「トラン! どうして、ここにいるの?」 エレナが弓を下ろさぬまま、鋭い声でトランに問いかけた。 警戒の色が未だ消えないエレナの目に、トランは居心地悪そうに頬を掻いた。「クラウディア様から手紙を預かったんだ。リノアたちに渡せって。何書いてあるか知らないけど……。居なかったら紙を置いて帰れって言われたんだけどさ。俺、待ってたんだ」 トランの声からは焦りと幼さが感じられる。「なんだか、もう、このままリノアたちに会えなくなる気がしてさ」 トランの瞳が揺れる。 熱と不安が入り混じったその声は、一瞬、エレナの表情を和らげた。「帰らなくて正解だったね」 エレナは再び、外に意識を向けた。 トランは見張り役として、森の異変——草木の枯れ、シカの狂気など様々なものを見てきた。外部の者との会話で他の村人よりは、外の世界のことも知っている。 姉のミラに守られがちだが、村のために役立ちたい。その想いは人一倍強い。 トランは「会えなくなるから」と言った。しかし、この場に踏み留まった理由はそれだけではないはずだ。「うわぁっ!」 トランが叫んだ。 突然、窓ガラスが激しい音を立てて飛び散った。鋭い動きで飛び込んできたのは、青白い瞳を持つシカに似た獣だった。その身体から立ち上る黒い霧が部屋を満たし、重々しい冷気が漂い始める。 トランが悲鳴を上げ、咄嗟に机の下へと隠れた。 エレナが弓を構え、鋭い眼差しで獣を狙う。 放たれた矢は空気を切り裂きながら飛び、かすかな音を響かせた。しかし獣は反射的にその矢を躱したかと思うと、鋭い勢いでリノアへ向かって迫ってきた。 獣の瞳がリノアたちを鋭く見据え、緊張が一気に高まる。 リノアは後ずさりながら、獣の鋭い瞳を睨み返し、距離を取った。その視線は獣の動きから一瞬たりとも離れない。──龍の涙が脈動している。自然が私に何かを訴えようとしているのは分かる。だけど、一体、どうすれば良いのか…… 全身を緊張が支配する。 リノアは深く息を吸い込み、胸の奥底に広がる緊張と不安を振り払おうとした。 この瞬間の選択が運命を大きく左右する——そんな得体の知れない感覚がリノアの心を支配した。「リノア、トランを守って!」 エレナの強い声が響いた。 その言葉に反応するように、リノアはトランに駆け寄り、机の下に潜り込むトランの前に立った。 震え
Last Updated : 2025-04-26 Read more