Tous les chapitres de : Chapitre 231 - Chapitre 240

【私は、あなたにとって何の脅威にもならない。一晩中考えたけど、お互い嫌い合ってるんじゃ、私が去った方がいいと思う。ウメさんには心配せんように伝えておいて、自分でちゃんとやっていくから。――明日香より】このバカが......！画面に表示された文字を睨みつけながら、遼一の表情はみるみる険しくなっていった。無言で発信ボタンを押すと、すぐに無機質なアナウンスが返ってくる。「おかけになった電話は、ただいま通話中です」通話中？いや、違う。これは......電話を自動で切断する設定だった。つまり、ブロックされたということか？遼一のこめかみがぴくりと動いた。明日香......お前、調子に乗りすぎたな。その時、背後から小さな足音が近づいた。「遼一さん、どうだったの？」バルコニーに出てきた珠子が、心配そうな顔で問いかけた。遼一は表情を崩さず、陰の浮かんだ瞳で携帯をしまい、何も答えないまま身を翻した。「まず、学校まで送る」「えっ？でも、まだ時間早いよ......」朝食の途中だった珠子は戸惑いを見せるが、遼一の剣呑な気配に気づき、それ以上何も言わず、鞄を手にして無言でついていった。朝の道路はまだ混雑しておらず、十分ほどで学校に到着した。車内の空気は、氷のように冷え切っていた。助手席で気まずそうに縮こまりながら、珠子はおずおずと切り出した。「......昨日の夜、明日香さんと喧嘩したの？」その声には、疑念よりも不安の方が強く滲んでいた。無理もない。道中、遼一はほとんど口を開かず、ただ前方を睨むようにして運転していた。まるで今にも何かを壊してしまいそうなほどに、険しい表情で。明日香がいなくなったから、こんな顔になってるの？そう思うと、珠子の胸に小さな嫉妬が芽生えた。どれだけ好きでも、自分以外の誰かを気にかけている姿を見るのは、やはり苦しい。自分に言い聞かせる。明日香の立場は、私とは違うのだと。彼女は月島家の令嬢。小さい頃から何不自由なく育てられ、周囲の誰もが憧れるような存在。それに比べれば、自分はただの一般人。比べるまでもない。でも、これでわかっていた。明日香は、本当に遼一さんを諦めたのだと。何も言わずに出ていったのは、その証。けれどもし、今彼女に何かあったら、康生にどう説明がつくという

「いいわよ！」珠子は明るく笑って、即答した。もちろん、哲の言葉は冗談だった。彼の成績はお世辞にも良いとは言えず、家族からはすでに「落ちこぼれ」扱い。まともな未来を期待する者など誰もいない。特に父親は、卒業したら即、自衛隊に叩き込むつもりでいるようだった。以前は金髪に染めていた髪も、父親に丸刈りにされてしまった。哲は珠子からノートを受け取ると、何気なく1ページめくった。中には、ぎっしりと詳細に書き込まれた内容。まるで経文のような緻密さだった。見る気などなかったはずなのに、ここまで丁寧に書かれていると、無下にはできなかった。夜の自習時間は2時間以上。教師による監督はなく、生徒の自主性に委ねられていた。数日前、病気で休んだ明日香は、夜の自習も何度か欠席していた。その遅れを取り戻すべく、今は猛スピードで追い上げている。試験用紙はすでに十数枚。片面には教科書の内容、裏面には応用問題。しかも範囲外の難問が並んでいた。試験問題を解きながら、明日香は一日を振り返っていた。何かが足りない。ずっとそんな感覚がつきまとっていた。ふと顔を上げると、聞き覚えのある声が耳に届いた。トイレから戻ってきた遥と、もう一人の女子が話しているところだった。そういえば......今日は遥の存在を、すっかり忘れていた。朝から一度も声をかけられていない。そのせいで、こんなにも静かな一日だったのだろう。思い当たる節があった。きっと、あの時の言葉が気に障ったのだ。だから今日一日、あえて話しかけてこなかったのだろう。それも、悪くない。以前は、遼一と遥がうまくいくようにと考えていた。けれど、あの夕食を境に明日香は気づいてしまったのだ。遥は、自分の助けなんて必要としていない。遥は明るく、さっぱりとした性格で、強力な後ろ盾も持っている。友情ごっこを続ける意味もない。それに、遥がいなくても、不思議と不便は感じなかった。「遥ちゃん、誰にメールしてるの？」女子のひとりが尋ねた。「他でもないわよ。あのどうしようもないおっさんよ」遥は教室の後方、二列目の窓際、三番目の席に座っていた。その声はそれほど大きくなかったが、教室が静まり返っていたため、明日香の耳にははっきりと届いた。「佐倉さんのこと？」女子が重ねて聞くと、遥は「うん」とうなずいた。

通りを挟んだ斜め向かいの学校の門前に、一台の黒い車が停まっていた。助手席に座る遥は、怒りを抑えきれない表情で、目の前の光景をじっと見つめていた。「早く追いかけなさいよ！あの二人がこれから何をするのか、この目で確かめてやる！」語気には焦りと嫉妬が滲み、声がわずかに震えていた。遼一はため息をひとつつきながらも、遥の我儘を退けきれず――いや、もしかしたら自身にも何か思うところがあってか、無言でアクセルをゆっくり踏み込んだ。前を歩く明日香と淳也の姿を捉えながら、遥は素早く携帯を構え、録画を始めた。証拠として保存するためだった。けれど、その二人が細く暗い裏路地へと入っていくのを見て、遥は眉をしかめた。車ではもう追えない。「お兄ちゃんがあんなに優しくしてたのに......明日香の奴、淳也と一緒だなんて！どうりで前にあいつのことを庇ってたはずよ、絶対何かあるに決まってる！」遥の声は怒りに震え、握りしめた拳に力が入る。「遼一さん、あれってあなたの妹でしょう？こんなに早く男と......しかも、あんな奴と！なぜ何も言わないんですか？」怒りの矛先を向けられた遼一は、無言のまま遥を一瞥した。その瞬間、彼の瞳から放たれた冷気に、遥は息を呑んだ。まるで闇夜に潜む猛獣が、獲物を見据えるような眼差し。漆黒の瞳は鋭く、冷たく、底知れぬ闇を湛えていた。背筋が凍るような感覚に、遥は思わず身体をすくめた。「これはうちのことだ。あなたは、ご自身のことだけ考えていればいい」遼一の声音は低く、冷ややかだった。普段とは別人のようなその様子に、遥は言葉を失い、それ以上は何も言わなかった。やがて遼一は無言のままハンドルを切り、アクセルを強く踏み込んでその場を離れた。その頃、明日香と淳也は、真っ暗な路地を進んでいた。頼りになるのは、淳也が持つ小さなライターの炎だけ。「前はここ、街灯があったんだけど......壊れちゃったみたい」明日香が言うと、淳也はぱちんと火を消した。瞬間、世界が闇に沈み、目の前さえも見えなくなった。「真っ暗闇で男女二人きり、ってな......明日香、俺に惚れてるんなら、遠回しなんてやめて素直に言えば？」淳也の口調は茶化すようで、その実どこか楽しんでいるようだった。「本当に病気が重いのね。とうとう言ってること

明日香は自然と目を覚ました。時計を見ると、すでに午前七時。約束の時間までは残り三十分。彼女にとっては、十分すぎるほどの時間だった。長い髪をポニーテールにまとめ、ヘアバンドで整えたあと、部屋のドアを開けた。リビングのソファには布団が丁寧に畳まれていたが、そこに人の姿はなかった。......どこ行ったの？不思議に思っていると、玄関のドアが「カタッ」と音を立てて開いた。黒いウィンドブレーカーを羽織った淳也が、フードを深く被って入ってくる。肩にはいくつかの雪の結晶が残っており、彼は外で服を軽くはたいてから部屋に入り、いつものように悪戯っぽく笑った。「おっ、お嬢さん、もう起きてたか？」「どこ行ってたの？」明日香が問いかけると、淳也は手に持ったビニール袋を掲げた。「朝飯買ってきたんだ。近くのコンビニでな。ほら、牛乳まだあったかいぞ」袋を軽く揺らして見せる。「でも、もう時間がないわ」「そっか。じゃあ捨てるわ」と、彼は平然とした声で言った。「ちょっと、食べ物を粗末にしないの！」明日香は小さく叱りながら、素早く言葉をつなげた。「歯磨きして顔洗ってくるから、あとで食べる」「おう」淳也は朝食をテーブルに並べた。おにぎりが二つ、温かい牛乳に肉まん、フライドチキンにカップラーメン。明日香の好みが分からなかったので、彼なりにいろいろ揃えたらしい。二人は急いで朝食を口にし、食べきれなかった分は冷蔵庫にしまった。次に温めて食べるつもりで。明日香は淳也と一緒に出ることなく、簡単に食べ終えると先に家を出た。漢方薬を煎じるにはガスコンロが必要だったが、それも彼に使わせることにした。どうせ家に高価な物はないし、貴重品も置いていない。淳也が一人で残っても、心配する理由はなかった。外に出ると、明日香は歩きながらポーチからコンシーラーを取り出し、指先で目元の隈をなじませた。連日の睡眠不足で、目の下のクマは日に日に濃くなっていく。生理も不順気味だし、このままでは身体がもたないかもしれない。そんな不安が胸をかすめた。学校に着くと、監督はまだ来ておらず、朝の自習は各自の裁量に任されていた。どうせ遅刻しているのだから、明日香は急ぐことなく、歩調を落とした。「社長......明日香さんです」千尋が、小さな手鏡で化粧を直

遥の成績は確かに群を抜いている。宿題をしている姿などほとんど見たことがないし、授業もよくサボっている。それでも、試験ではいつもあっさりと上位に食い込むのだから、本当に生まれつき勉強が得意なのだろう。この日もオリンピック数学の授業は欠席だったが、清治はすっかり慣れた様子で、何事もなかったかのように黒板に向かって解説を始めた。最後の時間はホームルームで、渡辺先生から二つの連絡事項が伝えられた。一つ目は、今週の土曜日に保護者会を開催するので、保護者の出席が必須であるということ。二つ目は、冬休み中に実施されるウィンターキャンプへの参加希望者は、配られた申込書にサインをすること。この行事はクラス単位ではなく、帝雲学院全体を対象としたものだった。明日香はその申込書を何気なく引き出しにしまい込んだ。保護者会にはまったく期待していない。康生は一度たりとも来たことがなく、今までは遼一に無理を言って代わりに出てもらっていたが、今回はそれも望めそうになかった。ただ、ウィンターキャンプについては少し考えてみてもいいかもしれない。日程は大晦日の前日までで、新年をどこで迎えるかなんて、もはやどうでもよくなっていた。チャイムが鳴っても、彼女たちのクラスは他のクラスのように早く帰されることはなかった。夕方、明日香は一人で食堂へ向かっていた。白のロングダウンに身を包み、頬を赤らめながら、寒風から顔を守るようにフードを深く被る。そのとき、不意に誰かがフードをめくった。「......！」驚いて振り返るも、そこには誰もいない。もう一度前を向くと、すぐ隣に淳也が立っていた。「どこに行くの？」「食堂。夕飯を食べに」明日香は伏し目がちに答えた。「放課後なのに、まだ帰らないの？」カバンも持たず、手をポケットに突っ込んだままの淳也。まさか彼も食堂に行くつもり？そう思うと、急に食欲が失せた。「ウィンターキャンプ、参加する？」淳也が突然聞いてきた。それを聞くために、わざわざ来たの？明日香は曖昧に答えた。「......まだ決めてない」「決めてない？参加したくないのか、それとも俺が行くから行きたくないのか、どっちなんだ？」まくし立てられ、明日香の足が止まった。「......淳也」「ん？」明日香は顔を上げ、静かだがどこか距