Semua Bab 彩雲華胥: Bab 71 - Bab 80

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3-14 水妖の怪異

 部屋に戻った無明と白笶だったが、そのままこの茶屋に泊まることにした。元々どこかの宿に泊まり夜を待つ予定だったので、違う宿を探す手間が省けたのだ。 椅子に座っている無明の髪を梳き、慣れた手つきで左右ひと房ずつ三つ編みを作ると、乾いた赤い髪紐でそれぞれを纏めてひとつに結った。残った髪の毛はそのまま背中に垂らす。結い終わったのを確認して、無明は後ろにいる白笶をそのまま見上げる。「白笶は本当に器用だよね、」 黒い衣に着替えた無明だったが、今の髪形ならば先ほどの衣の方が合っている気がしてならなかった。白笶は見上げてくる翡翠の瞳をただじっと見つめ返すだけで、特になにも答えない。「俺はいつも適当に括ってるだけだから、こういうのは新鮮なんだ」 紅鏡を出る時は、藍歌が結ってくれて、途中は白笶が直してくれた。碧水に着いてからは手間がかかるので、結局いつも通りの髪形にしていた。「じゃあ、ここからは本題に入ろうかな。白笶も座って?」 正面の椅子に座ったのを確認して、無明は真っすぐに白笶を見つめた。ここに来た目的は、ただ市井を満喫するためだけではない。 身をもって試したのですでに検証済みだ。身の危険には至らなかったが、それは白笶《びゃくや》がいたから回避できただけ。しかし聞いていた場所から移動していたのが気になった。「水妖は移動する。先ほどの場所に留まる可能性は低いだろう」 白笶は市井の簡易的な地図を広げ、指差す。「最初の怪異はここ。上流に近い場所だった。その次はこの場所、」「さっきの接触事故はこの辺りだったよね?」 こく、と小さく頷く。そうなると次に現れる場所はもっと下流の方だろう。夜になれば船は出ず、外を歩く者もいない。捜すのはひと苦労かもしれないが、範囲は絞れるはずだ。「この辺りの水位はそんなに深くはないが、引きずり込まれたらこちらが不利」 人は水の中では思うように動けず、それは自分たちも同じだ。気を付けなければこちらがやられてしまう。現に、すでに何人かの術士が瀕死状態になっており、白笶に依頼が回って来たのだ。「君が心配だ」「でも囮は必要だよ。さっき俺を逃したわけだから、もしその水妖に執着心があるのなら、最適の餌でしょ?」 水妖を誘き出してわざと捕まり、あとは白笶が倒すという単純な作戦だ。単純だが、とても危険な賭けでもある。水に引きずり込まれてか
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3-15 水妖の正体

 夜も深まった頃、市井の灯りは煌々としているが、この時間に外を出歩く者はほとんどいおらず、誰ともすれ違うことがなかった。闇に潜む者たちは灯を嫌うので、この辺りは常に灯りを絶やさないようにと習慣付けられているからだろう。 昼間の賑やかさとは一変、静寂の中響くのはふたつの足音のみ。風の音さえしない静まった空間は、不自然に思えた。ふたりの足音が同時に止まる。「······これは、領域結界?」 領域結界はそれを張った主が解かない限り出られない空間である。現実と全く同じ風景が視界に広がっているが、その一部分を切り取られたように存在しているはずのものが、実は存在していないのだ。 領域は限られた空間のため、ある一定の範囲以上は見えていても存在せず、透明な壁にでも突き当たったように進めなくなる。現に、無明たちは目の前に道が続いているのにも関わらず、それ以上進むことができなくなっていた。「竜虎がいればすぐに解除できるんだろうけど、」 金虎の直系の能力は万能だ。どんな術式も陣も領域結界でさえも無条件で無効化できる。だが同じく直系である無明には、その能力はない。五大一族の中でもかなり特別な力で、全員が全員持てるものでもないようだ。 領域結界を展開された時、ふたり以外いなかったし見ていた者もいない。つまり、取り込まれたふたりに気付く者はこの結界を張った主以外、誰もいないということ。「水妖はただの囮だったのかもしれない」 白笶は落ち着いた口調で呟く。術士たちを瀕死の状態にし並の者では手に負えないと思わせれば、次に出てくるのは間違いなく白群の公子だとわかった上で、おびき出された可能性もじゅうぶんにある。「領域結界は上級以上の妖者か、もしくは妖鬼がつくりだせるって聞いたことがあるよ。水に関わるなら、水鬼? とか」 その時だった。突然、ふたりの右側を流れる運河の中心に渦が生まれる。それはどんどん広がっていき、運河の水が竜巻にでも巻かれたように激しく渦巻いたまま、深い闇の空に噴出された。「あれは······水龍!?」 その水は形を変え、鋭い赤い眼をした巨大な龍の姿に変化しただけでなく、大きな口を開け、聞いたことのないような甲高い声を上げた。思わず耳を塞いで無明は苦痛で眼を細める。その奇声のせいか、周りの音が遠くに聞こえるような錯覚を覚えた。 白笶はいつの間にか両手に双剣
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3-16 運河の底に潜むモノ

 白笶は術式を展開し、双剣に『雪』の霊気を帯びさせる。途端に辺りが真冬のように冷たくなり、その霊気の影響を受けた地面に霜が降りる。その霜は本物の霜ではないため、白い光を湛えて白笶の周りを照らしているように見えた。(すごい······これが白群の直系だけが持つ能力) しかも白家は『雪』だけでなくすべての能力を有する。状況に応じて使い分けることもできるので万能と言えるだろう。 相手は水の龍なので、動きを止めるには『雪』が有効。白笶は水龍の眼を無明から避けるため、そのまま地面を蹴って、禍々しく光る赤い眼の所まで飛翔する。 水龍は蛇のようにその身をうねらせ、白笶の双剣から繰り出される攻撃をかわそうとするが、必ず一太刀浴びてしまう。裂かれた部分は凍ってしまい、身体の中を常に流れる水でも修復ができない。 上空で行われている攻防に、無明はただ息を呑んで見ていた。目の前の水龍は邪龍に転化しているため、もはや並みの術士では手に負えないだろう。それを物ともせず、白笶は顔色ひとつ、表情ひとつ変えずに双剣で追い込んでいく。 決して水龍が弱いわけではなく、彼が強すぎるのだ。さすが五大一族の中で一、二を争う、実力者のひとりと呼ばれているだけはある。 しかし水龍もただされるがままというわけではなかった。その陰の気を帯びた水を自在に操り、無数の鋭い水の矢を自分の周りに作り出し、白笶へ向けて放ちながら攻撃を阻む。それしていた白笶だったが、それが目眩ましだったことに気付く。視界が開けた時、それはすぐそこまで迫っていた。(······危ない!) 思わず無明は横笛を口元に運び、息を吹き込む。その音は心の内とは正反対で、どこまでも落ち着いた美しい音色が奏でられる。大きく口を開けて、目の前の白笶をその身に呑み込もうとしていた水龍の鋭い牙が、勢いよく開いたままぴたりと止まる。(麗寧夫人に貰った譜の術式がこんな所で役に立つなんて、) あの日、夫人が持ってきたその譜面に奏でられた音には、術式が施されていた。白冰と一緒に解読したが、それは希少な術式だった。いくつかあった譜面の中の五曲がそれで、他はごく普通の譜面であった。 いったいどこで手に入れたのかと、麗寧夫人に後で訊ねてみたが、夫人も父親に貰っただけで、その父親も旅の商人から買い取ったという情報しか得られなかった。 その曲は今まで奏でた
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3-17 その名は、

 水の中は春の終わりにしては冷たく、なにより真っ暗だった。絡みついてくる黒く長い髪の毛のような"それ"が、無明を包み込むように周りに浮遊しているためであることに気付くのに、さほど時間はかからなかった。(まずい······突然だったから、息が、······っ) こぽっと左手で塞いだ指の隙間から気泡が零れて、遠くなっていく水面に上がっていく。そんなに深い運河ではないはずなのに、まるで底なし沼のように下も上も解らなくなる。ぎゅっと右手に握られた横笛に力が入った。(息のできない水の中じゃ、······俺の力は役に立たない) 足に絡みついて離れない"それ"は、どんどん無明を暗闇の中へと引きずり込んでいく。その度に空気が漏れ、意識が遠のきそうになった。けれども先程から耳元で煩いくらい喚かれる、異様に低かったり高かったりする声が、何度も無明を現実に戻してしまう。(······これ、は、怨霊の集合体?) いくら水がそういうものを呼び込みやすいと言っても、この怨霊の数は尋常ではない。しかも都は玄武の宝玉の恩恵を一番近くで受けている地だ。こんなモノが自然に集まるはずがないのだ。(······もう、これ以上、は) こぽこぽと先程よりも多くの気泡が口の隙間から零れ落ちていく。抑えていた手も力を失くし、真の暗闇に視界が染まる。声は相変わらず喧しく、再びこちらに引き戻そうとする。その度に苦しさが増し、頭が痺れてくる。『————忘れないで?』 ふと、誰かの声が頭の中に響いた。あれは、あの声は、誰のものだったか。『————これはあなただけに捧げる名だよ』 名前、を呼べと。 その声は告げる。その声は、あの喧しい怨霊たちの声を掻き消して、無明を暗闇から光の方へと引き戻す。(·····きょ······げ、つ········鏡月っ) 水面があるだろう方向に、横笛を掲げるように伸ばす。沈んでいく身体。朦朧とする意識。薄れていく視界に、ぼんやりと柔らかい金色の光が生まれた。"それ"は、怨霊の塊を突き破って真っすぐに無明の所にやってくると、迷わず腕を掴んで身体を引き寄せ、大事に抱きかかえるように、水面に向かって泳いでいく。 怨霊たちは叫び声を上げ、今度はふたりを捕らえようといくつもの黒い触手を伸ばした。「八つ裂きにされないと気が済まないらしい」 ふっと口元を緩め、水中で言葉
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3-18 狼煙の行き先

 後悔していた。 無明が運河に呑み込まれ、あの渓谷の妖鬼が、突如結界を破ってあの怨霊の塊へと向かって行った。 この領域結界が誰が張ったのもので、なんのために張ったのか気付いた時、隠していたもうひとつの力を使うかどうか、その一瞬の迷いが明暗を分けた。結果、無明を危険に晒し、挙句、渓谷の妖鬼に再び連れ去られた。 水龍は運河に戻り、領域結界も消え、元の静寂を取り戻す。あの怨霊がどこから来たのか、なんのために怪異を起こしたのか、よく考えれば解ることだった。白鳴村で起こったあの悲劇。すべては大量の怨霊を作り出すための布石でしかなったのだ。 湖水の運河は玄武の宝玉の恩恵を受けており、上流から時間をかけて流れてきた怨霊たちは、徐々に穢れを膨らませ、陰の気を纏い、そして神聖な水龍を邪龍に堕とした。水が穢れれば、宝玉はそれを浄化しようと穢れを吸う。必要以上の穢れを一気に取り込もうとすればどうなるか。 それは非常に手間をかけ、綿密に練られた計画。しかし、あの時の黒衣の少年が、ひとりでそれを思い付いたとは考えにくい。彼はとても感情的で、どちらかと言えば命をしぶしぶ遂行していたように見えた。だからさっさとあの場から消えた。最終目的は宝玉を奪うこと、ではない。四神の代わりである宝玉を穢れさせ、この地の守護を消すこと。 白鳴村のすべての村人の命を犠牲にして、あの怨霊の塊を作った。あの黒衣の少年の本当の目的は、これだったのだ。(あれが傍にいるなら、無明は安全だろう、) 白笶は本当はすぐにでも無明を取り戻しに行きたかったが、白群の公子として、この事態を報告する必要があった。その表情はいつものように無に近く、しかし隠れている袖の下で握りしめた拳は、爪が手の平に食い込むほど強く握られていた。**** 湖水の都である碧水は渓谷に囲まれており、白群の一族たちの住まう敷地の裏手には霊山が聳え立つ。霊山は神聖な地で、穢れひとつ、妖者一匹立ち入ることはできない。 玄冥山。宝玉が封じられている場所から、遠く離れたその霊山の頂上近くに、白群の一族さえ知らない古い洞穴があった。その奥には何百年も前に忘れ去れた祠が、ひっそりと建てられていた。「ホント、いつ来ても陰湿な祠だよね」 その明るい調子の声に、祠の主は特に何か言うわけでもなく、ただ、その者が連れてきた客人の方に驚く。彼の腕の中で、ぐっ
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3-19 玄冥山

 無明が目を覚ました時、金色の二つの月が見えた。それは頭の上にある灯篭の灯りとは別に、薄暗い洞穴の中でうっすらと光って見える。まるで獣のようなその瞳を怖いとは思わなかった。「目が覚めた? 身体は平気?」 明るく弾むようなその話し方に、無明は自分があの時、水の中で彼の真名を口にしたという事実を思い知る。 初めて会った時と同じ。右が藍色、左が漆黒の半々になっている衣を纏い、左耳に銀の細長い飾りを付けてるその妖鬼は、本当に嬉しそうに見下ろしてくる。そしてあの時と同じように、どこまでも無邪気な笑みを浮かべて顔を覗き込んできた。「ここは······どこ? 白笶は無事?」「ここは玄冥山の玄武の祠だよ。白群の公子殿は邪魔だから置いて来た。あ、心配はいらないよ。あの公子殿は自分の仕事をしなきゃだからね、」「どういう、意味? 何が起こってるの?」 身体を起こして、辺りを見回す。すると、見知らぬ青年の姿が視界に入った。白い衣の上に肩までの長さの黒い衣を纏い、赤い腰帯を巻いている青年は、ばつの悪そうな顔でこちらをちらちらと見てくる。ふと眼が合うと、はっと青ざめた顔をして、狼煙の陰に隠れてしまった。「えっと······そのひとは、誰?」「うん、やっぱり間違いない」 満面の笑みを浮かべ、狼煙は首を傾げている無明の右手を握り締めた。氷でも触っているような冷たい感覚が指先まで伝わって、無明は彼がやはり人ではないのだと実感する。「あなたはやはり、間違いなく神子だということ」「だから、どうして、そうなるのかを訊きたいんだけど······、」「彼は玄武、太陰。かつて始まりの神子が生み出した聖獣のひとり。その姿が見えるのは、神子自身と、その眷属たちだけなんだ」 無明はその言葉に呆然となる。目の前に四神のひとり、玄武がいるのだ。そうなるのが自然だろう。どうみても普通の青年にしか見えない。瞳は青いので、碧水の人間と言われれば誰も疑わないだろう。「え、でも、じゃあなんで狼煙も見えるの? もしかして狼煙も神子の眷属なの? だから俺を主だなんて言ったの?」「俺のことはとりあえず置いておいて? 今は神子に聞いてもらいたいことがあるんだ。あなたが眠っている間に、色々と事態が悪い方向に進んでる」 狼煙はそんな台詞を言う時でも、弾むように軽く調子のよい声で言うので、その悪い事態というも
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3-20 氷楔

「ちょ、ちょっと、待って!」「神子、ずっと、あなたが目覚めるのを待っていました。この太陰、再びあなたの下でこの力を使えること、嬉しく思います」 無明の感情など無視して、太陰は汚れることなど気にせずに、地面に跪いて、さらに深く頭を下げた。机の上に座っているせいもあって、高い位置にいた無明は、その行為を目にするなり慌てて机から降り、太陰と同じように地面に座り込んだ。「ちょっと待ってください。俺は神子じゃない! たまたまあなたが見えるだけであって、それだとは限らないでしょ!?」「"たまたま"見えるなんてあり得ない。それに、仮にも神と名の付く四神だよ? ただの人間やただの術士に跪くわけないでしょ?」 地面に座り込んでいる無明を逆に立たせて、狼煙は面白そうに笑い、跪いたままの太陰に同情する。(記憶が少しも残っていないなら、当然か····) かつての神子は始まりからずっと記憶を引き継いで、何度も転生をはたしてきた。だから説明も要らず、目覚めてある一定の年齢になると各地を巡礼し、四神との契約をすんなりと書き換えられたと言えよう。「神子、大量の穢れが水を通して碧水全土に広がり、通常一度で浄化できる許容量を超えてしまっているのです。このまま浄化し続ければ、あと数刻でこの地の宝玉が砕けてしまうでしょう」「そんな······だって、宝玉は百年は穢れをためても大丈夫なんじゃないの?」「この地を覆う穢れ自体は微量で、術士たちが原因となる妖者を倒すことで均衡を保っているのです」 太陰はやっと顔を上げ、しかし跪いたまま、その問いに丁寧に答えていく。宝玉は所詮、媒介でしかない。本来の玄武の守護とは違うのだ。「しかし、今回のように神聖な水自体が穢れてしまうと、その穢れが水を通して陰の気を膨らませ、この地全体を巡るように確実に広まっていくことでしょう。宝玉が一度に浄化できる穢れは限られています。その許容量を超えれば、宝玉は確実に砕け散ってしまう」「都の運河の穢れは早めに気付いて、領域結界で広がらないようになんとか封じ込めができたけど。その前の上流からの穢れは、宝玉が浄化していた。そのせいで誰も異変に気付けず、そのまま都にまで流れ着いたってわけだね、」 つまりは、都にあの怨霊たちが辿り着いた時点で、宝玉は限界を超える一歩手前だったということ。しかも水龍が邪龍と化したことでさ
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3-21 白笶の秘密

 首に刃を突き付けられても、狼煙は肩を竦めてただ笑うだけだったが、氷に映し出された、その刃の持ち主を確認することは忘れなかった。気配もなく、背後を取られたことに少しばかり驚いていたのも事実。「ていうか、よくこの場所がわかったね?」 この洞穴の存在を知る人間は、今生においてはいないはず。たまたま見つけた、なんて偶然は考えられない。ならばこの白群の公子は、どうやってこの場所を探し当てたというのか。「まずはこちらの問いに答えろ」 その刃を喉元にぎりぎりまで近づけて、もう一方の刃を背中に押し付けてくる。しかし狼煙を傷付けるつもりはないらしく、それ以上の牽制はしてこなかった。「神子が望んだことだよ。ちゃんと説明もした······って、ちょっと待って。あんた、なんでこれが契約だってわかるんだ?」 当たり前のように話していたが、よく考えてみたらおかしいことだらけだ。この場所もそうだが、目の前の状況が何かを理解した上で、この公子は訊ねているように思えてならない。「喧嘩をするなら外でやってくれ」 太陰は眉を顰めて、狼煙に向かって吐き捨てる。どこぞの公子だろうがなんだろうが、知ったことではない。この洞穴に入っていいのは神子とその眷属のみ。「玄武、太陰様、無礼をお許しください」「そうそう、そんな無礼な奴は······、」 うんうんと目を閉じて頷いていた太陰は、途中で言葉を止める。今、この青年は何と言ったか。それにいち早く気付いた狼煙が、刃など気にせずに後ろを振り向く。「は? なに? どういう······え? なんであんたが見えているんだ?」 神子とその眷属しか見えないはずの玄武に頭を下げ、言葉をかけた。それはここが玄武の祠と知っているということ。薄青の衣を纏った眉目秀麗な公子は小さく嘆息した後、『仕方がない』とでも言うように手元から双剣を消した。「訳あって詳しくは語れない。ただ、ここがどこであなたが何者かは知っている」 敵意はないことを示すため、白笶は改めて拱手をし丁寧に腰を折って頭を下げた。その言動と行為に、太陰と狼煙から疑心の眼差しが向けられる。 しかし、太陰の方があることに気付く。神子はあの時、なんと言っていたか。時間が経ちすぎて忘れていた、とても重要な事を思い出し、再び白笶を見上げる。「どうやら君は、ここにいる資格があるようだ」「ちょっと、な
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-08-18
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3-22 今是昨非

 夜が明け、日が出るまであと一刻ほどだろうか。氷楔の中はまだなんの変化もないようだ。この中で何が起きているかなど、知りようもないが、なんだか不安を覚える。(早く戻って来て······そして、あの時みたいに、笑いかけて欲しい) 無明が幼い頃、狼煙はずっと傍で見守っていた。無明が危険に晒されたり、ひとりではどうにもならないような時に、目の前に現れて直接助けていた。 その時は決まって、記憶に残らないように自分の事は頭の中から消して、けれども自分の中には、その時の出来事のすべてがしっかりと残っている。(同じ顔で、同じ瞳で、同じ言葉で、あなたはいつも俺を救ってくれる) この金眼を綺麗だと褒めてくれた。こんな、忌々しい瞳を。記憶などないのに、あのひとと同じ言葉を紡いでくれる。あのひとではない、あのひとと同じ存在。ふと、狼煙の瞳が伏せられる。どうしてもうひとりのあのひとは、ここにいないのだろう? きっと、誰よりもあのひとに逢いたいはず。(······あんたが生きていたら、良かったのに) ここにいたら、良かったのに。そうしたら、また、昔みたいに――――――。 そこまで考えて、狼煙は首を振る。そんなことは、考えても無駄だと。だって、あのひとは、目の前で死んだ。どんなに強くてもひとの身体は脆く、死んだらもうどうにもならない。ましてや、何百年も生き永らえる存在でもない。(なんでここにいるのが、よりにもよって、あの公子殿なんだ?)  無明の傍からほとんど離れず、必要以上に手を貸すその様子を、何度となく目にしてきた。その笑顔を、すべての表情を向けられても、ほとんど無反応なのが、特に気に入らない。 まるで。(あれ······? 俺、今、なんて言おうとした?) 神子の傍にいて、神子の言葉に頷くだけか、もしくはひと言ふた言しか返さない、つまらない男の姿がふと浮かんだ。 まるで、あのひと、のようだ。 狼煙は今更ながら、あの公子が無明を助けたあの日からの記憶を、辿る。あの時も、あの時も、あの時も。彼は、無明になんと言っていたか。なぜそうだと伝えないのか。伝えたところで本人に記憶がないから、といえば頷けなくもない。 じゃあどうして自分には教えてくれなかったのか。今の姿で最初に会ったのは三年くらい前だった。ひとりであの渓谷に現れ、彼は自分に向かってなんと言ったか。「私
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-08-25
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3-23 ふたりの神子

 その中は真っ暗闇だった。 どれだけ歩いてもなにも変わらず、やはり自分には契約などできるわけがないのだと思ってしまう。しかしこの暗闇は不思議で、自分の姿だけははっきりと見えるのだ。だからこの空間は本物ではなく、創られたものなのだと妙に納得してしまう。「捜すにしても······どこをどう捜したらいいんだろう?」 ひとり言になるとわかっていても、不安を消すために口に出してみる。目印などあるわけもなく、とりあえず前に進んで行く。「······あれは、」 またしばらく歩き続けていた時、ある変化が訪れる。白い光を湛えた鳥が小さな翼を羽ばたかせて飛んでいく姿が目に入った。それは唐突に目の前に現れ、無明はそれを目印にして歩を速めた。 だんだんと近づいてくるその光の鳥は、無明の歩幅に合わせるようにゆっくりと羽を上下させ、少しすると顔のすぐ横を飛んでいた。そして急に目の前に飛び出て来て大きく翼を広げたかと思えば、小鳥のような大きさから孔雀のような大きな光の鳥へと姿を変えた。 無明は思わず足を止める。『さあ、私について来て』 鳥が羽ばたくと、光の羽根が数枚舞った。暗闇の中で唯一そこに存在している光は、大きな翼を広げて前へ前へと進んで行く。無明は足早にその光を追う。その光はだんだんと大きくなり、やがて真っ暗だった視界が真っ白に染まった。思わず瞼を閉じて立ち止まり、右腕を顔の前に翳してその光を遮る。 気付けば強い光は止みゆっくりと目を開けると、その先に広がっていたのはどこまでも広い空間だった。そこは青い空が果てしなく続く空間で、足元には踝くらいまでの水面が空と同じようにどこまでも広がっていた。 透明な水面に天井の空が反射して、上下に空があるのかと錯覚してしまう。幻想的な空間に、ぽつんと取り残されたかのように無明は立っていた。「ここは······、」「ここは契約の間。神子の記憶が交差する場所」 その声に、思わず振り返る。 自分とまったく同じ声。「君、は······だれ?」 そこに立っていたのは、黒い衣を纏い、無明が少し前まで付けていたような仮面で顔を覆った白銀髪の少年だった。長いその白銀髪は膝の辺りまであり、老人の白髪とは違い艶やかで美しい絹糸のようだった。「私は、始まりの神子」 仮面の奥の瞳は翡翠色をしていて、唇しかまともに見えないが、どこまでも穏や
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-08-25
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