リノアの視線が焚き火の跡から外れ、周りの地面に向けられた。「エレナ、これ……なんだろう」 リノアの声に反応したエレナが地面を凝視する。 不自然な線が土に残されている。誰かが重いものを引きずったような跡だ。——だが、シオンは決してこのような乱暴な動きをする人ではなかった。「シオンのやり方にしては……」 リノアはそう呟きながら、胸の鼓動が速まるのを感じた。誰かがここに来たのかもしれない。 シオンの研究所からそう遠くないこの場所で、シオンが焚き火を灯し、夜を過ごした理由。それは単に動植物を観察するためだったのだろうか? シオンの心は常に自然と共にあり、森の一部かのように振る舞っていた。だが、この引きずった跡は、シオンの性格を考えると説明がつかない不自然さがある。 エレナがしゃがみ込んだまま、引きずった跡に指を這わせた。その途中で微かな色の違いに気付いたエレナが息を呑んだ。「リノア……これ、血の跡かもしれない」 リノアも膝をつき、地面をじっと見つめた。 赤黒く乾いた血の痕が不規則に途切れながら続いている。動物のものだろうか。傷ついた獣を誰かが運んだ……その可能性も考えられる。 リノアは痕跡を追うように視線を動かすと、近くの草むらに何かが引っかかっているのを見つけた。「エレナ、これ……動物の毛じゃない?」 リノアは慎重に手を伸ばして、草むらからその毛を摘み取った。柔らかいが、どこか荒々しい感触が指先に伝わる。 エレナがリノアの手元を覗き込み、毛をじっと見つめた。エレナの眉がわずかに動き、その表情に確信の色が浮かぶ。「これは……ラヴィアルの毛だね」 エレナの声はどこか緊張感を帯びている。その言葉にリノアは目を見開いた。「ラヴィアル?」 リノアが問いかけると、エレナは頷きながら、毛を指先で撫でるように確認した。「ラヴィアルはこの森のもっと奥深くに住んでいる獣よ。鋭い角を持っていて、夜行性。通常は人前に現れないけど、傷を負ったり、追い詰められたりした時にはその足跡を残すことがある。確か他の村で大切に扱われていた動物だったはず。リヴェシアだったかな」 エレナはラヴィアルの毛を守るように両手で包み込むように持ち、慎重に小さな布袋に入れた後、周囲を見渡した。その動作には弓使いとして培った鋭敏な洞察力が感じられる。 森の静けさの中で、二人の間に
Last Updated : 2025-04-21 Read more