誰かが近づいてきて、冬真の耳元で囁いた。「社長、藤宮副社長が個別にお話がしたいとのことです」知らせに来たのは、夕月のアシスタントだった。冬真は一瞬硬直した。周囲を見渡すと、夕月の姿はもうそこにはなかった。「夕月は、どこに?」アシスタントが応える。「副社長は外のオフィスでお待ちです。こちらへどうぞ」冬真はアシスタントの後に続いた。先ほどまで大勢の前で、夕月は彼に一言も余計な言葉を掛けず、一瞥すら寄越さなかった。それが今になって、二人きりの場所へ呼び出す?思いが巡るにつれ、冬真の呼吸が荒くなった。やはり彼女は、男に媚びを売る尻軽女だ。桐嶋の前では知らんぷりを決め込み、こうして密会を持ちかけてくる。夕月という女の男関係は、もはや冬真の想像をはるかに超えていた。離婚したのも、好き放題やりたい放題するためだったのか。なんて破廉恥な!桐嶋に鹿谷、両方の男を手玉に取って……もしかしたら、結婚していた時から、誰かと不倫でもしていたのではないか。そう考えた途端、冬真の胸が更に締め付けられた。巨大な岩が胸を塞ぐように、心臓が痛むほどの重圧と息苦しさに襲われた。ボーイがドアを開け、冬真を中へと案内した。ドア前に立ったまま、冬真は思いを巡らせた。もし夕月が折れて許しを乞うてくるなら、桐嶋とも鹿谷とも、きっぱり手を切らせてやる。もちろん、それは彼女が自分の元に戻って償いをする覚悟があってこその話だ。そうすれば、過去は水に流してやってもいい。「社長、どうぞお入りください。少々お待ちいただけますでしょうか」妄想に耽っていた時に声を掛けられ、冬真は考える間もなく言われるがままに部屋の中へ入った。扉が閉まる音を聞いた瞬間、我に返った。辺りを見渡すと、部屋の中には誰もいなかった。先ほど夕月のアシスタントは何と言っていたっけ?待っていろ、と?わざわざ呼び出しておいて、待たせるとは何たることか。夕月め、態々意地悪をして自分を試しているつもりか。とはいえ、今日は藤宮テックの正式な買収の日だ。夕月にも多くの用件があり、会わなければならない人間も大勢いるはずだ。それでも自分との単独会談の時間を作ってくれたのだから、少し待つくらいは構わないか。ソファに腰を下ろした冬真は、眉間に皺を寄せ、虚ろな瞳で空を見つめ
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