明日香はそっと口紅を取り出し、赤く腫れた唇のまわりを丁寧に隠していく。傷には触れぬように慎重に、だが見えないように完璧に。さもなければ、帰ってから説明がつかない。三十分が過ぎた頃、明日香はすでにうんざりしていた。ようやく、スーパーの入口から、両手に溢れんばかりの袋を提げた遼一が姿を現した。彼は荷物をすべて車のトランクに入れ、無言のまま助手席に座り込んだ。帰宅すると、ちょうど珠子も家に着いたところだった。足音に気づいたのか、サンダルを引っかけたまま、嬉しそうに玄関へ出てくる。「遼一さん、荷物、私が持ちますよ」「いい。けっこう重いから」「そう......ですか」ふたりの、兄妹のような微笑ましいやり取り。だが、明日香にはそれを微笑ましく見守る余裕などなかった。その場にもう一人でも人がいれば、彼女が余計者であることは、一目瞭然だっただろう。遼一は冷蔵庫の前で袋を下ろし、珠子がその後をぴたりとついていく。「ウメさん、今日はお休みなんですね?晩ごはん、どうします?私が作っても――」「もう注文してある。すぐ届く。宿題でもしてろ。来たら呼ぶ」そのやり取りを背に、明日香はリュックを背負い、着替えを済ませて外に出ようとすると、その背中を珠子が呼び止めた。「明日香......もう出かけるの?外、雨降りそうよ。傘、持って行ったら?」「持ってる」短くそう言い残し、明日香は扉を閉めた。「どこへ?」遼一は牛乳パックを冷蔵庫に入れながら、低い声で問いかけた。「習い事。十時に帰る。待たなくていい」答えたと同時に、もう彼女の姿はなかった。ふたたび、家には重苦しい沈黙が落ちた。明日香が出てから、わずか二分後、注文していた料理が届いた。三人分の量で、テーブルの上には料理が溢れんばかりに並んだ。珠子は最近ダイエット中で、食べる量を制限している。ふたりでは到底食べきれず、明日へ回そうと話し合ったが、冷蔵庫の中は、さっき買ってきたお菓子や果物でいっぱいだった。仕方なく、多くの料理はそのまま捨てるしかなかった。天下一室内ゴルフ場。一時間ほど練習したあと、平井は水のボトルを明日香に手渡した。明日香はエアコンの効いた休憩スペースに腰を下ろし、少し汗ばんだ額をぬぐいながら上着を脱いだ。黒のタイトなハイネックセーターが、そ
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