All Chapters of 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない: Chapter 381 - Chapter 387

387 Chapters

第381話

涼は鋭い眉を片方上げた。こいつ、明らかに夕月の前で弱者を演じているな。つい先ほどまで薬の影響下にあった冬真は、涼に対して傲慢な態度を取り、まるで食いちぎりたげな様子だったというのに。それが今や夕月の前では、哀れな被害者を装っている。「ふん」涼は鼻で笑い、「橘社長、皆さんに説明していただけませんか?楓さんはなぜ気を失っているのか。彼女の服を脱がせたのは、あなたですか?」二人が仕掛けた罠について、冬真自身の口から語らせようとしたのだ。もし先に二人の企みを暴いてしまえば、かえって冬真に反撃の隙を与えることになる。涼と夕月は、冬真が自分で作り出したこの混乱をどう収拾するつもりなのか、見守ることにした。「違う!」冬真は即座に否定した。「楓が薬を飲んで、自分で服を脱ぎ始めたんだ。何度も私に襲いかかってきたから、気絶させるしかなかった!」必死に夕月の反応を窺う。自分の潔白が疑われることだけは避けたかった。背中を向けると、後ろ手に拘束された手首を衆人の前に晒した。「楓は私を抵抗できないようにするために、これを……」血に濡れた手錠が、おぞましい光を放っている。必死の抵抗で手首は深く切り裂かれ、肉が手錠に食い込み、めくれ上がった箇所もある。痛々しい光景に、見る者の胸が痛んだ。手首の裂けた皮膚の下からは、白い骨さえ覗いていた。「まあ!」来賓たちからは悲鳴に似た声が漏れ、非難の言葉を飲み込んだ。あまりにも惨いありさまだった。夕月は無表情のまま黙っていた。後ろ手に拘束された状態で楓を気絶させられるほどの力があるのなら、そもそも楓如きが冬真に手錠をかけられるはずがない。おそらく、自分で手錠をはめたのだろう。涼も同じことを考えていた。明らかに冬真は全ての責任を楓に押し付けようとしている。桜都で最も楓を庇ってきた人物さえ、もう彼女を見捨てたのだ。今夜のうちに、楓が冬真に薬を盛って暴行しようとした話は、桜都中に広まることだろう。これまで楓がどんな非道を働いても、冬真が庇い立てしていた限り、桜都財界の御曹司たちは冬真の顔を立てて楓を容認してきた。だが今回ばかりは、楓は全てを失うことになる。今も床に倒れたまま、薬の影響か頬を紅潮させ、目を閉じて唇を舐めている。まるで甘美な夢でも見ているかの
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第382話

親しい者同士で頭を寄せ合い、囁き合う声が聞こえる。「桜都中が知ってる話よ。楓さんが橘社長に執着してるなんて。こんな公の場で勝負に出たのね。体面を保つために黙認すると思ったんでしょうけど、橘社長は決して屈しない方だもの!」「まったく頭が悪すぎる」ある者が嫌悪感を露わに首を振った。「橘社長が少しでも気があれば、姉の夕月さんが奥様になるわけないでしょう」夕月は藤宮の社員数人に指示を出した。「楓を下に運んで。救急車も来てるはずよ」社員たちが気を失った楓を抱え上げる。服は乱れたまま体の上に掛けられ、楓は首を傾げ、まるで甘い夢でも見ているかのような表情を浮かべていた。来賓たちは顔を背けながら、露骨な嫌悪感を示した。「橘社長」夕月が冷ややかな声で呼びかけた。その一言で冬真の目が輝きを帯びる。「救急車で病院へ行かれては?」明らかな退去命令だった。そもそも今日の調印式に、冬真は招かれてすらいなかったのだ。「楓と同じ救急車には乗らない」冬真は即座に拒否した。来賓たちは理解を示した様子で頷き合う。一度痛い目に遭えば、トラウマになるのも当然だと。「藤宮副社長、この手錠の鍵、探してくれないか」冬真は夕月に向かって言った。「では別の控室へどうぞ」夕月の声は冷たく響いた。*別の控室のソファに腰掛けた冬真の前に、夕月のアシスタントが現れた。「橘社長、鍵が見つかりました」アシスタントは慎重に手錠を外そうとした。傷口に触れないよう細心の注意を払いながら、冬真の手首から手錠を抜き取る。「夕月と二人で話がしたい」冬真は秘書に告げた。「橘社長……こんな怪我を負って、痛くないんですか?」秘書は冬真の手首を心配そうに見つめた。汗が顔に貼り付き、血の気のない蒼白な顔をした冬真は、「夕月に会わせてくれ!」と食い下がった。「申し訳ありません。副社長からは、怪我の治療を優先するようにとの指示が……あなたとお話しすることは何もないそうです」夕月は冬真が自分に会いに来ることを見越していたのだ。だが彼女には、もう冬真と言葉を交わす気などなかった。冬真は立ち上がり、部屋を出て行った。アシスタントは血に染まって暗赤色になった冬真のシャツの袖を見つめ、思わず目を背けた。冬真は歩き始めてすぐ、夕月が廊下に立って電話
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第383話

夕月は不思議そうに眉をひそめた。こんな馬鹿げた質問をするなんて、冬真らしくない。「橘グループの社長なんだから、自分を守る手段なんていくらでもあるでしょう。楓を潰すのと、あなたを潰すのと、どちらが簡単かぐらい分かるわ」楓に全ての罪を擦り付けた冬真の判断に、夕月なりの計算があった。あの場で二人とも共犯者だと暴露していれば、冬真と楓は結託することになっていただろう。それなら、冬真の手を借りて楓を追い詰めた方が得策だ。これで楓も大人しくなるだろう。悪くない展開だ。「桐嶋さんに手を出すのは、もうやめておいた方がいいわ」冬真は虚ろな笑みを浮かべた。袖口は血に染まっているというのに、夕月は一瞥すら寄越さない。「桐嶋をかばってはいるが、本当は私のことを想っているんだろう」まるで自分に言い聞かせるような口調だった。夕月が彼から目を逸らすのは、どう向き合えばいいのか分からないから。傷を負った彼を気にかけられないのは、もうそうする資格がないと分かっているから。そして、この状況を作り出したのは他でもない冬真自身なのだ。冬真が俯いて考え込んでいる間、夕月は優雅に目を回し、これ以上説明しても無駄だと思った。「夕月さん」涼が歩み寄り、夕月の隣に立った。冬真は涼を見た途端、眉間に深い皺を寄せた。涼の存在を完全に無視し、夕月だけに向かって言った。「藤宮グループの実権を握ったんだ。いつ桐嶋と別れる気だ?」夕月は一瞬動きを止めた。どうやら冬真は、自分と涼の関係が契約に基づくものだと知っているようだ。「元旦那様、立場ってものをよく考えたほうがいいんじゃないか?」涼は愉快そうに口角を上げた。冬真の片方の瞼が痙攣し、低い声で吐き捨てた。「桐嶋、その余裕もそう長くは続かないぞ!」「夕月さんが幸せになれるなら、この先もずっと余裕でいられるさ」涼は夕月に手を差し出した。夕月は涼の腕に手を添え、二人揃ってパーティー会場へと足を向けた。*豪奢なシャンデリアが柔らかな光を放ち、会場全体が金色に輝いていた。グラスの中で琥珀色の液体が揺れ、灯りを受けて妖しく煌めいている。「カンッ」夕月と涼のグラスが優雅に触れ合う。「今回は橘のおかげで、藤宮楓もしばらくは大人しくなるだろうな」涼の瞳が温かな光を湛えている。
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第384話

涼が隣に座り、夕月を家まで送ることになっていた。普段の凛とした夕月の瞳は今、薄い霞がかかったように潤んでいる。彼女は何かを思い出したように携帯を取り出し、電話をかけた。「はい」橘凌一の涼やかな声が耳元に響き、アルコールで熱くなった神経を清流のように洗い流していく。「先生、藤宮テックの支配権を手に入れました」夕月の声は弾んでいて、まるで子供のように凌一に自慢げに報告していた。「先生」という呼び方を耳にして、涼のまつ毛が微かに震えた。凌一と話しているのか。涼は夕月の方を見やった。受話器からは渓流のように冴えた声が響いてきた。「今日の冬真の藤宮テックでの行動は把握している」夕月は口元を緩ませた。「楓を追い詰めてくれたのは助かりました。でも、許すつもりはありません。本当の標的は桐嶋さんだったんですから!」自分の名前が出たのを聞いて、涼の口元が耳まで届きそうなほど大きく綻んだ。「邪魔なら、南蛮国の支社に異動させることもできるが」凌一が言った。夕月は喉から柔らかな笑みを漏らした。「今はいいわ。もう少し、からかって遊びたいの」「楼座雅子のプロジェクトを引き継いで、量子科学部門も手に入れたわ。橘グループは楼座グループのパートナーでしょう?ビジネスの世界で、橘冬真が私に敗れる姿を見せてあげるわ」そう言いながら、夕月の瞳が少し冴えてきた。「いつか橘が南蛮国に行くとすれば、それは彼自身の意思でなければならないわ」凌一は何も言わず、受話器からは呼吸音だけが聞こえてきた。「先生?」「七年前のお前が、戻ってきたようだな」凌一の声が耳に染み入る。夕月は肩をすくめ、耳が熱くなるのを感じた。ふと何かを思い出したように続けた。「来週、桜井幼稚園で発表会があって、瑛優が出るんです。星来くんが興味あれば、誘ってあげたいんですけど」「ああ、星来に伝えておこう」「夕月、もう三分も俺のこと無視してるよ~」涼の声が甘ったるく響いてきた。夕月が思わず振り向くと、涼の潤んだ瞳が待ちわびたように見つめていた。まるで寂しげな大型犬のように、撫でてもらうのを期待している様子だった。その眼差しに、胸の中がふわふわと温かくなり、夕月の頬が一気に紅潮した。「あ~凌一さんと電話してたの?気にしないで気にしないで~外の
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第385話

「おやすみなさい」夕月は慌てて返事をした。電話が切れ、夕月は携帯を置くと、涼の方を向いて頬をつねろうとした。ところが涼の肌は想像以上に引き締まっていて、つねろうとしても肉がつかめない。涼が顎を上げたせいで、夕月の指は彼の顎を摘むような格好になった。まるで良家の亭主を誘惑するような仕草だった。「私がどこでお年寄り虐待してるのよ。それに先生、あなたとそんなに歳変わらないでしょう?先生がお年寄りなら、あなたは何になるのよ?」涼は夕月の白く細い手首を握ると、自分の頬を彼女の手のひらに擦り寄せた。「俺は今が旬の若者だよ。凌一さんなんて車椅子に座ってばかりで、体力ないじゃん~」そう言いながら、黒ぶどうのように艶やかな瞳を輝かせた。「電話、邪魔しちゃった?ごめん、もう二度としないよ。ただ夕月さんと話したくて仕方なかったんだ」夕月は喉の奥で笑みを漏らした。「先生に嫉妬しないの。ただの恩師よ」「はいはい、彼女さん」涼はあっさりと答えた。「君の言うとおりに」夕月は深いため息をつく。密閉された車内で、息苦しさを感じ始めていた。運転手がマンションの前で車を止めると、涼は横を向き、椅子の背もたれに寄りかかって目を閉じている夕月を見た。「夕月さん、着いたよ」優しく呼びかける声は、眠りを妨げたくないかのようだった。「うん……」夕月は曖昧な返事を返したが、目を開ける気力はなかった。酔いと疲れで、頭の中がとろけそうになっていた。「送っていこうか」涼はドアを開け、夕月の腕を支えた。重たい瞼を開けた夕月は、目尻を擦りながら大きな欠伸をした。「藤宮グループの件も一段落ついたし、ゆっくり眠りたいわ」「ああ」涼は応じた。夕月は気づかなかったが、彼の表情が暗く沈んでいた。「ここまででいいわ」階段の下で立ち止まった涼は、突然尋ねた。「俺との関係、いつ終わらせるつもりなの?」夕月が一瞬固まったその時、涼が突然数歩前に踏み出した。慌てて後ずさる夕月を、涼は壁際まで追い詰めていった。逃げ場などなかった。初めて夕月は、涼から檻から解き放たれた猛獣のような危うさを感じた。彼女の前でこれほど強引な一面を見せるのも初めてだった。熱い吐息が頬に降りかかる。階段の照明が不意に暗くなった。お互いの姿が見えづらくなったこ
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第386話

「明日から、君を本気で口説いてもいいかな?いつか、正式な関係になりたいんだ」暗闇に表情は隠れていたが、二人の距離は近く、互いの息遣いが耳に届いた。夕月が顔を上げると、闇の中で涼の瞳だけが鋭く光っていた。返事のない沈黙に、涼の呼吸が止まりかけた。断られるのか?夕月の頭の横についた手の指が、ゆっくりと内側に丸まっていった。エレベーターのドアが開き、差し込む光が夕月の横顔を照らし、涼の視界も明るくなった。壁に寄りかかった夕月の唇が緩み、瞳に笑みが灯った。彼女には分かっていた。涼の性格からして、自分から別れを切り出すはずがない。この男は受け身から攻めに転じようとしているのだ。契約恋愛では二人の関係が停滞してしまう。彼はそれで満足するはずがなかった。涼が何か言おうとした時、強い影が迫ってきた。エレベーターから出てきた天野は、夕月が涼の腕の中に囲われているのを目にした。天野の表情が一瞬で曇った。「おい!」不機嫌な声を上げる。涼は天野を見向きもせずに言い放った。「何だよ。彼氏が彼女にキスしてんだろ?邪魔すんな」天野の眼差しは刃物のように鋭く、目の前の男を切り裂かんばかりだった。「お前と夕月は契約関係だろ!」涼は鼻で笑った。「明日からは違うね」天野が固まる中、涼は夕月の髪を指に絡め、絹のように冷たい毛先に愛しげな口づけを落とした。「おやすみ、俺の彼女」深い海のような瞳で見つめられては、誰だって溺れてしまいそうだった。涼は一歩下がって言った。「お義兄さん、一緒に帰ろうよ」天野が今ここにいるのは、夕月が遅くなる時は瑛優の面倒を見る担当だからだ。最近は瑛優と発表会の練習をしていて、二人で過ごす時間も増えていた。さっき上階から涼の車が止まっているのを見かけて、夕月が絡まれているんじゃないかと心配になり、迎えに降りてきたのだ。「誰がお前なんかと……さっさと消えろ」天野の声は冷たかった。彼の目には、さっきの涼の行動が軽薄な色事師と変わらなく映っていた。今すぐにでも涼を放り出してやりたい気分だった。「もう帰って」夕月が言った。「じゃあ、帰るよ」涼は愛しげな眼差しを引き剥がすと、天野の方を向いた途端、鋭い光を帯びた瞳から温もりが消え失せた。「お義兄さん、俺がいない間に夕月と長居し
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第387話

「桜都中の噂になってるわ!藤宮グループで楓と薬を飲んで、二人して……ほら見なさい!私が入ってるグループ全部で、あなたと楓の動画や写真が出回ってるのよ!」大奥様は携帯を冬真の目の前に突き出した。画面には、顔を腫らした楓が床に倒れている写真や動画が、各グループで拡散されているのが映っていた。おそらく入り口で様子を伺っていた来客たちが、こっそり撮影したものだろう。投稿者たちは皆、名の知れた財閥関係者ばかり。そのため、これらの写真には一定の信憑性があった。すでに何度も転送され、発信源を特定するのは難しい状況だった。写真や動画の大半は楓が映っているもので、冬真の姿が映っているのは、ぼんやりとした数秒のシーンだけだった。冬真は大奥様に携帯を返した。「楓とは何も起きていないと、すぐに発表させます」「あの女と何もなければいいのよ!桜都じゃ、うちの嫁になりたがってる令嬢がゴマンといるのに。ふん、藤宮の連中なんて、靴の紐を結ぶ資格もないわ!」階段を上がりかけた冬真は、突然足を止め、背を向けたまま言い放った。「母上、藤宮家の悪口は二度と聞きたくない」「冬真、今なんて?」大奥様は目を丸くして問い返した。冬真は拳を強く握り締めた。手首の傷は縫合され、包帯で巻かれているものの、少し力を入れただけで痛みが走る。着替えてから帰ってきた冬真からは消毒液の薄い匂いしかせず、大奥様は息子の手首の怪我など知る由もなかった。「夕月は悠斗の母親だ。孫の祖母である母上が、藤宮家を貶めるのは許さない」冬真は深いため息をつき、続けた。「楓や盛樹さんのことは言っても構わない。だが藤宮家は駄目だ。それは夕月を貶めることと同じだから」「夕月を貶して何が悪いの?」大奥様は思わず口走った。その瞬間、冬真が振り向いた。刃物のような鋭い眼光が大奥様の喉元に突き付けられ、彼女は声を失った。冬真から放たれる威圧感に、大奥様は息子の怒りを肌で感じ取った。「……彼女は俺の妻だ」冬真はそう言い放つと、階段を上がり続けた。悠斗は慌てて車椅子を回転させ、父に見つからないうちに自室へと逃げ込んだ。階段下に立ち尽くす大奥様は、息子の言葉を咀嚼するうちに、壁に手をつかなければならないほど動揺していた。もう片方の手が胸の痛みを押さえる。「まさか……」目を
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