「リノア、準備はいい? そろそろ行くよ」 エレナが問いかけると、リノアは小さく頷いた。「うん。行こう、アークセリアへ」 神殿は村の管轄外とは言え、決して立ち入りを禁じられていたわけではない。それでも、リノアは長い間、この場所へ足を踏み入れることを避けていた。 それは自分と向き合うのが怖かったからだ。 戦乱後、両親が突然、姿を消してからというもの、心に大きな穴が開いていた。それを埋めるには勇気が必要だったのだ。 ノクティス家と密接に結びつく神殿に足を運べば、自ずと過去に触れることになる。 もし、ここで過去と向き合えば、知らなかったこと、知りたくなかったことまで明らかになってしまうかもしれない。 それが怖かった。だが、今は違う。 シオンが亡くなってから、私の心境は大きく変わった。きっと意識はしていなくてもシオンに頼っていたのだと思う。 シオンがそばにいたからこそ、過去に向き合わずとも前を向くことができた。だけど。もう目を逸らしている場合ではない。 リノアはゆっくりと息を吸い込んだ。 これまでのことを無かったことにするつもりはない。ただの過去として終わらせるわけにはいかないのだ。 リノアとエレナは神殿の扉を押し開き、外へと足を踏み出した。神殿の周囲はひっそりとしており、遠くで風が木々を揺らしている。 朝と昼の狭間――微睡むような光が森を包む中、二人は歩みを進めた。 空はすっかり朝の名残を薄め、やわらかな光が木々の間に差し込んでいる。昼の活気にはまだ届かず、かといって朝の静けさとも異なる、移り変わりのひととき。 旅立ちの足取りは軽やかでありながらも、どこか慎重な色を帯びていた。 だが、リノアはもう迷うことはない。──この足で、今まで見なかったものを確かめに行こう。 リノアは星見の丘の下からオルゴニアの樹を仰ぎ見た。 樹齢千年を超える古木──オルゴニアの樹は圧倒的な存在感を誇っている。 枝葉が天を抱くように広がり、光を透かすように揺れる葉の影が丘の緩やかな傾斜に模様を描いている。 リノアは、しばしその姿を見つめた。 風が吹き抜けるたびに、樹の枝がかすかに揺れ、その葉擦れの音はまるで囁きのように響いた。 この場所には積み重なった時の記憶が息づいている。 千年もの時を超え、変わらずそこに立ち続けている樹木。オルゴニアの樹は過去と
Terakhir Diperbarui : 2025-05-15 Baca selengkapnya