黒髪は月型の七宝焼きのヘアアクセサリーで後ろに纏め、黒い房飾りの簪で留められていた。房飾りは髪と同色で、違和感なく溶け込んでいた。ライトグレーのウエストフィットスーツに、ゆったりとしたパンツ。黒のローヒールが床を踏みしめる足取りは、力強く安定していた。藤宮グループの社員たちには、夕月の凛とした姿は見慣れたものだった。「副社長!」熱心な挨拶が飛び交う。しかし、招かれた財界人の多くは、藤宮テックのトップに上り詰めた夕月を初めて目にする。遠巻きに観察の目を向けながら、ささやき合う声が聞こえた。「大学も出ずに結婚して、よく副社長になれたものね。七年も橘家のお嫁さんだったのに、藤宮テックの株主たちはどう考えているのかしら」「そうよね。藤宮テックの内部がもう底をついているってことでしょ。倒産も時間の問題ね」と別の声が同調した。「後継者を子供から選ぶなら、藤宮楓の方がまだマシだったわ。少なくとも盛樹さんの元で育って、橘社長の幼なじみでもあるんだから」「そう!ビジネスは人脈が全てでしょう。テストの点数じゃないわ。楓さんの方が桜都での人脈も広いのに……でも困ったことに、楓さんは正義感は強いけど頭が回らない。まさか実の父親のスキャンダルを公にするなんて」声を更に潜めて、「聞いた話だと、楓さんはハメられたらしいわよ」「えっ?藤宮家の次女に罠を仕掛けるなんて、よくそんな度胸があるわね」「この件の後、誰が得をしたか考えてみなさいよ。夕月さんは頭はいいのよ。でも、その頭を実の家族を陥れることに使うなんて……きっと天罰が下るわ」彼らが噂話に興じている近くで、制服姿の男性が携帯を取り出し、その面々の名前をメモしていた。涼からの指示は明確だった。招待客の中で夕月に敵意を示す者がいれば、全て記録し、後日一人一人潰していくと。*涼が振り返ると、夕月が歩み寄ってくる姿が目に入った。彼の唇が緩み、満面の笑みを浮かべた。その表情から溢れ出る輝きは、まるで太陽のように眩しかった。湖面のように潤んだ瞳に光が差し込み、夕月を見つめる眼差しには、深い愛情が滲んでいた。夕月は涼の胸元に視線を落とし、小さく安堵の息を漏らした。「これ、あなたに持ってきたの」ポケットから取り出したのは、高級感漂う四角いベロア調の箱。開けると中から、ターコイズ
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