最後の授業が終わり、明日香は学校を後にした。時刻は午後4時30分。その頃、留置所の面会室では、丸刈りにされた宏司が、薄い灰色の拘置着を身にまとい、独房に座っていた。二人を隔てているのは、ただ一枚の薄いガラスだけ。彼の瞳には光がなく、沈んだ色だけが漂っていた。明日香は、遼一に黙ってひとりでここに来ていた。誰にも気づかれずに。壁に掛けられた受話器を手に取り、静かに耳へ当てた。宏司も無言で受話器を取ったが、その視線は終始、彼女を避けていた。警官が部屋を出ると、明日香が静かに口を開いた。「......安心して。私がここへ来たこと、誰にも話してないわ」災厄に見舞われた男は、その声を聞いた瞬間、ぎらりと目を細め、やがて牙を剥くような顔つきになった。「俺を笑いに来たのか?こんな俺を見て、気が済んだか!?明日香......お前は、ただ金と権力に守られた家に生まれただけで、実際には何の価値もない!お前が俺を壊したんだ、全部お前のせいだ!お前さえいなければ、俺はこんな道を選ばなかった!」宏司は激情に駆られて叫んだ。「俺はただ、母の治療費が欲しかっただけなんだ......全部、お前の責任だ!母さんは死んだ!俺の人生も全部終わった!お前を殺さなかったことを、今でも後悔してる!」その声には、深い怨念とどうしようもない絶望が込められていた。明日香はまっすぐに彼を見つめた。その瞳は、澄んで揺るぎない。「宏司くん、私は自分が間違ったことをしたとは、一度も思っていない。私があなたを壊したって?どうして、そう思うの?」言葉は穏やかだったが、しっかりと芯のある声だった。「あなたも分かっていたはずよ。お金があったとしても、お母さんはあの手術を乗り越えられなかったって......」その一言に、宏司の目がかすかに揺れた。「あなたはきっと、私に負けたのが悔しかった。ただ、それだけ......」その瞬間、彼の瞳孔が一瞬だけ開き、顔に狼狽の色が浮かんだ。きっと、彼の奥底にあった感情を言い当てられたのだ。「私はかつて、最下位クラスでビリだった。いじめられるのを逃げるために、クラスを変えて6組に来た。1組では私がカンニングで上がったって噂されてた。だから、オリンピック数学チームに入ったのも、遥さんのコネだと思ったのでしょう?不公平だって、嫉妬し
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