。あのドラッグは一度でも使えば抜け出せません。ましてや再摂取となればなおさらです」「その通りだ」立花は新聞を再び手に取り、淡々と言った。「瀬川はただ虚勢を張っているだけだ。依存に耐えられないことを認めたくないし、俺に助けを求めるのもプライドが邪魔する。だから俺が与えた逃げ道に乗って、自分からついて来ただけだ」「ボスのおっしゃる通りです」「もっと苦しませろ。もし俺に会いたいと言ってきたら、忙しいと伝えろ」「……承知しました」馬場はすぐに退出した。時計の針は夜八時を指していた。厨房では夕食が整えられ、真奈の部屋へ運ばれていった。真奈はワゴンに並べられた豪華な料理を見て、満足げにうなずいた。サーモンタルタル、チェリーソースを添えたフォアグラ、フィレステーキ、コーンポタージュのパイ包み焼き……「黒澤夫人、こちらが夕食でございます」「ほかの料理はないの?唐揚げと牛すじの煮込みも食べたいわ。野菜炒めも二品お願い。あ、にんじんは苦手だから抜いて、他は何でもいいわ」「かしこまりました、黒澤夫人。すぐに準備いたします」メイドが退出しようとした時、ちょうど入り口にいた馬場がこの光景を目にした。彼は顔を曇らせ、メイドを遮って詰問した。「誰の指示でこんな豪華な食事を準備した?」「え?」メイドは戸惑った。「今朝、立花社長が丁寧に準備するようおっしゃったのですが……」「出ていけ!」「……はい」馬場が振り返ると、真奈は既にステーキを頬張りながら言っていた。「立花家の料理人はなかなかね。洛城から連れてきたんでしょ?」「黒澤夫人、人質のくせに、身の程をわきまえてください」「人質ですって?でも立花が私を立花家に連れてきた時、福本さんには『お客様』って言ってたわよ。お客様なら、お客様らしい待遇を受ける権利があるでしょう」真奈はお茶を一口飲み、続けた。「それに私は自分の意思でここに来たの。必要なら協力だって相談できるわ」「黒澤夫人はボスにお会いしたいと?」「結構。ただ、前に私の世話をしてくれたメイドの桜井がとても良かったの。彼女も一緒に来ている?」真奈はさりげなくそう言った。馬場は淡々と
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