あの蟷螂の妖獣の鎌が村に張り巡らされた糸をすべて断ち切り、括られていた亡骸は無残にも地面に野ざらしにされた状態だった。どうかもわからない仮定の問題より、目下の問題を片付けるのが先だろう。 まるで何十年も前に廃村となってしまったかのように朽ち果てた辺りの景色を、竜虎は胸が痛む思いで見回す。 朝まではもう少し時間があるが、眠る気にもなれない。雪鈴や雪陽たちも同じ気持ちなのか、無言で辺りに散らばった亡骸を一か所に集め弔っていた。「竜虎様、やっぱりこちらだったんですねっ」「清婉、怪我はないか?」 辺りがようやく静かになり、遠くで見えた光の柱を辿って清婉はなんとか合流できた。あの恐ろしい黒い蟷螂はいなくなり、静寂の代わりに現実を目の当たりにさせられる。「竜虎様があの妖獣をひきつけてくれたおかげで、無事です」「俺は逃げてただけだけどな」 ははっと無理に笑う竜虎に、清婉はぶんぶんと首を横に振った。「いいえ、いいえ! あんな妖獣に向かっていくなんて、私には考えられませんっ! しかも誰かのために自分を囮にするなんて、絶対に無理です。自分の家族ならともかく、たかが従者の私などのためにそんなことをするなんて、」「清婉、なんてことを言うんだ。たかが従者だなんて。お前たちがいないと、俺たちはまともに飯も食べられないんだぞ」「それもそうですね、」 あははっとふたりは顔を合わせて笑う。竜虎はほんの少しだが、心が和んだ気がした。普通の人間が普通に考え思うことを清婉は口にしただけだったが、深刻そうな顔をしていた竜虎が笑ってくれたのでなんだか嬉しかった。 朝陽が昇る頃、一行は遺体の半分ほどを土を盛り上げるだけの簡易的な墓を作って埋めた。薄墨色の空の隙間に射し込んだ眩しい光に瞼が焼けるようだったが、ようやく明け始めた夜の深い闇に安堵する。まるで悪夢のような夜だった。 しかし、朝は来た。 竜虎は土で汚れ傷付いた指先を握り締め、暁闇の空を見上げた。足りないものは数えきれない。こんなにも無力であったのだと思い知らされた。けれど、こんな所で止まってはいられないのだ。まだ、何も始まっていないし、終わってもいない。すべてはこれからだ。 だから、絶対に。「待ってろよ、絶対見つけてやるからな」 無明を見つけ出し、前に進む。 竜虎はひとり、夜明けの隙間に宿った光芒に誓うのだった。
Last Updated : 2025-06-16 Read more