「張り巡らされた水路の一角に、ヴィクターが好んで使う場所がある。いや正確には、“あった”か。三叉路になっている水流の交点、かつて噴水があった場所の近くだ。道が折れ曲がって地下への傾斜が始まる辺りだな」 男は視線をアリシアの地図に向けながら、言葉を発した。「この辺り……だと思う」 アリシアが男の言葉を聞き終えるのとほぼ同時に、すぐ隣に立っていたセラが地図を指し示した。「噴水の跡っていうのは、この広場の中央にある枯れた井戸のこと。三叉路の水路は、そこから西と南、そして、もう一つは傾斜を辿って地下へと流れてた」 アリシアはセラの指す位置に視線を落とした。「その地下通路に面した店だが、かつては酒場として使われていた。隠れ家として人気を博していたが、今では、もうすっかり忘れ去られている」 男はそう言って、視線を遠くに向けた。「仲間が追跡していた時、ヴィクターがそこに入って行ったのを目撃している。今もその場所を使っているんじゃないか。隠れるのに、それ以上の最適な場所はないからな」「それって、今は居ないかもしれないってこと? これでは、確かな情報とは言えないわね」 アリシアは地図から視線を上げ、呆れた眼差しで男に目を向けた。 その声には軽い皮肉が含まれていたが、完全に突き放すほどではない。「ヴィクターはずっと見張るほどの存在じゃないと思っていたんだ。正直、そこまでの価値があるとは思えなかったからな」「それでは、その間、あなたは何を追っていたの? グレタの追跡は失敗したんでしょ」 問いかけは感情を抑えた調子だったが、その奥には鋭い違和感が込められていた。 ヴィクターを放置し、グレタを追った。それなのに足取りを見失っている…… アリシアの言葉に、男はわずかに眉を寄せた。 男は短く間を置いてから、低い声で応える。「すでに話した通り、グレタは常に五人一組で動いている。ヴィクター以外は手慣れた連中だ。追跡するのが難しいというのもあった。だが、それだけじゃない。どうも、その他にも禁足地の内側で活動している連中がいるようなんだ」「それは、私の友人、二人以外でってこと?」「ああ、そうだ」 その言葉に、アリシアは息を呑んだ。 驚きと緊張が混じった視線が地図へ吸い寄せられる。「禁足地って、そんなに簡単に入れるところなの?」「いや、よほどの腕がない限り
Last Updated : 2025-07-17 Read more