アリシアはそっと葉に手を伸ばした。 指先が葉に触れる寸前で止め、その輪郭を空気越しになぞるように滑らせた。 触れてしまうと壊れてしまうのではないか──そんな、ためらいを含んだ仕草だった。「その葉がここに存在するということは、誰かが禁足地に足を踏み入れたことを意味する。許可なくな」 男の口調は穏やかだったが、その言葉の端々には、長い時間を共にした土地への執着が見え隠れしている。 アリシアは男の沈んだ声に耳を傾けながら思った。 誰もが外の者に寛容でありたいとは思っている。だが脅威になるなら話は別だ。それは、この土地だけの話ではない。どこの村や街でも同じはずだ。「通常ならエクレシアには行くことはできないが、グリモア村の村長・グレタなら話は別だろうな」 男はそう言いながら視線を伏せた。 その顔には言葉にしきれない懸念と思案の影が深く差している。静寂の中に土地の名が落ちるたび、空気がわずかに揺れた。 アリシアの視線は小さな葉の中心を捉えたまま動かない。触れることもせず、ただ記憶の形を掬い取るように、そこにある微かな存在を見つめていた。 男はしばらく沈黙を保っていたが、やがて顔を上げるとアリシアに視線を向けた。「一つ聞いていいか? ヴィクターというのは、どういう男だ? アークセリアに入ってからの足取りは、ある程度分かっている。だが、そいつがクローブ村にいた頃のことは、俺の網にはかかっていない」 沈黙の合間に男の目が細められる。「禁足地に足を踏み入れるような人物なら、それ相応の背景があるはずだ。お前は、どこまで知っている?」 男が探るような目でアリシアを見た。 緊張が場を満たしていく。 エクレシアに足を踏み入ることができる人物が、並の者であるはずがない。ヴィクターが本当に、その場所に行ったのなら私の知らない顔を持っていることになる。 アリシアは男の問いに心を巡らせた。 ヴィクターの顔が脳裏に浮かぶ。 いつも少し距離を置いて物事を眺め、誰かの背に隠れるようにして歩く男だった。ずる賢いところは確かにあったが…… それでも、かつてのヴィクターなら、決して禁じられた地に踏み込むような真似はしなかったはずだ。そのヴィクターが道を外れ、あのグレタと手を組むなど考えられない。 そう思っていた…… しかし現に、この葉がここにある。 ヴィクターがあ
Last Updated : 2025-07-06 Read more