All Chapters of 男聖女は痛みを受け付けたくない: Chapter 31 - Chapter 40

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第三十一話 変わらぬ距離

◆◆◆◆◆ 部屋に、静かな沈黙が落ちた。 紅茶の香りだけが微かに漂う空間で、遥は冷めたカップを見つめたまま思考を巡らせる。 コナリーの言葉を否定したのは自分だった。 それなのに、彼が自分から離れていくのではないかと、不安に駆られている。 (……何を考えてるんだ、俺。) 遥は内心で自分を叱咤した。 自分が答えを出したのに、コナリーの気持ちが遠のくことに怯えるなんて、都合が良すぎる。 けれど、さっきのコナリーの表情を思い出すと、胸の奥が冷たくなった。 (……なんで、そんな顔するんだよ。) 普段と変わらぬ穏やかな表情。 それなのに、その奥には何かを押し殺したような、冷えた影が見えた気がした。 遥が「俺より大事な人ができたら」と言ったとき、コナリーの瞳がわずかに揺れた。 けれど、彼はそれ以上何も言わず、ただ静かに頷いた。 それが、妙に引っかかった。 (なんか……このまま距離が開いていく気がする。) 無性に焦りを覚えた遥は、何か話題を変えようと口を開いた。 「なあ、ハリーと夏美に何かプレゼントを贈ろうと思うんだけど。」 不意に投げかけた言葉に、コナリーがわずかに眉を上げた。 「プレゼント、ですか?」 「ああ。婚約のお祝いにさ。」 遥は、努めて軽い調子を装いながら言った。 
last updateLast Updated : 2025-03-11
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第三十二話 王族の温室

◆◆◆◆◆  朝の光が窓から差し込み、遥の部屋を静かに照らしていた。 ぼんやりと目を覚ました遥は、ぼんやりと天井を見上げながら、昨夜の出来事を思い出す。 左手を持ち上げると、薬指に嵌まったままの赤い指輪が目に入った。 「……やっぱり、外れないか。」 小さく息を吐き、指輪をじっと見つめる。試しに引っ張ってみるが、びくともしない。 (どうするかな……このまま放っておいていいわけないし、ルイスと対策を考えないと……) そんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が響いた。 「遥、起きているか?」 ルイスの声だった。 「起きてる。今開けるよ。」 遥は素早く寝台から降り、扉を開ける。しかし、その瞬間―― 「……手袋を忘れているな。」 ルイスが低く指摘する。 遥は一瞬きょとんとした後、慌てて左手を隠した。 「えっ、あ、しまった……!」 昨夜、ルイスから“指輪を隠すために手袋を常に着用するように”と厳しく言われていたことを思い出す。 「ちょ、待って、取りに――」 言い終わる前に、ルイスの手が伸び、遥の腕を軽く引いた。 「いい、こっちに来い。」 驚く間もなく引き寄せられ、思わずルイスの胸元にぶつかる。 「お、おい!」 「お前がまた忘れると思
last updateLast Updated : 2025-03-12
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第三十三話 封印の記憶

◆◆◆◆◆  温室の静寂を破るように、赤い宝石が微かに光を放つ。 遥は反射的に息を呑み、ルイスもまた鋭い眼差しで指輪を見つめた。 「……触れてもいいか?」 ルイスが静かに問いかける。 遥は一瞬ためらったが、ここまで来たのなら試すしかないと覚悟を決め、そっと手を差し出した。 ルイスの指がゆっくりと指輪に触れた瞬間―― 視界が赤く染まった。  ◇◇◇ 「カイル……僕たちは、本当にここに閉じ込められるの?」 冷たい石の床、天井まで届く巨大な魔法陣。 その中央に、二人の少年が座り込んでいる。 遥は息を呑んだ。 (また……この光景……!) 兄カイルと、弟アーシェ。 王家の命によって封印され、ゆっくりと石化していく二人。 カイルは静かに座したまま、まるで運命を受け入れるかのように動かない。 一方のアーシェは、必死に魔法陣を破ろうとしていた。 「……どうしてこんなことに……!」 アーシェは震える声で呟いた。 「お祖父様が僕たちを封印しようとしてる。あんなに可愛がってくれていたのに…どうして」 「お祖父様は王として決断されたんだ。」 カイルの低い声が響く。 「俺たちが異能を持っ
last updateLast Updated : 2025-03-14
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第三十四話 封じられた歴史

◆◆◆◆◆ 王城の奥深く、限られた王族しか立ち入ることを許されない 王家の宝物庫。その前には、二人の近衛兵が静かに立っていた。 ルイスは無言で腰から鍵を取り出す。王族の中でも限られた者だけが持つ、宝物庫を開くための鍵だ。その動きを見て、近衛兵たちは敬礼する。 「ルイス殿下、開門なさいますか?」 「私と聖女が中に入る。しばらく誰も近づけないように。」 「かしこまりました。」 近衛兵が一歩退くと、ルイスは鍵を差し込み、重厚な扉を押し開いた。冷たい空気が流れ出し、遥は静かにその中へ足を踏み入れる。 ◇◇◇ 室内はしんと静まり返っていた。 燭台の揺れる光が、無数の書棚を淡く照らし出す。そこには羊皮紙や木簡、古びた書物がぎっしりと詰め込まれ、時間の流れを感じさせる重厚な雰囲気が漂っていた。 遥は思わず息を呑む。 「すごい……。」 「王家の歴史が記された書物が収められている。古いものは数百年前のものもある。」 ルイスは淡々と説明する。 「……アーシェとカイルの記録もあるかもしれない?」 「それは分からない。」 ルイスの声には期待を抱かせまいとする冷静さがあったが、遥はその奥にある緊張を感じ取った。 二人はそれぞれ書架に目を向け、古びた書物を慎重に開いた。  --- ◇◇◇ 王族の家系図が記さ
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第三十五話 王家封印庫への許可

◆◆◆◆◆  王太子アドリアンの部屋の前に立つと、中から女性の怒声が響いてきた。 「貴方が謹慎状態のせいで、私の扱いは散々よ! 分かってるの!? しっかりして、アドリアン!」 「……うるさい。黙れ、沙織。」 冷めた声が返される。 「部屋に閉じこもっていないで、謹慎処分が解けるように動いてよ!」 「いい加減にしろ!」 激昂するような怒鳴り合いに、遥とルイスは扉の前で立ち往生する。衛兵たちも互いに視線を交わし、どうしたものかと困惑している様子だった。 やがて、ドンッと乱暴に扉が開いた。 部屋から飛び出してきたのは、王太子の契約聖女・沙織だった。彼女は怒りに頬を紅潮させ、扉の方へと険しい表情で振り返る。 「もう、いいわ! どうなっても知らないから!」 そう吐き捨てると、彼女は勢いよく踵を返した。だが、そこにルイスと遥が立っていることに気づくと、一瞬驚いたように足を止め――すぐに遥を鋭く睨みつける。 「……王太子に何の用?」 「……別に、お前とは関係ない話だ。」 遥は冷たく答えた。 沙織は遥をじろりと一瞥し、苛立たしげに鼻を鳴らすと、そのまま何も言わずに去っていく。その態度には明らかに不満が滲んでいた。 (……相変わらず、嫌な奴。) 遥は軽くため息をつき、去っていく沙織の背中を見送った。 「兄上、話があります。」 
last updateLast Updated : 2025-03-17
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第三十六話 封印された歴史の扉

◆◆◆◆◆ 王城の奥深くにある 王家封印庫――そこは、王族の中でも王と王太子のみが自由に出入りできる、最も秘匿された記録が眠る場所だった。 石造りの回廊を抜け、分厚い扉の前に立つと、アドリアンが懐から鍵を取り出す。それは、繊細な装飾が施された金の鍵だった。 「王と王太子のみが持つことを許された鍵だ。」 そう言いながら、アドリアンは鍵を差し込み、ゆっくりと扉を押し開いた。 ギィィ…… 長い年月、閉ざされていた扉が重々しく軋み、奥の冷たい空気が流れ出してくる。 遥は思わず息を呑んだ。 目の前には、王族の歴史を刻むように並ぶ、無数の書物があった。羊皮紙や木簡、古代文字で記された記録の数々――その光景に、遥の胸は高鳴る。 「……ようこそ、ルミエール王家の最も秘匿された歴史へ。」 アドリアンは皮肉げに笑いながら、扉の向こうへと足を踏み入れた。ルイスもその後に続き、最後に遥が一歩を踏み出した。   ◇◇◇ 封印庫の中は、広大な書架が連なる図書館のようだった。ただし、通常の書庫と違うのは、その場に漂う異様な静けさと、長年触れられていない気配だった。 「すごいな……」 遥は無意識に呟く。 ルイスは無駄のない動作で奥へ進み、目的の記録があると推測される区画へと向かった。 「ここには、王家が封印した記録が保管されているはずだ。」 「…
last updateLast Updated : 2025-03-18
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第三十九話 逃亡の決意

◆◆◆◆◆  封印庫を飛び出し、王城の廊下を駆け抜ける。 遥は走りながら息を切らせた。 「ちょっ……どうするの……!?」 「このまま城を出る!」 ルイスの声には迷いがなかった。 廊下に響く二人の足音。追いかけてくる兵の声はまだ聞こえないが、時間の問題だった。 遥の胸は激しく鼓動する。 (アドリアンが王に報告すれば、俺は……) 遥は 石化封印 されるかもしれない。そして、ルイス自身も 異端者 として処分される可能性が高い。 それを考えると、足がすくみそうになる。 (だったら……もう、行くしかない!) 遥は迷いを捨て、ルイスの手を強く握った。 「魔界領に行く!」 遥の声は王城の静寂を切り裂くように響いた。 「南の神殿で、王国の真実を明らかにしたい!」 ルイスは驚いたように遥を見た。 その瞳には、迷いのない決意が宿っている。 「……お前、本気か?」 「もちろん! 行こう、ルイス!」 遥は力強く頷いた。 ルイスも深く息を吐くと、しっかりとした声で応じる。 「分かった。行こう、遥!」 彼は遥の手を引き、さらに廊下を駆けた。これまでのような、ただ王族として生きる日々ではない。 この決断が、彼の人生を
last updateLast Updated : 2025-03-21
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第四十話 決意の脱出

◆◆◆◆◆王城の空は、茜色から深い群青へと変わりつつあった。沈みゆく夕日が城に影を落とし、灯火がひとつ、またひとつとともる頃――城内には怒声が響いていた。「ルイス殿下と聖女が逃亡! 城門を封鎖しろ!」「全通路に兵を配置しろ! 捕らえるまで止まるな!」王太子アドリアンの命令のもと、王城は緊張と混乱に包まれていた。だが、その中を――ふたりの影が駆け抜ける。「遥、あと少しだ……!」ルイスは遥の手を取り、王城の奥へと走っていた。「うん……!」息を切らしながらも、遥はその手を離さず走る。目指すは馬小屋、そして裏手にある荷馬車搬入口。唯一の脱出経路だった。廊下の窓からはすでに光が消え、月明かりが淡く差し込んでいる。城の影が深く伸び、夜の帳が降りようとしていた。そのとき、鎧のこすれる音が近づいてくる。「そこだ! ルイス殿下を逃がすな!」兵士たちが剣を抜き、一斉に駆け寄ってきた。「……っ!」ルイスは遥を庇うように立ち塞がり、剣を抜いて前に出る。「王族に刃を向けるつもりか?」だが兵たちは構えたまま、躊躇いながらも口を開いた。「殿下……申し訳ありませんが、今や殿下は反逆者と認定されています!」ふたりが追い詰められ、剣を向けられたその瞬間――キンッ!鋭い金属音が鳴り響き、兵士の剣が吹き飛んだ。「……?」遥が振り返ると、そこに現れたのは――コナリーだった。銀の鎧に身を包み、騎士剣を構えた姿。だがその右手はわずかに震え、表情には見えぬ焦りが滲んでいる。(……やはり、完全には戻っていない)魔王討伐の最終局面。コナリーは王太子の命で、石化した魔王を砕き続けた。剣が砕けた後も、素手で叩き続けるよう命じられた。砕き続けた代償として、両手の指と関節は変形し、今も強く剣を握ることができない。騎士として剣は携えるが、かつてのように振るうことはできない。それが、今の彼だった。「コナリー卿、裏切る気か!?」兵士の一人が叫ぶ。だが、コナリーは一歩も退かず、毅然とした声で答える。「私は、聖女に仕える騎士です。それが、私の誇りです」「コナリー……!」遥が息を呑みながら彼を見つめる。「命令を、遥」その声に、遥は力強く頷く。「ルイスと一緒に、魔王領へ向かう! 魔王の秘密を解き明かすために!」「承知しました」コナリーは再び剣を構え直す――だが、
last updateLast Updated : 2025-03-23
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