All Chapters of 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女: Chapter 31 - Chapter 37

37 Chapters

30話 廃集落と白い花

「スノードロップ……?」 キルシュはしゃがんで、その花に触れた。  俯いて咲く白い小さな花には三枚の花弁がある。  しかし、スノードロップの開花時期には早すぎるだろう。古い伝承では、色を持たない雪がスノードロップから色を貰って感謝の印に春一番に花を咲かせる栄光を貰ったのだと言い伝えられている。  そう。開花時期は年明けの二月・三月で……。    自分の持つ力の事もあり、自然に草花に興味を持って把握していた部分もあるが、スノードロップ自体が極寒の時期に咲く珍しい花だからこそ、その生態をよく覚えていた。    しかし、ここまで広大な規模の群生は見た事も無い。その様は、まるで絵画のように美しく幻想的だった。 だが、この花が〝死〟を象徴し〝慰め〟という意味も持つ事から、どこか哀愁的にも映ってしまった。    そう。全ては薙ぎ倒された破屋に結び付く。この場所にはかつて人が住んでいた形跡が充分にあった。規模の小さな集落だろうか。倒れ朽ちた建築物から、そこそこ栄えていたものだと分かり、キルシュは立ち上がりケルンに視線を向けた。「ケルン、ここって……」 「スノードロップの話をしたとしても、そこまで突っ込んだ話をする事は想像してなかった……〝遺跡に咲く花が綺麗〟とか言うつもりだったのに。少し辛気臭いデートになっちまったな」 やれやれといった調子で頬を掻きケルンは続けた。「さっきの話の続きにもなるが、狂信者たちが森に居続ける理由はこの場所が理由だろうな」    言われて、キルシュの脳裏には一つの憶測が立った。  否、それ以外無いだろうと。ハッとした面持ちでケルンに向き合えば、彼はそうだと言わんばかりに頷いた。   「多分、キルシュの想像通りだよ。狂信者たちは皆ここに住んでいた人間だ。そして、永遠にこの近辺一帯を離れる事もできない地縛霊だ」 「でもどうして……ここで何が起きたの」 眉をひそめてキルシュが訊くと、ケルンは瞑目して首を振った。   「俺もあいつらに向き合う最中に過去を視たが、如何せん断片的でな。ただ分かったのは三○○年も昔に起きた宗教戦争で罪も無いのに〝やましい存在〟にでっち上げられて、俺たち能有りの先祖に居場所も命も奪われた事くらいしか分からない」 「……やましい存在?」    確かに、能無したちは時代を切り裂く為に革命
last updateLast Updated : 2025-05-21
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31話 好きになる理由

 スノードロップが咲き乱れる廃集落。廃屋の石壁にキルシュとケルンは隣り合って腰掛けていた。 昼を過ぎてまだ一時間くらいしか経過していないが、晩秋の夕暮れは早い。茜差す落陽が雪色の花を桜のように薄紅に染め始めていた。 結局、三十分は彼の腕の中にいた。初めこそは『離して』と言ったが、どう藻掻こうが力の差は歴然で……結局彼が満足するまでキルシュはその腕の中にいた。 何となく、本気で「嫌」とでも言わないと、やめないだろうなとは思えてしまった。 恥ずかしいだけで、別に嫌ではない。だから黙って抱き締められていたが……。 「今更だけど、私のどこがいいの?」 キルシュは彼を見ずに半眼になって訊く。 そもそも論で〝なぜ好いているのか〟は前々から気になってはいた。 自分でそれを聞くのもどうかと思うが、子どもの頃好いていたとは言え、今現在まで好く要素など無いはずだ。 ──素直ではない、シュネのような美人でもなく、背も低いちんちくりんで頭も悪い。いったい何が良いかなんて分かりやしない。その旨を言うとケルンは小首を傾げてジッとキルシュを見る。「変態とか言って容赦無く噛みつくし。すぐ顔に出て素直で可愛いから」 あっさりと言った彼の言葉にキルシュは更に瞳を細めて彼の方を向く。「あのね。確かに私は過去の記憶を見て、あれが全部本当だって信じられるよ? ケルンだってわざわざ嘘を吐かないって信じられる。だけど、私は過去の全部は思い出せてないのよ? それに私、ケルンが思うより……もっと」 ──素直ではない。いい女でもない。愚図で子どもで頭が悪い。そして、みんなの嫌われ者。これっぽっちも魅力なんて無い。 自覚できる全てを告げると、隣に座る彼は「こっち向け」と言う。 それに従うなり、彼は均整の取れた顔をズイと近づけた。「な、何」 しかしこの距離感はやはり恥ずかしい。キルシュが目を逸らすが、彼は「俺を見ろ」とキルシュの手を握った。 「いいかキルシュ。そ
last updateLast Updated : 2025-05-23
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32話 僅かに芽吹いたその希望

 廃教会までの帰路の最中……〝なぜ狂信者が廃教会まで来ないのか〟という話になった。 単純にケルンの寝床で、寄りつかないだろうとシュネから聞いていたが、それを言えば「まさか」なんて彼は笑う。「何度も対峙しているから知ってるが、もっと地縛霊らしい理由だ。あの教会に逃げようとしている最中に死んだからだよ」  だから、死んでも当然辿り着ける筈が無い。つまり、彼らは今も辿り着けずに森の中を彷徨い続けているのだと。 ────教会……即ち宗教的建築物。聖域。 死して尚も憎悪で動き回り縋り、聖域に救いを求める。よって、狂信者。 連想できた由来、彼らの目的が憶測立った途端に、キルシュはハッと目を瞠る。 ……もしかしたら、憐れな狂信者たちを救えるかもしれない。そして、その狂信者たちを滅し続けるケルンを解放する事ができるかもしれない。 この森に渦巻く闇を払う去る事はできるかもしれない。 そんな希望が、たちまちに芽吹いたのである。 「ねぇ、ケルン……今夜、新月よね。私も貴方の責務に着いて行ってもいい?」 教会に着き、エントランスホールでキルシュはケルンに向き合った。 突拍子も無い発言に驚いたのだろうか。彼は薄暗さに光り始めた黄金の瞳を丸く見開くが、すぐに首を横に振る。「だめだ、危険だ」 即答されるが、キルシュは食い下がらなかった。 足手まといは否めない。だがやってみなければ分からない事だ。 キルシュはケルンを見つめ続けた。ジッと彼を見据えたまま。それを数秒も続ければ、お手上げとでも言いたいのか……彼は肩を竦めた。「答えあってだよな? どうしてだ」「希望はある。確実に。ねぇ、ケルン。私を誰だと思う?」 ──私は徒花、能有りよ。と、キルシュは毅然と告げた。 その手には具象の花。スノードロップを芽吹かせて、キルシュがやんわりと笑むと、何か察したのだろう。ケルンは
last updateLast Updated : 2025-05-26
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33話 炎に揺らめく初冬の記憶

 エントランスホールの長時計の針は午後十一時四十五分を示していた。 間もなく日付を跨ぎ、真夜中……狂信者が本格的に動き回る時間となる。  待ち合わせ場所のエントランスホールは静謐と闇に包まれていた。響く音は長時計の秒針の音のみ。ケルンは、長椅子に座して、豪奢なシャンデリアや天井画をぼんやりと見上げていた。 まさかキルシュが責務について行きたいだなんて。こんな事になるとは演算もしていなかったし啓示にも無かった。 だが、彼女があんなにも揺るぎない意志を持ち、真摯に言った言葉だったからこそ断れなかったのだ。さて、どうしたものか──と、彼は足を組み替えて瞼を伏せた。 〝約六万と五千の刻が巡った後、終わりは訪れ、偽りの偶像の器は光へ還る。 或いは聖女の器が光へ還る。どちらかの道が最後の光〟  この啓示が言い渡されたのは、かれこれ七年も昔に遡る。 僅か齢十二歳……ケルンが〝人〟としての生涯を終えた時の事だった。 ──ケルン・シュナイダー。 その姓と生まれを知ったのは、彼が機械に侵された身体に成り果ててからだった。 ツアール帝国の皇帝の子息、第一皇子としてケルンは生を受けた。 だが、信心深い皇帝は、能有りとして生まれた息子を当然受け入れる事は無く……間引きの精霊還しを后妃に命じた。  皇帝はこの世に生を受けた我が子を死産と公にし、その存在を完全に隠蔽した。そして后妃は一人の侍女とともに、ヴィーゼ領に位置する痛みの森に赴いた。  自分が産み落とした子……深い情けがあったのだろうか。 后妃は子を殺める事ができず、森の入り口に佇む教会の門の前に置き去りにした。 そんな彼を拾ったのは一人の修道女。赤ん坊の傍らには〝精霊に成る者〟としての供物の黄金の懐中時計。刻印は『kern』と……彼は后妃に付けられた本来の名のまま、ケルンとして育てられた。 『全て事実だ。受け入れよ
last updateLast Updated : 2025-05-28
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34話 偽りの偶像

 それから間もなく、初雪が降り始めた。 燃え盛る炎は、次第に穏やかなものとなり、木造建築の教会は煤けた墨の骨組みと化し橙の炎を揺らしていた。『ケルン。我はおまえに頼みがあって介入した。一つの希望を信じたい。我が使徒として生きてはくれぬか』 厳かに言う小さな影は、転がり落ちたケルンへの供物……名を刻印された金時計を拾い上げ、それを金に輝く光の粒子へと変えると、ケルンの胸の中に押し込むように埋め込んだ。 その光は、黒潰しの怪物から喉から注ぎ込まれたものとは違い温かだった。全身から金の光が溢れて、まるで抱擁されるような安息感に包まれる。  まるで鼓動のよう。カチカチと規則正しい秒針の音の響き始めた最中──ケルンはこの金時計を送った人間の顔を、声を、思いを……そして自分自身を知る事になった。「お母様にはできないわ。ごめんなさい、許して、ケルン」 額にキスをするのは、どこか少女の面影のあるような妙齢の女だった。 空のような青い瞳に溺れるように涙を溜め込んで、もう一度キスをする。「そろそろ参りましょう」 背後に控えていた女も瞳にたんまりと溜めて、悲しげな面輪で親子の離別を見つめていた。 ……ケルン・シュナイダー。 それが本名。能有り故に遺棄される筈だったツアール帝国の第一皇子。 供物の金時計に携わる記憶が全て、頭と心に流れ込んで来たのだ。どうせ〝ろくでもない生い立ちだろう〟とずっと思っていたが、皇族なんて誰が想像するものか。 生まれた時から忌まれ、嫌われて捨てられたと思っていたのに、母はこんなにも泣き、愛してくれただの思いもしなかった。 ケルンは瞳に涙を溜め「なんだよそれ」と小さく独りごちる。 久しく出した声は、蓄音機を隔てたようにくぐもっていた。しかし、そんな事も気にならない程に、涙は後から後へと伝い落ちる。  クレプシドラの残滓は膝をついて座り、ケルンを宥めるように頬に伝う大粒の涙を拭い、髪を優しく撫でた。 煩わしくて堪らない
last updateLast Updated : 2025-05-30
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35話 類い希なる聖女の器

 どういう事だ。だが、確かに帝国兵に連れ去られたのを見た。 そうだ。彼女だけは生きているのだ。だが、この孤児院を燃やした連中が拉致したのだから、ただで済む訳が無いだろう。ならば早く助けなければ。ケルンは立とうとするが、すぐにクレプシドラに制された。 『ケルン、今で無い。あの力を持つ能有りは、二百年以上の単位で生まれない。あの娘は類い希なる力を持つ〝聖女の器〟だ。あの連中は、ナハトの導きのもと動いている。そしてあの娘を奪うのは成功しても、ナハトはおまえを取り込むのに失敗して去った』 未来が改変されたのだと。クレプシドラは静かに付け添える。 だが、キルシュの力と言えば、植物を芽吹かせる美しいものだ。いかにも無害で、ただ華やかなだけ。 「キルシュの力が、どうして……」『あれは生命を芽吹かせる唯一の力だ。逆も然り、枯死も同時に司る。あの力は、生命そのものを象徴する』 だからこそ、あの娘が目的でこうなったのだと。恐らく熱心な邪教崇拝者たちはあの娘を神堕ろしの贄か、新たな邪神へ仕立てる為に使うのだろうと……。 クレプシドラの語る言葉にケルンは、事の輪郭を掴んだ。『だから改めて言う。ケルンお願いだ、我が使徒となり生きて欲しい。死んだ人間を使徒にするなど極めて変則的。だが、おまえの光は、闇に打ち勝つに適した力だ。ナハトの因子は至る場所に溢れているが怨嗟の強い場所はより集まる。この森一体は、この国で最も多くの因子が集まっている』 顔も無いクレプシドラの向いた先は、協会の奥に広がる黒々と広がる痛みの森だった。憎き能有りを消す精霊還しの地。その他に心霊話があまりに多い。憎悪に引き寄せられるなら、ここは存分に集まりそうだなとケルンは納得する。『少しでもナハトの因子を削って欲しい。ケルン、おまえが希望なんだ』 そう伝える声は震え、今にも泣きそうなものだった。 しかし、ケルンの脳裏に一つの疑問符が浮かんだ。 姿さえ保てなくなったクレプシドラは、未来で信仰を取り戻したいのだろうか。それで都合良く使おうというのは、邪神ナハト
last updateLast Updated : 2025-06-02
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36話 変わらぬ啓示

 ──いずれ自分が消えるか、彼女が消えるかどちらかの運命を辿る事になる。 その啓示を知り、あの日から七年の月日を経たが、分岐は変われど結末だけはいつまでも改変されなかった。  そもそも「約」という言葉が付く以上、啓示は随分と適当で。細やかな算出は不可能なので悩ましい。 ケルンは伏せていた瞼をゆっくりと持ち上げた。「希望ある未来」 言葉を呟いたと同時に胸に突っかかったのは、ファオルに叱責された事だった。 ──記憶喪失のキルシュは確実に幼き日のケルンを思い出している。無論、それはケルン当人としてみれば嬉しかった。  死して尚も抱き続けた思いが実ったのは素直に嬉しかった。けれど、どう足掻こうが自分が〝死人〟という事実は変わらないのだ。   これは当然、キルシュも知らない事。だからこそ〝本当の気持ち〟は押さえるべきだっただろうと彼自身も思っていた。 勿論、その日が来た時、初めこそは冷淡に……それこそ機械的に振る舞う事さえ考えていた。全てを理解しているケルン自身がそれを一番解ってはいたのに、伝えずにはいれなかったのだ。 邂逅したあの夜、名を呼ばれたからだろうか。子どもの頃と変わらない、目を丸くして照れた面輪や半眼になってふて腐れた顔を見てしまったからだろうか。 離れ離れになった七年で、キルシュがあまりに可憐に育ってしまった事にケルンはひと目見た瞬時に誤作動してしまった。   そう。七年越しの再会を果たした彼女は、ケルンの想像を超える程だった……愛らしさはそのままに可憐さが増していたのだから。 そして、心を通わせれば愛せずにはいられなかった。自分を受け入れてくれた事もあるが、その心は素直なまま。心優しく、純粋だったから。 窮地で彼女の心を喰った時、ジャムを食べているのを見られたあの晩の時点で、様々な感情が暴発しそうになった。 こうなったのは、間違いなく〝不完全〟が災いする。人として死んだにも関わらず、この身も心も大人に成熟してしまったのだから。そのせいで、
last updateLast Updated : 2025-06-03
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