All Chapters of 男聖女は痛みを受け付けたくない: Chapter 71 - Chapter 72

72 Chapters

第七十一話 異能のない世界で

◆◆◆◆◆魔力の名残すら残らない封印の間に、しんとした静寂が戻っていた。だがそれは、かつての重苦しい沈黙ではない。どこか安堵を含んだ、世界の再生を告げる静けさだった。光がすべてを洗い流したあと、ルイスは静かに自らの掌を見つめていた。そこに感じるべき力は、もうどこにもなかった。異能も、魔法も――すでに失われていた。「……本当に、消えたんだな。異能が……魔法が」低く呟いた声は、実感の滲むような戸惑いと、かすかな寂しさを含んでいた。呟いた声はかすかに掠れ、喉の奥で迷っていた。それでも彼は顔を上げ、まっすぐに遥たちを見た。「俺は……王として国を導けるのだろうか。異能も、加護もないただの人間として――」その言葉に、誰もすぐには答えられなかった。コナリーですら、厳しい現実を見据えるように静かに視線を落とす。遥はそっとコナリーに下ろしてもらうと、ためらいのない足取りでルイスのもとへ歩み寄った。そして、静かに彼の掌に触れる。「……たとえ力がなくなっても、ルイスは変わらないよ。優しさも、強さも」その言葉に、ルイスは目を伏せ、小さく息を吐いた。そう言った遥の声は、どこかすべてを包み込むような大きな優しさに満ちていた。ルイスは目を細め、微かに息を吐いた。その表情には、不安が滲んでいたが、それでも前を向こうとする確かな決意が宿っていた。そんな彼の背に、そっと手を添えたのはノエルだった。親しげな仕草で、まるで「大丈夫」と伝えるように。一方で、遥とコナリーの間にも変化があった。聖女としての力を失い、契約の魔法も、痛みの共有も、本当の意味ですべてが断たれていた。それは、ふたりを結んでいた“役割”の終わりを意味している。それでも――遥は振り返り、まっすぐにコナリーを見た。そして、ためらいなく彼の胸に飛び込む。「もう、契約で繋がってなくても、俺はコナリーのそばにいたい」その一言が、すべてだった。コナリーは、ほんの一瞬だけ目を見開き、そして静かにその身体を抱きとめた。かつてよりもずっと、自然に、あたたかく。「ありがとう、遥。……それだけで、十分です」ふたりは互いの体温を確かめるように、しばらくそのまま動かなかった。やがて――かつて“魔界”と呼ばれた土地から、異能の濁流はすべて消え去った。黒き瘴気は浄化され、むしろ豊かな大地と
last updateLast Updated : 2025-07-14
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最終話 それぞれの未来へ

◆◆◆◆◆季節はめぐり、新緑が風に揺れる朝だった。遥は、王城の正門の前に立っていた。朝の光に照らされた白亜の城壁はどこか静かで、けれど凛としていた。大理石の塔と赤い屋根瓦が連なる王城は、長い歴史とともにこの国を見守ってきた。門の内側には美しく手入れされた庭園が広がり、咲き誇る花々の向こうに玉座のある塔が見える。王城を出る最後の朝。遥は、背に大きな荷を担ぎ、静かに門を見上げていた。ここから――新たな旅が始まる。聖女という役割は、もう過去のものだ。これからは、自分の意志で選んだ道を歩いていく。「……本当に行くんだな」背後から、少し寂しげな声が響いた。振り向けば、そこに立っていたのは――ルイスだった。かつては王子、そして今はこの国の王。だがこの瞬間だけは、誰よりも一人の男の顔だった。「うん。遺跡の調査依頼をこなしながら、世界中を巡るつもりだよ。ノエルの伝手で隣国の遺跡にも行けることになったし、楽しみで仕方ないんだ。どんなお宝アイテムが眠ってるか、今からワクワクしてる」「……すっかり、トレジャーハンターだな」冗談めいた口調とは裏腹に、ルイスの瞳には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。「まさか異世界で、こんな肩書きを手に入れることになるなんてね」遥は照れくさそうに笑いながら、背中の荷を軽く叩いた。「ゲームじゃレアアイテム狙いでひたすらダンジョンに潜ってたけど……まさか現実になるとは思わなかった」ルイスは小さく笑いながらも、わずかに表情を曇らせた。「元の世界から聖女を召喚した我が国には、君たちを保護する責任がある。貴族の称号を得て、この国に残った者もいる。……遥にも、穏やかな人生を歩んでほしかったが」遥は一拍置いて、真っすぐに言葉を返す。「心配かけてごめん。でも、俺の選んだ道なんだ。後悔はしてないよ」ルイスはその言葉に静かに笑みを返す。「いや、君らしい生き方だ。……まあ、一人でトレジャーハンターをすると言ったなら、私の部屋に閉じ込めてでも行かせなかったと思うがね」「俺を閉じ込めるつもり?」遥がいたずらっぽく笑い、ルイスもつられて微笑む。そこへ、地図と筆記用具を詰めた鞄を背負ったノエルが、駆けてきた。「遥さん、準備できたよ! 最初に行く遺跡はここにしようよ。絶対に古代の秘密が眠ってるはずだから!」彼は興奮した様子で、
last updateLast Updated : 2025-07-15
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