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第581話

「先に言っておく、怒らないでね」晴嵐は小さな声で切り出した。乃亜はうなずく。「大丈夫、怒らないよ......」しかし、内心ドキドキしていた。もし何か晴嵐がひどいことをしていたら、この約束なんて意味がないはず。晴嵐は満足そうに笑うと、ランドセルの奥から取り出した。そこには小さなプリンセスドレス......まるでおとぎ話の国から飛び出してきたようなドレスだった。裾のレースと淡い色合いが、夕陽に照らされ、きらきらと光っている。「ママに、これあげたいの」乃亜は目を見張った。それは、明らかに女の子用のドレスだった。晴嵐はすぐに言い訳を口にした。「ママ、これは璃音ちゃんへのプレゼントなんだよ」その言葉には、強い決意と期待が込められていた。純粋なまなざしが胸に突き刺さる。乃亜は晴嵐の頭をそっと撫でながら、にっこりと微笑んだ。「そう......じゃあ、病院に行って、璃音ちゃんに渡そうか」晴嵐はほっと息をついた。「よかった、ママわかってくれた!」車がゆっくり発進する。乃亜はハンドルをしっかり握り、視線は前へ。でも胸の中では、さまざまな思いが渦巻いていた。この子は本当にまっすぐな子だ。いつも冷静で、感情を滅多に見せない。こんなに純粋に、そして無邪気に誰かを想うことがあるなんて......無条件の愛って、本当にあるのだろうか。胸奥がほんの少し熱を帯びた。病院の広い廊下。靴の音が響き、時折、救急ベルが鳴り渡る。この場所には、生と死が渦巻いていた。乃亜はこの世界に慣れたくなかった。しかし、母として、今日はどうしても目をそらせない。廊下の先に二人の影が見えた。真子と凌央。二人は立ち止まっている。まるで時が止まったようだった。乃亜は車から降りると、晴嵐を抱き足を止めた。心臓が高鳴る。ここで凌央と会うなんて、思ってもみなかった。しかも真子までいる。どうして?乃亜の胸はドキドキして落ち着かない。真子の視線がやっと、彼女の腕に抱かれた小さな子どもに届くと、晴嵐の顔、まるで凌央のコピーのようだと気づいた。。その顔に触れた途端、真子の心臓は無形の力でつっぱられるようになり、息苦しくて死にそうだ。乃亜とこの子供が、なんでここに
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第582話

いや、そんなはずがない......真子は、頭を振って、ネガティブな考えを追い払った。そして気を取り直し、晴嵐の顔をじっと見つめると、無理に笑顔を作って、凌央に言った。「凌央、璃音の身体はまだ弱いの。他人に病室に入らせるわけにはいかないわ」乃亜はその言葉に眉をひそめ、凌央に視線を向けた。「......あなたも、そう思ってるの?」せっかくの善意が、まるで悪意のように受け取られてしまい、胸がチクリと痛んだ。真子は得意げに胸を張っていた。乃亜はそんな彼女に、薄く微笑みながら冷たく言い放った。「怖いのね。私と息子が、その『偽物』からすべてを奪ってしまうのが」璃音は困ったように俯いていた。でも、それも仕方がない。彼女は......凌央の娘なのだから。「......最低女!」真子は怒鳴り返した。昔の乃亜なら、黙って耐えていた。でも今の彼女は違う。まるで別人のように、強くなっていた。凌央の顔に冷たい怒りが浮かぶ。「......もう一度言ってみろ。今度は許さない」かつては、あれほど欲しても手に入らなかった乃亜。そんな彼女を、平然と侮辱するなんて......許せるはずがない。母親だからって、何を言ってもいいと思うな。真子はビクッとして黙り込んだ。凌央の本気の怒りを知っていたからだ。下手に逆らえば、ただでは済まない。それに......今の乃亜の目には、どこか得体の知れない迫力があった。真子が一歩下がったとき、凌央はそっと手を伸ばした。指先が、晴嵐の頬に触れそうになる......が。次の瞬間。乃亜は、迷いなく体をひねって、彼の手を避けた。その動きは鋭く、そして決然としていた。彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。冷たく、はっきりと「拒絶」があった。まるで、二人の間に深い谷があるかのように。凌央の足音が、硬く床に響く。ひとつ、またひとつ。まるで自分の感情を押し殺すかのような、力強い歩み。その場の空気が一瞬で凍りついた。誰もが声を失い、ただ乃亜の遠ざかる足音だけが、廊下に響いた。その音が、凌央の神経をひとつずつ削っていく。彼の顔は青ざめ、手は微かに震え、そして......力なく下ろされた。その目には、言葉にできない痛みと、深い困惑があった。乃
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第583話

「ママ、あの人たちって......昔もママに、今日みたいなことしてたの?」晴嵐が、乃亜の首に小さな腕をぎゅっと回して聞いてきた。その声は幼いけど、はっきりとした『心配』がこもっていた。乃亜の胸が、きゅっと締めつけられる。......こんな小さな子に、こんなこと言わせるなんて。凌央といた頃のことが、ふと頭をよぎる。あの頃の自分が、どれほど我慢していたのか。どれだけ苦しかったのか。「ううん、そんなことなかったよ」そう答えながら、少しだけ目を伏せた。真子に嫌な顔をすることはあったけど、いつもじゃなかった。家の集まりのときくらいしか、会う機会はなかったが。それよりも......凌央の冷たい態度のほうが、ずっと心に刺さってた。でも、それにも慣れてしまっていた。......今思えば、あの頃の自分って、本当に強かったんだな。あんな日々を、よく一人で耐えてた。「でもね、ママ。もしまたあの人たちが嫌なことしてきたら......そのときは警察に、ちゃんと通報して、やり返さなきゃダメだよ!ママナメられちゃダメだよ!」晴嵐の目に、年齢に似合わない冷たい光が宿る。その一瞬の表情が、凌央とそっくりで......乃亜は、思わず息を飲んだ。こんなに小さいのに、もうあの人に怒りを抱いてるなんて。......私たちの関係が、晴嵐にここまで影響してたんだ。そんなつもり、なかったのに。晴嵐の心に「憎しみ」が生まれてしまっている。それで、ちゃんと成長していけるのだろうか。乃亜の胸に、ズンと重たい後悔が落ちてきた。......やっぱり、一度凌央とちゃんと話し合わなきゃダメだ。親として。どうであれ、二人の問題に、晴嵐を巻き込むのは良くない。この子には、ちゃんと愛されて、人を憎むことなく、育ってほしい。「ママ、大丈夫!僕、早く大きくなるから!そしたらママを守れるようになる!ママをいじめるヤツ、僕がやっつけてあげる!」キリッとした目で乃亜を見つめる晴嵐。乃亜の目が潤む。「......ありがとう、晴嵐。でもね、ママはもう大丈夫。ちゃんと自分のこと、守れるよ。それに、パパもいるから。だから晴嵐は、いっぱい笑って、いっぱい遊んで、元気に大きくなってほしい」この子が、こんなにも優し
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第584話

乃亜は晴嵐の小さな頭を優しく撫でながら言った。「ねえ、璃音のパパのこと、あんまり好きじゃないんでしょ?それなのに、璃音のことは好きなの?」晴嵐は少し首をかしげ、考え込んだ。「初めて見たとき、守らなきゃって思ったんだ。それに、好きなものを全部あげたくなった。おもちゃ、お菓子、全部!だって、好きなんだもん!」3歳の子供にしては、かなりしっかりした答えだ。彼の真剣な気持ちが伝わってきた。乃亜はその言葉を聞いて、胸が温かくなった。晴嵐って、本当に素直でいい子に育ってるな。そのとき、携帯電話が鳴った。乃亜はすぐに通話ボタンを押した。「乃亜さん、こんにちは。主人が順調に回復して、今日午後に退院します。今夜お礼も兼ねてお食事に行きませんか?」電話の声は、以前助けた男性の妻だった。先日、週末に食事をしようと約束したが、予想より早くなったようだ。「もし今日が無理なら、また別の日でも大丈夫です」乃亜は髪を耳にかけながら答えた。「今日でも大丈夫です。場所を送っていただければ伺います」「ありがとうございます!では、後ほどお会いしましょう」電話を切ると、乃亜はその男性のことを思い出した。......部隊の若き長官で、数々の功績を持っている人だ。その人脈や影響力を考えると、無下にはできない。「ママ、今日はご飯の約束があるの?じゃあ、僕はタクシーでパパのところに行こうか?」晴嵐はいつも通り、優しい気配りを見せてきた。乃亜は優しく首を振る。「いいよ、ママが送るから。最近パパは忙しいし、会社に行っても退屈だろうから一緒に家に帰ろう」「わかった」シートベルトをしっかり締めてから、乃亜は運転席に座り、車を発進させた。その頃、亀田病院のVIP病室では、璃音がベッドに横たわっていた。顔色が悪く、まだあまり体調が良く無い様子だった。凌央はベッドのそばに座り、絵本を読んでいた。絵本を数ページめくったところで、璃音が静かに言った。「パパ、兄さんのママに電話してくれない?璃音、会いたいんだ」凌央は絵本を閉じ、璃音をじっと見つめた。「彼のママのことが、好き?」璃音は少し考えてから、素直に頷いた。「うん、好き。あの人が璃音のママになってくれたら嬉しい」璃音にとって、今のママは怖い存
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第585話

真子は顔を上げて凌央を見つめ、心の中で嫉妬していた。「さっき天野雪葉に電話したわ。今、レストランに向かってるって。あなたも今すぐ行ってみたら?」彼女の目的は明確だった。凌央にお見合いをさせること。恵美はもう亡くなって戻らない。璃音には母親が必要だ。凌央は冷たい顔をしていた。真子は彼が断るだろうと思い、先に言葉を発した。「あなた、前に私に約束したでしょ!」「パパ、新しいママを探しに行くの?私、嫌だよ!」璃音は凌央を見上げ、少し感情的に言った。真子は怒り、璃音を鋭く睨みつけた。「璃音、黙りなさい!大人の話に口を出さない!」あのガキは、最初から処理すべきだった。凌央に育てさせるべきではなかった。結局、恵美が無能だったせいでこんなことに。凌央と三年間も一緒にいたのに、一度も凌央のベッドに上がれなかったなんて。あんな役立たずを使うべきではなかった。璃音は真子のことを怖がり、大声で泣き出した。凌央は慌てて璃音を抱き上げ、優しく言った。「泣かないで、璃音。いい子だね」璃音は凌央の首にしがみつき、真子を見ないようにした。凌央は冷たい目で真子を見つめ、低い声で言った。「二度と来るな!」彼は理解できなかった。璃音と、血の繋がりが無いとはいえ、彼女を拾ってきたのは真子で、今ままで長い間一緒に過ごしてきたのに、なぜこんなに冷たい態度を取るのか。真子は慌てて言った。「璃音は私の孫よ。会いに来るのは当然じゃないの!なんで私が来ちゃいけないの?」凌央が璃音を大切にしているのは分かっている。だからこそ、璃音と良い関係を築けば、凌央が少しは璃音を見て優しくしてくれるかもしれないと思っている。「璃音はお前の孫じゃない!彼女は俺の娘だ!」凌央はそう言い終わると、璃音を抱きかかえ、病室を出た。点滴が終わると、璃音の体調は良好だったので、凌央は璃音を連れて、乃亜のところに行くつもりだった。しかし、エレベーターに乗った瞬間、山本から電話がかかってきた。「社長、今晩、上層部の方々と食事の予定があります。ぜひ参加してください、場所は夢食屋です」凌央は眉をひそめ、不快そうに答えた。「俺の代わりに行ってきてくれ。今、璃音を連れているので、時間がない」毎日、仕事が終わったら璃音と過
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第586話

保育園に行っていたら、もっとたくさん友達ができていただろうな。凌央はつぶやきながら、この歳の子が、病室でひとりでいるのがどれだけ寂しいことか、と考えていた。「パパ、早く、兄さんのママに電話して」璃音は小声で言い、彼らに会いたくて仕方がない様子だ。凌央は軽く返事をし、携帯を取り出して乃亜に電話をかけた。その番号は山本に調べてもらった仕事用の番号だ。個人番号ではない。電話が鳴ったが、誰も出ない。凌央は眉をひそめた。沈黙が続く中、ようやく乃亜の冷たい声が聞こえた。「何か用?」「璃音が兄さんと遊びたいと言ってる。今、彼女をそっちに送る」凌央の声は強く、拒否を許さない。「私は今、用事があるの。璃音は体調が悪いんだから、家で休ませたほうがいいわよ。万が一何かあったら、誰が責任を取るの?」乃亜は遠回しに断った。凌央はその言い方にイラっときた。自分の娘の世話を彼女に押し付けるなんて、あり得ない!「用事をキャンセルして、うちの娘を見てくれ!」まるで当然のように命令した。「あなたの娘にも母親がいるでしょ?母親に見てもらいなよ!私は関係ないじゃない。どうして私が命令されなきゃならないの?」乃亜は呆れて、怒りを込めて言った。凌央は真顔で言い返す。「乃亜、お前、冷たすぎるぞ!」璃音が聞いてしまったら、どれだけ悲しい思いするだろうか。「パパ、もしかして、アマイさんは忙しいの?それなら、私は病室で待ってるからいいよ!」璃音は敏感に察して、すぐに言った。彼女は本当は兄さんたちと遊びたかったが、断られても駄々をこねるつもりはなかった。。病気で体調が悪いからこそ、余計に他人に迷惑をかけたくないと思っていた。その声に気づいた乃亜は、思わず電話の向こうで足を止めた。凌央、もしかしてスピーカーフォンにしてたの?璃音にさっきの会話が聞こえていたの?少し心が痛んだ。「璃音、聞こえる?」乃亜は少し躊躇してから、マイクに向かって声をかけた。凌央は璃音の耳に電話を近づけた。「自分で話してみな」璃音は大きな瞳で見つめて、優しく言った。「こんにちは」その声を聞いて、乃亜は思わず心が温かくなった。「璃音、こんにちは!ご飯は食べた?」璃音は少し真剣な顔で答えた。「パパが
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第587話

凌央は携帯を手に取ると、指先で画面を軽くスワイプし、通話を切った。その瞬間、周囲の騒音がすべて遠くに感じられ、静寂が広がった。彼の目は一瞬で冷静さを取り戻し、深い決意を感じさせるものになった。下を向いて小さな璃音を見つめると、柔らかく微笑んで言った。「璃音、パパが今すぐ連れて行ってあげる、いい?」その時、凌央は突然、あることに気づいた。乃亜は彼を拒否することもできるし、嫌うこともできる。しかし、璃音のことは愛している。璃音が頼むことなら、乃亜は必ず応じるだろう。これからは璃音を名目に、乃亜に会いに行けるのだと思うと、心が少し軽くなった。以前、乃亜が近くにいると、ただ面倒に感じていた。顔を見るのも嫌だった。でも今は、乃亜に会いたいなら、璃音を名目にしなければならない。その奇妙さが逆に面白く感じられた。璃音はその言葉を聞くと、目を輝かせた。まるで夜空で一番明るい星のようだ。小さな手で凌央の首にしっかりと回し、顔には喜びが溢れた。「よかった、パパ!早く行こう!」璃音の声には、子ども特有の純粋さと興奮がこもっていて、その瞬間、世界が輝いているように感じられた。凌央は璃音を抱きしめ、優しく言った。「うん、すぐに行こう」璃音は凌央の腕の中で、楽しそうに笑って手を空中で軽く振った。その無邪気な喜びが周りに広がり、空気さえも明るくなった。その時、エレベーターの扉が静かに開き、「ピン」と音を立てた。それは、父と娘が冒険の旅に出る前の合図のようだった。凌央は大きな一歩を踏み出し、堂々とエレベーターを出た。その足取りはしっかりしていて、力強かった。腕の中の璃音はしっかりと寄り添い、凌央の胸に抱かれていた。病室から真子が追いかけてきたが、すでにその場所には二人の姿はなかった。ただ、空気の中に残る温かい気配だけが漂っていた。真子はその場で立ち止まり、眉をひそめた。彼女の目に、悔しさと諦めの感情が浮かんだ。周囲は静まり返り、自分の呼吸音だけが響いている。遠くから聞こえる足音が、彼女の気持ちをさらに重くした。「本当に、一瞬でどこに行ったの?」真子は不満げに呟き、歩みを速めた。凌央が自分を避けていることが、どうしても理解できなかった。廊下を歩きながら、二人の姿を探していた
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第588話

乃亜は冷や汗をかきながら、急いで言った。「住所を送って、すぐに向かうわ」電話を切ると、彼女は晴嵐に向き直り、鋭い目で、かつ非常に速い口調で言った。「晴嵐、今すぐ海辺に行かなきゃならないの。緊急事態よ。後で璃音とパパが来るから、迎えてくれる?」晴嵐はしっかり頷いた。「わかった!ママ、行ってきて!」その言葉を聞いた乃亜は、ほぼ駆け出すように部屋を出た。乃亜は車を加速させ、夜の闇が深く広がる、静かな道を駆け抜けた。窓の外の景色は、映画のワンシーンのように流れていくが、彼女の目には一切引き寄せられるものはなかった。心拍は車のスピードと同じように上がり、頭の中では恵美の過去が何度も繰り返し浮かんでいた。彼女は恵美を憎んでいたが、彼女の死を望んではいなかった。海風がしょっぱい空気を運んできて、乃亜が海辺に着いた時、警察のライトが点滅し、人々が集まっていた。その瞬間、彼女の心の中のわずかな希望が消えていった。乃亜の心臓は鼓動のように激しく鳴り、足元はほとんど影すら残さずに進んでいた。海風が吹き荒れ、まるで自然さえも、この悲劇がやってくるのを予告しているようだった。全力で海へ向かって走り、歩みは重く、不安で、目の前に広がる血のように赤い海面が見えた。砂浜には、ひとつの身体が静かに横たわっていた。海の波が岸に打ち寄せるたび、その一つ一つが無情に命を失ったことを告げているかのように感じられた。乃亜は足を止め、時間がその瞬間に止まったように感じた。ゆっくりと近づき、視界がはっきりとしていくと、恵美の顔が見えた。その顔は青白く、静かで、海水で濡れた髪が頬にまとわりついていて、かつての生き生きとした面影は失われていた。乃亜の心臓は無数の手で握られたかのような痛みを感じ、足元がふらつきそうになった。本当に恵美だ。彼女はもう死んでいる!震える手で触れたくなったが、その静けさを壊すのが怖くて、結局その手は垂れ下がった。しばらくの間、何も言わずに静かに立っていた乃亜は、深く息を吸い込み、決断を下した。振り返り、目を決然とさせて、両親に連絡を取った。声はできるだけ平静を保とうとしたが、声の震えで、彼女の気持ちが漏れてしまった。その時、急な足音が海辺の静けさを破った。幸恵が絶望的な表情で走ってきた
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第589話

乃亜は一瞬驚き、すぐに幸恵の手首を掴んで、鋭い声で言った。「私があなたに知らせたのに、あなたは逆に私に汚名を着せるつもり?私をここで中傷するより、恵美が最近何をしていたのか、誰と会って、どんな人に恨まれていたかを考えた方がいい!」これが彼女の母親だ。一度も愛されたことがない。母の目には心には、常に恵美しかいなかった。子供のころ、恵美は母の宝物だった。恵美を失った時、母はひどく悲しみ、まるで罪人かのように乃亜のことを責め続けた。母は、彼女に死んで欲しいと思っていた。しかし、結局恵美は戻ってきた。その日から、彼女は家の外の人間となったが、乃亜は結婚し、家庭を持った。凌央が家にお金を送ってくれたから、暴力も止まった。実は、彼女は両親に対して心の中で憎しみを抱えている。小さい頃から、彼女の人生は本当の意味で「生きている」とは言えなかった。それはただの苦しみだった。昔は悲しかったが、今は何も感じない。母も父も自分を愛していない。それなら、他人のように接するだけだ。他人にどう思われても、今は気にならない。幸恵は乃亜の表情に圧倒され、呆然と立ち尽くしていた。「きっと隆ね」彼女は呟いた。恵美がかつて隆を傷つけたことがあるから、隆は恵美を心から憎んでいる。隆が恵美に手を出す可能性もあるだろう。乃亜は眉を上げ、冷静に言った。「本当にそう思っているの?」隆が外で愛人と子供を養っていることは確かだが、恵美を嫌っているだけで、本当に殺すまでいくのだろうか?「確信してるわ......」そう言った幸恵は、目の前に立つ乃亜を見て、急に言葉を飲み込んだ。「私はあなたに教える義理はないわ!乃亜、この無情な女、放しなさい!」以前、幸恵は乃亜が言うことをきいて、お金を持ってきてくれることを期待していた。でも、ここ数年、乃亜は全く関心を示さず、そばで尽くしてくれることもなかった。乃亜は無言で手を放した。幸恵はその場に崩れ落ち、泣き叫んだ。最愛の娘を失った。残りの人生をどう生きていけばいいのか。乃亜はそのまま振り返ることなく、立ち去った。法医学者は恵美の死因が溺死であることを確認した。乃亜はその検査結果をじっと見つめたが、特に不自然な点は見当たらなかった。完璧すぎ
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第590話

「久遠さん、命を救っていただいて、本当に感謝しております!」男性は感謝の気持ちを込めて、乃亜に近づいた。あの時、乃亜がいなければ、彼はもう命を落としていた。だから、感謝しないわけがない。乃亜は軽く微笑んで言った。「救命は医者の仕事ですから、他の医師でも同じことをしたと思いますよ。気にしないでください」「それでも、結局はあなたが助けてくれたんですから、感謝するのは当然です!」男性の顔色はまだ少し青白く、体調も完全ではなかった。「体が完全に回復しているわけじゃないのですから、まず座ってください」女性が乃亜の手を取って、少し申し訳なさそうに言った。「久遠さん、あの時は誤解してしまって、本当に申し訳ありませんでした!心からお詫びします」あの時、もし乃亜が旦那の命を救わなかったら、今頃彼女は未亡人になっていたかもしれない。あの出来事からずっと、彼女は自分がどれほど簡単に他人に騙されたのかを悔やんでいた。乃亜は優しく答えた。「あなたの気持ちも理解できますので、謝らなくても大丈夫です」「それでは、座って、食べながらお話ししましょう」男性はジェントルマンらしく椅子を引いてくれた。「久遠さん、どうぞ」乃亜はお礼を言い、腰をかがめて椅子に座った。男性は妻と一緒に向かいに座った。「料理はすぐに来ると思います」男性がそう言った。乃亜は微笑んで「大丈夫です」と返す。「では、自己紹介をさせていただきます。私は東条蓮、こちらが妻の夏目木奈です」「久遠乃亜です」お互いに自己紹介をした後、男性は乃亜に尋ねた。「久遠さん、今はどの病院で働いていますか?」乃亜は微笑みながら答えた。「私は弁護士で、天誠法律事務所に勤めています。病院には勤務していません」「あ、そうだ!あなたは昨日インターネットで話題になった久遠弁護士ですよね!」木奈は憧れの眼差しで乃亜を見つめた。「本当にすごいですね!」乃亜は少し照れながら答えた。「ありがとうございます」蓮は驚いた表情で言った。「久遠さんが弁護士だとは、ちょっと予想外でした!」普通、弁護士という職業の人は、厳格で真面目なイメージがあるものだ。スーツを着て、髪もきちんと整えているような。しかし、目の前の乃亜は美しく、カジ
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