All Chapters of 社長夫人はずっと離婚を考えていた: Chapter 841 - Chapter 850

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第841話

玲奈はそう言うと、藤田グループのほかの幹部たちにも挨拶をして、そのまま立ち去った。翔太は玲奈の歩調に合わせた。エレベーターに乗ると、翔太の視線は思わず玲奈の方に注がれた。玲奈は翔太の視線に気づき、「どうしたの?」と聞いた。翔太は首を振り、「いや、特に何でもない」と答えた。生田博士のパーティーで、智昭と玲奈のことについては、文音がいろいろと話していた。玲奈が智昭と結婚するために卑劣な手段を使ったという話を、翔太は当然信じていなかった。だが……文音が話していた、玲奈が幼い頃から智昭に片思いしていたことと、智昭が玲奈を好いていなかったこと。この2つについては、翔太も本当なのだろうと思っていた。もしそれが本当なら、玲奈は今はもう智昭と離婚するつもりで、実際に彼と向き合ってもあれほど淡々としている。ということは、玲奈はもう智昭を愛していないということなのだろうか?だが、もし本当に玲奈がもう智昭を愛していないのなら、どうして今になっても、彼女は自分や瑛二、辰也を受け入れようとしないんだ?まさか、本当に自分たち3人が、玲奈の心の中で思い描いていた理想の相手とは違うからなのか?それとも、玲奈は智昭との恋にあまりにも疲れ果てて、今はもう彼を愛していないとしても、その恋が残した影響からまだ完全には抜け出せていないのか。だから、そう簡単には新しい恋を始められないということなのだろうか?こうしたことについては、翔太も分かっていた。たとえ玲奈に尋ねたとしても、彼女はきっと多くを語らないだろう。なので、翔太も尋ねないことにした。翔太は待つつもりだった。玲奈が自分に心を開き、近づいてきてくれるその日まで。きっとその時になれば、すべての答えが分かるはずだ。……一方で。その日の夜、仕事を終えた優里は、再び智昭の自宅へ向かった。優里はマスクを着けていた。警備員から、どの邸宅を訪ねるのか、名前は何かと尋ねられると、少し間を置いてから「大森です」と名乗り、智昭の邸宅の棟番号も伝えた。智昭と玲奈、そして優里の間に起きたことは、この高級住宅街の警備員もみな耳にしていた。優里が自分は「大森」だと名乗った時点で、当直の警備員は優里の正体にほぼ気づいていた。たとえ優里の愛人という立場を快く思っていなかったとしても、当直の警備員はすぐに智昭の自宅へ内線でビデオ通話をつないだ。
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第842話

執事も、優里が茜に電話をかける可能性はあると考えていた。そして優里から電話がかかってきた時、茜はちょうど入浴中だった。執事は優里からの電話を躊躇なく切った。茜がなかなか電話に出ないのを見て、優里はさらにメッセージを送った。【茜ちゃんに会いに来たの。下まで降りてきて、ドアを開けてくれる?】執事はメッセージを見て、そのまま削除した。執事はもうしばらく待った。優里から再び電話がかかってこないのを確認すると、ようやくほっとした。優里は、茜から相変わらず何の反応もなかったことを受け、唇をぎゅっと噛みしめた。彼女はその場でさらに長いこと待った。やがて日付が変わる頃になっても、智昭の車は依然として姿を見せなかった。優里は時間を見ると、これ以上待たずに車で去って行った。優里が家に戻ると、大森家と遠山家の人たちはまだ眠らず、皆彼女からの連絡を待っていた。彼女が帰ってきたのを見ると、結菜が真っ先に立ち上がった。「お姉ちゃん――」優里は結菜を見ず、自分の方を見ているほかの者たちに目を向け、それから静かに首を横に振った。正雄と佳子は、胸が重く沈んだ。結菜も優里の意図を察した。「お姉ちゃん……やっぱり、智昭義兄さんには会えなかったの?」大森家や遠山家も、ここ数日ずっと優里がなんとかして智昭に1度会おうとしていることは知っていた。だが、優里が何度も智昭に連絡を取り、彼の家で何度も待っていたにもかかわらず、それでも本人に会えなかったとは、誰も思っていなかった。この時、結菜もようやく気づいた。「智昭義兄さんって……お姉ちゃんを避けてるの?」結菜でさえ気づいたのだから、ほかの者たちが気づかないはずもなかった。智昭が気持ちを整理するために静かに過ごしたくて、優里に会いたくないというのなら、大森家や遠山家も理解できた。世間の騒ぎが収まれば、2人はきっとすぐに元の関係に戻れると、彼らは信じていた。智昭が優里に別れを告げることもなく、それでいて会おうともしないことを考えると、おそらくそういうことなのだろう。もし会社に何も問題が起きていなければ、彼らも当然、焦らず気長に待つことができた。だが今は、会社がこんな事態に陥っている……「こんな遅い時間なのに、どうしてみんなまだ寝てないの?」その時、徹が2階から降りてきた。みんながまだ起きているのを見て、さすがに驚いた様子だ
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第843話

徹は我に返ると、「愛人の家系に生まれた」なんて表現は、きっとそのクラスメートが打ち間違えたのだろうと思った。徹は笑みを浮かべ、相手が打ち間違えたのかと尋ねようと文字を打ちかけた。だが、もう一度相手のメッセージを読み返すと、顔に浮かんでいた笑みが少しずつ消えていった。たとえ相手が打ち間違えただけだったとしても、あれほど刺々しい口調なのだから、もともと打とうとしていた言葉も、決して穏やかなものではなかったのだろう。ただ、徹はどうにも釈然としなかった。学校にいた頃は、みんなとの関係もそれなりに良好だったはずなのに、どうして急にこんな刺々しい口調で自分に話しかけてくるのか、徹にはさっぱり分からなかった。徹は、自分は相手の気に障るようなことをしたのだろうかと考えていると、また別の誰かがグループチャットにメッセージを送ってきた。【あいつの家は、代々愛人を輩出してる家系なんだから、普通の人と同じような厚かましさじゃ済まないだろ?以前、あいつは俺たちの前で自分の姉ちゃんと母親を散々持ち上げて、毎日のように「藤田社長が僕のお義兄さんなんだ」なんて自慢してたじゃん。俺はてっきり、あいつの姉ちゃんが藤田社長のれっきとした恋人なんだと思ってたよ。まさか、姉ちゃんも母親も、金と地位のためにわざと愛人になって、成り上がろうとしてるような性悪女だったなんてな。それなのに、あの藤田社長をまるで自分の本当の義兄みたいに、ことあるごとに口にしてたんだからな。この厚かましさは、誰にでも真似できるもんじゃないよ!】徹はスマホを強く握りしめ、勢いよくベッドから起き上がった。さすがに今となっては、いくら鈍い徹でも、クラスメートが打ち間違えたなどとは思わなかった。徹はスマホに表示されたメッセージを睨みつけ、怒りに任せてすぐに返信を送った。【君たち、何をデタラメ言ってるんだ!僕が何かお前らの気に障ることをしたなら、僕に直接言えばいいだろ。母さんや姉ちゃんのことを勝手にでっち上げて、それでも男かよ!】徹がメッセージを送ると、相手からすぐに返信が返ってきた。【お前んちが金を使ってネット上の情報を揉み消したからって、何事もなかったことにできると思うなよ?自分でやったくせに、認める度胸もねーのか?それに、俺のことを男じゃないって言うけど、お前はどうなんだよ?母親が人
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第844話

大森家と遠山家の人たちは、まだ1階にいて眠っていなかった。徹が階下に降りてきたのを見ると、佳子が声をかけた。「こんな夜中に、そんなに慌ててどう……」徹は足を止め、みんなを見つめた。彼は目を赤くしながら、佳子の言葉を遮って口を開いた。「ネットに出てる情報って……本当なの?」佳子は言いかけた言葉を飲み込んだ。他の人たちも一瞬沈黙した。正雄はすっかり疲れ切っていた。だが、今この状況で、正雄が答えるのが一番適切だった。正雄は前に出て、口を開いた。「徹、私と彼女は前から性格が合わなかったんだ。彼女は頑固で、人の忠告も聞かず、ずっと離婚しようとしなかった。私が彼女と別れたのは、お前の母さんのせいじゃない」大森おばあさんは、孫の徹のことをとても大切に思っていた。そう聞くと、彼女は優しく声をかけた。「そうよ、徹。男女のことなんて、簡単に割り切れるものじゃないわ。よその人が言っていることを、何でも鵜呑みにしちゃいけないわよ」徹はそれを聞いて一瞬言葉に詰まり、それから視線を優里へと向けた。優里は伏し目がちに、淡々とした表情を浮かべたまま、徹を見ようともしなかった。大森おばあさんは、智昭と優里のことについても、徹がきっと尋ねてくるだろうと分かっていた。大森おばあさんは優里を一瞥してから、続けた。「それに、あなたのお姉ちゃんとお義兄さんのことなんて、もっと誤解されているのよ。智昭が最初に玲奈と結婚したのだって、そもそも彼女がせこい手段を使ったからなのよ。智昭はお姉ちゃんと知り合ってから、ずっと玲奈と離婚したいと思っていたのに、彼女がずっと離婚を拒んで、しがみついていただけなの。智昭が愛しているのは、最初から最後まで、お姉ちゃん一人だけよ。智昭がお姉ちゃんをどれだけ大切にしてきたか、あなたも知っているでしょう?それに、あの日、智昭がパーティーの席で前言を撤回したのも、子供の顔を立てるためだっただけよ」徹はそれを聞いても、何も言わなかった。だが、その視線は遠山おばあさんと佳子へと向けられた。徹は思った。もしみんなの言っていることがすべて本当なら、青木家が遠山家にしてくれた恩はどうなるのだろう?よその人たちが言っている、遠山家の人たちが青木家の恩を仇で返したという話も……何か誤解があるのかもしれない。しかし……
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第845話

藤田総研ではやるべきことが多く、優里が仕事を一通り終えた頃には、すでに午後3時を回っていた。優里は少し考えてから、再び和真に電話をかけた。和真は優里からの着信を見て、一瞬ためらったが、やはり電話に出た。「もしもし?」「智昭は会社にいる?」和真は一瞬間を置いてから、「申し訳ありませんが、そちらはお伝えできかねます」と答えた。優里はすぐに理解した。これは智昭が会社にいるという意味だと。もし不在なら、和真はすでにそう伝えているはずだった。優里は軽く礼を言ってから電話を切った。その後、優里は車のキーを手にして藤田総研を出た。ほどなくして、彼女は藤田グループの前に到着した。優里は藤田グループの正面玄関を見上げ、車の中でしばらく座っていた。マスクを着けてから、ようやくドアを開けて車を降りた。この時間、藤田グループの1階には人影もほとんどなかった。優里が正面玄関から入ると、マスクをしていたにもかかわらず、受付は一目で彼女だと気づいた。これまで優里が藤田グループを訪れる際、マスクをしていたことは一度もなかった。受付の人たちも分かっていた。優里がマスクをしているのは、誰かに気づかれるのを避けるためだと……自分が今でも、何の連絡もなく藤田グループに入れることを確認して、優里はほっと胸を撫で下ろした。智昭のオフィスがある階に着くと、優里はマスクを外し、智昭のオフィスの前まで歩いていって、ドアを軽くノックした。しかし、誰も応答しなかった。優里がドアノブを回すと、反応する間もなく、慎也の声が聞こえてきた。「大森さん?」優里は淡々と頷き、慎也に尋ねた。「智昭は?」「藤田社長は用事があって、さっき出ていきました」優里は一瞬間を置いてから聞いた。「出かけた?いつ出かけたの?」「10分前です」優里は唇を引き結び、尋ねた。「じゃあ、今日は戻ってくる?」「申し訳ありません。藤田社長からは何も聞いていません」と慎也は答えた。そう言うと、彼は優里を見て、丁寧に尋ねた。「大森さん、応接室はあちらです。よろしければ、そちらで少しお待ちになりますか?」慎也は、優里がここで智昭を待つつもりなのか、それとなく探っているのだった。優里は慎也の問いには答えず、「分かった。それと、悪いけど智昭に電話してもらえる?」と言った。
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第846話

しかし、1時間以上経っても、智昭からは何の返事もなかった。しばらくして、慎也がやって来た。「大森さん、そろそろ退勤の時間です」これは、遠回しに優里へ帰るよう促しているのだ。優里は唇を引き結び、淡々と言った。「それでも、ここで待つと言ったら?」「大森さん、どうか私たち社員を困らせないでください」優里は何も言わなかったが、帰るとも言わなかった。慎也は仕方なく、またお茶を1杯優里のところへ持ってきた。和真もまだ帰っておらず、応接室から出てきた慎也に声をかけた。「藤田社長は……やっぱり大森さんのことを、まだ気にかけてるんじゃないか?」一時的に会おうとせず、優里からの電話にも一切出ないとはいえ、智昭は優里に別れを告げたわけでもない。優里がいつ会社に来て自分を訪ねてくるか分かっているのに、それでも智昭は、優里がいつでも藤田グループに出入りすることを許していた。それに、先ほど優里が智昭に送ったメッセージも、智昭ならきっと目を通しているはずだと、和真は信じていた。優里が立ち去ろうとしなかったため、和真も無理に追い出すようなことはしなかった。慎也は眉間を揉みほぐし、「そうだな」と短く答えた。まさにその点を見抜いていたからこそ、慎也は会社に残って仕事をするしかなかった。優里がいつ帰る気になるか、それまでは慎也も退社できないのだ。さらに1時間ほど待ったところで、優里は、このフロアにはもう慎也と和真以外に残っている人はいないことに気づいた。智昭からはいまだに返事がなかったため、優里は慎也を呼び、「智昭は何て言ってた?」と尋ねた。「大森さんがここにいらしていることは、藤田社長にはお伝えしておりません」つまり、優里が藤田グループに現れてから今まで、慎也も和真も、智昭から何の指示も受けていないということだ。優里は、手に持っていたマグカップをぎゅっと握りしめた。おそらく、智昭は自分が姿を見せなくても、慎也と和真が優里の面倒をきちんと見てくれるし、たとえ優里がここでずっと待ち続けたとしても、食事にも困らず快適に過ごせると分かっているのだろう。泊まることになったとしても、智昭のオフィスの休憩室で眠ることができる。だから……智昭は、本当に優里がここでずっと待っていたとしても、姿を現さないつもりなのかもしれない。しかし――
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第847話

金曜日の夕方、玲奈はようやく手元の仕事を片付け終えた。玲奈は少し痛む肩を揉みほぐし、しばらく休んだ。ふと何かを思い出したように手を止め、傍らに置いていたスマホを手に取ると、茜に電話をかけた。茜はすぐに電話に出た。「ママ」玲奈は優しい声で尋ねた。「学校はもう終わった?」「うん」茜の新学期が始まった日以来、2人が連絡を取ったのは1度だけで、それも玲奈から茜に連絡したのだった。ここ数日、玲奈から茜に連絡を取っていなかったが、茜のほうからも連絡してくることはなかった。そのことについて、玲奈は特に驚きもしなければ、何とも思わなかった。それでも、やはり茜は自分の娘なのだから、茜のことはある程度気にかけてやる必要があると玲奈は思っていた。玲奈は自分から話題を振った。「週末は、もうどこか遊びに行く予定は決めたの?」「ないよ」茜は淡々と答えた。「パパが出張で家にいないから」玲奈は自分から智昭の予定を知ろうとはしないので、当然、彼が出張に行っていることも知らなかった。「そうなんだ……」玲奈はしばらく黙ってから、再び口を開いた。「週末はママの会社の社員旅行があるの。もうすぐ出発するんだけど、ママと一緒に行く?ただ、一緒に行くのはママの会社の同僚ばかりで、子どもは誰もいないし、たぶん仕事もしないといけないから、ずっと茜ちゃんと一緒に遊ぶことはできないけど……」先ほど玲奈から電話がかかってきたとき、茜はあまり嬉しそうではなかった。だが、今になってようやく少し嬉しそうな表情を見せた。「全然大丈夫!行きたい!」「分かった。じゃあ執事に荷物をまとめてもらって。あとでママが迎えに行くから」「わかった!」30分後、玲奈は智昭と茜が暮らす家に着いた。茜はすでに玄関で待っていた。玲奈が到着したのを見ると、茜はリュックを背負ったまま駆け寄った。「ママ!」「お待たせ」玲奈はかがんで茜を抱きしめた。そばにいた執事が玲奈に声をかけた。「夕食はもう用意できています。よろしければ、お食事を召し上がってからお出かけになりませんか?」玲奈は家の中に入るつもりはなく、「今晩は会社の同僚と一緒にホテルで食べるから大丈夫」と答えた。「かしこまりました……」執事もそれ以上は勧めず、玲奈と茜が車に乗り込むと、ほどなくして車は走り去った。車に乗ると、玲奈は脇に置いてあった茜のリュックを
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第848話

1時間余りして、玲奈と茜はようやくホテルに到着した。玲奈が到着したと知ると、礼二と翔太はともに階下まで迎えに行った。礼二は玲奈が茜を迎えに行ったことを知っていたが、翔太は知らなかった。車から降りてきた茜を見て、翔太は一瞬呆気に取られた。玲奈は茜の頭を撫でた。「茜ちゃん、湊おじさんに挨拶して」茜は「湊おじさん、こんにちは」と挨拶した。礼二も優しく「こんにちは」と返した。玲奈は今度は翔太のほうを見た。「この人はママの会社の同僚よ。秋山おじさんって呼んで」「秋山おじさん、こんにちは」翔太は茜を見て、少し複雑な気持ちになった。自分と茜は以前にも会ったことがある。ただ、それはもう2、3年前のことだ。当時の茜はまだ幼かったので、おそらくもう自分のことは覚えていないだろう。礼二は玲奈に声をかけた。「もうすぐ夕食だから、先に中に入ろう」「わかった」長墨ソフトの人たちは、以前から玲奈がすでに結婚していて、子どもも1人いることは聞いていた。だが、少し前になって初めて、玲奈が結婚した相手がまさか智昭だったことを知ったのだ。多くの社員はこれまで茜本人を見たことがなかったため、実際に茜を目にすると、思わず何度も目を向けてしまった。「この子が青木さんと藤田さんの娘なの?藤田さんにかなり似てるよね」「確かに」茜は玲奈と礼二の間に座っていた。茜が来ると知った礼二は、わざわざ子ども向けの料理を何品か追加で用意させていた。席に着くと、玲奈は茜の好きな料理を何品か取り分けて、茜のお碗に入れてやった。「これは湊おじさんが茜ちゃんのためにわざわざ頼んでくれたのよ。食べてみて」礼二が自分のために頼んでくれたと聞くと、茜は目を伏せたまま一瞬動きを止め、それから礼二に言った。「湊おじさん、ありがとう」「どういたしまして」礼二は当然、玲奈の好みをよく知っていた。玲奈が茜の世話をしているのを見ると、礼二は取り箸を使って玲奈の取り皿に取り分けてやった。玲奈は微笑みながら「ありがとう」と礼二に言った。礼二は智昭のことを好いてはいなかったが、茜は何と言っても玲奈の娘だ。だからこそ、礼二は過去の不満はひとまず置いて、心から茜に接することができた。礼二は茜を見て、尋ねた。「茜ちゃん、おじさんが何か取ってあげようか?」茜は一瞬ため
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第849話

「うん、分かった、ママ」そう言うと、茜は田代と一緒にその場を離れた。玲奈はみんなと食事を終えたあと、礼二としばらく会社の話をしてから、先に部屋へ戻った。玲奈が部屋に戻ると、茜はちょうど部屋でシャワーを浴びていた。玲奈が腰を下ろしたばかりのとき、ベッドの上に置いてあった茜のスマホが鳴った。智昭からの電話だった。玲奈は電話に出ず、田代に茜の代わりに出るよう目配せした。すると、田代は苦笑して言った。「茜ちゃんは今、智昭様からの電話には出たがらないんです。私が代わりに出るのも嫌がっていて……茜ちゃんが智昭様と話したければ、あとでお風呂から上がってから折り返すと思います」玲奈は、これらのことについて知らなかった。茜の親権は智昭にあるため、父と娘の間のことに玲奈があまり口を挟むわけにもいかなかった。田代の話を聞き、今日の茜があまり機嫌がよくなかった様子を思い出した玲奈は、ふと尋ねた。「2人、喧嘩したの?」「……はい」実は、あの生田博士のパーティー以降、茜と智昭は本当の意味では仲直りしていなかった。茜もまた、本当の意味で笑顔を取り戻したことはなかった。そのことについて、田代は玲奈を見ながら、何か言おうとした。だが、この件は茜の父親である智昭なら、とっくに気づいているはずだ。そんな智昭が玲奈に何も話していない以上、田代が出しゃばって口を挟むわけにもいかなかった。それに、茜が他人から玲奈にそのことを話してほしくないと思っているのも、田代には分かっていた。もし本当に話してしまったら、茜はきっと怒ってしまうかもしれない。今の茜は、怒らせると正直かなり怖い。茜と智昭の間のことにあまり深く立ち入って尋ねるわけにもいかなかったため、2人が喧嘩をしたと知っても、玲奈はそれ以上聞かなかった。田代は、玲奈が何も尋ねようとしないのを見て、ため息をついた。田代は玲奈の考えも理解できた。だが、茜はまだ幼い……そのとき、茜がシャワーを浴び終えて浴室から出てきた。玲奈の姿を見ると、微笑んで尋ねた。「ママ、おかえりなさい」「ただいま」田代は、智昭から電話がかかってきたことを茜に伝えた。茜は表情を変えることなく、「分かった」と言った。口ではそう応じたが、茜は折り返す気はなかった。玲奈は尋ねた。「この後行きたいと
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第850話

今夜は天気もよく、山の上には展望台も設けられていて、そこからは街のきらめく夜景を一望することができる。玲奈と茜が山の上に着いたときには、長墨ソフトの何人かの社員がすでに展望台のそばの広場にバーベキューコンロを設置し、バーベキューを始めていた。2人の姿を見つけると、みんなはすぐに挨拶し、そのうちの1人が声をかけた。「青木さん、ここにはバーベキューの腕がいい人がいるんですよ。焼き肉がめちゃくちゃおいしいんです!よかったら少し食べませんか?」玲奈は笑って受け取り、「じゃあ少しいただくわ、ありがとう」と言った。「そんな、遠慮しなくていいですよ。まだまだありますから」社員の1人がそう言うと、今度は茜に差し出した。「茜ちゃん、で合ってるかな?はい、こちらどうぞ」茜も受け取り、「ありがとうございます」と礼をした。「青木さん、茜ちゃんって本当にお利口ですね。こんなに美人で、性格や雰囲気も青木さんによく似ていますね。大人しくて聞き分けもよさそうだし、物静かで礼儀正しくて、本当にいい子ですね」別の人も笑いながら話に加わった。「そうそう。さっき田中さんも羨ましがってましたよ。『うちの娘は一時もじっとしていられないし、家内もとてもじゃないけど見ていられない』って」それを聞いた玲奈は、串焼きを手に静かに食べている茜に目を向け、一瞬呆気に取られた。正直なところ、これまで何年もの間、茜が容姿の面で玲奈に似ていると言われることは多かった。だが、茜の性格や雰囲気が玲奈に似ていると言われたのは、これが初めてだった。それに、玲奈自身も茜の性格が自分に似ているとは、これまで一度も思ったことがなかった。だが、認めざるを得ない。この2度の再会で見る限り、茜は以前よりずいぶん物静かになっていたし、以前ほど遊び回ったり、甘えたりすることもなくなっていた。特に今日は……玲奈には、茜が自分と一緒にいるときだけこうなのか、それとも気分が落ち込んでいて、ほかのことをする気になれないからなのか……分からなかった。そう玲奈が考えていると、翔太が上がってきて、手にしていたプレゼントを茜に差し出した。「プレゼント、持ってきたよ。開けてみて!」茜は一瞬手を止めたが、プレゼントを受け取って箱を開けた。「すごく気に入りました。ありがとうございます」「どういたしまして」茜が気に入ってくれたのを見て、翔太
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