All Chapters of 男聖女は痛みを受け付けたくない: Chapter 51 - Chapter 60

62 Chapters

第五十一話 封印へと続く刻印

◆◆◆◆◆  「……やっぱり鍵がかかってる」 重厚な金属の扉の前で、遥が取っ手に手をかけて押してみた。微かな振動と共に、内部で何かががっちりと噛み合っている感触が伝わる。 「見て。この装飾に仕掛けがある」 ノエルが扉の中心にある幾何学模様を覗き込みながら、ぽつりと呟いた。 「……思い出した。昔、一度だけ祖父に連れられてこの前まで来たことがある。中には入れてもらえなかったけど、祖父がこの扉を開けるのを、横で見てたんだ」 懐かしむような声でそう言いながら、ノエルは小さく頷いた。 「扉の仕掛けを解除するのに、少し時間をもらえる?」 「危険はないのか?」 すかさずルイスが問いかける。ノエルは微笑んだ。 「大丈夫。祖父の動きを真似て何度も練習してたから」 そう言うと、ノエルは工具袋を取り出し、しゃがみ込む。小さな金属ピンを差し込みながら、複雑な噛み合わせの中で音を拾っていく。 「“記録できない歴史は、物に宿る”。祖父の口癖だった。ここには、そんなものが眠ってるんだと思う」 ノエルの言葉を背に、遥は手にした革表紙の手帳を開いた。古代語と現代語が交互に記された記録。時折、簡素な図やスケッチが挿まれている。 ――“封印の地より搬出された石材、地下収蔵室にて保管中”―― その記述に、遥の指先が止まる。 「……あった。
last updateLast Updated : 2025-04-11
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第五十二話 名を呼ぶ声

◆◆◆◆◆  白い光に包まれた遥の身体は、重力を失ったようにふわりと浮かんでいた。 耳鳴り。心臓の鼓動だけが、遠く、そして近くで響いている。 どこまでも白く、静かで、何もない空間――そう思った瞬間、足元に確かな感触が戻ってきた。 視界がゆっくりと色を取り戻し、遥は固い石の床に降り立っていた。 (……ここは……?) ひび割れた柱。崩れかけた天井。冷たい空気と、どこか祈りのような静けさ。 古い――それだけは、確かに感じられた。神殿のようでありながら、重く沈んだ哀しみが空間全体を覆っている。 遥の視線が、ゆっくりと前方に向かう。 その先に、ひとりの少年が膝をついていた。 肩まで伸びる銀の髪。淡い光に照らされたその背は、今にも崩れそうなほど儚く見えた。 腕の中には―― 灰色に変わり果てた、石と化した少年が、静かに抱かれていた。 (……魔王、アーシェ……) 遥は息を呑んだ。 これまで指輪を通して感じていた気配。それが今、こうして目の前で呼吸をし、何かを見つめている。 アーシェの顔は穏やかだった。けれどその表情には、耐えるような哀しみが滲んでいた。 「……カイル……目を……覚まして……」
last updateLast Updated : 2025-04-12
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第五十三話 始まりの記憶へ

◆◆◆◆◆  白い光に包まれた遥の意識は、深い場所へと沈んでいく。 ふと気づけば、そこには誰の気配もなく、音も色もない、静謐な白の空間が広がっていた。柔らかな空気に包まれながら、遥はぼんやりと立ち尽くす。 「……ここは……どこだ?」 思わずつぶやいた声は、不思議と反響もなく、空間に溶けていった。 「記憶の中だよ。君と僕の、そして……もっと古い誰かの記憶」 静かな声が後ろから届く。 遥が振り返ると、そこに立っていたのはアーシェだった。白い空間のなかに銀の髪が揺れ、彼の赤い瞳だけがはっきりと色を帯びて見えた。 「アーシェ……?」 「うん、僕だよ。驚かせたならごめん」 アーシェは柔らかく微笑み、静かに歩み寄ってくる。 「この空間は、僕たちが繋がったときに広がる、記憶の断層のようなもの。君が“触れた”ことで、過去への道がひらかれた」 「……過去って、誰の?」 「僕の……そして、僕がかつて触れた“彼ら”の記憶」 アーシェは、手のひらをゆっくりと空に向けて掲げた。すると、白い空間に金の粒子が舞い上がり、やがてふたつの人影が形を成していく。 ――それは、石像だった。 王の石像は、背筋をまっすぐに伸ばし、鋭くも静かな眼差しで前を見つめている。威厳に満ちたその顔は、今にも動き出しそ
last updateLast Updated : 2025-04-13
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第五十四話 出会いと契約

◆◆◆◆◆  異世界に召喚された青年は、柔らかな光の中で目を覚ました。 足元に広がる幾何学模様の魔法陣。周囲を囲む異国の石造りの柱。高い天井には、見たことのない金属細工と文様が描かれていた。 「……は? あれ、これって……」 黒髪の青年は上体を起こし、天井を見上げたまま呆然とつぶやく。 「この構図、テクスチャ素材、光源処理……完全に俺が設定したやつじゃん。え、うそだろ……?」 彼の名は直人。ゲーム開発者――だった。 「いや待て、ここ……俺のゲームの世界だよな……? あの未完成で納期ぶっちぎった『☆聖女は痛みを引き受けます☆』……マジで!?」 直人は魔法陣の上から飛び退くように立ち上がり、視界をあちこち忙しなく動かす。 召喚陣の周囲には、数名の僧衣をまとった教会関係者たちが固まっていた。 彼の漆黒の髪と瞳。その異質な姿に、一同は言葉を失っている。 「黒髪に黒い瞳……まるで夜の呪いのようだ……」 「本当に、聖女なのか……?」 ささやきが広がる中、その沈黙を破るように、一人の男が前へと進み出た。 銀白の髪を風に揺らし、深紅の瞳をたたえた長身の男。 その威容はまさに“王”の風格を纏っていた。 「下がっていろ。私が話す」 堂々とした足取りで青年に近づいたその男は、静かに
last updateLast Updated : 2025-04-14
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第五十五話 王と共に、国を築く

◆◆◆◆◆  直人が召喚されてから、数週間が過ぎた。 初めはただ呆然と立ち尽くしていた彼も、今では異世界の空気にすっかり馴染み、まるで住人のようにこの世界を歩いている。 「……やっぱ、面白いな、こういうの」 王都を見下ろす丘の上。風を受けて立つ直人の隣では、レオニス王が静かに腕を組んでいた。 眼下には、拡張された畑。新たに掘られた用水路。人々が笑いながら働く姿があった。 「直人。君の提案を受けて、農地の整備と用水路の延長工事は順調に進んでいる。王都の食料供給は大幅に安定し、農民たちの不満も沈静化した」 「でしょ? それに、次は孤児院と病院。住みやすい国ってのは、そういうところから整えるもんだよ」 にやりと笑う直人に、レオニスも微かに口元を緩める。 ゲーム知識と現代の知恵、それを基にした直人の提案は、王国にとってまさに目から鱗だった。 王族や教会関係者、さらには地方貴族までもが、最初は半信半疑で彼を見ていたが、結果を出し続けるうちに、否応なく認めざるを得なくなっていた。 もちろん、そのすべてが順風満帆というわけではない。 「“異邦の者が口を出しすぎだ”なんて声も、耳に入ってるよ」 直人は軽く肩をすくめる。 「だが、民の中には君を“聖女様”と呼ぶ者も出てきている。信頼は、確実に広がっている」 「いや、あの称号はマジで慣れないって……」 ぶつぶつ言いながらも、直人の顔にはどこか誇
last updateLast Updated : 2025-04-15
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第五十六話 約束の代償

◆◆◆◆◆ 白い光が静かに薄れていく。 空間の端から輪郭がほどけ、淡い光の粒子が舞い始める。 次の記憶が立ち上がる、その刹那―― 遥はふと、直人が口にした祈りの言葉を思い出した。 ――光の加護に導かれし絆よ。この誓いに、真の繋がりを宿せ。痛みを半分に。願いを二重に。運命を一つに。 (この言葉……) 小さく口の中で繰り返すように呟いた瞬間、遥の背を冷たい感覚が走った。 (……俺が、コナリーと契約したときの……あの呪文だ) 教会の神殿で、あの時、手を取り合い、心を交わした記憶が蘇る。 目を見開いた遥は、驚きと共に確信した。 同じ言葉、同じ祈り。 直人とレオニスが交わしたあの契約の言葉は、自分とコナリーを結びつけた“聖女契約”そのものだった。 (まさか……これが、その“始まり”……?) 歴史の起点。 この記憶の中にあるすべてが、やがて未来の制度や儀式として形を変えて伝わっていったのだと。 「……これが、“聖女契約”の始まりなんだな」 遥が思わずそう口にしたとき、彼の隣にふと気配が現れる。 そこには、アーシェがいた。 ぼんやりと浮かぶ記憶の光を見上げながら、彼は小さく頷いた。 「……そうかもしれないね」
last updateLast Updated : 2025-04-16
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第五十八話 目覚めの祈り

◆◆◆◆◆ 白の空間に戻った遥は、しばらく何も言えなかった。 石化の中で眠る王と聖女の記憶。祈りによって封印が緩むよう仕組まれた術式。その真意。 すべてを視た遥の隣に、アーシェが立っていた。 彼の表情は、以前よりも穏やかだった。 「……これが、すべての始まり。そして、僕がずっと願ってきたことでもある」 「願い?」 「兄を、カイルを……目覚めさせたい。ずっと、あの暗闇の中で叫んでた。誰にも届かない、ただの祈りのように」 遥は視線を落とし、左手の指輪を見つめた。 「君は……その祈りの声を、この指輪を通して伝えてたのか」 アーシェは小さく頷く。 「僕は、あの時――魔王として討たれた。でも、すべてが失われたわけじゃなかった。指輪に残された“僕”は、まだ兄に会いたいと思ってた。……王国を恨んでもいた。でも……」 彼はそっと視線を遥へ向ける。 「君が……あのとき、手を伸ばしてくれたから。コナリーに力を与えた、あの祈りに……優しさに、触れたから。だから、今の僕はこうして話していられる」 遥はその言葉を聞きながら、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に襲われていた。 「君の願いは……カイルを目覚めさせること。でも、それって……」 「新たな魔王
last updateLast Updated : 2025-04-19
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第五十九話 抱きしめられて

◆◆◆◆◆  二人のやり取りを少し離れた場所で見守っていたルイスは、ふと視線を逸らした。 「コナリー、遥を頼む。私たちはここで調査を続ける」 「承知しました」 「それと――」 そう言いかけて、ルイスは一歩だけ近づくと、遥の頬にそっと触れた。 「……体調が戻るまで、無理はするなよ。顔色が、まだ少し悪い」 「……う、うん……ありがとう、ルイス……」  ルイスの優しい気遣いに顔を真っ赤にしながらも、遥はコナリーの腕の中で小さく息を吐いた。 ◇◇◇ そのまま、コナリーに抱きかかえられて部屋へと向かう。 扉が閉じられ、静かな寝室に入った瞬間、空気がふわりと和らいだ。 ベッドに優しく降ろされた遥は、コナリーの顔を見上げた。 「……なにか、見たのですか?」 コナリーの問いに、遥は思わず目を伏せた。 幻で見た全てを――カイルの封印を解く方法を、自分が知っているということを、今ここで言うべきなのか。 躊躇いと、恐れと、罪悪感。 その狭間で言葉を選べずにいると、コナリーはそっと遥の髪を撫でた。 「無理に話さなくても大丈夫ですよ、遥」 その声音は柔らかく、包み込むようだった。 
last updateLast Updated : 2025-04-24
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第六十話 揺れる想い、目覚めの兆し

◆◆◆◆◆遺物が並ぶ部屋の片隅。ルイスは、ゆっくりと扉の方を振り返った。その先には、コナリーの腕に抱かれて廊下へと消えていった遥の姿。ぎゅっと胸に抱きしめられて、まるで眠るように安らいでいた。(……本当は、俺があいつを抱きとめたかったのに)そんな思いが、胸の奥にじくじくとした痛みを残す。だが、言葉にはできなかった。王族の矜持が、簡単に感情を露わにすることを許さない。「……遥を頼んだぞ、コナリー」そう口にしたのは、せめてもの誠意だった。けれど、その言葉とは裏腹に、嫉妬にも似た感情がじわじわと胸の奥を蝕んでいた。遥の視線が自分ではなく、コナリーに向けられたこと。その笑顔を、自分ではなく彼が受け止めていたこと。(あの腕に包まれて、何を思った……?)自分が入り込む隙など、最初からなかったのかもしれない――そんな無力感が、静かに心を濁らせていく。ふと足元に目をやると、革表紙の手帳が落ちていることに気づいた。(……遥が倒れたときに)しゃがみ込んで拾い上げ、指先でページをめくる。見慣れない古代語の文と図が描かれていた。「ルイス様」すぐそばで声が上がった。振り返ると、ノエルが少し身をかがめながら、遺物の石板に手を伸ばしている。それが、遥が触れて気を失った原因の石板だと気づいた瞬間、ルイスは思わず声を上げた。「やめろ、それは……!」「大丈夫です。今のところ、何も反応はありません」ノエルはおそるおそる触れながらも、指で表面の文様をなぞる。「無茶するな。まったく、怖いもの知らずだな」「よく言われます。……でも、好奇心には勝てなくて」子どもじみた笑みを浮かべながらも、ノエルの瞳は真剣だった。彼は石板に刻まれた文字を慎重に追い、声に出して読み上げる。「『異能の魂、眠りの岩に沈みて、光に還る時を待つ』……これは詩のようですね。封印の術式の一部かもしれません」ルイスは手帳を閉じ、ノエルの隣に膝をつく。「魂ごと石に沈める……過去に見た幻とも一致する。恐らく、アーシェが封じられた時にも、この術式が使われたのだろう」そのとき、ノエルが指差した。「……ここ、“聖女”の文字があります」「……聖女、だと?」ルイスは表情を強張らせながら、石板に手を伸ばした。指先が触れたその瞬間、かすかに紫がかった光がじんわりと石板から滲み出す。「……っ
last updateLast Updated : 2025-05-05
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